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ふきだまり  作者: 村松康弘
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恍惚のブルース 2

 ― 年が明けた。

 大晦日は黒崎と実母の凄子、闇医者のフジの3人で飲み明かしたが、そのあともダラダラと営業というか、店を開けていた。

 3日の今日はフジと古いソウルミュージックのレコードを流しながら飲んでいた。

 …20時、タクシードライバーの金田がやって来た。いつものドライバー姿ではなく、質の良さそうなコートを羽織っている。

 「あけましておめでとう。黒さんと、…医者のダンナだっけかな?」

 金田は上機嫌のようだった。

 「今日は仕事じゃねえのか」

 黒崎が聞くと、

 「ああ、昨日は日勤から夜勤まで出たからな」

 と言ってスツールに腰を下ろすと、コートの内ポケットから茶封筒を出した。そして、コーヒーを淹れようとしている黒崎に差し出した。

 「これ、借りてた分。…ちょっと色つけといたけど」

 黒崎は封筒から札を抜き出して数えた。…1万円札が25枚だった。

 「こんなにもらう筋合いはねえよ」

 黒崎は5枚を抜き出して返そうとするが、金田は両手で押し返すように、

 「いつも気前よく貸してもらってんだからさあ、ある時ぐらい受け取ってよ」

 と笑った。黒崎は、そうか、と言いながら引き出しに放り込む。

 「お前、バカに羽振りがいいじゃねえか。…高そうなコート着てるし」

 コーヒーを淹れながら言うと、横目で見ていたフジが口をはさんだ。

 「運ちゃんのコート、バーバリーじゃねえのか」

 金田は気づいてくれたことに嬉しくなって、そうそう、とうなづいた。

 「いつも金なくてピーピー言ってるくせしてな。…なんだ、パチンコか競馬で大穴でも当てたか」

 黒崎が聞くと、

 「…まあ、そんなとこだよ」

 と言いながら、目はそらした。…コーヒーを飲み終えると、

 「今年もよろしくね」

 と言って、店を出て行った。後ろ姿を見送った黒崎とフジは目を見合わせる。

 「なんか妙な感じだな、あの貧乏ドライバーが」

 フジは立ち上がるとボックス席のカーテンを開け、窓の下を見下ろした。路肩に停めていた白い軽自動車が、ちょうど出て行くところだった。金田のマイカーだろう。

 そのまま視線を右にずらした、黒崎ビルのとなりの建物の陰に隠れるようにして、ふたりの男が立っているのが見えた。男たちは怪訝そうな目で、軽自動車を見送っていた。

 「…中央署の新津と片山だぜ」

 フジはそう言うとカーテンをシャッと閉め、カウンターに戻る。

 「刑事か」

 「ちょっと会いたくねえダンナなんだ。黒さん、悪いが隠れさせてもらうぜ」

 そう言いながら、階段ホールに消えていった。

 

 まもなく、ドアがノックされると同時に男たちが入ってきた。まるでかくれんぼの鬼のようだ。ふたりともコートを着ている。

 「こんばんは、…ちょっと失礼しますよ」

 前に立つ年嵩の痩せた男がのんびりした口調で言うと、手帳を見せた。後ろの少し若いガタイの大きな男は、店内を見回したあと、黒崎を見据えている。悪役俳優のような目だ。

 「長野中央署の新津です、こっちは片山」

 片山は目をそらさずに頭を下げた。新津は一拍間を置いたあと、

 「先ほどまで、ここにタクシーの運転手がいませんでしたか」

 と聞いてきた。低く落ち着いた声だった。目は微動だにせず黒崎に留まっている。

 「…いや、来てませんね。下の階にでも来たんじゃないですか」

 黒崎も新津から目をそらさずに言ったが、今日はまだ正月の3日だから、階下の会社は営業していないかも知れないと思った。

 「そうですか。…マスターとあの運転手は、どんな関係ですか」

 新津は黒崎の返答の内容を無視した質問を続ける。そして視線を移動させると、カウンターに置いてあるフジのポールモールとジッポに留まった。

 「あの運転手って言われても、タクシー運転手なんてたくさんいるし」

 そう言うと、新津は間髪入れずに言った。

 「金田という男です。…マスター、ところであそこにあるタバコとライターは誰のものですか」

 新津の雰囲気は、まるで獲物を射程距離に追い詰めた爬虫類のような雰囲気だった。粘着質な話し方が不気味に感じる。

 「金田…、知りませんね。タバコとライターは俺のものですよ」

 黒崎はそう言うと、1本抜き出してジッポで火を点ける。…新津の唇がわずかにゆがんだ。

 「…そうですか」

 それきりなにも言わずに、店内の様子を眺めまわしている。そして内ポケットからタバコを出してくわえた。だが火を点けずに

 「正月そうそう、物騒な者どもが参りまして、どうもすみません」

 と言うと踵を返し、同僚を促すと店を出て行った。



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