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ふきだまり  作者: 村松康弘
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恍惚のブルース 1

 ― 1ヶ月前。

 腐れ縁タクシードライバーの金田が、大きな紙袋を携えてやって来た。重そうにカウンターに載せると、

 「これさ、黒さんとこで預かってもらえねえかなーと思って」

 スツールに座ると金田は、紙袋からLPレコードを取り出してカウンターに並べた。途端に細かい埃が舞い上がり、かび臭い臭いがあたりに漂う。

 黒崎は手で埃を払うとレコードジャケットを眺めた。

 「青江三奈、フランク永井、ぴんから兄弟、殿様キングス…、なんだこれ、演歌ばっかりじゃねえか。しかも古いな、俺等の爺さんの代に流行ったやつだろう」

 黒崎は顔をしかめながら言った。

 「ブルース演歌ってやつだよ、だいたい昭和40年代の」

 金田はそう言いながら何枚か手に取って、黒崎に見せた。

 「この中でもこれなんか最高だぜ、平和勝次とダークホースの、『宗右衛門町ブルース』、黒さん聴いてみな」

 嬉しそうにタバコに火を点ける。

 「お前さ、ブルース演歌って言うけど、こんなもんブルースでもなんでもねえよ。ブルースってのはな…」

 そこまで言うと黒崎を制すように金田が言った。

 「わかってる、わかってるって。…音楽通の黒さんからしたらそうだろうが、俺の好きなもんを否定するこたあねえだろ」

 金田は少しむきになって言った。

 「女房にさ、もうステレオも壊れちまって聴けねえんだから捨てろって言われて、断腸の思いで大量に処分したんだけどさ、この30枚だけはどうしても捨てられなくてさ…、黒さん頼むよ」

 目の前で手を合わせる金田を見て、黒崎は言った。

 「しょうがねえなあ、ここにもいっぱいだし、上の棲み家にも大量にあるから置くとこもねえんだが、しょうねえ」

 黒崎はそう言うとレコードを紙袋に入れようとした。

 「ちょっと待って。俺の手元を離れる前に、これだけ聴かせてくれよ」

 金田は1枚のジャケットから盤を抜いて、黒崎に差し出した。

 「青江三奈の『恍惚のブルース』、これだけ聴かせてくれよ」

 黒崎は受け取らずに言う。

 「そんなもん、今はYouTubeでいくらでも聴けるじゃねえか」

 金田は目の前で手を振りながら、

 「違う違う、黒さんのステレオは真空管のハイパワーアンプとBOSEのスピーカーだろ。携帯の小せえスピーカーで聴くのとわけが違うよ。…この曲だけ聴かせてくれよ」

 黒崎はしぶしぶレコードを受け取り、盤面を触らないようにターンテーブルに載せると針を置いた。チリッチリッとノイズが聴こえて曲がはじまる。

 

 『女の命は恋だから 恋におぼれて流されて 死ぬほどたのしい夢をみた


  あとはおぼろ あとはおぼろ ああ今宵またしのびよる 恍惚のブルースよ』


 古い音源でアレンジにも演奏にも時代を感じた。やたらベースの音量も大きかった。だが、演歌なんて、と思って聴いていた黒崎だったが、青江三奈のハスキーな声と愁いを含んだ寂しげな響き、独特なビブラートに、古い黒人ブルースと通じる部分も感じた。

 目を閉じて聴いていた金田は、曲が終わるとひとりで拍手した。黒崎は盤をジャケットに戻すと、手を洗ってから金田のためにコーヒーを淹れる。

 ひとしきり煙を吐いた金田は、コーヒーを啜ると申し訳なさそうに言う。

 「そんでさあ、悪いんだけど…」

 と言いながら人差し指を1本立てた。…金を貸してくれ、という合図だ。金田は仕事がらかパチンコが好きでしょっちゅうスッている。そして財布の中身がきつくなると黒崎にたかるのだ。

 「お前な、もう20万は貸してんぞ。返しもしねえくせに、よく指を立てられんな」

 そう言いながらも、カウンターの引き出しから1万円を抜き出すと、金田に渡した。

 「恩に着るよ」

 金田は小学校と中学校の同級生だが、そういうわけで黒崎のことを『黒さん』と呼ぶのだ。

 


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