ふるさとのない人たち
黒いドアが開き、闇医者がやって来た、黒崎はジグソーパズルを3分の2ほど進めていた。
―今日は大晦日。ここのところ雪は降らず、長野市街地は冬晴れが続いている。
「正月も店やってるつもりか、黒さん」
闇医者が聞くが、黒崎はパズルから顔を上げずに、
「さあな、でも多分やってんだろうな。行くとこもねえし」
闇医者は定位置の右端に腰を下ろした。
「実家はねえのかよ」
タバコをふかしながら聞く。
「あるけど、あんまし行かねえな。用もねえし、養父母の家だし。…お前はどうすんだよ」
やっと顔を上げた黒崎が聞いた。
「俺こそ行くとこなんかどこにもねえさ、天涯孤独だし。…そもそも戸籍すらインチキな人間だぜ」
闇医者はそう言って笑った。
黒崎は酒棚からワイルドターキーの新ボトルを下して、グラスを2個並べた。ダブルの量を注ぐと闇医者へ押しやる。
「黒さん、養子とか言ったけど、本当の親はどうしてんだ」
ターキーをちびりと口に含んで聞いた。
「今日はやけにつべこべ聞いてきやがるな。…親父は工事現場で死んだ、それで引き取られたんだ。お袋はそれより前に離婚したらしいから知らねえ。生きてんのか、死んでんのか」
闇医者は、ふうん、と言った。
「お前こそ戸籍がインチキって、どういうことだ」
黒崎が聞くと闇医者が笑う。
「俺は一度死んでるんだ、それを生き返らされた、ある人物に。ゾンビってのはそういうことさ。…だから戸籍も住民票も、どっかの誰かの流用さ」
「じゃあフジって呼び名は」
「それは生きてた頃の名前、…今は免許もなにも違う名前になってる」
今度は黒崎が、ふうん、と言った。
「ああ、今日で今年も終わりか。世の中は帰省のシーズンってヤツだな、ふるさとへ帰る連中の」
「俺とお前は、ふるさとのねえ人たちってとこか」
黒崎はそう言うと、思いついたようにレコードをあさり、1枚抜き出した。
闇医者は壁の時計を見ると、
「そろそろ来るかや」
と言った。22時になろうとしている。
「誰か呼んだんか」
「ああ、いろんなとこで顔を合わす人だ」
黒崎はターンテーブルのレコードをかけた。…シャッフルビートのカントリーロックのような曲だ。
「なんだよ、これ」
「ふるさとのない人たちさ、サンハウスの」
『生まれた時から せおったさだめ あなたは家もなく さまよい歩く
人に聴かれても 話せない ふるさとのない人たちなんです』
曲の途中でドアが開いた、入ってきた女はいきなり、この唄…、と言った。
全身黒づくめの背の高い細い女だ。いくらか白髪が混じっているが、さらさらのストレートな黒髪で、闇医者と同じような鋭い目つきをしている。歳は60ぐらいか。
黒崎は、きっと闇医者と同じ闇商売の人間だろうと見当をつけた。
「いらっしゃい」
女は、どうも、と言って、闇医者のとなりに腰かけた。セブンスターをくわえると酒棚を眺める。
「ほう、いろんなバーボンが並んでんな。…いい店だ」
その声は、女とは思えないぐらい低くハスキーなガラガラ声だった。黒崎は灰皿とグラスを前に置く、闇医者がターキーを注いだ。
「じゃあ今日で今年も終わりってことで、乾杯でもしようぜ」
闇医者が言うので、3人でグラスを合わせた。
ダブルのストレートを干した女が、
「こんなあたし好みのいい店があるなんて知らなかったぜ。…早く教えろよな、フジ」
…それから女と闇医者の話が盛り上がっていたので、黒崎はやりかけのパズルをいじりだした。
…遠くに除夜の鐘が聞こえてくる。
「マスターは初詣は行かねえのか」
女が聞いてきた。黒崎はパズルに目を落としたまま、さきイカをつまみ、
「行かねえなあ、善光寺まですぐだけど、行ったためしがねえ」
そう答えると、
「あたしも同じだよ」
と言って笑った。強い酒のせいか、女のガラガラ声がおっさんのように聞こえる。
酒豪ばかりで飲んでるせいで、ターキーが2本空になった。缶入りのミックスナッツも底をついた。
「次の酒は姐さんが選べよ」
少し呂律の怪しくなった闇医者に言われて、女は酒棚を見回す。
「…真ん中のそれにするか、フォアローゼズ。…マスター、頼むわ」
黒崎は、はいよ、と言いながら女に背を向け、酒棚のボトルに手を伸ばした。
…その瞬間、背後で息を呑む気配がした。
「首筋のそのホクロ…」
黒崎の首の左側には、生まれつき大きなホクロがある、その形は独特で涙つぶのような形をしていた。
背後に女の嗚咽が聞こえてきた、黒崎は振り向かずに背中で聞いていた。
「凄蔵、…やっとお前に会えた」




