表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふきだまり  作者: 村松康弘
11/68

生きてるって言ってみろ 1

 男は市街地にある社屋を出ると、小規模な会社やビルが立ち並ぶ小路を抜け、明るい街灯に照らされた中央通りに出た。脇に寄せられ固くなった残雪をよけて、歩道を駅へと向かっている。

 今日は仕事納めの日だったが、男の口からはため息しか出てこなかった。

 荻原哲也、28歳。市街地にある工作機械メーカー地方代理店の営業員。駅から南へ2駅先にある町に自宅アパートがあり、妻と3歳の息子と3人暮らしだ。

 荻原が勤務している会社は、役員と従業員を含めても15人ほどの小さな会社だ。大手機械メーカーのディーラーとして、北信一帯をテリトリーとしている。

 荻原は営業部に所属しているが、5人いる営業員の中で成績は常に最下位で、『うだつの上がらない社員』というレッテルを貼られていた。

 社内での評価は当然、給料や賞与にも表れており、仕事納めの今日もらった冬の賞与の明細には、昨年末の3割減の数字が並んでいた。

 商品の工作機械を納める先は、精密機器製造会社や部品製造会社、金属加工製作所や鉄工所などだが、どこの会社も海外の低価格製品に押されて経営は苦しい。だから設備投資で新しい機械を導入してくれるところは少ない。

 そこに来て『おいしい顧客』の少ない荻原が、いくら靴をすり減らして駆けずり回っても、ホットな情報にありつける確率は極端に低い。

 『どうしようもないのだ…』、荻原はいつも心で呟いているが、会社や上司はそんなに甘くない。

 月に一度営業会議があり、そこには社長と専務、そして5人の営業員が首を並べる。荻原は毎月、会議の2日前から胃が痛みだし、憂鬱の靄を纏いだす。

 毎月、どうにかして会議に出席しないで済む方法を考えるが、社長の『営業会議最優先』の方針が変わらない限り、欠席は不可能だった。

 会議当日は18時から2時間あまり、荻原は生きた心地がしなかった。専務が先月の営業成績の資料を読み上げ、その後社長の話がはじまるが、後半になると決まって感情的になり、目を血走らせて営業員を罵倒しはじめる。

 そして最後に取っておいたように荻原に矛先が向き、延々と罵倒と説教が続く。まさに地獄の時間であった。おまけに残業手当は付かない。

 

 荻原は中央通りをうつむきながら歩く。(…これで正月が明けるまでは仕事からは解放されるが、家に帰れば妻に賞与の明細を見せなきゃならない。あいつは優しいヤツだから責めはしないだろうけど、落胆した顔を見るのは辛い。…春からは息子を幼稚園に通わせる予定だから、昨年よりアップを期待してたけど、まさかの3割減だしな)

 繁華街をトボトボ歩いていた荻原の左肩が、なにかに衝突した。

 「痛えなあ!」

 その声にはっとなった。うつむいて歩いていたため、対向してくる歩行者を見ていなかった。いつの間にか左に寄ってしまい、対向する人とぶつかったようだ。

 「あ、すみません!」

 顔を上げると人相の悪い3人の若者が、こっちを睨みつけていた。ヤクザ者ではないようだが、目つきは険悪だった。

 「どこ見て歩いてんだよ!」

 ぶつかった相手が凄むと、となりの男が荻原の胸ぐらをつかんできた。

 「ちょっとこっちへ来いや」

 そのまま建物と建物の間の、狭い路地に引っぱられていく。荻原は緊張していなかった、ただ諦めのような気持ちでそのまま引きずられていった。(どうせ殴られて、金を取られるんだろう…)

 路地の奥に連れ込まれると、案の定一発食らった。平手だったから音の割には痛くはなかったが、指が耳に掛かっていたので、キーンと耳鳴りのような状態になる。

 「今日もスッたからイライラしてんだよ、俺等は!」

 もうひとりの男は八つ当たりの言葉を、さも当然のように言った。荻原の胸に、普段虐げられ続けている怒りの火が点いた。

 「わかったよ!金が欲しいんならくれてやるよ、持っていけ!」

 と言うと、尻ポケットの長財布を取り出して、今日の全財産の4千円を抜き取ると、男たちの目の前に晒した。

 「ほら、くれてやるよ!」

 荻原は久しぶりに大声を出した。

 男たちは荻原の手元を見つめると、一瞬動きを止めた。そして同時に笑い出した。

 「でかい財布にそれだけか?」

 真ん中の男が言うと、

 「貧乏人から巻き上げるつもりはねえよ、…行くぞ」

 3人は笑い声を止めないまま、路地から出て行った。

 荻原は札を前に出した姿勢のまま、その様子を見ていた。3人の姿が消えると札を財布に戻し、深いため息を吐いた。

 暴力が繰り返されなかったことや、金を取られなかったことに安堵したのではない。あんなチンピラみたいな連中に貧乏人呼ばわりされ、馬鹿にされた自分が惨めになったのだ。

 会社の人間たちに愛想をつかされ、チンピラの連中にも愛想をつかされた気分になった。

 叩かれた左頬をさすりながら、路地から明るい場所に出た。

 荻原の心には、『虚しさ・情けなさ』その文字しか浮かんで来なかった。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ