俺の声 8 ― 完 ―
― 22時。
ふきだまりに戻ると、闇医者が怪訝な目を向けてきた。
「KENTとかいうヤツは?」
黒崎は闇医者に一部始終を伝えた。黙って聞いていた闇医者の三白眼が険悪に変わってくる。
「そいつは北竜興業の黒柳だろう。…よし、これから北竜に殴りこんでくる」
闇医者はスツールから立ち上がった。黒崎は、待てよ、と止める。
「やめた方がいい。せっかくヤクザの世界から足を洗ったんだろ。…ここであのクズどもと関われば、元の木阿弥だぜ」
黒崎は闇医者に向かい、冷静に諭した。
「じゃあ、どうすんだ」
まだ怒りがおさまらない闇医者が聞いた。
「待つしかねえだろう。…あいつがヤツらに捕まったか、逃げ切れたかわからねえが」
黒崎はそう言うと、酒棚からワイルドターキーのボトルとグラスをふたつ出して、半分ほど注いだ。向かい合ったまま無言でやる。こんな雰囲気で飲むことなど、めったになかった。
「雪、止みそうにねえな…」
闇医者がポツリと呟いた。黒崎の脳裏に、KENTの見開いた目と逃げ出していく姿が浮かんだ。そしてこの雪の中を逃げ続けているのか、と思った。
…黒崎はボックス席の椅子の上で目を覚ました、闇医者はいなかった。午前4時ぐらいまでふたりで飲んでいた。時計を見ると昼を回っている。
カーテンの向こうの雪は止んでいた、昨日と打って変わって青空も見えた。
…カウベルが鳴りドアが開く、入ってきたのは腐れ縁ドライバーの金田だった。ワイシャツの上に黒いベストのタクシードライバー姿で、寒そうにスツールに座った。
「暮れは書き入れ時じゃねえのか」
黒崎は言いながら、ペーパーフィルターに粉を入れ、コーヒーを淹れる。
「昼間はそうでもねえんだ。まあ夜が遅くまで忙しいから、ちっとはのんびりしねえとな。…身体がまいっちまう」
金田は黒崎が淹れたコーヒーを、美味そうに啜った。
「…ところでさ、さっき上がった仲間から面白え話を聞いたんだが」
金田はそこで止めて、少しもったいぶった。
「今日の明け方、北竜興業、…あのヤクザのな。その事務所で事件があったらしい」
何気なく言った金田を見ながら、黒崎は緊張ともとれる目つきをした。
「朝、若い衆が出勤してきたら、玄関のガラスが叩き割られてて、ドアが開いてたんだって。で、恐る恐る中に入ったら、黒柳っていう幹部が応接のソファーの上で刺し殺されてたんだってよ。…刃物で心臓ひと突きだったって話だから、プロの殺し屋の仕業じゃねえかってさ」
『これから殴りこんでくる』と言った闇医者のセリフが浮かぶ。
「大元に知れたら事がでかくなっちまうから、組はひた隠しにしてるらしいが。…あっちの世界は水面下でいろいろ揉めてんだろうなあ」
…黒崎は闇医者の、修羅のような目つきを思い出した。
金田はコーヒー2杯、タバコを5本吸うと腰を上げた。…まあ、良いお年を、と言って出て行った。
時計は15時を過ぎていた。黒崎はスマホを操作し、ネット上のSNSでKENTのページを探し出した。KENT本人が書き込んだ情報は、ここに転がりこんできた前日以降更新されていなかった。
フォロワーと呼ばれるファンからは、さまざまなコメントが書かれている。黒崎はそれらをスクロールしていく。そして最新のコメントに目がいった。書き込みは今から30分以内のようだ。
『KENT、さっき新聞見たよ…新潟の事件、KENTじゃないよね?じゃないよね!…早く更新してあたしを安心させてください。お願い!』
読んだ途端、黒崎は黒い胸騒ぎを覚える。階下に行き、郵便受けの夕刊をひったくると階段を駆け上がった。カウンターに座り、新聞を開く。
社会面に気に入らない見出しが載っていた。
【新潟県の川に水死体、成人男性か?】
…胸騒ぎは次第に大きくなってきた。
【今朝未明、新潟県○○市の信濃川の支流に、成人男性と思われる水死体が発見されました。身元が判明する所持品はありませんが、男性は20~30歳と見られ、耳に複数の装飾品、両手に複数の指輪が…】
黒崎はそこまで読むと新聞を閉じ、めちゃくちゃに引き裂くとゴミ箱に叩き込んだ。
タバコに火を点けると、ボックス席の椅子に深々と腰を下ろし、天井に煙を吹き上げた。くわえタバコのまま立ち上がると、カーテンと窓を開け眼下を見下ろす。
雪が残った歩道を寒そうに行き交う人たち、向かいの通りにあるファストフードの店頭に、サンタクロースに扮した売り子が、チラシを配っているのが見えた。
…赤いとんがり帽子でクリスマスソングを唄ったKENTの顔が浮かび、その顔はやがて、ステージ上で目を見開いた表情に変わる。
…KENTがふきだまりのドアを開けることは、二度となかった。
― 完 ―
このストーリーのタイトル、及び文中の歌詞は、俺が敬愛するSION氏の作品を、勝手に引用させていただきました。そしてKENTは若い頃の(それこそデビュー当時の)SION氏をイメージして書きました。
このストーリーが、SION氏の目に触れることを夢見て。
村松康弘




