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幕間その2~王宮からの指令~

1週間遅れて申し訳ありませんでした!

 「申し訳ございません。」


 アルテミシア王国首都の警察本部。数日前と同じく、ダリーとシアンが腰を直角に曲げ、頭を下げている。数日前と違うのは、両者の頭に包帯が巻かれている点だった。


 「この度の失態につきまして、いかなる処分も受ける所存です。」


 声の震え、うわずり。それらを抑えようとしても、どうしても端々からにじみ出てしまう。ダリーの声色から、演技、というものは全く感じられない。


 「頭を上げろ。」


 「は、はい!」


 机に座る中年女性が、冷徹に告げる。ダリーはそれを受け、バネ仕掛けの人形のように腰を戻す。


 「付いてこい。お前達を喚んでいる御方が居る。」


 「え、えーと。ズール長官。それはどなたでしょうか……?」


 「黙って付いてこい。」


 「は、はいぃ!」


 ズールと呼ばれた女性は椅子から立上がり、部屋の外へと出て行く。二人は慌ててそれを追った。





 「先輩。先輩。」


 先ほどから何度も、シアンがダリーに話しかけていた。しかしダリーは、その全てを無視していた。


 「先輩。聞こえてますか?」


 「聞こえている!それはそれとして黙れ!」


 ダリーが強く、しかし周りを気に掛けながら、静かに後輩を怒鳴りつける。


 「お前、状況が分かっているのか!?どう考えても私語を慎むべきだろう!」


 「いや、先輩こそ状況分かってるんすか?ここ、王宮ですよ。アルテミシア王家の。」


 シアンの言う通り、ここは王宮だった。赤絨毯が敷かれ、大理石の支柱が立ち並ぶ。見あげるほどに高い天井からは、数え切れないほどのロウソクが付いたシャンデリアが吊されている。真夜中にもかかわらず、煌めきと活気を失わない。高級という言葉では安っぽく、荘厳という言葉で表すには大きすぎる建造物。その中をズール、ダリー、シアンの3人が進んでいた。


 「私達、表彰されるんすかね?」


 「そんなわけないだろう。任務を失敗したんだぞ。」


 「いやでも、処罰にはなんかこう、違うでしょ。」


 「まぁ、確かにそうだが……」


 ダリーは顎に手を当て、首を前に向ける。しかし考えても考えても、結論どころか筋道さえ見えてこない。


 「着いたぞ。」


 「はいっ!……ええ……?」


 ズールの言葉に、二人は困惑した。彼女が居たのは壁の前で、扉も何もなかったからだ。


 「黙って見ていろ。」


 ズールは壁に施された装飾に手を遣り、指でなぞり始める。数十秒後。壁が僅かに動いた。彼女はそれを押す。


 「付いてこい。」


 3人の目の前には、人一人が通れるほどの穴が開いていた。ためらわずに進み始めたズールの後を、二人が慌てて追いかける。


 「先輩、ヤバいっすよ。真っ暗です。」


 「おい!背中に掴まるな!」


 入り口から差し込む光が数歩歩くとかき消されるほど、穴の中は暗かった。音や空気の流れから辛うじて、ギリギリ立ったまま歩けるくらいの大きさ、ということが分かるくらいだ。


 「先輩、スキルっすよ、スキル。」


 「分かった分かった!ベル!行ってこい!」


 ぬいぐるみの犬のリードに引っ張られるように、二人はえっちらおっちら歩いて行く。穴の内部構造は想像以上に複雑で、右へ行った左へ行ったりを繰り返した。果たして元いた場所はどの方向だったか、と忘れかけた頃、前方に光が見えた。


 「やっと着いたぞ!」


 これ幸いとばかりに、二人は光の中へと飛びだしていく。穴から出た場所は、四方の壁が吹き抜けとなっている大広間だった。その中央に、ズールが立っている。


 「ズールさん!」


 二人は上司の元へと走る。しかしその時、突如ズールが膝を着いた。


 「ちょっと……!大丈夫ですか!?」


 上司の体調を案じ、ダリーが傍に駆寄る。しかしその上司から、予想外の言葉が放たれた。


 「倣え。」


 「……はい?」


 「私に倣え、と言っている。」


 ズールの発した言葉の意味が分からず、目を白黒とさせるダリー。その時だった。


 「ズール、早いじゃないか。」


 落ち着いた、男性の声だった。どこから聞こえたのか分からず、ダリーとシアンは辺りを見回す。


 「時は金なり、というが、私の1秒は一塊の金より貴重だ。それを分かっているようで何よりだ。」


 声の主のものと思しき足音が、3人に近づいてくる。


 「恐れ入ります。陛下。」


 「陛下……?」


 ダリーの頭に、1つの正解が浮かんだ。まさかそんな、と彼女はそれを否定する。しかしそれはあまりにも妥当で、それ以外の答えが浮かばない。


 「では早速、話を始めようか。」


 彼女達の正面の吹き抜けに、一人の男性が姿を現わした。


 「あっ……あっ……」


 ダリーもシアンも、言葉にならない声を上げることしか出来なかった。細身だが、根を下ろした大樹のような安定感。人の身でありながら、竜のような殺気を宿した瞳。その顔は、新聞で何度も見ていた。しかし、実際に目にするとは思ってもいなかった。


 「カイム王子陛下……!」


 アルテミシア王家の第一王子であり、王国の現当主が、彼女達の目の前に居た。


 「ズールよう。いつになったらそいつらに頭下げさせんだ?どんな教育してんだよお前よぉ。」


 「キール、お止めなさい。はしたない」


 カイムとは対照的に、粗暴で軽薄な男性の声が右方から。それを諫めるような、潔癖さと融通の利かなさを纏った女性の声が左方から耳に入る。


 「うるせえなぁ。俺は部下の監督不行き届きを指摘してやっただけだろ。上司の鑑じゃねえか。なぁ、テレーゼお・ね・え・さ・ま。」


 「貴方はただ八つ当たりと嫌がらせがしたいだけでしょう。汚らわしい。こんな男と同じ血を引いているなんて……」


 声が聞こえてきた方向から、声から受けた印象そのままの男女が、吹き抜けに姿を現わした。


 「キール王子陛下……!テレーゼ王女陛下……!」


 アルテミシア王家の第2王子と第2王女、キールとテレーゼ。ダリーとシアンの二人は、その顔を見ても予想以上に衝撃を受けなかった。先ほどのカイムで予想できていたのか、はたまた腰を抜かして感覚が麻痺していただけなのかは分からない。


 「おい、そこの女2人。跪け。常識だろ?俺に言わせるな。」


 「は、はい!」


 ダリーは慌てて床に膝を着き、シアンもそれに続く。先ほどのズールの行動は、体調不良などではなく最敬礼だったのか。周回遅れで理解した自分をダリーは恥じ、悔やんだ。


 「いいからさっさと終わらせない?こんなことのために呼び出さないでよ。」


 3人の後ろ上方から、またしても声が聞こえた。不敬、と分かっていても、ダリーは顔を向けてしまう。


 「カイムお兄様の一秒が金一塊なら、あたしのはダイヤ一塊はあるんだし。」


 「いっつも思うけどすげぇ自己評価の高さだよなぁ。ローザよう。」


 吹き抜けの最後の面。そこには第三王女のローザが、退屈げに爪を弄っていた。


 「んで?こいつらかよ。リーゼの確保にしくじったってのは。」


 「は、はいっ!大変申し訳ございません!この度の失態、どう___」


 「いやいいよ。それについては。」


 「……へ?」


 キールの口から出た否定の言葉に、ダリーは間の抜けた声を上げる。そして彼女はふと、違和感に気付いた。ここにいる王族達からは、自分たち……ダリーとシアンに対する怒りを感じない。一国の王女を取り逃がすという大失態を演じたのにもかかわらず、だ。


 「あんなゴミ、取り逃がしてもなんてことはねぇからよ。」


 「そうそう、あんなざっこいスキルじゃなんも出来ないしさ。」


 「……二人とも、言葉遣いが汚いですよ。概ね事実ではありますが。」


 「テレ姉言うねぇ。」


 「おめぇが一番ひでぇじゃねぇかよ、おい。」


 キール、テレーゼ、ローザは、心底おかしそうに笑った。叱責を受けなくて済んだという安心感と、心の底からわき上がる不快感。2つの感情が混ざり合い、リーゼの意識は宙へ浮いていく。


 「……まぁ、そういうことだ。私達はリーゼが逃げてもなんとも思わん。あいつに何かが成せるとは思えない。こちらはゴールの直前にいる一方、奴はスタートラインに立ったばかりだ。」


 咳払いを1つして、カイムが話し始めた。


 「しかし国民はそうは思わない。あれでも王女だ。居なくなれば騒ぐし、勘ぐる。だから、警邏を動員して探させた。しかし。」


 カイムの人差し指が、3人に向けられる。


 「お前達は奴を取り逃がした。これに相応の処罰をしなければ、国民は納得しないだろう。」


 処罰。その言葉が、ダリーの心臓を掴む。何とかなるのではないか、と思った自分の甘さを、彼女は後悔する。


 「だから、捕まえてこい。」


 「はい?」


 「察しが鈍いよなぁ。お前らが責任を取ってあの落ちこぼれを国外まで追っかけて、捕まえてこいってこったよ。」


 会話に割り込んできたキールが、いらだたしげに中指で吹き抜けの手すりを叩く。


 「追跡班が貴女達二人だけとなれば、コストも大幅に抑えられます。あれのために警邏を動員するのは、人件費の無駄です。」


 「そーいうことだからさ、別に失敗しても良いから、気楽にやればいーよ。海外旅行だと思って。」


 「おいローザ、余計なことを言うなよ。おい二人、ちゃんと仕事しろよ。おまえらの給料は税金から出てるんだからな。それをしっかり覚えとけ。」


 「……承知しました。」


 ダリーは返事をした。正確には、返事に値する言葉に対応する文字を、1文字ずつ、吐き出すようにして喋った。


 「準備ができ次第すぐに出発するように。ズールもそれが出来るよう手配しろ。いいな?」


 「承知しました。」


 ズールの返事に対して、王族達は何も返すことはなく、吹き抜けの奥の部屋に消えていった。




 「せんぱーい。待って下さいよ-。」


 職場を出て歩くダリーの後ろから、脳天気な声が追いかけてきた。


 「今から飲み行きません?」


 「ダメだ。」


 「えー!なんでっすか?」


 「明日の出発に備えて、早く帰って休め。ズールさんに言われただろう。」


 ダリーは眉をひそめ、野良犬を追い払うかのように手を振る。


 「いやいや、だからこそですよ。こんな日の高いうちから飲めるとか、最高のストレス発散じゃないですか。」


 「……お前、そんなに酒好きだったか?」


 「就職浪人時代、よくやってたんすよ。あくせく働く社会人を窓から見て、それを肴に飲むの。最高っすよ。」


 「シンプルに最低だな……」


 ダリーが歩くペースを速めても、シアンは離れる気配はない。彼女の半歩後を、同じテンポで付いてくる。


 「そーいえばですけど。王族の人達、あたし初めて見ましたよ。生で。」


 「そうか、お前は新卒で警察に入ったんだったな。」


 「先輩は王族直属のボディーガードからこっちに来たんでしたっけ。そりゃ王様達のことは見慣れてますよね。」


 会話をしながらも、シアンの視線は街のあちこちに飛んでいた。元から彼女は、どうでもいいと判断した会話の時には相手を見ない。口に会話を任せ、意識を宙にぷらぷらとさせている。


 「先輩、なんでこっちに来たんすか?王族直属の方が、お給料よさそうですけど。」


 シアンは何の気なしにそう言った。しかし、すぐに異変に気付く。


 「先輩?」


 問いかける彼女の目には、深い怒りを湛えたダリーの横顔が見えた。


 「……やっぱいいっすよ。あんま話したく無さそうですし。」


 「なんだ、その……気を使わせて悪かったな。」


 「いえいえ、こっちこそすんません。」


 いつもの馴れ馴れしい態度とは一変し、シアンは明らかに遠慮していた。


 「じゃあ先輩、私はこれで。バーへは一人で行きますんで。」


 「おい、早く帰って休めよ。」


 逃げるように帰るシアンの背にかけられたダリーのツッコミは、いつものものよりもぎこちなかった。


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