第三話 王国からの脱出
大幅に遅れてしまい申し訳ありませんでした。
雨の後の森は匂う。針葉樹のツンと来る匂いに、腐葉土がかもし出す香り。森は生きているという言葉を、より強く実感する。
「今あたしらがいるのがここ。東にまっすぐ行けば、国境は越えられる。」
森の中の、少し開けた日の当たる場所。ハトルが地図を指さし、リーゼとポポロに説明する。
「東にあるのは宗教国家オラクリス。アルテミシア王国とは友好的な関係を築いています。」
「じゃあ、私達が門前払いされる可能性は少ない……ってこと?」
「逆だ逆。」
ポポロのリーゼへの質問は、ハトルが答えた。
「友好的なら、国外脱出した犯罪者の情報なんてすぐに共有されてるだろ。あっちでもあたしらはお尋ね者だ。」
「……じゃあ、なんのためにオラクリスへ?」
「オラクリスに、『お宝の地図』の続きがあるからです。」
ポポロは息を呑んだ。
「幸いなことに、何故か追手は殆ど来てねぇ。このまま出発してオラクリスに向かう。いいな?」
「はい。行きましょう。」
「あのー、ちょっと良いですか?」
遠慮がちに手を上げたのは、ポポロだった。残り二人が一斉にそちらを向く。
「なんだ?異議ありか?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……」
ポポロは恥ずかしげに両足をもじもじと動かす。
「お手洗い、行きたくて……」
ハトルは小さくため息をついた。
「行ってこい。近くですぐに済ませろよ。」
「すいません!すぐ戻ってきます!」
ポポロは頭をぺこぺこと下げ、森の中へ駆けていった。
「あー、マジでダルい。」
「こらシアン、そんなことを言うな。」
木の葉から雫がしたたり落ちる中を、二人の女性が歩いて行く。ダリーとシアン。ネストルでハトルと交戦した二人の警邏だ。
「だってそうでしょ。わざわざこんなとこ通らなくても、すぐ近くにオラクリスと通じる大きな道路があるじゃないですか。普通そっち行きますよ、そっち。」
「あのなぁ……デーゼ国境道路は今日、厳戒態勢だぞ。蟻1匹も通さないよう、軍と警邏が張り込んでいる。そんなところにわざわざ行くバカがいるか?」
「じゃあなんでこっちはウチら二人しかいないんすか。配分がおかしいでしょ。」
シアンは自らの足を、大時計の振り子のようにぷらん、ぷらんと振りながら歩く。少しオーバーな歩き方は、上司に不満を訴えているかのようだった。
「……この森に逃げ込んだ国外逃亡者は、皆逃げ帰ってくるという。」
「なんすかそれ。七不思議か何かですか?」
「黙って聞け。そいつらはおびえ、憔悴しきった顔で口を揃えてこう言うそうだ。『怪物が出た』と。」
「先輩、今日の夕飯どこで食べます?良い店知ってません?」
「黙って聞けと言っているだろうが!」
ダリーの叱責を受け、シアンは口をつぐむ。
「怪物の様相は、逃亡者によって異なる。曰く顔が背中に付いていたとか、手足があり得ない方向に曲がっているとか、普通の少女の姿にしか見えないが、とてつもない怪力だとか。」
「ほら、やっぱウソじゃないっすか。」
「……お前、さっきから失礼だぞ。」
「ウチの地元にもあるんすよ。山奥の湖には竜が住んでいるって。で、見てきた連中に話を聞いてみると、肝心の竜の姿が違うんです。」
シアンは先輩の言葉を無視して、自分の話を続ける。
「曰く羽が生えてたとか、いや生えてないとか。曰く手足が生えてて陸を歩いたとか、いやそんなもんはない、両手両足ヒレだったとか。同じものを見たなら、そんなことはあり得ないでしょ?そいつらがデマカセ言ってるからそんなことになるんですよ。今回のも同じ事じゃないっすか?」
「……一理あるな。だが、証拠がある。」
ダリーは前方を指さした。
「あれ?なんすか?」
そこには数十メートルはあろうかという大木が倒れていた。それだけなら不自然ではない。奇妙なのは、その倒れ方だった。木の幹は何かによって回転し、力づくでねじ切られていたのだ。傷口から覗く白い中身から、かなり新しいものだと推測出来た。
「この森では、かなり頻繁に見られるらしい。どんな動物も気象現象も、あれを引き起こすことは出来ないそうだ。」
「……じゃあ、いるってことじゃないっすか。」
シアンはダリーの後ろに隠れる。
「こ、こら!何をしている!」
「もし何かあったら、先輩を生け贄にして逃げます。可愛い後輩の犠牲になってください。」
「バカ言うな!お前は透明になれるだろうが!むしろ私の方がヤバい!」
二人が組んずほぐれつしていると、突然近くの低木が揺れた。
「ひいっ!?」
「お、落ち着け!熊か鹿だ!多分!」
「先輩、今までありがとうございました。地獄でもお達者で。」
「勝手に地獄に落とすな!」
もみあっている二人の前に、音の正体が姿を現わした。
「出たぁ!」
「えーと、確かあっちだったはず……早くハトルさんの所に戻らなきゃ。って、あれ……?」
青ざめた顔で、ポポロが二人を見つめる。
「け、警邏……?なんでこんな場所に?」
ダリーが懐からポケット版の手配書を取り出す。そこにある写真と、目の前の少女の顔は一致していた。
「怪物じゃなかった、な。」
「でもこれはこれで、っすね。」
「あのバカ、いつまで用足してんだ。早く帰ってこいっつっただろうが。」
ハトルがいらだたしげに吐き捨てた。彼女は先ほどから、同じ場所をぐるぐると回っている。そのせいか、下草が倒れてサークルが形成されていた。
「何かあったのでしょうか……不安です。」
リーゼは不安を解きほぐすように、両手を揉む。
「……5分だ。」
「はい?」
「あと五分、あいつが帰ってこなかったら。そのままオラクリスへ行くぞ。」
顔を上げたリーゼの前に、ハトルの掌が差し出される。
「あいつが来ない。ってことは、恐らく追手がいて、捕まったんだろう。追えばあたしらも同じ目に逢う。」
ハトルは顔を、ぐいとリーゼに近づけた。
「お前とあたし。どっちが捕まっても、全部おじゃんだ。違うか?」
「……はい。」
仲間を捨てる決断。その言葉を吐き出した痛みをかき消すように、リーゼは苦い唾を呑む。
「……くそったれ。こうなるなら付いていくべきだった。」
ハトルが頭皮を引っ掻いたその時、落ち葉を踏む音が聞こえた。
「ポポロさん!……?」
「やっと来たか。遅ぇ……?」
二人の顔に浮かんだ安堵の色が、音よりも速く消えた。二人の目の前に現れたのは、ポポロではなかった。
「何……これ……」
それは二人よりも小さく、2本足で立っていた。人の形こそ取っていたが、明らかに人間ではなかった。それの全身は、泥で塗り尽くされていた。ぬかるみが意志を持ち、人の形を持って動き出した。そう形容するのが相応しく思えた。
泥に隠れ、詳細が窺い知れない『それ』。しかし、目だけは外に露出していた。その目もまた、異形だった。人間の強膜、一般に白目と呼ばれる部分は、その名の通り白色だ。そして瞳孔……黒目。こちらも一般的には黒色だ。しかしそれは違った。それの強膜は墨のように黒く、瞳孔が血のように赤かった。
「リーゼ、下がれ。」
ハトルがそう言うや否や、泥の怪物はバネを縮めるかの如く腰を落とし、飛んだ。泥の雫を落ち葉に跳ねさせ、怪物はリーゼめがけて飛んでいく。
「『鎖蛇』!」
ハトルの右腕から鉛色の紐が飛びだし、泥の怪物の足首に絡みついた。怪物は糸を引かれた凧のように、地面に急降下する。
「グアアッ!?」
地面に叩きつけられた怪物が吼えた。しかしすぐに起き上がり、ハトル達の方へ向き直る。足に巻き付いたチェーンは、泥の滑りによって既にほどかれていた。
「来るか……!」
怪物が駆け出すと同時に、ハトルが左脚を踏み込む。金属が軋む音と共にズボンが裂け、鈍色の刃が姿を現わす。
「『白鰐』!」
居合い切りのように左脚を振り抜き、ハトルが怪物を切りつける。泥のしぶきが飛び散り、怪物が地面に転がる。
「……ウソだろおい。」
ハトルが心底驚き、そして嫌そうに呟く。怪物はダメージを受けている素振りすらなく、むくりと起き上がった。
「ハトルさん!避けて!」
リーゼの金切り声が響き、二人がそちらを向く。彼女は大筒を脇に抱えていた。
「行き……ます!」
ボタンに掌が叩きつけられると同時に、轟音が響き渡る。発射の衝撃で落ち葉が舞い、リーゼが後ろに吹き飛ぶ。
「わぁっ!?」
「おい!」
リーゼの後頭部が地面を打つその寸前で、ハトルの両手が彼女をすくい上げた。
「バカ!それは反動がヤベぇんだよ!」
「す、すいません。」
リーゼを地面におろし、ハトルがすかさず怪物の方を向く。しかし、それの姿は消えていた。
「……ビビって逃げた、のか……?」
夢か幻のような出来事。それを否定する、地面に残る泥の足跡。更にそれを追うように、一陣の風が吹き抜けた。
「先輩、本当にこれで王女様と誘拐犯が来るんすか。」
シアンはけだるげに呟きながら、淡々と作業を続ける。その作業とは、猿ぐつわをされたポポロを木の幹に縛り付けるという超現実的なものだった。
「ああ。信じて良いぞ。」
そう言って鼻を鳴らすダリーの顔は、自信に満ちあふれていた。恐怖におののき、青く染まったポポロのそれとは対照的だ。
「いやいや。こんなのに引っかかるバカいませんって。カブトムシじゃあるまいし。」
「バカとは何だ失礼な。」
彼女らが居る場所は、森林の中でも比較的開けており、他の場所からも目に付きやすかった。近くに木が複数、『自然に折れて』倒れていることから、強風によって倒木し発生したのだろう。
「いいか、誘拐犯……奴は協力者たるこの女を放置できない。逃げたにせよはぐれたにせよ、こいつ経由で情報が漏れる可能性があるからな。だから絶対にここに来るはずだ。」
「木に塗るのはハチミツより酒がいいらしいっすよ。うちの親戚のおっちゃんが言ってました。」
「だからカブトムシ獲りじゃない!」
「冗談はさておき、今の話、おかしくないすか?」
シアンがロープの端を結び、ダリーに向き直る。
「仮にあたしが誘拐犯なら、こんな怪しげな罠に引っかからないっすよ。見捨ててとっとと国外に逃げます。」
「……何が言いたい。」
「こいつを連れ帰って尋問した方が良いんじゃないか、ってことです。そうしないのに、何か理由があるんじゃないですか?」
ダリーはゆっくりと上を向き、同じくらいゆっくりとと息を吐いた。そしてしばらくして口を開く。
「……手柄が欲しい。」
「は?」
「誘拐犯を一人で捕まえたという手柄。それさえあれば、私の出世は確実だ。だからその、あまり他の人間の手を借りたくない。」
シアンは唾を呑んだ。
「先輩、最低な上に無能っすね。」
「先輩に向かってなんだその言い方は!」
「いや事実っすよ。ちょっと上に報告してきます。」
「おい待て!どこに行く!」
「無能な上司を告発できれば、あたしの昇給間違いなしっすよ。」
「お前も出世欲に駆られてるじゃないか!」
またしても二人が組んずほぐれつしていると、近くでがさがさと草木が鳴り始めた。
「来たか?」
「まさか。野犬とかじゃないっすか。」
二人は争いを止め、それぞれの武器を構える。しばらくの静寂。そしてそれを引き裂き、泥まみれの物体が二人の前に躍り出た。黒い白目に、赤い瞳孔。先ほどハトル達の前に現れた生物だ。
「こいつ……!」
「怪物……!」
驚く二人に目もくれず、怪物は高々と飛び跳ねた。
「させるか!」
ダリーは短銃を構え、引き金を引く。発射されたのは6発。その全てが標的に命中した。しかし飛び散ったしぶきの色は茶色で、ダメージが入った気配はない。
「何故だ……!」
何事も無かったかのように、怪物は地面に着地する。そして前傾姿勢を取り、まっすぐに走り出そうとした。
「後ろから、失礼します。」
シアンの声がした。そう思った時には、彼女は怪物の後ろに『出現』した。彼女はナイフを、標的の背中に思い切り突き立てる。
「ウソでしょ。」
シアンが標的に突き立てたナイフは、溶けたガラスのように曲がっていた。呆然とする彼女に、怪物は思い切り体当たりする。
「ぐあっ!?」
「シアン!」
驚くダリー。その目の前には、既に怪物が居た。
「このっ……!」
「ガァッ!」
ダリーの方が早く、警棒を抜いた。しかし怪物は後出しで拳を振り、相手よりも早くそれを顔面に打ち込んだ。
「う゛ッ!?」
骨が鈍く音を響かせる。ダリーの体が吹っ飛び、近くの木に激突する。
「む、無茶苦茶だ……」
戦闘不能の二人を無視して、怪物はロープに縛られたポポロの方へ顔を向ける。しかしそこには、誰もいなかった。
「どういう……ことだ……!」
うめきながら疑念の声を上げるダリー。怪物はだらしなく垂れ下がった、辛うじて木に巻き付いているロープを見て歯ぎしりする。
「グルルァ!」
怪物は天に向かって吼えると、泥のしぶきを撒き散らしながら森の中へと消えていった。
「泥の怪物は北西へ逃げた。東へまっすぐ行けば、かち合うことはない。」
「はい。」
荷物をまとめて立上がったハトルとリーゼは、最後の確認を行なっていた。
「これはアイツを一人にしたあたしの責任だ。お前は気を病むな。いいな?」
「……はい。」
二人が意を決して歩き出そうとした、その時だった。
「ハトルさぁ~ん!」
森の中から聞こえてきた声に、二人は折れんばかりの勢いで首を向けた。
「ポポロさん……!」
茂みをかき分け、ポポロが二人の前に顔を出す。
「バカ!どこ行ってたんだ!」
「ひいっ!?すいませんでしたぁ!!」
「無事で、無事で本当に良かった……!」
「リーゼちゃんごめん!心配かけた!」
必死に謝るポポロの全身は濡れ、枯れ葉が至る所に付いていた。
「……まぁ、単独行動させたあたしにも責任があるからな。そんなに怒るのもアレか。それより、どうしてこんなに遅くなったんだ?一体何があったんだ?」
「ええとその、いろいろありすぎて説明が難しいというか……」
「順を追って、一個づつ話せばいい。分からんことがあったら質問する。」
「……はい。」
ポポロは起こったことをひとつづつ、積み上げるように話していった。二人は身を前に乗り出し、真剣にそれを聞く。
「とまぁ、以上が私の身に起こったことです。」
「その、ポポロさんはどうやって縛られた状態から脱出を?」
「あっごめん、説明してなかったね。」
ポポロは片手のひらを上にして、シャボン玉を出現させた。
「これを割ると、ただ消えるだけじゃありません。シャボン玉の膜……石けん液が残るんです。」
ポポロが指でシャボン玉をつつくと、弾けて掌の上に虹色の液体を撒き散らす。
「これ、結構ぬるぬるしてまして。それを使って縄抜けしました。」
「なるほど。だからそんなに濡れて。」
「結構上手く、能力使えてるじゃねぇか。」
「いえいえ、ヤバかったんで頭が動いただけですよ。火事場の馬鹿力……馬鹿知恵になるのかな?でも馬鹿で知恵ってどういうことだろ?」
ポポロは二人に褒められて、満更でも無さそうににやにやと笑う。
「で、だ。ポポロのお陰で、良いことと悪いことが分かった。」
「2つのこと?」
話の主導権が移ったことを察し、リーゼとポポロの二人が体の向きを変えた。
「まず悪いことだ。追手が来てるっつーことだ。」
「そうですね。ダリーが……」
「あいつの名前、知ってんのか?」
ハトルは即座にリーゼへ質問する。
「え、ええ。以前からの顔見知りで。」
「そうか。そんでだ。あの二人は厄介な能力を持っている。」
ハトルは人差し指を立てる。
「まず部下の方。アイツのスキルは恐らく『任意のものを透明化出来る』だ。シンプルながら厄介極まりねぇ。」
「なんか地味に聞こえますけど……」
「アホか。仕掛けた罠を透明化するとか、不意討ちの成功率を上げるとか、使い方次第じゃヤバい能力になるぞ。しかも見通しの悪い森の中、余計に脅威だ。」
叱られたポポロは、バツが悪そうに首を引っ込めた。
「そんでボスの方。これは推測だが……『居場所を探知するスキル』を持っている可能性が高い。」
「どうしてそう思われているのですか?」
「そうかポポロ、お前はあの時いなかったな。」
ハトルはポポロの方へ体を向ける。
「ネストルから逃げるとき、アイツは逃げたあたしに追いついてきた。」
「だから居場所が分かるスキル持ち、ってことですか?それだけじゃ何かこう、あやふやというか……」
「ネストルの路地は、想像以上に曲がりくねっててややこしい。よそ者が一見で理解するのは不可能だ。その上、アイツは煙幕で足止めを喰らってた。そんなアイツが何故、こちらに追いつくことが出来たのか、と考えると、答えは1つしかねぇ。そうだろ?リーゼ。」
リーゼは静かに頷いた。
「ええ。彼女……ダリーのスキルは、『触れた物体に、ある対象を追跡する性質を付与する』です。追跡のトリガーとなるのは視覚だけはなく、対象の匂いを辿らせることも可能だとか。」
「透明化に追跡。敵は手強いが、良いこともある。」
「良いこと?何ですか?」
「ポポロ。お前が帰ってきたことだ。」
ポポロは自分を指さし、目をしばたたかせた。
「えっ……いやそのー……照れるなぁ。嬉しいなぁ。」
「そういう意味じゃねぇ。」
「ですよねー……。」
しょぼくれるポポロの背中を、リーゼがそっと撫でる。
「大丈夫……ですか?」
「いやうん、大丈夫だよリーゼちゃん。ネタというか定番の掛け合いというかなんというか……」
「ふざけてねーで話進めるぞ。」
ハトルの言葉に、二人が姿勢を正す。
「ポポロがあのままだったら、あいつらはそれを使って色々と出来た。人質にするなり、情報を吐かせるなりな。」
「実際人質にされてましたし……」
「話を聞く限り、相当お粗末なもんだったらしいがな。それはそれとしてだ。ポポロが戻ってきたことで、戦況はこっちに傾いている。」
「まず敵の人数と構成が分かった。そんで相手は人質を失い、こっちを追うことしか出来なくなった。応援を呼ぶために街に戻れば、先にこっちが国境を抜けちまうからな。」
ハトルが軽く咳払いをし、喉の痰を取る。
「国境を抜ける。その目的は変わらない。あいつらに遭遇しなきゃいいが、追いつかれることも想定すべきだ。さらに例の怪物もいる。そうなった場合は。」
「戦闘、ですか。」
「ああ。その時はお前らにも手伝って貰う。いいな?」
二人は頷いた。リーゼは静かに、ポポロは勢いよく、少し空回りを感じるほどに。
「よし。じゃあ、作戦会議だ。」
ハトルは二人の顔を順に見て、話し始めた。
草木も眠る丑三つ時、とは言うが、夜に動く生き物はそれなりに多い。コウモリとガが壮絶な空中戦を繰り広げ、ネズミがフクロウにおびえながらエサを探す中、3人は国境に向かって歩みを進めていた。
「そう言えばさ、あのダリーって人とリーゼちゃんはどんな関係なの?」
月明かりが照らす中、ポポロはリーゼにそう問いかける。
「どうしても、言わなくてはいけませんか?」
「い、いや!全然そういうわけじゃないよ!ただ気になっただけだから!」
必死に否定した後、ポポロは口を押え、辺りを見回した。昼と比べて明確な差異はないはずなのに、夜の森は音が良く響くような気がする。些細な物音でも、追手にかぎつけられてしまいそうな恐怖が、背筋にぴたりと貼り付いて離れない。
「……彼女は、私のボディーガードでした。」
「ボディーガード?」
リーゼはこくりと頷くと、言葉を続ける。
「ダリーさんは相当優秀だったようで、若くして王族の護衛という重要任務を任されることになったそうです。その時担当となったのが、他ならぬ私でした。彼女はこんな私にも、優しく接してくださいました。」
「でも彼女、今は警邏をやっているみたいだけど……」
「ええ。数年前、彼女は上に転属を申し出たそうです。そして私の前から去りました。」
「うーん、何かあったのかなぁ。」
「恐らくですが、落ちこぼれの王族のお守りに嫌気が差したのでしょう。私の付き人だったとしても、出世は見込めませんからね。」
「いやいや!それはないと思うよ!何か心境の変化があったんだよきっと!」
ポポロのフォローに対して、リーゼは反応しない。ただ前を向いて、黙々と歩いている。
「なぁ、そんなに気になるならよ。直接聞けば良いじゃねぇか。」
黙って前を歩いていたハトルが、二人にそう話しかけた。
「……直接って、まさか。」
「ああ。『来てる』。」
ハトルが右腕から警棒を出現させ、背後に振り抜いた。
「うわぁっ!?」
リーゼとポポロが思わずかがむ。ハトルの警棒は空中で何かを打ち、乾いた音を響かせた。
「おかしいですね。なるべく忍び足で来たんですけど。」
「足音は素人が気を付けてどうにかなるもんじゃねぇよ。」
地面に倒れたシアンが、次第にその姿をあらわにする。
「あたしを欺きたいんなら、空中浮遊でも体得してくるんだな。」
「いやぁ、それは流石に無理っすわ。なんで今、捕まってください。」
シアンの言葉と共に、銃声が轟く。
「ひいいっ!?」
ポポロがリーゼを抱えて、地面に突っ伏した。
「安心しろ。標的はそこのクソ女だけだ。リーゼ様に手出しはしない。」
「ひでぇ言われようだなぁ。」
ハトルが構えた右手を下ろすと同時に、足下に銃弾が散らばった。右手から伸びていた警棒はなくなり、代わりに鈍色の盾が取り付けられていた。
「なんだそれは。いくつ機能があるんだ、お前の右手は。」
「別に良いだろ。それよりも。」
ハトルが地面を指さす。先ほどまで倒れていたリーゼとポポロの姿が、いつの間にか消えていた。
「逃げたぞ、王女様。」
「貴様……!全て計略の内か!」
憤るダリーに、ハトルは一気に距離を詰める。
「『黒蜥蜴』。」
ハトルの警棒での一撃を、ダリーは同じく警棒で防御する。
「早くしないと二人とも、どっか行っちまうぞ?」
「下衆が……!」
「仕事1つこなせねぇ無能が粋がるなよ。」
「~~~っ!」
ダリーは歯を食いしばり、ハトルをにらみ付けた。警棒同士でのつばぜり合いは、わずかにハトルに分があるように見えた。
「シアン!リーゼ様を追え!」
ダリーはつばぜり合いを続けながら、地面にのびている部下を怒鳴りつける。
「あの、追跡は先輩の方が向いてるような……」
「私はこいつを片付ける!良いから早く行け!」
「……分かりましたよ。」
シアンはのそりと立上がると、森の中へと駆け出していった。
「上手くやれよ。リーゼ、ポポロ。」
シアンの後ろ姿に、ハトルはぼそりと呟いた。
「リーゼちゃん!まだ生きてる!?」
「生きてます!」
「良かった!」
ポポロとリーゼの二人は、先ほどから同じやりとりを何度も繰り返していた。足を千切れんばかりに動かし、ただひたすら前へと走る。激しい呼吸音の奥で、眠りを起こされた獣の声と、近くにあるせせらぎの音だけが耳に入る。
「おわっ!?」
ポポロが木の根に躓き、顔面から地面に倒れ込む。それと同時に、コンマ数秒前まで彼女の頭があった場所で、刃物が空を切った。
「ひいっ!?」
倒れたポポロが起き上がろうとして転び、また起き上がろうとして躓く。恐怖でバタバタともがく姿は、地面にはたき落とされたセミのようだった。
「運がいいっすね。」
虚空から声が聞こえた。間違いない。姿は見えないが、シアンだ。
「リ、リーゼちゃん!逃げて!」
ポポロの叫び声と共に、リーゼは跳ねるようにして駆けだした。その姿はたちまち森へ消える。
「あらら。どっちを追いかけるべきか。」
シアンの足音が止まった。立ち止まり、考えているようだ。
「王女様には絶対ケガさせるなって言われてたし、何しても良い方から片付けるか。」
再び刃物が空を切る音がする。
「ひいっ!?ひゃあっ!?ひゃいいっ!?!?」
ポポロが逃げて、避ける度、そのすぐ横を刃物が走る。二人の攻防、と言って良いのか分からないやりとりは、熟練の餅つき職人のような、奇妙な相性の良さを感じさせた。
「動きが無茶苦茶すぎ。マジで当てずらいんすけど。」
シアンがいらだたしげに吐き捨て、ナイフを大ぶりに振る。それを避けようとしたポポロが再びすっころび、地面に倒れた。
「もう動かないでくださいよ。」
シアンがトドメを刺そうとした瞬間、ポポロの脳裏に、ハトルとの作戦会議の記憶が蘇る。
『あたしの力量じゃ、手練れを二人同時に相手出来ない。』
『でも、前は二人とも撃退していたじゃないですか。』
『ありゃレアケースだ。あんなことは早々起こらない。』
対ダリー、シアン組の作戦会議の最中。ハトルは片方の眉を上げて、リーゼに返事をした。
『つーわけで、二人のどっちかはお前達に相手して貰う。』
『ええ!?いやいや無理ですよ!』
ポポロは片手と首を横に振って否定する。
『まぁ落ち着け。少なくともお前のスキルは、相手に対して相性が良い。』
『相性……?ですか?』
『そうだ。』
ハトルは人差し指を上げる。
『まずシアン。アイツの能力は透明化だ。でも透明になるだけであって、実態がなくなるわけじゃない。』
『それはそうですけど……どういうことですか?』
『まだ分からねぇのか。』
ポポロの意識を現実に引き戻すように、ある音が耳に入った。これまで幾度となく聞いてきた、刃物が空気を裂く音だ。方向は分からない。しかしそれは一直線に、自分の元へと向かっている。
『シャボン玉だ。小さいシャボン玉を沢山作れ。』
脳裏に聞こえたハトルの声通りに、ポポロは掌を上に向けた。水底から泡が湧き出るように、小さなシャボン玉が沢山生まれてくる。
『それを思い切り、周りにバラ撒け。』
「うわああああっ!」
ポポロの叫び声と共に、無数のシャボン玉が周囲に飛んでいく。
「うわっ!?なんだこれ!」
シアンが驚きの声を上げた。それと同時に、透明だった彼女の姿があらわになった。正確には、無数のシャボン玉が体に貼り付き、それによって彼女の姿が結ばれていた。
「あらら。バレちゃいましたね。」
自身のスキルである透明化。それが破られても、シアンは余裕そうだった。一方のポポロはしりもちをついたまま、恐怖に震えていた。
「じゃあ改めて。お命、頂きます。」
今度ははっきりと、シアンがナイフを振りかぶるのが見えた。死まであとコンマ数秒。その時再び、ポポロの脳裏に記憶が蘇る。
『いやでも、そうやって姿が見えたところでですよ。私じゃ素でもあの人に敵いませんって。』
『アホか。あたしもお前がシアンに勝てるなんて思っちゃいねーよ。』
ハトルの言葉に、ポポロはわざとらしくずっこける。
『じゃあどうしろと……?』
『最後まで聞け。お前「は」勝てなくても良いんだ。』
『お前「は」……?』
シアンが動きを止める。腹の底に響く音が、テンポ良く聞こえてきた。何かが木々をへし折り、大地を踏みしめ、こちらにやって来る。
『不思議だったんだよ、怪物の行動原理が。こっちじゃリーゼを狙ってたのに、急に止めてお前の方に行った。そんで暴れるだけ暴れて帰った。』
『どういうことでしょうか……』
『分かることは3つ。1つはお前とリーゼが標的だったこと。もう一つは、お前の方が優先順位が上な事。そんで最後、あの時風が吹いていたこと。』
ハトルはおもむろに、ポポロのポケットに手を伸ばす。
『ちょっ……!何をするんですか!?』
『答えはこれだ。』
ハトルが取り出したのは、ポポロが化粧に使っていた白粉だった。
『この匂い。奴はこれが好きなのか嫌いなのか分からねーが、これをトリガーに襲撃している可能性が高い。』
『これが……?』
リーゼが驚き半分、疑問半分といった口調で呟く。
『ああ。これを付けていたのはお前とリーゼだけ。そんで大元を持っている分、お前の方が匂いが強い。風が吹いてから行く先を変えたのは、風上から強い匂いが来たからだろうな。』
近くの小木が吹き飛ばされ、それは姿を現わした。
「怪物……!」
シアンの声は、わずかにうわずっていた。
『ポポロ、お前のシャボン玉に、これの匂いを閉じ込めることは出来るか?』
『掌に塗った上でシャボン玉を作れば……多分。』
ポポロの脳内で、現実と回想がしのぎを削る。
「……逃げるが勝ち、ですね。」
シアンは体のシャボン玉を払い、即座に透明化する。しかし怪物は、一直線に彼女の方へと飛んでいった。
「ひっ。」
シアンは辛うじて避けたようだ。しかし怪物の攻撃は止まらない。無造作に、しかし標的のいる場所を性格に、腕を振り回し続ける。
「透明化しても無駄ですよ。」
ポポロは地面にへたり込んだまま、精一杯に強がって言った。
『匂いは透明化しても残り続ける。そんで怪物の一番のターゲットは、匂いを含ませたシャボン玉を大量にくっつけられたシアンだ。』
シアンの体のシャボン玉が1つ、また1つと弾ける。そのたびに、彼女の体に呪いとも言える匂いがしみこんでいく。
「匂いは残り続けます。怪物のターゲットはあなたです。」
ポポロはハトルの言葉を、そっくりそのまま繰り返す。
「……一時撤退ですね。」
足音が遠ざかる。シアンが走り出した、らしい。怪物も間髪入れずに後を追う。
「後は……上手く行くといいけど。」
ポポロが胸の前で、拳を握った。ハトルの言葉が、再び脳裏に蘇る。
『シアンは一度怪物と戦い、攻撃が効かずに負けている。怪物と相対し、なおかつ透明化が効果が無いと知った時、奴は確実に『逃走』を選ぶだろう。』
『でも、逃げても匂いで察知されるなら、効果無いじゃないですか。』
『いや、そこは奴の行動をコントロールする。ポポロ、お前にやっておいてほしいことがある。』
『やっておいて……ほしいこと?』
シアンは走った。向かう場所はただ1つ。
『匂い、という単語を奴に刷り込め。』
『匂い……?』
『ああ。そうすれば奴は、匂いを落とすためだけに行動する。』
シアンが足を止めた。彼女の目の前には、川が流れていた。彼女は躊躇せず、その中に飛び込む。
『奴は怪物の索敵から逃れた安心感から、警戒を怠る。本来透明化出来る可能性のある川の水に対して、それをしないだろう。つまり、音としぶきで居場所が分かる。』
シアンが飛んだ。水面に白いしぶきが立上がる。
『飛び込む時がダメだったら、息継ぎしに上がる時でも良い。なんなら、岸に上がるときでも良い。どっちにしろ、透明でも居場所が分かるからな。ただし、チャンスは一度きりだ。』
彼女はひたすら待っていた。川の傍で。ポポロが成功することを祈って。そして今、スイッチを押した。
「エアロ……バズーカ!!!」
リーゼの放った空気の弾丸は、旋回しながらシアンの顔面に命中した。
「がっ……はっ!?」
断末魔と共に、シアンの透明化が解かれていく。水面に浮き上がった彼女の体は、そのまま下流へと流されていった。
「……よし!」
溢れんばかりの喜びを抑えるかの如く、リーゼは小さく拳を握った。まだハトルとダリーが闘っている。それに、怪物も居る。まだ夜は終わっていない。
鈍い音が響いた。ダリーのナイフを、ハトルの警棒がかち上げたのだ。持ち主の手からすっぽ抜けたナイフは、回転しながら地面に落ちる。
「くっ!」
ハトルが上段から振り降ろした警棒を、ダリーが咄嗟に取り出した警棒で受け止める。
「ほらよ。」
「ちぃっ!」
休むヒマも無く仕掛けられた横薙ぎ。あと少しで警棒が脇腹に届かんとするところを、ダリーは何とか止めた。防戦一方の彼女の額から、脂汗がつうと流れる。
「どうした?心ここにあらずって感じだが。」
「……黙れ。」
「なぁ、聞きたいんだが。なんで追跡を部下にやらせた?お前の能力の方が、追跡に向いてるじゃねぇか。」
「……」
押し黙るダリーに対して、ハトルは質問を続ける。
「当ててやろうか?あたしに『仕事もこなせない無能』って言われてムカついたんだろ?」
「……だからなんだ。」
「もしそれが、あたしの計略だとしたらどうする?」
「!?」
ダリーの瞳が揺れた。
「あいつらには透明人間の相手をして貰いたい。けれども順当に行けば、お前があいつらの追跡に向かう。だから単細胞のお前を焚きつけて、あたしの相手をさせた。」
「でまかせだ。」
「でも事実、お前はここであたしと闘っている。違うか?」
ダリーは少しだけ下を向く。ハトルに言い返す言葉を、必死に考えている。
「……私がお前と闘ったのは、リーゼ様に手を掛けたお前を、直接成敗するためだ。」
「出世のために捨てたお嬢様に対して、随分ご執心じゃねえかよ。」
「部外者にあの方の何が分かる……!」
「ああ、分からん。そんで知りたくもない。あたしがアイツに乗ったのは、あたしの目的のためだけだからな。」
「貴様ぁ……!」
押し当てられた警棒を、ダリーが振り払った。そして大きく振り上げ、ハトルの頭蓋を砕かんとする。
「動きがデカ過ぎんだよ。『姥鮫』。」
振りの大きい攻撃で出来た隙。ハトルはそれを見逃さず、義足でのローキックを仕掛ける。
「ぐっ!?」
ダリーが呻く。ハトルの義足から刃は出ていなかったが、彼女の脚を破壊するには十分だった。再び動きの止まったダリーに、ハトルは警棒を振り降ろす。
「ぐああっ!」
肩口に一撃を受けたダリーは、そのまま地面に倒れ込む。すかさずハトルはその上に飛び乗り、マウントポジションを取った。
「じゃあな。」
義手の警棒を振りかぶるハトル。しかし、絶体絶命のはずのダリーは笑っていた。
「終わるのは……お前だ!」
ダリーはそう言い放ち、ハトルの体を押える。彼女のスキルは「物体に対象を追跡する性質を付与する」もの。そして、先ほど捨てたナイフに対してそれを起動した。
「死ね!」
地面に落ちていたナイフがその刀身を持ち上げ、ハトルの背中へと一直線に飛んでいく。そして肉に深々と突き刺さり、血しぶきを上げた。
「ぐうっ!?」
うめき声を上げたのは、ダリーだった。肩口にナイフが突き刺さり、目を白黒とさせる。
「どう……して……」
「バレバレなんだよ。」
ナイフを避けるために体をずらしていたハトルが、元の位置に戻りながらつぶやく。
「お前、さっきナイフを落とした時から『これ』を考えてただろ?表情に出てたぞ?」
「……!」
「じゃあな。」
ハトルが再び警棒を振りかぶる。それと同時に、ダリーの意識が途切れた。
「よう。無事だったか。」
「ハトルさん!」
作戦終了時の集合場所に決めていた、森の中の1地点。そこに現れたハトルに、リーゼとポポロが歓声を上げる。
「こっちはちゃんと追跡女を始末してきた。そっちもちゃんと上手く行ったみたいだな。」
「いやいや……ハトルさんの作戦通りに動いただけですし……」
「作戦があっても、それを実行できるとは限らない。よく頑張ったな。」
素直に褒められた二人は、自然とはにかみ、顔を合わせ笑う。
「ポポロ、体に付けた白粉は洗ったか?」
「はい!これで怪物が追ってくる心配も無いですね!」
「ああ。後はオラクリスに向かうだけだ。このまま行くぞ。」
3人が互いに顔を合わせ、頷いた。その時だった。
「あー!ここからしてたのかー!」
声が聞こえた。無邪気で高い、人間の少女の声。この場所に似つかわしくない声。全員が緊張し、声がした方に体を向ける。
それは、何の緊張感もなく、ごく普通に歩いてきた。その振る舞いからは、敵意や緊張感を一切感じなかった。
「いまはちょっとするけど、まぁ、これくらいならいいか!うん!」
彼女は鼻をひくひくとさせた。浅黒い肌に、短い髪。その体に衣類を纏っていないことを除けば、普通の少女の外見に相違なかった。しかし、目が違った。黒い白目に、赤い瞳孔。
「怪物……!」
ポポロの声がうわずる。リーゼが拳を握り、ハトルは義手の警棒を構えた。
「あっ!けんかするつもりはないぞ!」
「は?」
「だっていま、しないじゃん。におい。」
ポポロとリーゼが顔を見合わせる。白粉のことか、と彼女達は数秒遅れて理解した。
「あれをかぐとさ、なんかこう、いらいらしてさ。あばれたくなっちゃうんだぞ。」
「……そうだったのか。」
「ごめんなさい。私達のせいで、ご迷惑をお掛けしました。」
「いやいや!リーゼちゃんが謝ることはないよ!ごめんなさい!私の責任です!」
リーゼとポポロが頭を下げる。
「こっちこそごめんなさい。あのひとたちにも、ひどいことしちゃったし。」
怪物の少女も同様に、ぺこりと頭を下げる。あの本能的な大暴れからは想像できない振る舞いに、3人は困惑する。
「そんじゃあ、あたしたちは先を急ぐから……これでいいか?」
「おねーさんたち、どこか行くのか?」
「まぁ……な。」
「わたしもつれてってほしいぞ!」
「……はぁ!?」
3人は綺麗にタイミングを合わせて、全く同じ台詞を発した。
「い、いやいやいや!なんであなたが!?」
「そうですよ!付いてきてくれる分にはありがたいですけれど!」
「……何が目的だ。言え。」
三者三様の質問に、怪物少女はしばし考え込む。
「うーん、おとうさん、おかあさん探し、かな。」
「おとうさん、おかあさん捜し?」
「うん。わたし、おとうさんもおかあさんがいなくて。きづいたらずっとここにいたんだぞ。しかもことりもおとうさん、おかあさんがいるのに、わたしにはいないのがへんでさ。ここのそとに行けば、いつかあえるかなっておもってたんだぞ。」
答えそのものは、不自然ではない。しかし疑問が残る。親が居ない状態で、何故この森の中で生きて来れたのか?そもそも彼女の異常な耐久力と筋力は何なのか?彼女は本当に人間なのか?
「……良いぞ。付いてこい。」
「やったぁ!」
「ちょっと!良いんですかハトルさん!」
指摘するポポロを、ハトルが右手で押しとどめる。
「こいつは他人を欺こうとしていない。信頼して良いだろう。」
「そう……ですか。」
不承不承と言った感じで、ポポロは矛を収める。
「あの、1つ聞きたいのですが。」
「なーに?」
リーゼの質問に、怪物少女が笑顔で答える。
「私はリーゼと申します。貴女のお名前を伺いたいのですが。」
「なまえ?うーん……」
「あるわけねぇだろ。親の顔も知らねぇんだぞ。」
「レーコだぞ。」
「あるんかい!」
ハトルが頭を掻いた。
「あたしがハトルで、こっちがポポロ。よろしくな、レーコ。」
「うん!よろしく!」
謎の怪物少女、レーコを仲間に加え、一行の旅は続く。目標は宗教国家、オラクリスだ。
次は早めに投稿します……