表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/7

幕間その2~人生、メイクアップ!~

 アルテミシア王国の、とある森。キャンプや登山の人気スポットでもない、平凡な場所だ。その森の中に、1つテントが立っていた。


 「んー。よく寝た。」


 テントの中でポポロが目を覚まして、伸びをする。時刻は4時。隣では、ハトルとリーゼが寝息を立てている。


 彼女は二人を起こさないようにして、テントの外へ出る。夜明け前が一番昏い。その言葉通りに、周囲は闇一色に塗りつぶされていた。月明かりも星明かりもない中、彼女は昨晩たき火をした跡に移動し、手頃な石に腰を下ろす。近くにあったランタンに灯をともした後に懐からぼろ切れで出来たポーチを取り出し、中身を確認する。


 「良かった!全部無事だぁ!」


 ポポロは静かに、しかし感情を前面に出して叫んだ。ポーチの中にあったのは口紅、ファンデーション、鏡などの化粧用品だった。


 彼女は辺りを見回し、ためらいながらもポーチの中身に手を伸ばす。そして遠慮がちに、ファンデーションを塗り始めた。


 丹念に、しかし迅速に。ポポロは自分の顔を仕上げていく。気分が高揚したのか、途中で鼻歌を歌い始めた。リズムに合わせて体を動かし、テンションが最高潮に達した、その時だった。


 「あっ。」


 「あっ。」


 昨晩と同じく、テントから顔を出したリーゼと、ポポロの目が合った。


 「今目覚めたらいらっしゃらなくて、心配でしたので。」


 「そ、そうですか……大丈夫ですよ、逃げたりしませんから。」


 「い、いえ!別に貴女が逃げるなどと思っておりませんので!」


 「そ、そうですか……なんか、すいません。」


 気まずい空気となり、リーゼはポポロから少し離れたところに腰掛けた。


 「……本当に、申し訳ありません。」


 「へ?」


 リーゼが突然放った言葉に、ポポロは反応が遅れる。


 「私の勝手な都合で、このようなことに巻き込んでしまって。」


 「……ああ!いやそんな!全然気にしてませんよ!大丈夫ですから!」


 ポポロは必死に否定した。否定はしたが、あの時の選択に後悔があることも、少しとはいえリーゼに恨みの念があることも、隠し切れては居なかった。自分が壮大な陰謀の渦に巻き込まれてしまったことに対する恐怖を思い出してか、声が少しうわずっていた。またしても気まずい沈黙が流れる。


 「お化粧、毎朝されるんですか?」


 空気を振り切るべく、リーゼが再び質問する。


 「ああ!はい!職業柄、人目に付くので!まぁ殆ど白塗りですけどね。」


 「その、凄く上手だなって。」


 「いやいや!そんなことはないですよ!まだひよっこですし!」


 ポポロは謙遜しつつも、自分の腕が褒められたうれしさを隠せていなかった。リーゼはほほえみつつも、その視線はちらちらと化粧道具の方へ向く。


 「お化粧、興味あるんですか?」


 「あっ、その……」


 ポポロの指摘に、彼女は口ごもる。


 「……未経験ですので。」


 「えっ……じゃあすっぴん?こんだけ綺麗なのに……!?」


 信じられない、とばかりに口を開けるポポロ。褒められて恥ずかしいのか、リーゼの頬が朱に染まる。


 「その、私如きがっていうのもおこがましいし、安物ばっかりですけど……これ使って、やってみませんか?」


 「良いんですか……!?」


 「いやいや!良いんですかはこっちの台詞ですよ!」


 「でも、何をどうすれば良いのか。」


 「大丈夫ですよ!まずは……」


 ポポロの教授で、リーゼの初化粧がスタートした。最初こそたどたどしかったものの、覚えが良いのか彼女はすぐにコツを掴んだようで、順調に進めていく。そして数十分後、完成した。


 「どう……でしょうか?」


 「おお……いやこれは……すごく良いですよ……!」


 小さな鏡の中には、より美しくなったリーゼの顔があった。元々はっきりしていた目鼻立ちがより凜々しく際立ち、頬紅の紅さは健康美を演出している。彼女本来の魅力を損なうことなく、それをより後押しするような、そんなメイクだった。


 「ポポロさん、ありがとう……ございます。」


 「お礼なんてそんな……!王女陛下にお化粧した。その事実だけで光栄ですよ!」


 「そのことなんですが……」


 リーゼは唾を飲み、言葉を続ける。


 「ハトルさんにも仰った通り、私のことは王女として扱わないでいただけないでしょうか?」


 「え……?」


 「ですから、その……これからは一人の協力者として、私のことを扱っていただきたいと言いますか。」


 「協力したというか、させられたというか……しかも、結構ヤバいことに。」


 ポポロは既に、二人から大方の事情を聞いていた。


 「申し訳ございません。事が済み次第、ポポロさんの事はこちらで対処させていただきます。」


 ポポロはうつむき、顎に手を当てた。しばらく考えた後、彼女は口を開く。


 「分かりました、リーゼさん。」


 「ありがとうございます。その、敬語も使われなくて結構ですよ?私の方が恐らく年下ですし……」


 「えーと、じゃあ……リーゼちゃん?」


 「リーゼちゃん……何か良いですね、リーゼちゃん。」


 リーゼは何度も、その言葉を繰り返した。反芻する度にうれしさが溢れてくるかのように、何度もほほえんでいた。


 「うーん、良いのかなぁ?私、平民なんだけど……」


 ポポロも困惑しつつ、悪くない様子だった。


 「おはよう。早いなぁ。」


 背後からの声に、二人は一斉にそちらを向く。ハトルがテントの中から、のそりと現れた。


 「あっ、おはようございます……」


 「逃亡しようとしてた、そんでリーゼに見つかった、って所か?」


 鞄の中を漁りながら、ハトルはポポロに問う。


 「い、いや!そんなことはないですって!本当に!」


 「冗談だよ。仮に何も持たずに一人で逃げちゃあ、ここじゃ遭難必至だろうしな。」


 ハトルは黒パンを3つ、鞄から取り出した。そして2人にそれぞれ手渡す。


 「ど、どうも……」


 「ありがとうございます。」


 「その顔なんだ?えらく綺麗になってるが……」


 ハトルは二人の顔をじろじろと不躾に見つつ、黒パンにかじりつく。


 「ええと、化粧です……すいません。」


 「いや、別にいーけどよ。今日も森の中、歩くぞ?誰も見ねーし、汗ですぐ落ちるぞ?」


 「落ちる……?」


 初耳だ。そう言わんばかりにリーゼが目を見開き、胸に手を遣った。


 「当たり前だろ。化粧ってのは普通に暮らしてても、毎日やんなきゃいけないもんだしな。」


 「そんな……せっかく綺麗にしていただいたのに……」


 ショックを受けるリーゼの肩に、ポポロが手を遣った。


 「大丈夫で……だよ。また明日、一緒にやったげるから。」


 「ありがとう……ございます。」


 リーゼははにかんだ。ポポロもつられて笑顔になる。


 「何だよ。一晩二晩で随分仲良くなってるじゃねぇか。」


 「なんかすいません……」


 「なんで謝るんだよ。」


 ハトルはパンを口に詰め込み、鞄を漁る。


 「あっ、そうだ。リーゼ。」


 「はい!……げほっ。」


 「返事は飲み込んでからしろ。お前に渡すもんがある。」


 ハトルは鞄から、何かを取り出した。


 「これは……?」


 リーゼとポポロが、同時に疑問の声を上げる。ハトルが手に持つものそれは、金属製の筒、と表現するのが妥当に思えた。電柱よりも細いが、薪よりは太い。長さは丁度、リーゼが両手を広げたのと同じくらいだった。


 「バズーカだ。お前専用のな。」


 「……はい?」


 「空気の結晶、だっけか。テキトーに一個作ってくれ。」


 リーゼは戸惑いながらも、掌を上に向けた。風が集まり、結晶が成長していく。


 「どうぞ。」


 「ありがと。んでこれをここに入れてだな。」


 ハトルは説明しつつ、筒の横に取り付けられた金属製のハッチを開ける。そこに受け取った結晶を放り込み、再びハッチを閉めた。


 「後は簡単だ。ここのスイッチを押す。」


 ハトルが近くの木に筒を向け、側部のスイッチを押す。それと同時に轟音が響き、地面が揺れた。


 「うわあっ!?」


 木の葉が揺れ、鳥が飛び立つ。リーゼは両耳を塞ぎ、ポポロは飛び上がった。


 「いきなり何するんですかぁ!」


 「悪ぃ悪ぃ。でも威力はよく分かっただろ?」


 抗議するポポロを諫めつつ、ハトルは筒を向けた木の幹を指さす。そこは樹皮が弾け、中の白い随が繊維をささくれ立たせながら露出していた。


 「空気砲だ。結晶を内部で破壊して、威力をそのまま前にぶちかます。リーゼ、お前の武器だ。」


 「私、ですか。」


 「闘うんだろ?王女としてじゃなくて、一人の人間として。」


 「……はい。ありがとうございます。」


 ハトルは頷くと、鞄の口を閉じた。


 「飯食ったら出発だ。いいな?」


 「はい!」


 二人は元気よく返事をして、残った黒パンにかぶりついた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ