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第72話 村人達の力で、とんでもない剣の素材が集まる

「「「領主様の剣をうち直させてほしいのデス!」」」


 鍛冶魂に火がついたドワーフさん達が、僕の腰の剣を見ながらうずうずしている。


「それはいいけど、なんで最初に僕の剣なんだ? 他にも沢山剣を持っている冒険者さんはいるのに」


「「「それは、領主様の剣が領主様の力に耐えられていないからなのデス!」」」


 !


「領主様、剣を気遣って剣を振る力を抑えているのデス!」


 まさか、そこまで見透かされているとは。


 王都闘技場での魔王パラナッシュ戦の最後。僕が全力で剣を振るった時、微かに剣の”悲鳴”が聞こえた。


 熟練の剣士は、ときおり戦いの最中に剣の様子を感じ取ることができる。あの時、僕は確かに剣が軋む音を聞いた。


『これ以上負荷を掛けたら、剣が壊れてしまう』


 という限界を確かに感じ取ったのだ。村のみんなから剣をもらったときから僕も成長し、剣を振る力も強くなったということだろう。


 それ以来、訓練でも僕は剣の限界を超えないように、気遣いながら剣を振ってきた。


 より質の良い剣に買い換えればよいのではないかとも考えた。しかしそんな予算はないし何より、これ以上の強度を持つ剣などそうそう見つからないと思っていたからだ。


「ワタシ達ならその剣を、今よりもずっと強くできるのデス!」

「お役に立ちたいのデス!」


 ドワーフさん達が、僕に目で訴えてくる。視線からドワーフさん達の熱意が伝わってくる。


「私達ももちろん協力するよ! ドワーフさん達、メルキスの剣を誰も見たことがないくらい強くしちゃってね!」


 いつの間にか、マリエルが村のみんなを連れてきていた。


「というわけで! メルキスの剣強化プロジェクト、始めるよー!」


「「「おおー!!」」」


 こうして村人一丸となっての剣の打ち直しプロジェクトが始まった。


――


「はい、ここに新しく鍛冶工房を建てます!」


 マリエルが、図面を片手に冒険者さん達に指示を飛ばす。


 マリエルは王都にいたころに、王女として政治・経済・都市工学など、領地を治めるためのあらゆる知識を叩き込まれている。こうして村に新しい施設を建てる時にはとても頼もしい。


「ふっふっふ。こんな風に新しい施設を建てることもあるだろうと思って、この辺りはスペースを余分に確保しておいたんだ」


「なるほど。この辺り、やけに通りが広すぎないかと思っていたけどそういうことだったのか」


 マリエルの村の発展を先読みする技術は凄い。おかげで、既に建っている建物を撤去したりせず新しい建物を追加できる。


「まだまだ、こんなものじゃないよ。メルキスの力でこの街はもっともっと発展すると思ってるからね!」


 それは少し買いかぶり過ぎではないかと思うが。


マリエルが効率良く指示をだして、冒険者さん達がナスターシャ製の耐火レンガを積み上げていく。


 こうしてたったの3日で、鍛冶工房が建った。


 鍛冶工房は、温泉のお湯を沸かすための窯と併設されている。ドラゴン形態のナスターシャが入るためのスペースも確保済だ。


 ナスターシャが頭の向きを変えるだけで、温泉と鍛冶場どちらに炎を送るか切り替えられる仕組みになっている。


「お待たせニャ! あちこちの国を飛び回って、領主様の剣のための材料を調達してきたのニャ!」


 旅に出ていたキャト族さん達が戻ってきた。背中には、厳重に包んだ荷物を背負っている。肉球のついた小さな手で、荷物をほどいて見せてくれる。


「おお、これはミスリルデス!」

「こっちにはアダマンタイトもあるのデス!」

「こんなに沢山のミスリルとアダマンタイトを見たのは初めてなのデス!」


 同じくらいの大きさのキャト族とドワーフ達が話している姿は、なんだかとてもほほえましい。


 ミスリルやアダマンタイトのような伝説級金属は滅多に市場に出回らず、出回ったときでも爪の欠片ほどの大きさしかない。


 だがキャト族さん達が持ってきてくれたのは、子供の握りこぶし程の大きさがある。これほどの大きさのものは、市場に出回った事さえないだろう。


「このミスリルとアダマンタイトは、とある小さな国が国宝として極秘に保管していたのニャ! 情報網を駆使してありかを突き止めたのニャ!」


「そんなものを、よく手に入れられましたね」


「もちろん、お金では売ってくれなかったのニャ! 交渉して、国を脅かすモンスター退治と引き換えに譲ってもらったのニャ!」


「はい。我々で、年に一度街を襲いに来る山の主の住処を突き止め、成敗してまいりました」


 キャト族さん達と一緒に、いつの間にかシノビさん達も数人立っていた。


「キャト族の皆様と力を合わせ、山の主の住処である洞窟を突き止め、何重にも罠を掛けることで討ち取ることができました。あの国も、これで安泰でしょう」


 僕の知らないところで、凄い戦いを繰り広げていた。


「頑張って取ってきたミスリルとアダマンタイト、領主様の剣にたっぷり使って欲しいのニャ!」


「こんなに沢山使っていいなんて、贅沢デス!」

「剣を打つのが楽しみデス!」


 ドワーフさん達も、これほどの量の伝説級金属を扱うのは初めてらしい。


 一体どんな剣になるのか、今から楽しみだ。


「領主サマ、俺たちも気合入れてモンスターの素材取って来やした!」


 モンスター狩りに出かけていたタイムロットさん達も戻ってくる。


 鍛冶をするのに必要なのは、ハンマーだけではない。鍛冶の熱に耐える、防護服も必要なのだ。ドワーフさん達の元々持っていた防護服は村と一緒に燃えてしまったので、新しいものを作る必要がある。そのために必要なモンスターの毛皮を取りに行ってもらっていたのだ。


「凄いデス! ミノタウロスの毛皮もあるデス! これなら、元々持ってたものよりずっと良い防護服が作れるデス!」


 ドワーフさん達がはしゃぎながら防護服作りに取り掛かっていく。器用な手つきで、見る見るうちに毛皮を縫い合わせていく。


「領主様! 最後に、剣の性能をすっごく上げる事のできる”あの素材”が欲しいのデス!」

「是非とも欲しいデスね、”あの素材”」

「”あの素材”さえあれば、剣の切れ味が跳ね上がるのデス!」


「”あの素材”というのはなんですか?」


「ドラゴンの逆鱗デス!」

「ドラゴンの喉に1枚だけ生える、特別な鱗デス」

「剣の仕上げに使うのデス。逆鱗の質によって、剣の出来栄えが大きく変わるのデス。上位のドラゴンの逆鱗であるほど、質が良くなるのデス」


 ドラゴンの逆鱗。聞いたことがある。


 ドラゴン1体につき1枚しかとれないという、希少素材中の希少素材。下級ドラゴンの素材でさえ1枚数百万ゴールドという高値で取引される。


 そして、極まれに人間の言葉を話すドラゴンとの交渉に成功して、ドラゴンから無傷の状態で逆鱗を受け取ることができるケースがあるという。


 この場合、更に取引価格は跳ね上がるというのだが……。希少過ぎて一般市場には出回らないので一体いくらになるのかさえ不明だ。


「という訳で。ナスターシャさん、逆鱗くださいデス」

「レインボードラゴンの逆鱗さえあれば、凄い剣が作れるのデス」


 人間形態のナスターシャがまた、ドワーフ達に囲まれている。


「ひいいぃ。怖いですぅ。逆鱗はせめて、メルキス様が抜いてください~」


 ドワーフ達に追われて、ナスターシャが僕にしがみついてくる。


「わかった。ドワーフさん達、一度離れていてください」


 ナスターシャがドラゴン形態に変身して、仰向けに寝っ転がる。


「すぐに終わらせてくださいね……」


 ナスターシャは目をつぶり、震えながら両手を胸の上で組んでいる。


「ごめんナスターシャ。できるだけ痛くないようにするから」


 喉元を探すと、他のものより一層輝く鱗があった。


「行くぞ。3,2,1……」


 鱗の生えている方向に逆らわず、最大の力で一気に引き抜く。すると、あっさり鱗が取れた。


 逆鱗が、僕の手に中で虹色に輝いている。その美しさに、周囲の人達が感嘆の声を漏らす。


「うう、痛かったですメルキス様……! チクっとしましたぁ……」


「よしよし。ありがとうナスターシャ」


 僕は人間形態にもどったナスターシャの喉に回復魔法を掛ける。


「ありがとうございます。あの、しばらくさすっていてもらえますか……?」


 雷に怯える子犬のようにしがみついてくる。もう大丈夫だと思うのだが、突き放すのもかわいそうなので、僕はナスターシャの白い喉をさすり続ける。


「ここここれがレインボードラゴンの逆鱗デスか!」

「やはり力を感じるのデス!」

「ありがとうデスナスターシャさん! ワクワクしてきたデス!」


 ドワーフさん達が、小躍りしながら喜んでいる。


「むむむ。婚約者としての面子がピンチ。これは私もメルキスにくっついて、婚約者としての立場を周りに示さなければ」


 後ろからマリエルもくっついてくる。


 腰に手を回し、後ろから抱き着いてくる。親に甘える子供みたいな格好になっているのだが、王女としてこれは良いのだろうか。


 あらためて見ると、マリエルの手は小さい。僕の手が節くれだっているのにくらべ、マリエルの手は白くて柔らかい。


「……」


 触感がおもしろいので、手の肉をつまんでみる。


「こーらー。つまんではいけません」


 怒られた。


 ともかく、これで準備は整った。


 いよいよ剣の打ち直しが始まる。


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