第65話 次なる敵は【勇者】だと明かされる
ある日のこと。
今日は珍しく、自由な時間ができたため久しぶりに僕は自室でくつろいでいる。
「誰も見てないよな……?」
僕は窓の外を確認しカーテンを閉める。念のためドアのカギもかけておく。
これで今から僕が何をしようと、(天井裏で護衛してくれているカエデ以外には)誰にもバレることはない。
僕は、そっと壁に飾っていた剣を手に取る。王都武闘大会の優勝賞品として国王陛下から授かった、”宝剣イングマール”だ。
鞘から抜くと、美しい刀身が現れる。
「何度見ても、綺麗な刃だ……」
初めて見るわけではないのに、その美しさに見入ってしまう。
最高級合金である刃は、丹念に磨き上げられた鏡のようだ。映り込んだ僕の髪の1本1本まではっきりと見ることができる。
柄の部分の装飾も見事だ。実用性を損なわないように細心の注意を払ってデザインされた、とても丹念に装飾が施されている。
ちなみに何故僕がコソコソとまるで違法な物でも扱うかのように国王陛下に頂いた宝剣を鑑賞しているかというと、外でこの宝剣をみていると
『領主サマ、あんなに楽しそうに新しい宝剣見てるよ……俺たちが贈った剣もあるのに……』
『国王陛下に頂いた剣の方が価値があるに決まってるよな……きっと領主様はこれから国王陛下に頂いた新しい剣を使うようになるんだろうな……寂しいな……』
『私たちがメルキス様に贈った剣、捨てられてしまうのでしょうか……?』
という念のこもった視線で見られるので、いたたまれなくてこうして隠れて新しい剣を眺めているのだ。
「04式、”紅斬”」
僕は部屋のものを破壊しないように気を遣いながら、型を繰り出す。振れば更に、この剣のよさがわかる。
なのだが……
「どうも、手にそこまで馴染まないんだよなぁ」
寸法。重量。重心。少しでもずれると、剣は手に馴染まない。
もちろんある程度は使えるし、カストルとの戦いで使ったあの連続攻撃も問題なく披露できるだろう。
だが、実力伯仲の相手との戦いの中、少しでも手に馴染まない剣を使っているとわずかに技のキレが悪くなる。そのほんの僅かが、勝敗を分つこともあるのだ。
村のみんなに貰った剣は、僕に合うように選んでもらっただけあって、ものすごくよく手に馴染む。一生この剣は手放せそうにない。
「陛下からいただいた剣は、予備として持っておくことにしよう」
僕は陛下からもらった剣を腰に差す。
――その時だった。
『メルキス、聞こえますか。メルキス』
頭の中に、聞き覚えのある女性の声が響く。
「ここは、前と同じ――」
僕はまた、大理石で作られた白亜の神殿に立っていた。
『メルキス。今回も時間がありません。手短に要件を伝えます』
そして今回もまた、黄金の輝きを放つ女神アルカディアス様が神殿の奥に鎮座していた。
『最悪の、あってはならない事が起きてしまいました。これは、人類の危機です。落ち着いて聞いてください。【勇者】のギフトを持つものが、魔族に寝返りました』
「なんですって、【勇者】が人類の敵に!?」
勇者の伝説を知らぬ者はいない。
――300年前、かねてから人類と敵対していた魔族が、ついにモンスターの軍勢を率いて侵攻しはじめた。
人類側は武器を取って戦ったが、強力なモンスターの群れに対して手も足も出ず、各地で敗戦が続いた。
そんな中ある街がモンスターの群れに滅ぼされようとしていた。
だが、その街の1人の人間が【勇者】のギフトに覚醒。強力無比なその力で街を救った。
その後勇者は仲間とともに各地を巡って魔族を撃破し続け、人類と魔族の戦力のバランスを大きく変えた。
何柱もいた魔王も、勇者とその仲間たちで半分以上撃破したのだという。王都で戦った魔王パラナッシュも、一度勇者によって倒されている。
途中で仲間を失いながらも勇者は魔族の数を減らし続け、そして最後に魔族の本拠地へと乗り込み――魔族を全滅させた後、力尽きた。
それが、語り継がれている300年前の勇者の伝説である。
『【勇者】のギフトは誰にでも扱えるものではありません。適合する人間は数百年に1人。そして、私の未来予測によって人類のために戦う運命にあることを確認したうえで【勇者】のギフトを授けています。しかし、魔族の介入によってその運命が捻じ曲げられてしまいました』
僕は黙って女神アルカディアス様の話を聞く。まさか、伝説の【勇者】のギフトを持つものと戦うことになるとは。
『メルキス、貴方はまだまだ成長途中ですが、貴方に授けたギフト【根源魔法】は【勇者】を超える力があります。どうかその力で魔族の側についた勇者を打ち倒すのです』
女神アルカディアス様から光の球が飛び出し、僕の中に入ってくる。
『【根源魔法】に新たな力を追加しました。その名も【勇者剥奪】。倒した【勇者】のギフトを回収することができます。残念ながら、手に入れたギフトを自分で扱うことはできませんが』
女神アルカディアス様の姿が、薄れていく。そろそろ話せる時間が終わるようだ。
『そして最後に1つ言っておきます。貴方は、自分の父上についてまるで分かっていません。あの男は――』
「ええ、分かっています。僕は父上の偉大さについて、まだ全然理解できていません」
『いえ、そうではなくて――』
「正直、僕はまだ父上の行動についてまだ理解できていない部分があります。でもそれはきっと僕が未熟だからで――」
『ちょっと』
「例えば、伯爵家にいたとき父上が――」
『オイこら』
「あのとき父上が何故あんなことをしていたのか今でも――」
『人の話を聞きなさあああああい!!』
そう言い残して、女神アルカディアス様は消滅した。僕はまた、何ごともなかったかのように自室に立っている。
”コンコン”
誰かがドアをノックする。開けると、カエデが跪いていた。
「主殿、ご報告いたします。只今我が部下が、魔族を発見しました」
「本当か!」
「はい。ある村を魔族が襲撃しています」
「わかった。すぐに行こう。父上の手がかりがあるかもしれないし、何より村の住人を助けないと」
それに、もしかすると魔族の側についた勇者もいるかもしれない。
「ところで、その村の名前は?」
「サンタゴ村。山奥にある、ドワーフ族が隠れ棲む村です」
「よし、村の守りはエンピナ様に任せて、冒険者とシノビ全員を動員して今すぐ助けに行くぞ!」
こうして、魔族との新たな戦いが幕を開けた。
★★★★★★次回より新章スタート!!★★★★★★
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