第109話 祝勝会を開く
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僕は改めて倒した勇者ラインバートの顔を見る。【勇者】のギフトを取り上げたときに鎧も消えたので、今は質素な服を着ているだけの姿だ。
人相が悪くやや痩せ気味。体つきから言って、これまで訓練を積んでいたような雰囲気はない。歳は僕より2つか3つほど上だろうか。ギフトを授かったのは15歳の時ではないというのは、本当なのだろう。
「う、うう……」
勇者ラインバートが目を覚ます。
「お、目が覚めたな勇者。さぁ、今度はアタシと勝負しろ! そんでボロ負けしろ!」
カノンが目覚めたばかりの勇者に詰め寄る。
「な、なんだお前は!? ギフト【勇者】発動! ……あれ?」
ラインバートがギフトを発動しようとするが、何も起こらない。僕が【勇者】のギフトを取り上げているからだ。
「どうした? 早くさっきの鎧姿に変身しろよ」
「無理だ、カノン。ラインバートの【勇者】の力は僕が取り上げた」
「そ、そんな……!」
ラインバートの顔が絶望に染まる。
「く、くそぉ!」
立ち上がってラインバートが逃げ出そうとする。
”ドン”
そして、人にぶつかってこけた。
「いってぇな! 気をつけやがれ!」
文句を言うラインバートの顔が、自分がぶつかった相手が誰か見た途端に恐怖に変わる。
「け、憲兵団……!」
立っていたのはこの街の憲兵さん達。鎧と剣で武装して、隊列を組んでやって来ていた。
「勇者ラインバート。魔族と結託した罪と、一般市民を攻撃しようとした罪で貴様を逮捕する!」
「ひ、ひいいぃ……」
ラインバートの喉からか細い声が出る。
「それだけじゃない! 勇者の地位にものを言わせて、ウチの店の商品を無理矢理持って行っただろ!」
「俺なんてこいつに道で『目つきが気に入らない』っていきなり殴られたぞ!」
集まってきた街の人々からも、勇者の罪状が次々と上がってくる。
「【勇者】の力はもう無いんだってな。それならお前なんて何も怖くないぞ!」
一人の憲兵さんがラインバートを拘束する。ラインバートは、諦めたようにぐったりしていた。
「メルキスさん、そして仲間の皆さん。おかげでこの通りクソ勇者を捕まえることが出来ました! ありがとうございます」
「「「ありがとうございます!」」」
憲兵さんと街の人々が、深々と頭を下げる。
「あんた達なら、やってくれると思ってたよ。ありがとう、本当に感謝してるよ」
いつの間にかレジスタンスのリーダー、ユーティアさんも現れていた。後ろには、仲間のレジスタンスさん達を引き連れている。
「そして、私からもお礼を言わせて欲しい。ありがとうメルキス君。おかげで、私も無事に魔族の手から逃げ出すことはできたよ」
そういって現れたのは、この街の領主である本物のルスカン伯爵だ。
「まずはお礼に、祝勝会を開かせてくれ」
「「「うおおおお! 宴だあああ!!」」」
村の皆さんが歓喜の声を上げる。
こうして、昼空の下で祝勝会を開くことになった。
――
「「「かんぱーい!」」」
僕達は今、街の広場で祝勝会を開いている。
「未熟とはいえ、勇者と真っ向から戦って勝利するとは流石我が弟子だ。村に帰ったらまた我が新しい魔法を教えてやろう」
エンピナ様が興奮気味に僕に話しかけてくる。
広場に設置されたテーブルの上には、様々な料理が並んでいる。パスタやピザ、ローストチキン等の料理はルスカン伯爵が手配してくれた。そして、シノビの皆さんも極東料理を作ってくれた(調味料類は、マリエルが異次元格納庫に入れて持ってきてくれていた)。
「いやぁ、本当にメルキス君には感謝してもしきれないよ。メルキス君達が居なければ、街はずっと魔族と勇者に牛耳られたままだっただろう。本当にありがとう」
ルスカン伯爵が、僕に深々と頭を下げる。
「ご無事で何よりです、ルスカン伯爵。それに僕は、魔族の企みを止めたかっただけです」
「ふふふ。頼もしくなったな、メルキス君。前にあったときはまだ子供だったのに、いつの間にかこんなに立派に村をまとめ上げている。たいしたものだ。……というか、レインボードラゴンや大賢者エンピナ様が村にいるってメルキス君、君の村すご過ぎじゃないかな?」
「ありがとうございます、伯爵。ところで、父上について何かご存じありませんか? 父上も魔族に捕らわれて地下に居たはずなのですが」
勇者を倒した後、村の皆さんと一緒に地下をくまなく探し回ったのだが、父上は既に居なかった。
「実はつい昨日、ザッハーク君が牢に閉じ込められ居ている私に会いに来てね。『魔族の仲間になったフリをして潜入調査をしている。今地上に居る仲間にこの場所を伝える。必ず助けに来る』といっていたのだ」
「そうでしたか。流石父上、魔族の仲間になったフリをしてスパイをしているのですね。魔族達に取り入ることが出来るなんて、凄いです」
僕の胸の中に、熱いものがこみ上げる。
「ああ。ザッハーク君は凄いよ。私は良い親友を持った。そして街の住人の証言によると、メルキス君が突入してすぐ、街の外れの方から青いワイバーンがとびたったという」
「青いワイバーン。魔族が、王都武闘大会から逃げるときに乗っていたモンスターですね。きっと今回も、父上と一部の魔族はそのワイバーンに乗って逃げ出したのでしょう」
ルスカン伯爵も同じ考えに至っていたようで頷く。
「魔族の拠点は他にもあるのだろう。ザッハーク君はきっとそちらにも潜り込み、またスパイとして内部から壊滅させるつもりなんだ」
「父上……今度こそお会いできるとおもったのですが、まだ再会は先のようですね」
僕は空を仰ぐ。
「心配要らないさ。危険な作戦だが、ザッハーク君なら必ず無事やり遂げてみせるさ」
そういってルスカン伯爵は笑ってくれた。
「さぁ、今は祝勝会を楽しもうじゃないか! メルキス君も大いに呑み食らってくれ!」
ルスカン伯爵が、元気よく酒のジョッキを煽る。
「いやー! それにしてもメルキス君の村人が作ってくれた極東大陸料理は美味しいなぁ! それにこの透明なお酒! 辛みがあって後味がスッキリしていて、やみつきになりそうだ! これからメルキス君の村からお酒取り寄せちゃおうかなぁ!」
「そう言っていただけて光栄です、伯爵」
ルスカン伯爵は、焼き鳥を食べ純米酒を呑んでいる。飲みっぷりからして、お世辞ではなく本当に極東大陸のお酒を気に入ってくれたようだ。
「いやホント! 極東大陸の料理は美味いな~!」
そして当たり前のように、カノンも祝勝会に参加している。
「そうだメルキス、アタシから一つ話があるんだ」
そう言ってカノンがゆっくりと歩み寄ってくる。
また僕に戦いを挑むつもりだろうか? 僕は身構える。
「メルキス。アタシを、お前の村に住ませてくれ」
「……なんだって?」
僕は眉間を押さえる。
「少し考えさせてくれ……!」
カノンは、戦闘能力は申し分ない。さっきの戦いぶりをみると、近接戦闘に限って言えば僕と同格かそれ以上。
これからも魔族との戦いが続くことを考えれば、是非仲間になってもらいたいところではある。
だが、目に見えるトラブルメーカーなのもよく分かっている。
村の仲間にすれば、苦労することは間違いない。
「あれ、ここは……!?」
顔を上げると、僕は全く違う場所に立っていた。
いつか見た白亜の神殿。そして今回もまた、女神アルカディア様が神殿の奥に鎮座していた。
「急ですがメルキス、あなたに話があります。あの女の子、カノンをあなたの村で面倒を見て欲しいのです」
僕はあっけにとられてしまう。
「なぜ女神アルカディア様が、わざわざそんなことを僕に伝えに来たのです……?」
「アレはイレギュラーで生まれてしまった存在。今は人類のために戦ってくれていますが、非常に不安定です。何の拍子に人類の敵に回るかは分かりません」
それはまぁ、僕もそう思うけれど。
「幸いにも、あなたの村にはカノンと仲の良いレインボードラゴンが居ます。彼女がいればカノンもある程度抑えが効くでしょう。どうか、あなたがカノンを正しい道を歩めるようコントロールしてください」
女神様に頼まれてしまっては仕方ない。
「分かりました。引き受けましょう」
「感謝します、メルキス」
折角の機会なので、僕は1つ聞いてみることにした。
「アルカディア様、カノンのギフトは一体なんなのですか? あれほどの強さをもつギフト、【勇者】と【根源魔法】以外にみたことがありません。それに、あの解読できないギフトの名前。あれは一体何と記してあるのでしょう?」
「彼女が持つギフト。アレはイレギュラーによって生まれたものです。300年前、私は【勇者】に代わるさらに強力なギフトを作り出そうと試行錯誤していました。試作したギフトは、人間に与えてテストを行っていたのですが……そこでイレギュラーが発生してしまいました」
女神アルカディア様の顔が曇る。
「カノンに与えたギフトは正常に定着せず、半ば壊れた状態になってしまったのです。試作品のギフトには出力を抑えるリミッターが付いているのですがそれも壊れ、それどころか異常な出力を発揮するようになってしまったのです」
「そんな状態でギフトを使って、大丈夫なんですか?」
女神アルカディア様は首を横に振る。
「普通なら大丈夫ではありません。ギフトを使うと魂に重大な負荷が掛って、一度戦闘しただけでも自我が崩壊するはず……なのですが。彼女は桁外れに自我が強く、負担をものともしていないようです」
ため息とともにアルカディア様が言う。
「まぁ、自我は強いですよね。彼女」
僕はカノンのこれまでの言動を思い出す。
衝動的に行動したり、街を助けたらお礼に自分の像を造らせようとしたり。とにかく我が強い。
「それか、ギフトの負担で人格が壊れかけてあの性格になっているのかもしれませんけれどもね。全く彼女ときたら、300年前にどれほど苦労させられたか。地図は読み違うし気まぐれに変なところに出掛けるし方針が違うからといってあろうことか勇者に戦いを挑むし――」
堰を切ったように女神アルカディア様がカノンについての愚痴を語り始める。余程苦労させられていたらしい。
「とにかくメルキス。なんとしても彼女を村の仲間にして、目が届くところに置いておくのです。間違っても放り出してはいけません。何をしでかすか分かりませんからね。ほんっっっとうになにをしでかすか分かりませんからね」
「わ、わかりました……」
女神様の圧に押されて、僕はうなずいてしまった。これから苦労させられることは間違いないだろう。
「それでは、頼みましたよ」
そう言ってアルカディア様の姿が消える。気づくと僕は、元の広場にいた。
「? どうしたの? 急にぼーっとして?」
目の前には、さっきと同じ姿勢でカノンが立っている。
「ああ。何でも無い。ウチの村に住みたいっていう話だったな。歓迎するよ。よろしく、カノン」
「やったああああ!」
カノンが満面の笑みで拳を突き上げる。
「それじゃ今日からアンタがアタシのボスだ。よろしくな、ボス。魔族との戦いでは派手に暴れるから、期待してくれよな!」
親指を立ててみせるカノン。戦力としては、本当に頼もしい限りだ。
「またカノンちゃんと村で一緒に暮らせるんですかぁ? やったー、嬉しいですぅ~!」
ナスターシャが嬉しそうにカノンに抱きつく。
「これから毎日ナスターシャ姉ちゃんと一緒か。楽しくなりそうだな~!」
「カノンちゃん、ワタシ達の村は凄く発展しているんですよぉ。きっと気に入ってくれますぅ。まずですねぇ~」
二人は楽しそうに話し始めた。本当に仲が良いんだな。
「そう言えばカストルはどこだろう?」
僕は辺りを見渡す。
「くううぅ……兄貴の村の飯は美味いぜ! 羨ましいなぁ!」
カストルは隅の方で一人食事をとっていた。
「君、誰か知らんが良い食いっぷりだな! じゃんじゃん食ってくれ! ほら、これは極東料理の”お好み焼き”だ。お代わりもあるぞ」
「あ、ハイ。ありがとうございます」
知らない人に囲まれて落ち着かなさそうにしている。
カストルは僕が呼んだのだ。
今回魔族の拠点を突き止めるために大きな貢献をしたし、幹部クラスの敵の相手を務めてくれた。間違いなく戦いの功労者の一人である。祝勝会に呼ぶのは当然のことだ。
「お疲れ様、カストル。あの準幹部クラスの魔族に勝ったんだってな」
僕はカストルに声をかける。
「おう。兄貴も、勇者の野郎をぶちのめしたって聞いたぜ」
僕が拳を差すと、カストルも同じように拳を出して、軽く当てた。
「……俺、強くなるぜ。兄貴に届くかはわからねぇけど、これからまだまだ腕を磨く。次会うときには、兄貴より強くなってるかもしれないぜ」
「言うようになったな。楽しみにしてるよ」
魔族との戦いを経て、カストルの雰囲気が変わった。ロードベルグ伯爵家の当主を任せるにふさわしい風格だ。
「お。カストル君じゃん。魔族の準幹部クラスの敵を倒したんだって? 成長したじゃん」
やって来たのは、マリエル。
「お、お久しぶりですマリエル王女!」
カストルが急に姿勢を正して深々と頭を下げる。
「ほう? 我が弟子の弟か。汝、魔法は得意か?」
「はじめましてカストル殿。一度変装したことがありますが、やはり主殿と顔つきがどことなく似ておられますね」
「メルキス様の弟さんですかぁ。初めましてぇ~、ワタシはナスターシャといいますぅ」
僕の弟と聞いて、村の仲間が興味を示して集まってくる。
「う、うわあ! 女の子がたくさんいる……!」
カストルが女の子に囲まれて怯えている。カストルは屋敷で働くメイドさんとも目が合わせられないほど女性に免疫がないのだ。
「くっそぉ……兄貴はこんなに女の子達に囲まれて暮らしてやがるのか、うらやましいぜぇ……!」
そして、悔しがっている。
「やっほー。メルキスも食べてる?」
マリエルが僕の前にもやって来た。
「勇者と戦って疲れたでしょ? 今日は特別に、私が食べさせてあげよう。はい、あーん」
マリエルが極東料理の”すき焼き”を差し出してくれる。
「自分で食べれるよ、もう」
僕は食器を受け取って食べる。今日も、極東料理の味付けは美味しい。疲れた身体に、牛肉の旨味と砂糖醤油の味が染み入る。
「よし、折角の祝勝会だし僕も思いっきり食べるぞ!」
戦いの後処理が大変で気づかなかったが、僕は猛烈に腹が減っていた。
「そうだよ! 折角の祝勝会なんだから、楽しまなきゃ! 行こうメルキス、あっちに新しいネタのお寿司があったよ」
マリエルが僕の手を引っ張っていく。この日僕達は、大いに祝勝会を楽しんだ。
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