最ギフ第104話 カノンVSハンマー使いの魔族
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「ここ、どこだー!」
ナスターシャ、エンピナが地下で魔族の幹部に戦いを挑んでいた頃。
地上の街では、カノンが迷子になっていた。
「くっそー。酒場で朝飯食ってたら、他の連中とはぐれちゃった。地図に書かれた通りの場所に来ても、誰も居ないし。確かに地図だとこの辺のはずなんだけどな~」
棒付き飴を銜えながら、カノンがもらった地図を広げる。
「やっぱり、ここであってるよなぁ?」
そんなことはない。
カノンは、地図を完全に読み違えていた。
メルキス達が発見した魔族の拠点の出入り口は街の北の方の繁華街だが、カノンが今居るのは街の広場である。ちょうど目的地の真反対の方向へ向かっていた。
「くっそー。もしかしてみんな遅刻か? 寝坊してるのか? まったく、だらしないなーもう」
等とカノンが不満を漏らしていると。
”ズシン”
突如、広場にあった石像の1つが倒れて地下へと続く通路が現れた。
魔族はこの街の地下に巨大な拠点を築いていた。そしてその出入り口は、メルキスが見つけたもの以外にも沢山存在する。石像の下に隠されていたのは、そのうちの1つだ。
「まさか人間共に拠点に乗り込まれるとはな。『偽の領主によって街を裏から支配し、影で着実に力を増していく』というオレたちの作戦はどうやらここまでのようだ」
現れたのは、身長が2メートルを超える巨躯の魔族。肩には巨大なハンマーを担いでいる。
「バレてしまったなら仕方ない。もはやこの街の人間を活かしておく理由はない。面倒くさいが、他の街に情報を持って逃げる前に皆殺しにしておくか」
そう言って魔族は周りを見渡す。
空は明るくなり始め、広場の周りには市民が沢山集まっていた。
「アレって、魔族!?」
「俺たちを皆殺しにするって? 嘘だよな……!?」
人で賑わっていた広場は、一気に恐怖のどん底にたたき落とされる。魔族の圧倒的な迫力の前に、みな恐怖で足がすく
んで動けなくなっていた。
たった一人例外を除いて。
「300年振りだな、魔族よぉ。お前達をギタギタに出来る日がまた来るのを、アタシはずっと楽しみにしてたよ」
拳をポキポキと鳴らしながら、カノンが魔族に向かって堂々と歩いて行く。
「お前、何者だ?」
「アタシはカノン。300年前にお前らの親玉、魔王を1体けちょんけちょんにしてやった、大英雄カノン様だ。ビビって逃げ出すんなら今のうちだぜ? まぁ、逃げるなら尻に回し蹴りをお見舞いするけどね」
飴を銜えたまま、カノンが挑発的な笑みを浮かべる。
「馬鹿な。カノンは300年前に封印されたはず。ここに居るはずがない」
「実はなんと、つい数日前に復活したんだな~。どうした? おしっこ漏らしながら逃げるか?」
カノンが拳を打ち合わせる。
「ぶっふふ! その頭の悪そうな口ぶりと顔! 確かに本物かもしれんな!」
魔族は突如大笑いし始める。
「お前、あまりに幼稚な罠に引っかかって封印されたと聞いているぞ。魔族の中では有名な話だ。冬眠明けの寝ぼけたクマの方がお前よりまだ頭が回るだろうよ」
「なんだとぉ!?」
カノンが飴をかみ砕く。
「決めた! お前はアタシがこの拳でぶちのめす!」
犬歯をむき出しにしたカノンが拳を構える。
「やってみろ、矮小な人間!」
魔族がハンマーを構える。戦闘態勢に入った両者が広場の中央で向き合う。
「頑張れ! お姉ちゃん!」
「本物かは分からないけど、頑張ってくださいカノン様~!」
広場にいた人間がカノンに声援を送る。こうして、民衆に見守られながらカノンとハンマーを持った魔族の戦いが幕を開けた。
そして五分後。
「うぎゃー!」
カノンは、一方的にボコボコにされていた。
ハンマーの攻撃をモロに食らって、広場の端まで吹き飛ばされる。攻撃を受けるのは、これで五回目だ。
「くっそぉ……。なかなかやるじゃんか」
ふらつく足取りでカノンが立ち上がる。
「常人なら一撃で骨まで粉々にする俺のハンマーを、何発も受けて立っていられるとは。言うだけのことはあるか。だが、俺にはほど遠い」
「なんのぉ!」
カノンが弾ける様に急加速して、一気に拳の間合いに入る。
「食らいやがれ、デカブツ!」
歯を食いしばり、大ぶりのパンチを繰り出すカノン。しかし。
「……なんだ、そんなものか。多少頑丈なようだが、攻撃力の方は一般人とそう変わらんな」
カノンの拳は魔族の顔に直撃していた。しかし魔族は平然としている。
「ま、まだまだぁ!」
カノンが拳の連撃を浴びせる。だが、魔族はビクともしない。
「もういい。お前の力は十分に分かった」
”ドン!”
魔族がハンマーを振るい、カノンを吹き飛ばす。
「そう言えば名乗っていなかったな。俺は魔族幹部セリウム。他の幹部とは違い、地上戦を任されている。俺が全力を出したら、地下の拠点が壊れちまうからな。さて、そろそろ終わりにしてやる」
”ゴン! ゴン! ゴン!”
魔族達セリウムが、何度も倒れたカノンにハンマーを振り下ろす。
「いくら頑丈だろうと、これだけやれば十分だろう。本物だったか偽物だったか知らんが、さらばだカノンよ」
魔族セリウムが立ち去ろうとする。だが。
「どこいくの? アタシはまだまだ元気いっぱいだけど?」
カノンが、ふらふらと立ち上がる。
「……馬鹿な。なぜ立てる」
魔族達セリウムが目を見開く。
「魔族よぉ。この声が聞こえる?」
カノンが、広場の外周を指し示す。
「頑張って、お姉ちゃん!」
「魔族なんかに負けるな! 英雄カノン!」
広場にいた人達から、応援の声がカノンに集まる。
「英雄っていうのは。受けた声援を力に変えて戦うんだよ!」
カノンが魔族の腹にパンチを撃ち込む。
「この、人間風情が!」
魔族達セリウムがハンマーの一撃を返す。カノンが吹き飛ばされ、地面に転がる。だがまた、すぐに立ち上がる。
「いいぞカノン!」
「やっぱりお前、本物の大英雄カノンだ!」
カノンが立ち上がる度、広場は盛り上がっていく。
「どういう、ことだ……!? 気力でなんとかなるとか、そんな次元ではないぞ?」
セリウムの脳内で、考えが巡る。
(そもそも、なぜ骨さえ折れていない? 身体が頑丈? いや、身体能力が異常に高いのか。それなら防御力の高さは納得できる。だがそれなら、なぜあれほどに攻撃力が低いのだ? もしや手を抜いている? わからん、わからんぞ)
頭をフル回転させるセリウム。
(そう言えば、カノンは異常に名声を欲する性格だと聞いている。そしてこの状況。――まさか)
セリウムが出したのは、あまりにあり得ない結論。だが、それ以外にこの状況を説明できる理由がない。
「まさかお前、周囲から声援をもらいたいからわざとやられたフリを――!」
「あ、余計なこと言うなお前!」
カノンが慌てた顔になる。
そして次の瞬間、何が起きたのか見たものは居なかった。
”ド ン ! !”
爆音とともに、セリウムの巨体がハンマーごと吹き飛んだ。セリウムは広場の石像に叩き付けられる。衝撃で、石像が木っ端みじんに砕けていた。
「お前、今なにをした……!」
「なにって。魔族の中では、ただの右パンチがそんなに珍しいわけ?」
カノンは右手を閉じたり開いたりしてみせる。
「それほどの力を隠していたのか。なるほど、これなら魔王様にも届きうる」
「違いますー。皆さんの声援でパワーアップしただけですー。手抜きなんてしてませーん」
そう言ってカノンは舌をだす。
「えぇ……こんな大事な戦いで手抜きしてたの?」
「カノンってそんなにチヤホヤされたい性格なんだ……」
「アレが本物の英雄カノン? まじか、なんかガッカリだな」
広場には、困惑の空気が広がっていた。
それでも、全員が確信していることがある。
「「「あの人なら魔族を倒せる」」」
カノンは、その背中に信頼を集めていた。
「だが、まだまだ俺は倒れんぞ!」
セリウムが起き上がり、再びハンマーを持って飛びかかる。
「くら――え?」
”パシッ”
カノンは、ハンマーを片手で受け止めていた。口には、いつの間にか新しい飴を銜えている。
「えいっ」
軽いかけ声とは裏腹の、カノンの鮮烈な手刀が魔族の両腕を切り落とす。
「いってえええええ!」
切り落とされた腕がもやになって消える。
”ドスウゥン!!”
重い音を立ててハンマーが地面に落ちた。
「なんなんだ、なんなんだお前は……!!」
魔族が尻餅をついてカノンを見上げる。その声は震えていた。
「何度も言ったでしょ。アタシはカノン。300年前魔族共をボコボコにして、魔王も叩き潰した大英雄だよ。よいしょっと」
カノンは、落ちていた魔族のハンマーを拾い上げる。
「さてこうしてニコニコしているアタシですが。さっきボコスカとハンマーで叩かれて、実は結構ムカついてるんだよね。叩かれた13発、キッチリお返しさせてもらうよ」
そう言ってカノンが片手でハンマーを振り上げる。
「お、オレの両手持ちハンマーを軽々と片手で持ち上げるだと!?」
「まず一発目ぇ!」
”ド ン ! !”
驚きで固まる魔族に、カノンがハンマーを振り下ろす。その衝撃は、街中に響いた。
「次、二発目いっくよ~! ……ってありゃ。これはもうダメだね。ちぇっ」
カノンが舌打ちする。
「13発やり返すつもりだったのに。たった一発でやられちゃうなんてさ。脆すぎない? カルシウム足りてる?」
ハンマーが振り下ろされた場所には、深い深い穴が開いていた。そして、魔族は痕跡一つ残さず消し飛んでいた。
「まあいいや。……という訳で! 大英雄カノン様の勝利だ! はい、皆さん拍手~!」
魔族のハンマーを掲げて、カノンが高らかに宣言する。
「うおおおお! 疑って悪かったよ! あんた、やっぱ本物の英雄カノンだよ!」
「お姉ちゃん凄い! とっても強い!」
「本物の英雄カノンの復活よ! これは大ニュースだわ!」
広場にいた人達は、カノンに惜しみない拍手を送る。
「いいねぇ~! 拍手喝采を受けるこの瞬間、たまんない! この瞬間のために戦ってるんだよなぁ」
カノンは両腕を広げて、歓声を全身で受け止める。
そして広場にいた人達は一人残らず内心
「「「英雄カノン、自己顕示欲もめちゃくちゃ強いな!」」」
と思っていた。
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