第103話 エンピナVS魔法自慢の魔族
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「さて、我の相手はいったいどんな魔族であろうな」
エンピナが、魔族幹部の待つ扉を開けた。
「……随分と、ガラクタの多い部屋だ」
巨大な部屋には、様々な機器が置かれていた。
人間一人は入れそうな大きさの、様々な色の液体が入ったフラスコ。それらがチューブであちこちに置かれている箱に
繋がれている。
箱には、大きさも色合いもバラバラな水晶玉が埋め込まれている。水晶玉からはそれぞれ、小さな魔法陣が浮かび上がっていた。
そして部屋の中央には、厚いガラスで作られた巨大な水槽が鎮座していた。水槽の中には、脳のようなモノが浮かんでいる。
『久しぶりじゃの。待っておったぞ、エンピナよ』
部屋の水晶玉の魔法陣の一つから、しゃがれた声が発生する。
「汝のような、脳だけの者は知り合いにおらぬが」
エンピナが興味なさそうな目で告げる。視線は、自分の指に出来たささくれを見ていた。水槽に浮かぶ脳の方を見てさえいない。
『ほっほっほ。ワシじゃよワシ。300年前に貴様と死闘を繰り広げたライバル、魔族屈指の魔法の使い手、ゲリンゼじゃ!』
「そうか。覚えておらんな」
名乗った魔族に対して、エンピナはまだ指のささくれをいじっている。
『無理もない。300年前はこんな姿ではなかったからのう。なに、今から嫌でも思い出すことになるぞ』
ゲリンゼは不敵な声で告げる。
『貴様に敗れて命からがら逃げ出した日。儂は貴様を超える魔法使いになるべく、研究を重ねてきた。この姿になったのも、寿命という枷から逃れて魔法の研究を続けるためじゃ!』
「肉体を捨て、脳だけで生命維持するためにこれだけ大掛かりな魔法装置を組み上げたか。ご苦労なことだ」
エンピナが興味なさそうな顔で部屋の装置を見渡す。
『そしてもちろん、魔法を発動することもできるぞい!』
部屋の装置の1つが光り、水晶玉から魔法陣が浮かび上がる。そしてそこから、氷属性魔法”アイスニードル”が発動。氷の杭がエンピナに向かって飛ぶ。
「”ファイアーボール”」
エンピナの後ろの水晶の1つが赤色に変わる。そこから放たれた炎の球が、氷の杭を融かす。
「懐かしいのう、その厄介なギフト。6種類の魔法を同時に発動可能。しかも、水晶を自由に飛ばして複数の方向から敵を狙える。非常に強力じゃ」
ゲリンゼとエンピナの間で、激しい魔法の撃ち合いが始まる。
部屋のあちこちに置かれているゲリンゼの水晶玉から放たれる魔法を、エンピナが迎え撃つ。
色とりどりの魔法が交錯し、打ち消し合う。
『地属性下級魔法”クレイソフト”』
「む?」
エンピナが姿勢を崩す。片足が、地面に吸い込まれそうになっていた。ゲリンゼの魔法で、足元の地面が柔らかくなっていたのだ。
『儂の編み出した貴様の攻略方法! それは、魔法の手数ではなく質で押すことじゃ! 様々な種類の魔法を適切な場面で切る。手札の多さが儂の武器じゃ!』
体勢を崩したエンピナに、アイスニードルが襲い掛かる。
「氷属性魔法”スノーシールド”」
エンピナの前に巨大な雪の結晶が現れ、攻撃を防ぐ。
『ほう! ほうほう! 面白い、それは初めてみる魔法じゃ』
ゲリンゼが嬉しそうな声で笑う。
「風属性魔法”ウインドカッター”」
エンピナが、反撃の魔法をゲリンゼの脳に向けて放つ。
『解析完了。”スノーシールド”じゃ』
氷の結晶が発生して、エンピナの魔法を防ぐ。
「……ほう?」
エンピナが、この部屋に入って初めて興味を示した。
『ひひひ! 驚いたか! この部屋にあるのは、儂の生命維持装置だけではない! ここは、魔法を分析するための研究施設でもあるのじゃ! この部屋の設備が、今も貴様の魔法を解析している』
「ああ、さっきから動いておったあれか」
エンピナが1つの水晶玉を指さす。そこには、複雑な魔法陣が浮かんでいた。
『そのとおり! 魔法を得意とする魔族をこの研究室に招き、魔法を解析して儂はありとあらゆる魔法を蒐集しておる! 聞いて驚け、その数なんと100以上じゃ! ひひひ!』
研究室にゲリンゼの笑い声が響く。
『”アイスニードル”じゃ!』
氷の杭を横にジャンプしてかわしたエンピナが、体勢を崩す。
「なんと」
今度は、地面が柔らかくなったのではない。ゲリンゼの魔法によって、トランポリンの様に弾力を持っていたのだ。エンピナが弾力で宙に打ち上げられる。
「まだまだ! 氷属性中級魔法”フロストファング”!」
氷でできた、巨大な獣の顎が現れる。牙が上下からエンピナを襲う。
「風属性中級魔法”ウインドヴェール”」
風の衣がエンピナを包み込んで、後ろに引っ張る。氷の牙は、何もない空中を虚しく噛んだ。
『仕留めそこなったか! ひひひ! じゃがそれでよい! 貴様との戦いが長引くほど、儂の手持ちの魔法が増えるからのう!』
ゲリンゼが笑う。
『良い魔法使いの素質とは何じゃと思う? 儂は、魔法に対する好奇心じゃと思っておる。儂は300歳を超えて、未だにあたらしい魔法に出会うとワクワクする! それに比べてエンピナ、貴様はどうじゃ?』
ゲリンゼは、がっかりしたような声に変わる。
『儂の魔法を見ても、貴様は何の興味も示さぬ。年老いたからか? エンピナ、貴様にはがっかりした。もっと儂の新しい魔法に興味を示さんか』
「興味を示せと言われてもな……。興味がないものには興味がないのだから、仕方なかろうが」
エンピナの耳がしゅんと垂れ下がる。
一方、ゲリンゼは激昂して声を荒げる。
『興味がないじゃと! 貴様、仮にも”大賢者”の称号を持つものとして情けないぞ! 儂は貴様ごときをライバルと思っていたことを後悔しておる! 儂の編み出した、最新の魔法で貴様を葬ってやる!』
部屋に置かれた水晶玉が強烈な光を放つ。
『氷属性上級魔法”ブルーフロッグ”! 二重発動!』
青白い光と共に現れたのは、巨大なカエル。人間一人丸呑みに出来そうな大きさである。身体は蒼く、表面から冷気が溢れ出している。
『ゲコッ!』
カエルの口から、素早く舌が伸びる。エンピナが反射的に”ウインドヴェール”で横に跳んで回避。
『ゲコッ!』
もう一体のカエルが同じく舌を伸ばしてくる。今度はエンピナが”スノーシールド”で防ぐ。
”ゴクン!”
カエルが、舌で絡め取ったスノーシールドを口の中に引き込んで丸呑みにする。エンピナが魔法で防御しなければ、丸吞みにされていたのはエンピナだった。
『見たかエンピナよ! これが儂の編み出した最新にして最強の魔法じゃ! 攻撃の速さは全魔法トップクラス! 当たれば即丸呑みであの世行きじゃ! しかも、意思をもって自律行動するんじゃぞ! それが二体! 貴様の手持ちにこの状況を打破できる魔法はなかろう! ひっひっひ!』
勝ち誇ったようなゲリンゼの笑い声が響く。
「……汝は1つ勘違いをしている」
冷静にブルーフロッグの攻撃を捌き続けるエンピナが、冷静な声で口にする。
『ひゃひゃ! 負け惜しみか? なにが勘違いだというのじゃぁ?』
「見せてやるとしよう。”ブルーフロッグ”二重発動」
エンピナの後ろの水晶が蒼く輝く。そして、蒼いカエルが二体出現した。大きさは、ゲリンゼが呼び出したものの軽く倍はある。
『『ゲコッ!!』』
エンピナのカエル達がゲリンゼのカエル達を丸呑みにする。
『な、なんんじゃと!? まさか、貴様興味がないふりをしておきながら、儂の魔法をしっかり観察してコピーしよった
のか!』
「それが勘違いだと言っている。我は今でも新しい魔法には興味津々だ。だが、汝がさっきから見せびらかしていた魔法、我は元々全て修得していた」
『なんじゃとお!?』
ゲリンゼの声には、驚きが満ちていた。
「さっきから汝が見せた魔法全て、我は300年前には全て使えるようになっていた。新しい魔法に興味をなくしたわけではない。汝が目新しい魔法を見せてくれぬから興味がわかなかっただけのことだ」
エンピナがそう言う。その姿には、少しがっかりした様子があった。
『エンピナ、貴様一体幾つの魔法を修得しているのだ……?』
「さてな。300より後は数えておらん」
そしてエンピナが、身体から魔力を迸らせる。
「我は最近弟子を取ってな。毎日我の好奇心を満たしてくれる、才能に満ちた弟子だ。その弟子の魔法を参考に、我は新たなステージへと到達した。汝には興味がないが、同じく魔法探求を志す者。あの世への土産に、我の最新の魔法を見せてやろう」
エンピナの背中の水晶が、不思議な色の輝きを放つ。燃える炎と黄金を融かし合わせた様な色だ。
「とくと見よ。火属性・雷属性複合魔法”猛火と雷光の戦槌”」
ゲリンゼの水槽の上に現れたのは、人の身の丈を優に超える大きさの巨大なハンマー。燃える炎の色に輝いており、火花を纏っている。
『――は?』
ゲリンゼは、驚きを通り越して呆然としていた。
「これが我の最新の魔法。不可能と言われていた複数属性の複合魔法だ」
『馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な! つ、土属性魔法”ソイルウォール”!』
土が盛り上がり、ドーム状になってゲリンゼの脳の水槽を囲う。
「無駄だ。この魔法は雷光の速度と猛火の破壊力を併せ持つ。その程度の防御では気休めにもならぬ」
エンピナが指を振り下ろすと、水槽にハンマーが叩きつけられる。
”ドオオオオオオオオオォン!!”
魔族の拠点を揺るがす衝撃。
ゲリンゼの水槽は、無残に破壊されていた。
『まさか、不可能と言われていた2属性の複合魔法を実現するとは……!! ひひひ、いいもの見れたわい……』
瀕死のゲリンゼが、残ったわずかな力を使って声を出す。その声には喜びが満ちていた。
エンピナの背後の水晶が紅く光る。6重に発動した”ファイアーボール”が、壊れかけていた水槽を焼き払った。
”ゴォッ!”
炎に包まれて、ゲリンゼは完全に消滅する。
エンピナは部屋を立ち去ろうとして、足を止める。そして、部屋のあちこちにある装置の方を見る。
「この装置。設計や使われている魔法は粗末だが、素材は中々悪くない」
エンピナは装置に埋め込まれている水晶玉をしげしげを観察する。
「これほどの質の水晶玉をあつめるには骨が折れるからな。あの魔族には最期にいいものを見せてやったのだ。見物料としていただいていってもよかろう」
そんな自分に都合の良い理屈を並べ立てて、エンピナが部屋中の装置から水晶玉を抜き取っていく。
そうして集めた水晶玉は、エンピナが両腕で抱えきれないほどの量だった。
「ううむ、これでは運べぬな……」
エンピナの耳がまた垂れ下がる。
「後で我が弟子の嫁の”異次元倉庫”で運ばせるとするか。今は仕方ない、一旦隠しておくとしよう」
そう言って、エンピナが部屋の隅に水晶玉を集め、近くの装置の部品を外して覆い隠す。
「これで、すぐに水晶玉がここにあるとは分からぬだろう。誰か他の者に盗まれなければよいが……」
エンピナが、自分がまさに今水晶玉を盗もうとしていることを棚に上げて、不安そうに覆い隠した水晶玉を見つめる。
「さっさと済ませて戻ってくるとするか。待っておれ、我の愛しい水晶玉達よ」
エンピナは部屋を後にして、メルキスの元へ向かうのだった。
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