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色づく世界

 私、百合かもめは自分のクラスにいる。走って学校へ向かったり、色々電話をしたりしたから、胸がドキドキしていた。息を整えながら、ほつれた自慢の三つ編みを直す。



 よく、イジメられているならやり返せ、とか、そんなもの放っておけば収まるよ、と言われるが――

 やり返せるならイジメられていない。

 放っておけばエスカレートするだけ。

 心が強い人は、自分目線で話そうとする。


 教室は変な雰囲気であった。クラスのリーダー格の冴島君と良い子ぶっている神凪さんがイライラしていた。

 一時間目が終わり、次の休み時間になっても竹芝君達が登校していないからだ。


 冴島君は取り巻きの田代君に八つ当たりをしていた。


「てめえ、今朝アイツら見たっていったよな? こねえじゃねえかよ! この嘘つき野郎が」


「ほ、本当だよ!? あいつら二人で仲良く歩いて――」


 田代君の机をガンガンと蹴る冴島君。大きな音は心を萎縮させる。すごく嫌いだ――


「あん? マジお前ムカつくな。ていうか、俺と芽衣子がせっかく選択肢をあげたのにな」


「あれれ、竹芝君は私の事イジメてったっていう罪悪感があるのにね。別に冴島君は竹芝君の事イジメてたわけじゃないし、ちょっと行き過ぎた時は私は止めてたからね〜。夏美ちゃんはどうしよっかな」


 神凪さんは、自分が可愛い事を理解している。

 全部仕草が嘘臭かった。絶対関わりたくない、近づいたら人生だめにされそうな気がする。




 クラスのひょうきん者の山田君が驚いた声をあげていた。


「お、おい! この動画見ろって!! なんかバズってんぞ、これって竹芝だろ?」

「あ、竹芝だな。え、やばくね?」

「隣のクラスのヤツのアカウントだな。格闘技オタクの」

「すっげ、これ合成じゃねえの?」

「うわ、プロみたいだ」

「え、なんか髪型ちがくない? イケメンに……」

「バカ、冴島くんが聞いてるって」


 ――竹芝君の事を褒めていた生徒は口を噤んでしまった。


 それでもみんな気になるのか、クラス中の生徒がスマホを取り出して、動画を見始めた。

 冴島君はイライラを更につのらせる。


「は? そんなの合成に決まってんだろ? あのヒョロ男がそんな凄えわけねーだろ? ほれ、お前おれにパンチしろや。避けてやんよ! 口でシュッシュ言ってんだろ? だっせ。ていうか、あいつら来ねえと俺は今日は一日機嫌わりいからな、よろしく」



 多分、我慢の限界だった。もうこんなクラス嫌だった。

 声が勝手に出ていた。


「そ、そ、そ、そんな事ないよ……、たけちば君は――本当にすごかった、よ。わ、わたし見てたから!!」


 怖くて下を噛んでしまった。怖くて身体が震えるけど――


「ああっ? お前……誰だっけ? オタクは黙ってろよ! 糞うぜぇ、てめえもハブられてえのかよ?」


 大声が身体を硬直させる。

 心が冷え込んでしまう。涙が止まらない。泣きたくないのに。

 陰キャの友達が心配そうな顔をしていた。


「か、かもめちゃん、や、やめよう……。関わらない方がいいよ? ね、一緒にカップリング楽しもう」


「う、ううん、だ、だ駄目なの。だ、だって……、ひっぐ、もう、こんなの嫌なの……」





「マジうぜえな、お前ハブな」


 冴島君はクラス全員に聞こえるように言った。私に興味を無くしたのか、神凪さんに話しかけていた。


「ったく、あいつら本当に来ないのかよ? くそ、色々計画してたのが台無しじゃねえかよ」


「明日すればいいでしょ? だって、同じクラスなんだからいつか来るよ。それに、竹芝君は私の事好きだし――」


「あっ、あのオタクに嘘告白させっか? なんか面白くなるんじゃね?」

「うーん、なんか弱いけど、いいかもね。じゃあ早速ラブレター書かせるかな」


 人の心って本当にわからない。ひどく心を傷つける事を空気を吸うように思いつく。


 私達は弱い。……だったら、誰かに頼ればよかったんだ。

 だから――私は――二人を睨みつけた――


「てめえ、何にらんで――」


 冴島君の言葉が止まった。






 教室の扉が開いた。

 そこには、青い顔をした担任の先生と――その横にはヤクザ顔のお兄さんが立っていた。


「わ、悪いが、と、と、特別HRを始める――、え、っと」


 先生は脂汗を流しながら緊張した甲高い声をあげていた。

 お兄さんは冷たい目で担任を一瞥して、教壇に肘を付いて顎を乗せた。非常に威圧的だ。



「……失礼、時間が無いので手短に言います、授業の邪魔もしたくないので。――どうも、はじめまして、竹芝君の亡き父親の舎弟で、現在竹芝君の父親代わりを勝手にしている、武藤法律事務所の代表、武藤刹那むとうせつなです。……さて」


 怒りを滲ませた武藤さんはチラリと私を見て頷いた――

 私は力強くうなずく。




「――どうやら、このクラスでイジメがあるみたいですね……、しかも私の大切な人の息子に……」



 武藤さんは静かな口調だけど、カタギの人では出せないような威圧で教室を射抜く。



 武藤さんが写真の束と、今朝竹芝くんが捨てて、私が拾った手紙を担任に投げつけた――


 竹芝君がイジメられていたときの写真であった。私がいつか告発しようと思って集めていたもの。すごく怖くて、勇気が無くて告発出来なくて……、先生も頼りないし……

 そんな時、竹芝君の殴られ屋を遠くから見ている私は武藤さんと知り合った。


 うん、私も傍観者だったんだ。だから私にも罪はある。


 冴島君が机を倒しながら立ち上がった――



「は、はっ!?  お、俺はやってねえよ! 馬鹿じゃね? 遊んでただけだっつーの! 話を大げさにするんじゃねーよ! このヤクザが!」


 担任の先生がうろたえていた。


「あ、ば、馬鹿……」


「ヤクザ? ……弁護士に向かって侮辱か。子供の戯言では済まされない。まあいい、今日はもう帰る」


 武藤さんは自分で担任に投げつけた証拠を拾い始めた。

 私も無言で席を立ち、写真を拾い集める。


 私が集めた写真を受け取り、大きくない声だけど、よく通る声で冴島君に言った。

 冴島君は平気なフリをしているけど、足が震えて媚びた笑みを浮かべていた。




「……父親が教育委員会の幹部職員。――親子揃って……あれな人種か。先生――ちょっと話しましょうか。――ああ、そうだ、君たち、竹芝君はもうこの学校に登校させるつもりはない」



 担任の先生は『はひっ……き、君た』と言いながら武藤さんに連れて行かれた。

 クラスは騒然となる前に、次の授業の数学の先生がやってきた。


 冴島君は「や、やべぇ、お、親父に怒られる……」と言いながら、青い顔をしていた。

 ……多分怒られるではすまない事態になると思う。


 神凪さんを見ると、イライラしながらしきりに爪を噛んでいた。




 ***************





「そのアイス美味しいじゃん! ねえ、もう一口頂戴って!」


 俺達は駅前のベンチでアイスを食べていた。

 夏美はチョコミント、俺はキャラメル。

 俺はキャラメルアイスを乗せたスプーンを夏美の口の近くに持っていく。


「なんだか懐かしい。よく駄菓子屋でアイスを分けた食べたな」


 俺のスプーンをパクリと口に入れる。

 夏美は上機嫌であった。


「懐かしいねー。杏シャーベット美味しかったね。――あっ、メッセージだ。……えっと……、ふんふん……、え、マジ」


 夏美はスマホを見ながら考え込む。

 そして――


「えっと信士……ママからだけどさ。――きょ、今日からなぜかあんたの家に住むことになったわ。マジ意味わかんねーけど、よろしく……。は、ははっ」


 俺はアイスを吹き出した。


「な、なぜ? 母さんは?」


「あんた、汚いよ! あんたの母さんも了解してるって。ていうか、あんたの部屋なにもないじゃん。一回、家帰ってカバンおいて、買い物するよ! スマホ買わなきゃ!」



 なんだろう、このまま嫌な事を忘れて、夏美とずっと一緒にいたい。こんな素晴らしい事が続くんだ。

 嫌な事は考えたくない。

 ……でもいつか学校に行かなきゃいけない。


 夏美はニヤリと笑いながら、俺に言った。


「もう学校なんて行かなくていいって。マジ驚きの発言だわ。……転校して欲しいって。わ、私も良ければ一緒にだって。わ、私は全然構わないけどね。あっ、べ、別にあんたと同じで嬉しいなんて思ってないよ! ……へへ、ごめん、嘘。本当はめっちゃ嬉しいよ――」



 もう、学校に行かなくてもいい?

 そっか、そういう選択肢もあるんだ。全然考えたこともなかった。



「な、なによ、なんとか言ったらどうなの?」


「…………っ」


 俺は言葉を発するのを忘れていた。

 この感情をなんて説明していいかわからなかった。


「ふぎゃ!?」


 だから、ただ、夏美を抱きしめてしまった。


 夏美は俺の腕の中で身じろぎもしなかった。目を閉じて、俺が大好きなへたくそな鼻歌を歌っていた――


 俺の世界が色づいた瞬間に思えた――




第一章完です!

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