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幼馴染の力


 不格好な二人であった。

 泣きじゃくって顔が腫れている夏美と、ボロボロの俺。

 二人でいると段々と頭が痛いのが消えていった。

 外傷かと思っていたけど、違ったのかも知れない。


 俺は泣いたら心が晴れやかになった。

 こんな気持ちになったのはいつぶりだろう? 


「あんた、私に惚れんじゃないわよ? 私はいつか超イケメン御曹司と結婚目指すんだからさ」


 強がりを言ってる夏美の身体は震えていた。

 俺たちは学生だ。人から嫌われるのが嫌に決まっている。教室の空気を読んで大人しく過ごした方が楽な選択肢だ。

 夏美は人気があるから友達も多い。

 リア充グループのトップに君臨しているはずだ。


 ――だけど、そんな立場はすぐに覆されてしまう。俺がそうだったから。

 さっきの神凪さんと冴島に対する態度を見ていると……、本当に夏美がイジメられる可能性がある。


「ははっ、惚れそうになっちゃうな。……昔の記憶を思い出した」


 仮面が剥がれた夏美は、昔のままであった。

 いつも二人で一緒にいて遊んでいた。お互いの家に遊びに行った。

 田んぼでどろんこになって遊んだ。ゲームだってしたし、一緒にお風呂だって入った。


「……全く、あんたはまだ壊れたままじゃん。はぁ、仕方ないわね。一緒に家に行ってあげるわ」


 そう、夏美と二人で歩くと自分が人間らしくいられる。

 俺は素直に頷いた――






 家の前に着くと、玄関前でお母さんと姉さんが青い顔をしてあたふたとしていた。


「あ、ああ、どうすればいいの? け、警察に……」

「お母さん、私探してくる!! 待ってて頂戴! ――あっ、信士?」


 お母さんは俺と夏美が一緒にいるところを見ると、更に血の気を無くして……地面に倒れてしまった。


 無関心で無表情でいつもクールな姉さんが、血相を変えて俺に向かってきた抱きついてきた。こんな事は初めてだ。


「し、信士……、信士……、ごめんなさい……、私達が見ないふりをして……、本当にごめんなさい……ごめんなさい……」


「……うん、もうどこにも行かない。俺こそ心配かけてごめん。――母さんを起こさなきゃ。夏美、姉さん、手伝ってくれるか?」


 離れない姉さんを引っぺがして、母さんを抱き上げて俺たちは家の中へと入った。





 リビングで目を覚ました母さんは泣きながらずっと俺に謝っていた。

 違う、俺の方こそ迷惑をかけたんだ。母さん達は悪くない。


「信士……、本当は気がついていたのに、私……どうしていいかわからなくて……」

「私だって信士がイジメられていたの知ってたけど、知らないふりしてた。……面倒だと思ったから」


 父さんは俺が幼い頃、事故で亡くなった。

 だから、姉さんも母さんも生きるのに必死だった。俺も迷惑をかけたくなかったから、あまり話をしなかった。


 俺達はリビングでずっと話し合った。

 大半はお互いが謝ってばかりだけど、段々を気持ちが落ち着いた。


 俺の外傷は意外と小さかった。擦り傷が多くて血が出ていたけど、簡単な治療で済んだ。

 頭の痛みは、もう完全にない。


 姉さんがお茶を震わせてこぼしながら俺に言った。

 


「本当に驚いた……。信士の部屋に何も無くて……手紙だけ置いてあって……う、うぅ……」


 俺が帰ってこなくて、何気なく部屋を見たら驚いたらしい。

 全部処分した俺の部屋には何もなかった。

 自分の痕跡を無くして、置き手紙だけを残した。


 俺と電話も繋がらなくて血相を変えて外に出たら、そんな時、俺と夏美が泣きじゃくりがら帰って来た。


 俺は自分を全部さらけ出そうと思った。

 もう身内には嘘を付きたくない。全部知ってほしかった。



 だから俺は、ぽつりぽつりと今までの事を、気持ちを、全部話した。

 自分が好きな女の子をイジメていた事。

 先生に糾弾されて、人の視線がトラウマになってしまった事。

 何をしても、俺が誰かと仲良くすることができなかった事。

 自分が欠陥品だと思っていた事。

 イジメられているなんて思っていなくて、ただの罰だと思っていた事。

 勝手に危険なアルバイトをして、一人で育ててくれてお礼にお金をためていた事。

 全部終わらせて、静かに――いなくなろうとした事。

 ……でも、夏美と話したら、昔の気持ちが思い出せた事。

 今度は夏美がイジメられるかも知れないって事を。


 母さんも姉さんも真剣に聞いてくれた。

 こんな風に二人と話すのはいつぶりなんだろう?


「だから、俺は学校に通う。……怖いけど……前に進むんだ。夏美は俺が守る」


 こんな事を親に話したら、大人同士の話になって拗れるかも知れない。

 嘘はもう付きたくないんだ。

 母さんは何も言わずに俺を抱きしめて泣いてくれた。

 姉さんもすすり泣いていた。



 夏美が恐る恐る手を上げる。


「あの〜、お母さん、今日は泊まってもいいですか? ていうか、家まで三分ですけど……。親には連絡しておきます。――信士がどっか行きそうで怖いし」


「夏美ちゃんなら大歓迎よ! ううぅ……、本当にあなたがいなかったら……」


「でも、私がいなかったらこんな事には……」


 夏美は頭を下げられて恐縮してしまった。


「夏美さん、お願いします。今日はここにいて下さい。……お願いします」


「ちょ、お姉さん……、って、信士まで?」


 姉さんも夏美に頭を下げる。

 俺も夏美がそばにいて欲しいから頭を下げた。





 その後、俺たちは簡単な食事を食べてた。

 話していたらいつの間にかみんな笑顔になっていた。

 不思議なものだ。

 みんなでご飯を食べるなんて久しぶりだ。いつも俺は殴られ屋をしていたから夜遅かった。

 母さんと姉さんは俺が不良になったと思っていたらしい。


 お風呂も順番に入った。流石にこの年になってお風呂は一緒に入れない。





 俺と夏美はリビングに布団を敷いて寝ることになった。

 昔はこうして二人で昼寝をした事があったな。懐かしい思い出だ。


「夏美ちゃん、信士を見ててね」

「よろしく頼みます」


 母さんと姉さんは……俺を強く抱きしめてから自分の部屋へと向かった。




「なんだか不思議な気分だ。自分の家じゃないみたいだ」


「わ、私だって変な気分じゃん。だって、あんたが横で寝てるんだよ? ……絶対変なところ触らないでね?」


 あれだけ怖かった夏美が、全然怖くなかった。

 姉さんが持っていた猫のキグルミみたいなパジャマを着た夏美はとても可愛らしかった。

 ショートカットの黒髪をのぞかせて、大きな瞳は俺を見ていた。

 夏美がうちのシャンプーの匂いをさせているのが変な感じだった。


 俺達は食卓で話していた昔の思い出話がいつまでも終わらなかった。

 この時間がいつまでも終わってほしくなかった。


「信士、あの時田んぼに落ちてダサかったよね」

「夏美だって泥だらけで男の子と間違えられたじゃないか」

「あんたは可愛いからって、お姉さんにスカート履かされてさ」

「夏美が俺の髪を切ったら丸坊主になって――」

「あんたはいつも調子に乗ってて――」


 段々と夏美の声が小さくなってきた。

 俺は電気を暗くした。


「うぅ……まだ、大丈夫よ。……もっと話したいにょ」


「ああ、そうだな」


 俺は夏美の布団をかけ直す。


「あっ、スマホ……、また契約しないと」


「……うん、一緒に行こうにゃ」


「洋服もなくなっちゃった。母さんにまた迷惑かける」


「いいにゃん……、バイト代……あるでしょ……」


「夏美……、本当にありがとう」


「……ん……ねみゅ……」


 夏美はそれだけ言って、寝返りを打った。

 隣り合わせた布団の中をもぞもぞと移動して――俺の手を抱きしめながら――眠りについてしまった。


 俺は夏美の小さな手を感じながら――夏美の顔を見ながら――眠りについた。






 朝、目を覚ますと、真っ赤な顔の夏美が目に入った。

 すごく顔が近い。なんだろう、緊張してしまう。怖さはもう感じない。


 夏美は俺の腕の中で小さく縮こまっている。

 ひどく大切な何かに見えた。


「お、おはよ……、い、生きてるか確かめただけよ! べ、別に好きなわけじゃないから勘違いしないでよね!」


 俺は思わず昔みたいに、頭を撫でてしまった。


「あっ……」


「おはよう、夏美。……俺はもう大丈夫だ」


 昔と全く一緒、なんて言えない。本当に大丈夫なんて思わない。

 教室へ行くことを考えると恐怖に包まれる。

 クラスメイトに会うのが怖い。

 この世界が怖い。


 だけど、昔を思い出す事ができた。

 夏美がいる世界を思い出したんだ。


 夏美と一晩過ごしただけ、俺の心が晴れやかになったんだ。

 凄いな、夏美は。


「信士……、やっぱ、格好いい……」

「ん、なんか言ったか?」

「な、何でもないわよ! はぁ、もう少しこのままでいなさいよ!」

「あ、ああ、でも視線が――」

「視線?」


 すでに起きていて朝食の準備をしている母さんと姉さんが俺たちを微笑ましくみていた。

 夏美は慌てて猫耳フードを頭にかぶった。


「ふぎゃ!? あ、あんた早く言いなさいって!?」


 リビングには笑い声が響いた。

 その声を聞いて、俺は――昨日を乗り越えて本当に良かったと思えた。

 苦しい気持ちが消えてなくなった。


 心が、身体が喜びを感じていた――





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作者的には珍しい馴染ヒロイン頑張ります!

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