因果応報
学校行きたくないな……。
俺は自分の部屋を整理しながら部屋の隅でうずくまっていた。
小学校の頃は友達も沢山いた、だけど自分のせいで全部ぶち壊してしまった。
あれは初恋だったんだ。今ならあの時の感情がわかる。
俺はクラスに転校してきた神凪芽衣子に一目惚れしたんだ。
いつも視線は神凪を追っていた。
俺の元友達の悪ガキたちはそれを目ざとく見ていて、それをいじった。
『信士〜、お前神凪の事好きなのかよ〜』
『しんちゃんって夏美とできてるんじゃなかったの?』
『浮気だ浮気ー!』
俺は自分の感情を持て余していた。それにいじられるのが嫌だった。
だから――素直になれなくて――
『うっせーよ! あんなブス好きでもなんでもねーよ!』
俺は頻繁に神凪をからかった。
行き過ぎた言葉を吐く時もあった。それでも神凪が反応してくれると嬉しかった。
駄目な事だって分かっているのに止めることが出来なかった。
冗談で神凪のバッグを隠した事があった。
神凪が泣きながらバッグを探している姿を見ていたら、罪悪感に潰されそうになった。
自分がやった事なのに、すごく自分勝手だけど……。
俺は神凪と一緒に探すフリをしてバッグを渡した。
『ぐす、あ、ありがとう、信士君』
『……う、うっせーよ! お、お前がすっとろいのが悪いんだろ……、俺も……ごめん』
この時の神凪の笑顔が忘れられなかった。
だけど、その光景を見ていた幼馴染がいたのに気が付かなかった。
次の日、特別HRが開催された。
議題は俺が――いじめをしている事についてであった。
『センセー! 俺見たんだ、神凪をいじめてる竹芝君を』
『髪の毛引っ張ってたよ! 超可哀想』
『いつも悪口言ってたしね』
『ねえねえ、昨日のバッグだって俺が信士に命令されて隠したんだもんね』
俺は焦りと動揺で嫌な汗をかいていた。神凪の顔を見ると暗い顔をしている。
……俺の行為のせいだ。
『竹芝、立って説明しろ』
俺は一人教壇の横に立たされて、先生とクラスメイトからHRの時間の間、糾弾され続けた。
俺は精神が強いわけではなかった。時折、『う、うん』『あ、あっ』と漏らすような声しか出なかった。無言でいると、先生が俺を叱りつける。地獄のような時間であった。
俺はみんなの前で謝って、HRは終わった。
その日から、俺の立場は変わってしまった。
仲の良い友達は、俺を無視する。
新しいゲームが発売して、話に加わろうとしても――
『はっ? 信士もこれやってんの? マジかよ、俺やんのやめよ』
『ていうか、俺もいじめられちゃうから近寄んなよ』
『グラウンド言ってドッチボールやろうぜ!』
俺は一人教室の取り残されて、クラスの男子全員でグラウンドへと向かった。
俺は足が動かなかった。だって、これは自分で撒いた罪なんだ。
寂しさと悲しさと恥ずかしさが心を覆い尽くす。
クラスの女子の目も決して良いものではない。
俺の幼馴染である汐留夏美だって、俺を冷たい目で見る。
――そうか、因果応報なんだ。俺が最悪な男だったからいけないんだ。
俺は落書きを書かれた自分の机の上で寝ているふりをしながら学校生活を送った。
隣の机とは距離を離されて、俺は汚いもの扱いされた。
中学になっても力関係は変わらなかった。
他校の小学校の生徒と仲良くなった瞬間、俺がいじめていた事をバラされて、俺は小学校と同じ生活を送った。
……それでも、今でも神凪の事を目で追ってしまう。
いつの間にか、神凪と仲良くなった汐留は、いつも二人でいた。
汐留と目が合うと、俺をにらみつけるとような視線を送る。
俺はどうにかして、神凪に謝りたかった。一言でもいいから喋りたかった。
そして、ある日、俺は神凪に告げられた。
『竹芝君、小学校の頃の事は気にしてないから、もうこっち見ないでほしいな。ちょっと気持ち悪くて怖いよ……。――だから、もう普通に……』
何も考えられなくなった。
俺は――この時、自分の罪の重さを再確認した……。
子供の頃の記憶は鮮明に思い出せる。
俺は生きていちゃ駄目な男だったんだ。
親にも迷惑をかけて、ただお金ばかり使わせて……。
高校になっても、小さな街だから、同じ中学校の生徒が多い。
俺は中学と同じ生活をしていた。
少し変わったのが、俺はバイトを始めた事だ。
一年の終わりになると、かなりの金額を稼ぐ事が出来た。
高校生のアルバイトなんて大した額を稼げない。
だから、俺は昔のテレビで見た――殴られ屋を見様見真似で始めた。
素人の俺が始めたそれは、ひどいものであった。
うまく避けられずに殴られて、傷だらけになった。
だけど、殴られると少しだけ罪が薄れる気分になる。
俺の殴られ屋は、ちゃんと殴れる、と評判を呼んで人気が出てしまった。
常連さんも沢山いる。サラリーマンだったり、不良だったり、キャバ嬢だったり、様々だ。
みんなこの世界に鬱憤を持っている。
俺が少しずつうまくなると、成長を喜んでくれる人もいた。
だけど、こんな生活は今日終わりだ。
目標の金額が溜まった。だから――これが最後の登校――
勝手な事だけど、親の通帳をこっそり借りて、お金は全部預け入れをしてある。今まで育ててくれた金額には到底及ばない。それでも少しは足しになる。
俺の痕跡は可能な限り消して、置き手紙を置いてある。
俺は家を出て、最後にポツリとつぶやいた。
「――迷惑かけてごめんなさい」
その日はいつもどおり過ごそうと思っていた。
クラスは相変わらず騒がしい。
腐れ縁なのか、幼馴染と汐留と初恋の神凪は同じクラスであった。
可愛い二人はクラスの人気者になっていた。
俺が教室に入っても誰も反応しない。そう思っていたけど、今日は違った。
汐留が俺に近づいてきた。
「はぁ……、あんた相変わらず暗い顔してんね。ていうか、もういいんじゃね?」
俺は話しかけられるのが久しぶり過ぎて声が出なかった。
汐留はそれでも続けた。
「なんかね、芽衣子が告白されてさ、ちょっといい感じになりそうなんだよね! はは、めでたい事でしょ? ……ねえ、あんたさ、そろそろ普通に生きたらどう? いつも顔腫れてるから、怖くて誰も声かけられないっしょ」
「あっ、う、ん」
「はぁ……、駄目か。ていうか、神凪の事をいじめてたあんたが悪いんだからね。もっとうまく立ち回ってくれたら……私だって」
汐留は俺が男子からいじめられても、それを一緒になって見ているだけであった。傍観者である。それが一番正しいんだろう。止めても関わっても人間関係はこじれる。
「なんとか言ったら? まあ、いいわ。今日、クラスでカラオケあるからあんたも来なさい。いい? これは命令よ。来なかったら許さないわよ」
命令、その言葉が俺の体を震えさせる。
……俺をカラオケに呼んで笑いものにするのか。でも、これは俺が受け入れなきゃいけない罰だ。
俺はコクリと頷いた。
「はぁ……、昔はかっこよかったのにね……。なんだって私はこんなキモい男を――」
汐留が吐き捨てるように言って、神凪の席へと向かった。
神凪は俺を目を合わせようとしない。
俺の心は申し訳なさしかなかった。
放課後までずっと考えていた。俺はカラオケに行ったほうがいいのか?
それとも――
最後に街の人に挨拶をしてからどこか遠くへ消えたい。
俺は学校を早退することにした。
そうすれば誰も俺の事を気にしない。
汐留に凄い顔で睨まれたけど、俺は学校を一人出ていった。
「おう、殴られ屋のあんちゃん! 元気してっか!」
「あら、今日は早いわね? 店手伝ってく?」
「がははっ、お前殴られすぎだろ? またよろしくな!」
「……今日は警察が多いから気をつけろ」
「あ〜〜、殴られ屋ちゃんだ! 今度お店来たらサービスしてあげるね!」
「あんた馬鹿、未成年でしょ! うちらが捕まっちゃうでしょ!」
街のいつもの広場でぼうっとしているだけで、色んな人が声をかけてくれる。
俺の唯一の居場所であった。だけど、今日がこれで最後だ。
空は真っ暗になり繁華街が賑わう時間になった、俺は重い腰を上げて歩く事にした。
この街を出て、山に向かうために。
街を出ようとした時、大通りで俺は神凪の姿を見かけた。
端正な顔立ちの男子生徒と二人で歩いていた。
――良かった。幸せになって欲しいな。
胸がズキンと傷んだけど、もう俺の人生は終わりだ。
神凪の後ろから、うちのクラスの生徒たちが出てきた。
その中に汐留もいる。
明るいライトの下で楽しそうに話しているクラスメイト。
俺はそこに入っていけない。
汐留がスマホを片手にイライラした顔をしていた。
もしかしたら俺に連絡しているのか? そんな事ないか。汐留にとって俺は何者でもない。
それにスマホは解約して家に置いてきた。
俺は小さく手を振ってその場を離れようとした――が、汐留は赤信号に気が付かず交差点を渡っていた。クラスメイトは誰も気がついていない。
やばい――
俺は反射的に身体が動いていた。
車が汐留に迫っていた。
――こんな最期でもいいか。罪滅ぼしになるな。
「汐留ーー!!!」
俺は久しぶりに大声を上げた。
汐留は自分の状況に気がついたのか、恐怖に包まれた顔であった。
クラクションが鳴り響く――
――おかしい、俺は汐留を突き飛ばして車に引かれるはずだったのに?
俺は汐留を抱きしめながら地面に倒れていた。
震えている汐留が俺の上にいる。
汐留には怪我はないようであった。周りは事態に気がついたのか騒然としていた。
「し、信士……、あ、あんた……頭……」
頭を触ると少しだけ血が付いていた。このくらいなら問題ないと思う。
それよりも、俺は死にそびれたのか? ……勇気が足りなかったのか?
俺は汐留の言葉には答えず、ふらふらと立ち上がった。
「……駄目だ、ここじゃ駄目だ。もっと遠くに行って――、そうだ、屋上から――」
「し、信士? ねえ、あんたが助けてくれたんでしょ? け、怪我してるから病院に行こうよ……、し、信士……」
「俺は生きていちゃいけないんだ……、この世からいなくならなきゃ……」
「えっ……」
俺がこの場を去ろうとした時、汐留は俺の手を掴んだ。
「ちょっと、あんた何言ってんのよ? も、もしかしてあんた自殺……、や、やめてよ!? あんたがいなかったら私――、め、芽衣子! 信士を止めて!!」
神凪が見知らぬ男子生徒から離れて――俺に近づいた。
「た、竹芝君、ね、ねえ、ほら、芽衣子だよ? 竹芝君、私の事好きだったでしょ? ねえ、転校して寂しかった私に話しかけてくれたでしょ? ……変な事になっちゃったけど、私は嬉しかったんだよ? あ、彼は私の一つ上のお兄ちゃんなんだよ? 私、竹芝君の事ずっと気になっていたんだ。だから――一緒に学校を楽しもうよ! もう意地悪しないから――」
頭が混乱する。
俺はいらない人間のはずだ。なんで二人は俺に優しくする。
ああ、そうか、俺が可哀想に見えたからか――
哀れんだ目が――ひどく心を悲しくさせた。
知らない人と話しているみたいであった。
思わず本音が口にでてしまった。
「……君らは誰? 俺に優しくしてくれた子なんて誰もいない。俺が全部悪いんだから……、優しくされても困る……」
「し、信士……」
「あ……」
なぜだろう、この時、俺は無性に殴られ屋の時の思い出が蘇った。
誰かが言ってくれた。ボクシングを始めたらいいのにって。
でも俺はいなくなるからこれ以上関係を広げたくなかった。
だから――
「大丈夫、俺は――」
――いなくなるよ。という言葉を発せなかった。
意識が遠くなる。
救急車の音と、汐留が泣いている声が聞こえてきた。
あたふたとしているクラスメイトがぼんやりと見える。
俺は冷たい地面を上で意識を無くした――