第6話 『極悪不動産巡り』
「ここは寝室が2つございます。
しかもなんと、狭いながらもお風呂がついております!
あの……どうでしょうか?」
不動産屋のルッソ氏が、疲れた顔で不安そうに言った。
「そうですね。寝室とお風呂は問題ありません。
ですが台所は14件目の方が広くて綺麗でしたし、おトイレの壁紙は21件目の方がかわいいですね。
つまり不合格です。――さぁ次を案内して下さい」
青髪少女のルビーが、平然と言ってのけた。
昼から延々と不動産巡りをして、もうどっぷりと日が暮れている。
がっくりと肩を落として歩くルッソ氏の後を追いながら、俺は小声でルビーへ話しかけた。
「おい、そろそろ決めないと日を跨いじまうぞ?
それにルッソさんが限界だ。
見てみろ。背中が死んでるじゃねぇか」
「はぁ、オックスさんは何もわかっていませんね」
「な、何をだ?」
「いいですか? 家というのは、心と体を休める大切な場所なんです」
「うむ、それはわかる」
「これから何ヶ月、いや何年も過ごす場所を決めるんです。
不動産巡りで1日歩き回るくらい当たり前ですよ。
オックスさんは適当に決めて後悔したいんですか?
雨漏り物件に住みたいのですか?
ご近所トラブルのストレスで禿げたいんですか?」
「むむ、それは困るな」
「あたしの経験上、本番はこれからです。
不動産屋さんの心をへし折ってからが本当の勝負なのです」
「計画的!?」
「くふふふ、そろそろです。
もうじき取って置きの物件がでてきますよ?」
∮
「この物件を紹介したくはなかったのですが……」
もったいぶった前置きでルッソ氏が示す先には、大きな屋敷があった。
「……予算は15万ガバチョって言いましたよね?」
青髪少女が声に怒気を含ませる。
恐らく意図的である。
おっと説明せねばなるまい。
この世界の平均的な労働者の月収は、5万ガバチョである。
なのでこの性悪娘の言った15万ガバチョは、かなりの金額だ。
だが、心配無用。
それなりの冒険者ランクである俺たちは、ほどほどにお金を持っているのだ。
これからも月に15万ガバチョくらいは楽に稼げる……予定である。
ちなみに、
・鉄貨1枚: 10ガバチョ
・銅貨1枚: 100ガバチョ
・銀貨1枚: 1.000ガバチョ
・大銀貨1枚:1万ガバチョ
・金貨1枚: 10万ガバチョ
・白金貨1枚:100万ガバチョ
となっている。
以上説明終わり!
「何をブツブツ言っているのですか?」と、ルビー。
「いや、別に?」
と、俺がルッソ氏に目をやると、氏は額の汗をハンカチで拭いながら口を開いた。
「は、はい、本来ならば20万ガバチョのところを、お客様に限り、
15万ガバチョでのご提供とさせていただきます」
揉み手をするルッソ氏の表情には一切の余裕がない。
恐らく儲け度外視だ。
俺は思わず訊いてみた。
「いやいや、20万ガバチョでも安すぎないか?
部屋はいくつあるんだよ」
「寝室が6部屋に、お風呂トイレが各階に一つずつ、それに広い広い地下室もございます。
どうかお願いします。もうこれで勘弁して下さい……」
寝室が6って……。
俺の見立てでは50万ガバチョはくだらない物件だぞ。
いぶかしむ俺の前に、ルビーがずずいと歩み出た。
「つかぬ事をお伺いします。
前に住んでいた方はどうなりましたか?」
ルビーの言葉にびくりとするルッソ氏。
「そ、それが……その……このお屋敷でお亡くなりになりまして……。
死因は不明でございます……」
「ほうほう、そんな重要な情報を隠していたのですか。
これはこれは、たいした職業倫理をお持ちですね。
ふむふむ、なるほどなるほど」
「め、滅相もありません!
ちゃんと説明するつもりでした! ただ順番が、その……」
「うッ!」
突然ルビーが頭を抑えて、膝をついた。
慌てるルッソ氏。
「ど、どうしたんですか?」
「声が……声が聞こえます……。
『立ち去れぇぇぇ……我の眠りを妨げるなぁぁぁ……』」
ルビーの恐ろしい声色が暗闇に響き渡った。
ルッソ氏は震え上がって言葉も出ない。
「まずいですね……。ここには悪霊が棲み着いています。
それもかなり悪質で強力で粘着質な」
「やはり……」
心当たりがあるのか、ルッソ氏の言葉が尻すぼむ。
「超優秀な『プリースト』のあたしが言うのですから、間違いありません。
この物件に住む人はもれなく殺されてしまうでしょうね。
場合によっては紹介した人も……」
一気に青ざめるルッソ氏。
「ど、どうにかなりませんか、プリースト様!」
「そうですね。
霊験あらたかな人物が――例えばプリーストが、この家に居を構えない限り、
この悪霊を祓うことは不可能です。残念ですが……。
あら? ルッソさんの肩に手を掛けている血まみれの女性は奥様ですか?
どうもこんばんは」
「いひぃぃぃぃッ!」
ルッソ氏が腰を抜かした。
呆れ果てた俺の目に、ほくそ笑む青鬼の姿が映る。
「仕方ありません。あたしがこの家を浄化してあげましょう。
3年もあれば除霊は完了しますので。
――いえいえ、報酬は結構です。
人助けはあたしの趣味みたいなものですから。
それで契約書は今ここに?」
こうして俺たちの家が決まったのだった。
やだこの子、超怖いんですけど?
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