第1話 『追放』
「オックス、今日限りでお前を『疾風の狼』から……おひょひょひょひょ!」
勇者候補筆頭と呼ばれた男――ロジウムが身をよじって笑っている。
そのロジウムの脇腹をくすぐっている男。
それがこの俺、オックスだ。
「やめろぃ! 真面目な話をしてるんだ! って聞けよ、オレの話を!」
ロジウムはカンカンだ。
俺は、なぜか暗くなっている場を、少しでも和まそうとしただけだ。
こいつは、なんて冗談の通じないヤツなんだ。
こんな空気の読めない男は無視だ、無視。
俺はお色気魔道士ナトリの元へ移動した。
「さぁ今日の診察時間がやってまいりました。早く上着をまくるがいい」
もちろんこれも、場を和ますための冗談だ。
ワキワキと動かす俺の手を見て、なのにナトリ(※Eカップ)は心底イヤそうな顔をした。
「死んでもお断りだわ。
体調悪かったらルビーに診て貰うってーの」
「おやおや、ナトリさんや、どうして断るんだい?
死ぬくらいなら触らせくれてもいいだろう。減るわけじゃあるまいし」
「ところがどっこい減るのよね。あんたに触られると、自尊心的なものがゴーリゴリと」
そのとき、あのぉ、と幼い声が割って入る。
「オックスさん……あたし、その、少し胸が苦しくて……よかったら触診を……」
チームの治療師である青髪の少女ルビーだ。
小さな手を、おずおずと挙げている。
こいつは確か15才だったか?
残念ながら俺の守備範囲外だな。
20才以下はお断り。
俺はロリコンではないのだ。
エッチな診察希望のおませなAカップを無視して、俺はEカップに頭を下げる。
「頼む! 10秒、いや5分だけ俺に時間をくれ!」
「大幅に時間が増えるのは斬新だわね。でもお断りよ」
「オックスさん……あたしなら何時間でも……な、なんなら一晩でも……」
再びロリッ子が手を挙げた。
い、意外にガッツがあるな、こいつ。
しかも欲望に忠実だし。
思春期だからなのか?
だが俺はロリコン……(以下略
「いいからルビーは菓子でも食って寝てろ。――ナトリ、頼む!
それだけあれば、きっと俺は満足してみせる!」
「そこにわたしの意見は入っていないわけね。
あんたを満足させて、わたしにどんなメリットがあるって言うのよ?
――あとルビーは目を覚ましなさい。その若さで人生を捨ててどうするの」
「くっ、どうしてわからないんだ! まったくお前ってヤツは……」
「え? なんでわたしに問題がある感じなの?
バッカじゃないの。死ねばいいのに。
いいからロジウムの話を聞いてあげなさい。
無視されて泣きそうになってるでしょうが」
「ロジウム?」
言われてロジウムに目をやる。
なるほど金髪の成人男性が涙目になっておる。
はぁ……仕方ない。
面倒だが、話を訊いてやるか。
これもリーダーとしての務めだ。
「どうしたんだい、ロジウム? 悩みごとなら頼れるリーダーの俺に話してみなさい」
「「誰がリーダーだ(よ)!」」
ロジウムとナトリが同時に声をあげた。
仲のいいこって。
どうやら俺はリーダーではなかったらしいな。
ショック……ではないな、うん、別に。
「だ~か~ら~、お前はクビなんだよ! オックス、この、くそったれが!」
ロジウムがキーキーと地団駄を踏みながら叫んだ。
「クビ? なんで?」
俺は首を傾げる。
意味がわからない。
「なんでだと!? いいだろう! いいだろうとも! 言ってやるよ!」
ロジウムがビシッと人差し指を立てる。
「まず第一に! どうしてお前は、自分のスキルを何一つ教えないんだ!」
「ミステリアスな男はモテるからな」
「くっ……第二に! どうしてお前は顔を隠してるんだ!」
ロジウムが中指を追加して立てると、鼻から額までを黒いマスクで覆う俺の顔を睨み付ける。
「趣味じゃない女に惚れられないように、だが?」
ん? 俺の顔を見たかったのか?
まいったな。それこそ趣味じゃないぞ。
「くっそー、腹立つわ、こいつッ!
第三に! クエストのとき、まったく当たらない下手くそな弓で後方支援はいいとしてだ――」
ロジウムがさらに親指を追加した。
薬指じゃないんだな。変なヤツ。
「どうして毎回毎回、お前だけ荷物を持たないんだ!
せめて自分の水くらい持ちやがれ、このクソやろう!」
おっと、この質問か。
とうとうやってきたな。
言わずに済めばと思っていたが……クビにするとまで言われちゃ仕方あるまい。
「荷物を持たない理由か。それは……」
俺は居住まいを正すと、真剣な顔をした。
途端に場の雰囲気がガラリと変わり、3人の表情が緊張を帯びる。
空気がピンと張り詰めて、心臓の音が聞こえるほどの静けさが訪れた。
「「「そ、それは……?」」」
3人が呟いて、ゴクリと固唾を呑んだ。
「疲れるからだ」
こうして俺はAランクチーム『疾風の狼』を追放された。
真面目に答えて損したぜ、ちくしょうめ。