ダイスロール・クッキング -下拵え-
この話の登場人物
黒木神也 (くろきしんや)
怪異専門の探偵。得意な料理は特に無い。大体キザシが作るので。
狛島萌 (こまじまきざし)
神也の助手兼同居人兼親友。得意な料理はオムライスだが、それ以外も大体作れる。
尾田マリア (おだまりあ)
現役女子高生怪盗。得意な料理はデコレーションケーキ。めっちゃ凝る。
リーン・L・カーター(りーん・るぐらーす・かーたー)
ボスの手下。相手を料理するのが得意。
○○○○○○○○
○○。○○な○○は○○○○○。
黒木神也は探偵だ。
ボサッとした長い黒髪は風呂上がりで乾かしたてなせいか、いつもよりボサボサ具合が少ない。赤い眼鏡の下の瞳は眠そうに揺らいでおり、今にも寝落ち寸前といった具合だ。実際、既に何度か寝落ちしていた。神也と同居人である狛島の住む元物置現自宅は、構造上の都合と工事の手間と神也のこだわりのせいで二階にリビング,キッチン,神也の自室+物置,トイレその1、一階に事務所(但し殆ど使っていない),狛島の自室,トイレその2、そして風呂場と洗面所がある。神也は風呂から出て、二階へ続く階段の踊り場で一度、リビングのロングソファーでもう一度、その都度狛島に起こされながらも二度の寝落ちを経てようやく自室のベッドに倒れこんだ(実のところ事務所でも一度寝落ちているので、実際の回数は3回である)。
原因は今日の依頼だった。とある女性が持ち込んだ依頼で、内容は「とてもとても厄介なストーカーがいるので何とかしてほしい」というものだ。ストーカー犯の素性も割れているので簡単に解決できるだろう。そうだ、午後は狛島と映画でも観に行くか、と軽い気持ちで引き受けたのが間違いだった。
「とんでもねぇ奴だった…」神也はベッドにうつ伏せで倒れたまま呻くように言った。
そのストーカーは依頼人の女性の言う通り『とてもとても厄介な』奴だったのだ。何が厄介かというと、ストーカーの性格とそいつがネットストーカーである事と、依頼人との関係だ。というのも、そのストーカーは元々依頼人の友人だった。家が近いということもあり、昔からよく遊んだりしていたらしい。では何故ストーカーになってしまったのか。
依頼者の話はこうである。
「私はね、そいつとは昔から親しくはしていたよ。でもね、親しくと言ってもあくまで友人としてだ。恋愛対象じゃない。だがあいつは私の事を恋愛対象として見ていたらしい。ああそうそう、言い忘れていたけどそのストーカーは女性だ。私は同性愛を否定しないけど私自身は同性愛者じゃないし、ついでに言うとちゃんと好きな人も居る。そしてそれを何度も伝えているにも関わらず、あの女は私に告白してきたんだ。それも日に日にエスカレートしていってね、最初はNYAIN、次に通話、最終的には自宅まで押しかけてきた。どれも夜中に。さすがの私も我慢の限界が来てね、「少し控えてほしい」旨をやんわりと伝えたんだが、その結果がこれだ」
そう言うと依頼人はNYAINのチャット欄のスクリーンショットを見せてきた。「〇〇がメッセージを削除しました」という表示が数十個並んでいる。
「間違えた、こっちのスクショじゃないと見られないんだった」
そう言って今度は画像欄から別のスクリーンショットを何枚か見せてきた。そこには相手からのメッセージが表示されている。「ごめんなさい」から始まり「でも好きなの」「なんで」「私って迷惑?」「会いたい」「迷惑かけないようにする」「私の事嫌い?」「ねえ」「無視しないで」など短く一貫性の無いメッセージがずらりと並び、最後に「ご迷惑をお掛けしました。もう関わらないようにします」という言葉で締められていた。よく見るとそれらのメッセージは最初の一言から最後の一言が送信されるまで5分しか経っていなかった。
「私は既読表示がされないようにこれを見た。既読が付くと返信を催促してくるからね。で、5分後にはこれだ」そう言ってもう一度最初のスクリーンショットを見せた。
「軽くホラーだったよ。仕事中に通知が何度も鳴って、来たメッセージがこれだもの。何かの呪いかと思わずスクショを撮ってしまったよ。そして5分後はこれ。「無視しないで」?仕事中に5分以内に返信なんか出来るかっての!「私って迷惑?」だ?迷惑って分かってんならやめろっての!…失礼、とにかく私はこの一件を期にあの女と縁を切ろうと思って、まずNYAINのアカウントをブロックした。…ところで探偵さん、Nyaltterって知ってる?」
Nyaltterとは短い文章を気軽に投稿できるSNSである。
「そうそれ、私もあの女もアカウントを持っていて互いにフォローしていてね。いや繋がった当初はこんな事になるとは思ってなかったんだよ。で、次にあの女のNyaltterアカウントをブロックしたんだが、あの女、別のアカウントで私を監視してきたんだ。それが何度も続いてね、仕方ないから一度アカウントを消して別のアカウントを作った。しかしそれも特定されてしまった。そしてそれも何度も続いた。何度逃げても追ってくる。病んでる人間は他人を病ませるのも得意なのかと思ってしまう程だったよ。いい加減にしてくれ」
「アカウントに鍵を掛ければいいんじゃないのか?」
「そうしたいけど、私はNyaltterで描いた絵を公開するのが趣味なんだ。鍵を掛けてしまうとフォローしている人にしか見られないじゃないか。それが嫌で鍵を掛けなかったんだけど…」
「そのせいで特定されてしまうと」
「そう、いやほんとマジでいい加減にしてほしい。口では「もう関わらないようにします」とか言っておきながらこちらを監視してくるし、「迷惑かけない」とか言いながら迷惑行為を働くし、すぐ病むし、重いし、メンヘラだし。私は重いメンヘラ女は苦手なんだよ。台所に出てくる頭文字Gと同じくらい嫌い。そもそも女性が苦手」
「それでここへ駆け込んで来たと」
「そう、怪奇案件じゃなくてごめんね。でもこれはもはやホラーだよ、存在がホラー。オチが「やっぱり生きている人間が一番怖い」ってなる系の話だよ」
「確かに。で、具体的にはどうしてほしいんだ?」
「あの女に、私の事を諦めさせてほしい」
「あぁ…、大変だった…。SAN値が50くらい削れた気がする…」神也はぐったりとした様子で言った。結局あの後、あの手この手でどうにかこうにかメンヘラ女のストーキング行為をやめさせ、金輪際関わらないようにと縁を完全に切らせることに成功したのだが、その途中経過があまりにも筆舌に尽くし難く、ここで神也に回想させるのも気の毒なので詳細は読者のご想像にお任せする。詳細を語ればあまりの苛立たしさに液晶画面を叩き割りたくなってしまうだろう(ちなみに筆者は叩き割れはしなかったもののPCをフリーズさせた)。ただ一つ言えるのは、話が通じない相手への説得は非常に困難だという事だけだ。
「明日は…休業にする…。明日こそ映画を観に行くぞ…」
神也はそう言うと眼鏡を外し、枕元に置いてあるリモコンで部屋の電気を消し、眠りについた。
狛島萌はフリーターだ。
狛島は神也を二度程寝落ちから引きずり戻し神也の部屋へ放り込むと、自室のベッドへと倒れこんだ。銀色のようにも見える鈍色の髪は半乾きのため、次の日の朝は寝癖に苦労することだろう。
「つかれた…」狛島は一言呟くと、神也と同じくリモコンで部屋の電気を消し、眠りについた。
何故疲れているかは簡単に説明がつく。今日は一日中神也と一緒に居たと言えば、何があったかは簡単に想像できるだろう。
尾田マリアは怪盗だ。
21世紀を騒がせる大怪盗は今、自室のベッドの上で部活仲間とのNYAINチャットに耽っていた。手入れの行き届いた長い金髪を無造作に広げながら仰向けになり、スマートフォンを操作している。マリアは今、太平洋上空を日本へ向かって移動していた。彼女とその助手の自宅でもある飛行船はかなりの速度で、しかし揺れ一つ感じさせずに飛行していた。何故飛行船なのか?と問われるとマリアは決まってこう答えた。「怪盗って言ったら飛行船でしょ?ネットにもそう書いてある」駆け出しの頃に得たその知識を信じたマリアが、最初に手に入れたのがこの飛行船であった。ついでにナビ用のIAも。
「『ところで明日暇な人きょしゅー。カラオケ行こー?』っと…」マリアはそう入力した後、猫が手を挙げているスタンプを送信した。少しすると、様々な絵柄の、同じように手を挙げたキャラクターのスタンプが次々に送られてきた。
怪盗である事を除けばマリアも華の女子高生。友達と遊んだりしたいお年頃。しかも明日は日曜日だ、丸一日遊べる。マリアはNYAINに集合時間と場所、「おやすみ」と言っている猫のスタンプを送ると、ナビゲートAIであるリマ(“リトル・マリア”の略称。何故かアバターキャラの姿が小さいマリアにそっくりだった為ついた呼び名)に早朝に地元に着くようにと改めて指示を出し、ついでに目覚ましのセットと部屋の消灯もお願いして、眠りについた。
リーン・L・カーターは手下だ。
何の手下かはカーター自身も正確には理解していない。カーターはボスの手下なのだから。ボスと一緒に世界中を駆け回るのが楽しい為、気にしたこともなかった。ボスの話では、カーターは突然ボスの目の前に現れたらしい。その時彼女が持っていた一冊の古い手帳に『リーン・L・カーター』と書かれていた為とりあえずそう呼ばれているだけで、本当は違う名前だったのかもしれない。その際にLが何のLなのか分からなかったので、とりあえずボスは知っている人間の名前を適当に充てがう事にした。煉瓦色の髪の少女は、同じ色の瞳をキラキラと輝かせながらその名を受け入れた。
「ボスー、おやすみー」そう言うとカーターはベッドに潜り込んだ。今日もボスと一緒に一仕事終え、ついでに二仕事も終えたカーターは、一日を振り返り満足そうな笑みを浮かべた。ただ、ボスから貰ったお気に入りの服が硝煙臭くなってしまったのはいただけないが、きっと洗えば落ちるだろう。多分。
「おやすみぃー…」カーターはサイドテーブルのライトを消しながらもう一度言った。どこまでも闇が続く空間に一つだけあった光が消えた。闇はカーターを包み込むと、長い指で彼女の頬を撫でた。カーターはにへらぁと表情を緩めると、眠りについた。
◯◯◯◯◯◯◯◯は◯◯である。
本人にその気は全く無かった。ただ、なんとなく、本当にただの気まぐれだった。だから◯◯◯も油断していた、まさか彼がこんな事をしているわけが無いだろう、と。だが、していた。出来てしまった。見様見真似でやったら出来てしまった。なるほど、こんなに簡単に出来てしまうのか。今度からはもう少し楽しんでみてもいいかもしれない。
何処か遠く、或いはすぐ近くで、◯◯◯◯◯◯◯◯は眠るという行為を、そして夢というものを楽しもうとしていた。
同じ時間に別々の場所で4人と〇〇が眠りについた。
そして、目が覚めると-。
パート2というよりパート1の後編です。
黒木探偵の話はほぼ実話です。この話で1話書くのは厳しいがこのままお蔵入りにするのも惜しいしどこかで使えないだろうかと思い、ならいっそここにぶっ込んでしまえと入れた次第です。
次回からはいつも通り遅めの更新となります多分。