―とある昼下がり、リビングにて―
夜中のテンションで書き上げた雑な小話です。
この話の登場人物
黒木神也 (くろきしんや)
怪異専門の探偵。好きなテレビ番組はドッキリ系と明らかにやらせな心霊番組。
狛島萌 (こまじまきざし)
神也の親友兼助手兼同居人。好きなテレビ番組は動物系ドキュメンタリーと料理番組。
「そのゴミ回収業者が犯人だ」
狛島がリビングのロングソファーに腰掛けて刑事ドラマを観ていると、左隣から唐突に声がした。唐突に、と言うのは少し語弊があるかもしれない。実際は狛島がドラマを観始める前からそこに居たからだ。だが、一言も喋らずに黙々と読書をしていた神也がふいに言葉を発したのだから、狛島にとっては唐突だった。
「何だって?」狛島は訝しげな表情を神也に向けた。
「だからその男だ、キザシ。そいつが殺人犯」神也は本から顔すらも上げずに答えた。
「何で分かるんだ神也?あ、ひょっとして原作か何か読んだのか?」狛島は神也の方を見て聞いた。
今見ている刑事ドラマは再放送ではない。主人公の刑事と相棒の二人組が様々な事件を解決していく各話完結型の連続ドラマで、今放送されている話は、とあるマンションの密室で起こった刺殺事件を捜査するといった内容だった。狛島が聞くと、神也は少し呆れたような表情になった。
「まさか。俺が推理小説をあまり読まないのはお前も知ってるだろ?」神也が読んでいた本の表紙を見せながら言った。それは最近発売されたシャーロック・ホームズのパスティーシュ作品だった。
「それはいいのか?」
「ホームズは別だ。あと、あそこら辺も」神也はソファーの隣にある本棚を指差した。本棚の上の方の列には古典的なミステリー作品が並んでいた。ホームズの原典も並んでいるが、だいぶ古いものらしく背表紙は退色し、所々修繕の跡も見られる。
「訂正すると“最近の”推理小説はあまり読まない。…全く読まないというわけではないが、刑事モノは殆ど読まない。刑事ドラマも興味はない」
「でも今読んでいるのは最近発売されたやつだよな?」
「だから、全く読まないわけではないしホームズは別だと言ってるだろ」神也は“何度も言わせるな”と表情だけで訴えかけた。
「分かったよ。それで、何で犯人が分かったんだ?」狛島が再び聞いた。ドラマはCMに切り替わり、洗剤のCMが流れていた。狛島は神也の話に注意を向けながら、そういえば洗剤が切れかけていたな、とぼんやりと考えていた。
「まず、被害者の住むマンション。玄関にはオートロックがあるため、簡単には外部の人間が入り込めないように思えるだろ」
「そうだな」狛島は頷いた。
「だが、ゴミ回収業者なら裏口から入る事が出来る。各階にある自販機横の空き缶等を回収するからだ。それに住人も裏口を出入りに使っている。駐車場に近いからな」
「ゴミを管理人とか住民が回収している可能性は?」
「それはない。管理人は太っていただろ?あれは食べ過ぎよりも、どちらかと言うと運動不足の太り方だ。ああいうタイプは、たとえエレベーターが完備されていても自ら動いてゴミを回収するなんて面倒な事はしないぞ。だが裏口の施錠だけはちゃんと夜中にするようだが。…ふむ、体型といい演技といい、なかなか良いキャスティングだ。それにだ、最初に主人公がマンションに来たシーンにちゃんと業者の車が伏線として映っていたぞ」
「なるほど、だが入れたとしても監視カメラは?あれだけセキュリティがしっかりしたマンションなら当然何台かあるだろ?」狛島が今までのシーンを思い出しながら言った。最初のシーンで回収業者の車が映っていたかは思い出せなかったが、その後の聞き込みのシーンで何箇所かに監視カメラがあるという事は分かっている。
「ああ、玄関にエレベーター内、駐車場にもあると言っていたな。だが、外の非常階段には無い。監視カメラが付いている描写も無かったし、管理人の話にも出てこなかったからな。役者の太り方にまで拘る監督だ、伏線としてそうしているのだろう。ついでに言うと、駐車場の監視カメラには死角が存在する。裏口近くに停まっている青い大型車の後ろだ。しかもその車は被害者の物で、最近買い換えたばかり」
「マジか」狛島は驚きながらも、なんだかんだでちゃんとドラマ観てるじゃないかと思ったが、口には出さなかった。そうこうしているうちにCMが終わり、本編の続きが始まった。
「さらに言うと、犯人は正確には業者の人間じゃない」神也は本を閉じながら言った。
「えっ?でもさっき回収業者だって言ったじゃないか」
「ああ、管理人の回想では回収業者だったが、実際は業者に変装していただけだ。そら、犯人の素顔が映ったぞ」神也は画面を観ながら言った。神也に言われて狛島が画面を見ると、主人公の刑事とその相棒が被害者の同僚である男性に聞き込みを行なっているところだった。
「あの人が?でも一番最初のシーンで被害者と一緒に居酒屋で飲んでいたし、その後マンションの部屋まで送り届けていたのにか?ほら、アリバイだってちゃんとある」狛島が画面を指しながら言った。ちょうど、被害者は同僚の男性が帰った後に一度玄関まで降りている、と監視カメラの映像を回想しながら刑事の相棒が指摘したところだった。映像には、神也が犯人だと言った男が玄関を出て暫くした後、被害者が玄関まで降りてポストを確認している様子が映っている。
「そもそも一緒に飲むところから犯行は始まっていたんだ」
「と、いうと?」狛島は神也の方を見た。
「まず一緒に飲みに行き、被害者を徹底的に酔わせる。この時犯人は酔わないように、水を酒だと言って飲んでいたんだろう。そして被害者を一人で歩くのが困難になる程に酔わせると、マンションの部屋まで送り届けた。玄関のオートロックは被害者に開けさせて一緒に入ればいい。そして部屋まで辿り着いたら入口のドアに細工をする」
「細工?どんなだ?」
「鍵が閉まらないようにするか、あるいは外部から簡単に開けられるようにするか。この場合は後者だろうな。ここの鍵はツメを固定するタイプだから、ツメの部分に何か噛ませれば良い。そうして犯人は一度マンションを後にする」
「なるほど、でも、犯人はいつ被害者を殺したんだ?マンションから出て行った後も被害者は生きていたぞ?」
「分からないのか?俺はもう答えを言ったぞ。ちなみにだが、被害者が一度玄関に降りて行ったのも犯人のアリバイ工作の一つであり、犯行に重要な要素だ。大方、犯人が「忘れ物を見つけたからポストに入れておいた」とでも電話をしたんだろう」
「忘れ物…、なるほど…。それなら確かに玄関へ向かわせる事も可能だな。これで犯人が帰った後も被害者が生きていることが証明できるからアリバイが成立する。でもその後は?…あ!回収業者か!」狛島はハッとした表情になった。「回収業者に変装してマンションに侵入して殺したんだな?そしてそのままマンションから出て行った!」狛島は得意げな表情で言った。まるで飼い主が投げたフリスビーをキャッチして戻ってきた犬の様な表情だ。尻尾を生やしていればブンブンと大きく振っていただろう。
「だいぶ良い線をいっているが、少し惜しいぞ、キザシ」狛島の表情を見ながら神也はニヤッと意地の悪い笑みを浮かべた。
「惜しい?何がだ?」狛島は首を傾げた。
「犯人は確かに、出ていく時は回収業者の格好をしていた。だが、入る時は違う。被害者と別れた時のまま、スーツ姿でマンションに侵入したんだ」
「そうなのか?でも、そうだったらどうやってマンションに」「それも言ったぞ」神也が狛島の台詞を遮った。
「駐車場の監視カメラの死角、あれを利用して裏口から侵入した。犯人が犯行内容を思い至ったのも、あの車が駐車場の監視カメラの死角を作っていると気付いたからだろう。さらに被害者の部屋は2階の一番端だから、非常階段からも近い。急いで向かえば被害者が玄関に行っている間に部屋へ侵入する事が可能だ。鍵は簡単に開けられるから、そのまま入って被害者を部屋で待ち構えればいい。後は戻ってきた被害者をサクッと刺し殺して、裏口が開くまで待つ」
「裏口?」狛島が聞くと「それもさっき言ったぞ」と神也はため息交じりに言った。
「裏口は管理人が夜中に施錠する。一度閉めたら次に開くのはゴミ回収業者が来た時だ。管理人は大体夜中の決まった時間に施錠を行うのだろう、犯人はその時間を犯行の目安として、その時間が過ぎたら翌朝まで被害者の部屋で待機する。翌朝、鍵を開ける手段の応用で部屋に鍵をかけて、ゴミを回収しに来た業者の人間と一緒にマンションから出ていく、という作戦を立てた。そうすれば堂々と出て行けるしな。その為に着替えまで用意している。まぁ、業者の証言でバレるだろうが。他にもバレそうな要素は沢山あるが、そこはフィクションだしな」
「そうなのか…、ちなみに動機は?」
「さあな、私怨か何かだろ。仕事の手柄を横取りされたとか、そのへん」神也は興味無さそうに答えた。
「そこは推理しないのかよ…」今度は狛島が呆れた様な表情になった。
「観ていればそのうち犯人が語り出すさ、残り15分くらいで」神也はそう言うと、再び本を読み始めた。どうやらドラマへの興味を無くしたらしい。これ以上何を聞いても答えないだろう。仕方なく狛島はドラマの続きを観ることにした。
展開は、すべて神也の言った通りだった。狛島はトリックがすべて判明している推理小説を読んでいる様な気分でドラマを観ていた。ドラマを観ながら狛島は、神也は刑事ドラマ自体に興味は無く、それに登場するトリックにしか興味が無いのだと、改めて認識した。そして、この様なやり取りをこれまでに何十回も行なってきた事も思い出し、小さく苦笑を浮かべた。
ちなみに、犯人の動機は「恋人を被害者に奪われた」だった。
某探偵ドラマのサントラを聴いていたら書きたくなっただけのしょうもない話です。
夜中のテンションですマジで。