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木霊の川流れ③

この話の登場人物


黒木神也 (くろきしんや)

怪異専門の探偵。ゲームと甘いものが好き。


流木のようなもの (りゅうぼくのようなもの)

正体は木霊。お喋りが好き。


早川文斗 (はやかわふみと)

近所の小学校に通う5年生。読書が好き。

「…とまあ、こちらの事情はこんな感じだ」

「なるほど…、今度からはもう少し大きな声で話しかけるようにいたします」

 対岸で神也は流木のようなものに今までの経緯を説明していた。

 先程まで神也がいた側とは違い、こちらは土手を降りると舗装された歩道となっており、砂利道が無い。神也はロープで囲まれた、本来なら階段状になっていたであろう花壇の土と木の杭が散乱する中で、川の辺にしゃがみ込み流木のようなものと話していた。ちなみに、神也は自他共に認める悪い子なので無断でロープの中に立ち入っている。もし運悪く鈴木氏と遭遇した際は「生物学的に珍しい環境なので調査用のサンプルを採集している」等適当にでっち上げて誤魔化すつもりだ。

「俺やマルマルにしか聞こえないということは、音量よりも周波数の問題かもしれないな。まぁ、普通は流木に話しかけられたら驚いて大騒ぎするだろうから、聞こえていなくて良かったのかもしれないが」

「周波数でございますか…。わたくしはよく分からないのですが、人間の皆様には聞こえていないのでしょうか?」

「聞き取れるのは人間以外の動物とかだ。人間は耳がそこまで良くない」そう言うと神也は少し考えるように黙ってから続けた。「ひょっとして、誰か話しかけたい人間でもいるのか?」

「はい!そうなのでございます!」流木のようなものは大きく上下に揺れながら言った。「まずはわたくしがここへ来た経緯についてお話しいたします。実はわたくし、ただの流木ではないのでございます」

 だろうな、と神也は思ったが口には出さなかった。

「実はわたくし、木霊という存在なのでございます」“流木のようなもの”改め“木霊”は小さく揺れた。

「木霊って、確か木に宿る精霊のようなやつ…だったか?」神也は少し前にテレビで見たアニメ映画を思い出しながら言った。その映画では木霊は自然の豊かな森に住み、森に迷い込んだ人間を道案内したり森の神を呼び寄せたりしていた。

「はい、その木霊でございます」木霊は頷くように少し沈んだ。

「その木霊が何故こんな所に居るんだ?」

「語ると少々長くなりますが…、よろしいでしょうか?」

「構わない、話してくれ」

「では…」木霊は前置きするように言うと、少し間を空けてから語り出した。

「わたくしは元々、ここよりもずっと川上の山におりました。いえ、木的には生えていたと言った方が正しいでしょうか。わたくしはこの川の上流の辺に生えておりました。しかしついこの前大雨が降りまして、大雨はこれまでにも何度も降っているのですがこの前の雨は随分と長引きまして。それでわたくしが生えていた場所の地盤が緩くなってしまったようで、わたくしごと崩れ落ちてしまったのです。川の辺と言いましても崖のようになっている場所でして、ここより川幅も随分と狭く結構な高さがありました。わたくしは、いえ、わたくしの宿っていた木は落ちながら、岩肌にぶつかり砕けていきました。わたくしはとっさに意識を一番太い枝に移しました」

「意識を移した?妖精とかキジムナーみたいな見た目して木の上に住んでいるとか、そういうやつじゃないのか?」神也はまたアニメ映画を思い出していた。白い小人のような姿の木霊が頭をカタカタ鳴らしながら神也の脳内を駆け抜けた。

「わたくしは木霊になってからまだそれ程経ってはおりませんので、実態化するには霊力が足りないのでございます。あのままバラバラになってしまいますと…、そうですね…。人間の体で例えますと、頭と手足が胴体から千切れてそれぞれが感覚と意識を共有したまま別々の場所へ行ってしまうような…。という感じでしょうか…」

「なるほど…、それは嫌だな…」神也は想像して顔をしかめた。「…話の続きを」

「はい。ええと、どこからでございましょうか…」

「枝になったところから」

「そうでございました。わたくしは意識を枝に移してそのまま川へ落ちました。川の流れは早く、わたくしはあれよあれよという間に下流へと流されていき、気が付くとこの場所に引っかかっていたのです。多分水草か何かに引っかかったのでしょう、わたくしはなんとかここから動こうといたしました。その途中で、彼と出会ったのでございます」

「彼?誰だ?」神也が聞いた。

「名前は存じ上げておりません。しかし、外見は覚えております。昨日もお会いしましたので」

「昨日も会った?ひょっとして、最初に言っていた話しかけたい人間ってその彼か?」

「はい」流木は頷くように沈んだ。「彼はいつも同じ時間にあちら側の川岸へ現れるのです。いつもと申しましても、わたくしがここへ流れ着いてからまだ2日しか経っておりませんが」

「いつも同じ時間に?どんな奴なんだ?その彼ってのは」神也が頭上に大量の疑問符を浮かべながら聞いた。

「彼は…、あ!」木霊は急に大きな声を出すと激しく動き、ばしゃばしゃと水しぶきを上げた。「彼です!向こう岸におります!」

 木霊に言われて神也が対岸に視線を向けると、たしかに土手の上に人影が見える。どうやら子供のようだ。

「マジか!?あ!俺は隠れた方が良いのかこれ!?」神也が慌てて辺りを見渡すと、少し離れた場所に背が高めの雑草が茂っている箇所があった。鈴木氏は花壇の整備はするが雑草刈りはしないようだ。神也は茂みに伏せ、対岸から見えないように身を隠した。ちなみに、神也のいる側の土手から見るとただ道に伏せているだけの状態なので、完全に不審者か行き倒れているようにしか見えない。幸運にも通行人は居ないため通報されることはなさそうだ。

 神也は雑草の隙間から対岸へ目を凝らした。

 対岸に居るのは1人の少年だった。年齢は10代前半。茶色く柔らかめな髪に黒縁眼鏡、一見すると少女のようにも見える。下校途中だろうか、背中にキャメルカラーのランドセルを背負っていた。少年は土手から河原へと続く階段を降りると、ランドセルを置いて足元の石を拾った。そして数十分前の神也と同じく対岸近くの流木、先程まで神也が話していた木霊へと石を投げ始めた。しかし投げた石は流木には届かなかった。少年が投げた石は5m程飛んで川底へと沈んでしまった。少年は再び石を拾うと流木目掛けて投げたが、今度は明後日の方向へ飛んでいった。

「あれでは届かない」神也が小声で呟いた。「投げ方ができていない、もっと体全体を使って投げないと…」「それでございます」木霊が小声で遮った。

「何がだ?」

「わたくしが彼に伝えたいことでございます」木霊は少年に気付かれない程度に揺れた。「彼は、えっと、彼の名前は存じ上げておりませんが、彼女がある悩みを抱えていることは分かっております」

「悩み?それってあそこで石を投げ続けているのと関係あるのか?」

「はい」

「それは…、体力テスト関係か?」

「どうして分かったのですか!?」木霊は急に大きな声を出した。

「声が大きい!」神也は鋭く囁いた。「あぁいや、人間には聞こえないからいいのか?…まぁいいか」

「も、申し訳ありません…。ですが、どうして分かったのですか?」木霊は小声で再び聞いた。

「この時期になると小学校の体力テストが始まる、だが彼は運動が得意ではない。勉強は得意だが」

「どうしてそこまで!?あ、探偵の推理力というものでございますか?」木霊は期待の籠もった声で聞いた。

「いや、彼を知っているんだ」

「そうでしたか…」木霊は少しだけテンションの下がった声になった。

「ああ、あの少年の名前は早川文斗はやかわふみと。この近くの小学校、あずま小学校に通う5年生だ。勉強はできるが運動はからっきしで、クラスで図書委員を務めている。少し歳の離れた兄が居るが、そいつも弟と同じタイプで運動音痴の秀才だ。ついでに読書家」

「何故そこまでご存知なのでございますか?」

「文斗の兄と知り合いでな」

「なんと…、なるほど…。幅広い人脈も探偵には必要なのでございますね…」木霊は納得したような、少し楽しそうな声で何度も「なるほど…」と小さく繰り返した。

「あぁ…、まあ、そんなところだ」神也は適当に返した。「それで、つまりはこうか?」神也は石を投げ続ける少年、文斗をちらりと見ると木霊に視線を戻し、続けた。

「何らかの理由で文斗が体力テストで悩んでいる事を知って、アドバイスをしたいが声が届けられずにここで引っ掛かっている、と」

「引っ掛かってはおりません。いえ、最初は確かに引っ掛かっておりましたが、今は自力でここにいるのでございます」

「文斗のソフトボール投げの練習台にでもなる為か?」

「ええ、そうでございます。彼…文斗様は2日前にこう申しておられました。『来週から体力テストかぁ…。でも僕運動とか全然できないし、今回も評価Eかなぁ…』と、それから『お兄ちゃんはソフトボール投げならそこそこ良い点取れるって言っていたし、それなら僕もできるかな…?』とも。そしてあのように、わたくしへと石を投げ始めたのでございます」

文人ふみひと…、ソフトボール投げはできたのか…」神也はぽつりと呟いた。

「どうされました?」

「いや何でもない」

「ともかく、その時の文斗様の表情があまりにも暗く、わたくしは何か助けになれる事がないものかと思ったのでございます。そこで、せめて文斗様のソフトボール投げの練習台になればと思い、ここに留まっているのでございますが…、その…」木霊は語尾を濁らせた。

「下手過ぎて届いていないと」神也ははっきりと言った。

「うぅ…、そうはっきりと仰らなくても…。いえ、その通りなのでございますが…」木霊は呻くような声を出した。

 その様子を見て、神也は少し考えると明るい声で言った。

「なら、文斗にソフトボール投げの指導をしてやろうか?」

「本当でございますか!?」木霊が今までで一番大きな声で言った。神也は思わず耳を塞ぎ対岸を見たが、文斗は気付いていない様子で石を投げ続けている。

「本当だ。本当だからもう少し音量を下げてくれ、頼む」神也は耳鳴りに耐えながら言った。

「も、申し訳ありません…。その…、嬉しくて思わず大きな声を出してしまいました…」

「嬉しいのは分かる、だが喜ぶのは少し早い。ここで一つの問題が浮上する」神也が真剣な表情で言った。

「そ、それは何でございましょうか…?」木霊は不安の籠もった声を出した。

「それはだな…」

 神也は真剣な表情のまま真っ直ぐに木霊を見つめて言った。

「俺と文斗は一切面識が無い、という事だ」

「…はい?」木霊は思わず間の抜けた声を出してしまった。「えっと…、それに一体何の問題が?」

「いやいや」神也は首を振った。「現代では結構な問題だぞ」

「と、申しますと?」

「最近では知らない大人が子供に話しかけると、最悪不審者として通報されるんだ。世の中は随分と世知辛くなった。全くもって面倒で仕方がない」

「なんと…。ですが神也様は文斗様のお兄様とお知り合いなのでございましょう?」

「兄と知り合いだからって弟と面識があるとは限らない」神也はきっぱりと言った。だが実際のところ、文斗は神也の事を知っていた。文斗の兄である文人から目付きの悪いオカルト探偵の話を聞いているし、文斗のクラスメイトからも噂は聞いていたのだが、神也はその事を知らなかった。

「そうなのでございますか…。では、文斗様へのご指導はどうなさるのでございますか?」

 再び木霊は不安げな声を出したが、神也は表情を崩すと言った。

「大丈夫だ。俺が直接指導することは難しいが、俺の代わりに指導できる奴がいる。そいつに頼む」

「それは、どなたでございますか?」

神也は木霊に問われると対岸に視線を移した。対岸では文斗が練習を終えたのか、ランドセルを背負って土手の階段を上っていた。文斗が階段を上りきり姿を消すと、神也は木霊に視線を戻して言った。

「俺の、幅広い人脈のうちの一人だ」


前回の後書き通り若干長くなり更新も遅れてしまいました。

次回でこの話は完結する予定です(多分)。


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