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木霊の川流れ②

この話の登場人物


黒木神也 (くろきしんや)

怪異専門の探偵。紅茶よりコーヒー派。


狛島萌 (こまじまきざし)

神也の助手で親友でその他色々の男性。コーヒーはブラック派。


小松春香 (こまつはるか)

今回の依頼人。隣の学区の小学校に通う四年生。


マルマル (まるまる)

春香の飼い犬。最近ちょっとお高いおやつが食べたい。

 時間を少しだけ戻し、今は1日前の午後。神也は自宅兼事務所である古いアパートにいた。

 古いと言っても、神也はこのアパートがどれくらい古いのか正確には知らなかった。ただ、自分が生まれる前から建っていたという事だけは知っているので、おそらく相当古いのだろうと考えていた。

 ただし、神也が住んでいる場所だけは後から増設された箇所であるため、他の部屋よりも若干新しかった。他の部屋よりも広く更に2階まであるその場所は、増設された当時から神也が住み始めるまでの間『物置』と呼ばれていた。


「そんな事、自分で調べればいいだろ」

 元物置の2階、今はリビングと呼ばれている部屋で一人掛けのアンティークなソファに腰掛けたまま、寝間着姿の神也がぶっきらぼうに言い放った。

「神也、いくらなんでもその返事は可哀想じゃないか?彼女だって真剣に気になっているから依頼しに来ているわけだし。ひょっとしたら何かあるかもしれないだろ?」

 神也の目の前で、同じく一人掛けの(ただしこちらは近代的なデザインの)ソファに腰掛けた人物が嗜めるように言った。

 端正な顔立ちだがそれ以外は特にこれといって特徴の無い彼の名前は、狛島萌こまじまきざし。神也の幼馴染であり、親友であり、助手であり、ついでに同居人兼家事担当である。

「そうよ!わたしには分かるの!あの木には絶対なにかあるわ!だから調べてほしいの!」

 神也と狛島から少し離れた場所にある、よくあるデザインの、座り心地の良い二人掛けのソファに座った少女が叫んだ。何かのキャラクターがプリントされたTシャツに水色のキュロットを履いた活発そうなこの少女は、今回の依頼人である小松春香(こまつはるか)。神也が住んでいる地域の、一つ隣の学区の小学校に通う4年生だ。


 彼女の話はこうだ。

 今日の朝、小松春香は登校前の日課として河原を愛犬のマルマルと散歩していた。マルマルは茶色い毛並みのオスの柴犬で滅多に吠えない大人しい犬だ。去年の誕生日に春香の家に来たマルマルは、春香への誕生日プレゼント兼弟分という役割以外に番犬という役割も担う予定だった。しかし、知らない人に対しては吠えるより先に尻尾を振りながら「遊んで!」とぴょんぴょん跳ね回るくらいの人懐っこさから、番犬としての役割は期待されなくなった。

 そんな名前通りな性格のマルマルだが、その日は違った。

 河原を歩き始めてしばらくすると、マルマルが急に対岸へ吠えだしたのだ。それも、明らかに警戒心を含んだ声で。

「マルマルどうしたの!?」春香は驚いた表情でマルマルを見たが、マルマルはそんな春香の声など聞こえていないかのように吠え続けている。

「あっちに何かいるの…?」春香は恐る恐る対岸へ視線を移した。しかし、特にこれといった異常は見られなかった。

 強いて言えば、土手の階段状になっている手作り花壇が壊れて土砂崩れ状態になっているくらいだが、これは異常のうちには入らない。この花壇は土手の土が階段状になるように木の杭が刺してあるだけの簡単な作りなので、雨が降るとしょっちゅう崩れるのだ。実際、花壇は夜中まで降っていた大雨で大部分が崩れていた。数日後には近所に住んでいる鈴木氏(50代後半の男性,職業不明,趣味:園芸)が修復してくれるだろう。彼お手製の紐で作ったバリケードも既に張られている。

 ではマルマルは一体何に吠えているのか?春香は対岸へ目を凝らした。


「それで、その変な木を見つけたと?」神也は狛島が淹れたコーヒーのおかわりを飲みながら言った。「大雨で流れ着いたただの流木じゃないのか?マルマルにはワニか何かにでも見えたんだろ」

 春香はムッとした表情になり言った。

「マルマルはそこまで馬鹿じゃないわ。たしかにちょっとぬけてるところはあるけど、ただの木をワニと見間違えたりなんてしないもの。だって本物のワニとか見た事無いし」

「まぁ動物園に犬は入れないからな」

「そうよ、見た事無いものに見間違えたりなんてできないでしょ?だからあの木は怪しいのよ」

「きみはその木を近くで見て調べたりしたのかい?」狛島が春香にオレンジジュースのおかわりを差し出しながら言った。

「してないわ。できないもの」春香はオレンジジュースを受け取りながら首を振った。

「何故?」

「知らないの?あそこの花壇って崩れると鈴木さんが直してるんだけど」

「鈴木さん?誰だ?」神也が聞いた。

「近所に住んでるおじさんなんだけど、花壇が元どおりになるまで周りをひもでぐるっと囲んでいるの。それの近くには『よい子は入らないでね』って書いてある看板が立ててあるから入れないのよ。だから木の近くに行けなかったの」

「“よい子”は入れないから俺らに依頼しに来たのか。成る程よい子だな」神也が春香に聞こえない程の小声で呟いた。

「神也」狛島が春香に聞こえない程の小声で鋭く神也に言った。「入るなって書いてある場所に入らないのは当然だろ」

「好奇心より身の安全をとるのか、つまらん生き方だな」

「好奇心で死に過ぎてことわざになった動物がいるらしいけどな」狛島がじっとりとした目で神也を見た。

「そいつらが迂闊だったんだろ」神也は目を逸らしながら言った。

「−ちょっと、聞いてるの?」ヒソヒソと話す2人に春香は訝しげな目を向けた。

「すまん、聞いてなかった」「ごめん、聞いてなかった」2人は声を揃えて言った。

「もー!ちゃんと聞いてよ!」

「すまんすまん、ちょっと狛島と相談しててな。ところで春香」

「なに?」

「今マルマルは連れて来ているのか?」

「うん、玄関の外に繋いであるけど、なんで?」

「そいつは丁度いい」神也は玄関の方を見ながら小さく呟いた。

「どうしたの?」

「いや何でもない。ところでキザシ」神也は早口で誤魔化すと狛島へ言った。

「こう暑いとマルマルも喉が渇くだろ、水でも出してやれ」神也が言いながら視線だけで玄関の方を指すと、狛島は何かを察したような表情を浮かべて「そうだな、行ってくる」と立ち上がるとキッチンへ向かい、水の入った器を用意すると玄関へ続く階段を降りていった。

 しばらくして戻って来ると、狛島はソファに座りながら神也と目を合わせて小さく頷いた。それを見て神也は満足そうに目を細めると、春香の方へ向き直った。

「で、その木があるのはどの辺なんだ?」

「えっ、調べてくれるの?」春香は驚きながらも期待を込めた目で神也を見た。

「ああ、もちろん」神也は両手の指先を突き合わせてニッと笑いながら言った。

「なかなか面白そうだしな」


「で、マルマルは何て言っていたんだ?」

 春香が帰った後、神也はスマホで春香に教わった場所を確認しながら狛島に聞いた。

「『水よりペット用のミルクの方が良い』ってさ」狛島が神也のコーヒーに角砂糖を3個入れながら言った。

「違う、それじゃない」神也が本日何杯目かのコーヒーを受け取りながら言った。「散歩中に見た木についてだ。何か言っていたんだろ?」

「あぁ、言っていたよ。『なんか変な木っぽいやつがいた』って。『久々にやべー気配を感じた』とも」狛島が自分の分のコーヒー(砂糖、ミルク無し)を飲みながら言った。「あと伝言も頼まれた」

「伝言?誰宛だ?」

「その“木っぽいやつ”宛だよ」

「何て?」

「それが…」

 狛島は少し間を置くと苦笑いしながら言った。

「『もう少し大きい声で話しかけないと人間には聞こえないぜ』だってさ」

第1話その2です。

キリのいいところまで書いたら少し長くなってしまいましたが、多分その3は更に長くなると思います。

そして更新が更に遅くなる。

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