ダイスロール・クッキング ー後片付けー
『ダイスロール・クッキング』後日談です。
“目が覚めると、そこは一面の白だった。”
“白と言っても雪景色ではない。製造元不明なタイプの極めて人工的な白だ。”
「文章が堅いわよナイアちゃん」
“そこは真っ白な壁に囲まれた空間で、扉すらも無かった。例えるなら、豆腐の中身を正方形にくり抜いて部屋を作るとちょうどこんな感じになるのかもしれない。光源のような物は見当たらないにも関わらず、室内全体が明るかった。”
「それじゃあバリカタどころかハリガネレベルね。もう少しライトノベルらしいフラットな文体にしないと、最近の若い子は疲れちゃうわよ」
“「あいたっ!何だよ!?」謎の男性は叩かれた箇所を押さえながら起き上がると、狛島の顔を見て「え、誰?」心底不思議そうな顔になった。そのまま立ち上がり素早く辺りを見渡すと、再び狛島の顔を見て「…ここどこ?」少しだけ眉を顰めながら聞いた。”
「ちょっとセリフの挟み方が不自然じゃない?あと一文が長いところがあるわね。もっと段落を活用してもバチは当たらないと思うんだけど」
“しかし、その声は別のk _”
「あとそれから-」
「ちょっと黙っててくれません!?」
本で溢れた和室にて、ナイアは背後から絶え間なく飛んでくる批評に、ついにパソコンの画面との睨めっこを中断した。
「さっきから文句ばっかり言ってー!邪魔するならリビングでゲームでもしてたらどうですか!?」
座椅子の背もたれに肘を掛けて振り返りながらナイアが言うと、その背後で画面を眺めていた女性は口を尖らせて不機嫌そうな表情を作った。くるりとしたウェーブの掛かった長髪と、エキゾチックな顔立ちが印象的な美女だ。
「だってナイアちゃんが居ないとつまらないんだもん」
「じゃあせめて口を閉じてくれませんか?うるさくて集中できないので」
「それじゃあ茶々入れられないじゃない」
「入れないでください」
「嫌よ」
女性は自分の傍に置いてある大型のタブレット端末を手に取り、その画面をナイアに見せた。画面には怪盗姿でポーズを決めるマリアのイラストが表示されている。
「だって、ナイアちゃんの小説の挿絵描いてるの私なんだから。ちょっとくらい茶々入れても良いと思うのよ、従姉妹なんだし」
「身内だからって何しても許される訳ではないんですよ、マイ。いいから、少しでいいから、黙っててください」
そう言うとナイアはパソコンの画面へ向き直った。
「えぇー」
ナイアにマイと呼ばれた女性は暫く物言いたげにナイアの背中を見つめていたが、振り返る様子がないと分かると畳に寝転がり、端末用のペンを取り出しイラストの続きを描こうとした。しかしペンの充電が残り僅かだったらしく「むぅ…」と不機嫌そうに少しだけ頬を膨らませると、ペンを端末の横に近付けた。ペンには磁石が内蔵されているらしく、端末の横辺にピタリとくっつくと画面にバッテリー残量が一瞬だけ表示された。
マイは手持ち無沙汰にうつ伏せのまま足をばたつかせていたが、少しして疲れたのか室内に積まれている本に手を伸ばし読み始めた。
暫くの間、さほど広くない和室内にページを捲る音とキーボードを叩く音だけが響いていた。
マイは大型スキャナーの読み込みもかくやという速度で一冊読み終えると、ナイアが向かっている文机の傍に積まれている本に手を伸ばし、一番上に乗っている本を取り上げ表紙を眺めた。
表紙にはどこかで見たような赤い眼鏡を掛けた長い黒髪の人物が描かれており、その側にはポップな書体の、おそらくこの地球上には存在しないであろう文字で本のタイトルが書かれている。
マイはペラペラとページを捲り、本文は読まずに挿絵だけを眺めた。
「『やっぱり私の絵は良いわぁ〜、これって自画自賛かしら?仕方ないわよね、こんなに素敵なんだもの』でしょう?」
「あら?」
いつの間にか作業を止めて振り返っていたナイアが、マイの口調を真似て言った。
「その通りだけど、執筆はもういいの?」
「いいですよ疲れましたし。気分転換に散歩でも行こうと思うんですが、付いて来ますか?」
「良いわね行く行く!あ、ヘルちゃん呼んでくるからちょっと待ってて!」
そう言うとマイは部屋から飛び出した。「ヘルちゃーん!」と呼ぶ声と小走りの足音が遠ざかっていく。
「なんでヘルハウンズ連れて来てるんですかあの人は…」
ナイアは怪訝そうな表情になりながらも、パソコンをスリープ状態にして立ち上がった。そして部屋の電気を消すと、マイの声と大型犬のものと思われる鋭い鳴き声のする方、玄関へと向かった。
爽やかなお散歩日和の青空の下、ナイアとマイは大きな黒い犬を連れて、特に行き先も決めずにのんびりと歩きだした。
「ところでナイアちゃん、クトゥグァに燃やされたのこれで何回目?」
「その話はやめませんか」
「えー?」
同じ時間、別の場所にて。
「♪火星でキミに恋してる〜♪」
カラオケルーム内で、マイク片手にマリアは熱唱していた。
歌っているのは最近じわじわと人気が出ている地下アイドルの1stシングル、『火星で恋する一輪花』。
「♪青く輝くあの星へ この宇宙超えて一直線〜♪」
中々の歌唱力で高らかに歌い上げるマリア。歌詞は完全に覚えているらしく、画面に背を向けてノリノリで踊りながら歌っている。ちなみに踊りもライブ時の振り付けを完コピしており、指先から足先まで完璧に再現している。
「♪愛なのIと♪ 遭・いあ・いあ!」
「「「遭・いあ・いあ!」」」
マリアがマイクを正面へ向けると、室内に居るマリアと同年代の、おそらく同級生であろう3人の少女がコールを返した。
サビが終わり間奏に入ると、3人のうちの1人、イヌミミが付いた青いパーカーを着た銀髪の少女が、タンバリン片手に勢いよく立ち上がった。
そして間奏に合わせタンバリンを鳴らし始めた。
まるでタンバリンに意志が宿っているかのような、タンバリンを持つ手が別の生き物に見えるかのような軽快かつ激しい演奏。タンバリン演奏のコンテストに参加したらぶっちぎりで優勝を狙えそうな超絶テクニックで鳴らし続ける少女に、室内の盛り上がりも最高潮に達した。
Cパートが終わり最終サビに入る頃にはライブ会場もかくやという盛り上がり具合だった。サイリウムの幻覚が見える。
「♪恋する一輪花♪ 遭・いあ・いあ!」
「「「遭・いあ・いあ!」」」
ラスト1フレーズを歌い切りビシッとポーズを決めるマリア。室内を埋め尽くす勢いの3人の歓声。
「ありがとーっ!」
完全にアイドルになりきったマリアは、そこまで離れた場所にいる訳でもない3人へと大きく手を振った。
その脳裏には、昨晩見た変な夢の記憶など一片たりとも残っていなかった。
同じ時間、かなり離れた場所にて。
寂れた郊外の路地裏を、カーターは駆け抜けていた。
月明かりすら届かない入り組んだ暗く細い道を、しかし日中のように正確に障害物を避けながら駆け抜ける。
カーターの後方には複数の人影が迫っていた。
身長と体格からしておそらく成人男性。服装は全員バラバラだが、何かの紋様が刻印されたペンダントのようなものを揃って首から下げている。
そして全員が、目の前を走るカーターを殺さんばかりの勢いと気迫で追っていた。よく見ると何人かは拳銃のような物を手に持っている。ただ、銃声で周囲の住人に気付かれない為か発砲する様子は無い。今のところは。
かくいうカーターも右手に拳銃を握っていた。こちらはサイレンサーが付いている為、ここで撃っても近隣住人を起こす事はないだろう。しかしカーターも追手に向けて撃つつもりはない。もう撃つ必要が無いからだ。
「えーっと、こっちだっけ?」
壊れて積み重なった木箱を飛び越え、その先にあるフェンスに空いた穴をスライディングで潜り抜けると、カーターは曲がり角を右に曲がった。前方には行き止まりであることを示すブロック塀が迫っているが、カーターは減速せずにそのまま真っ直ぐ突き進む。
衝突する寸前、一瞬力を溜めるように屈むとカーターは大きく跳躍した。2mはあろうブロック塀の上に軽々と飛び乗り、そのままひょいと反対側へ飛び降りた。
ブロック塀の向こうには一台の軽自動車が停まっていた。
カーターはブロック塀から飛び降りると、そのまま車の屋根へスタッと着地した。
「ボスただいまー」
カーターがコンコンと屋根を叩くと、電気自動車だったらしく車は音も無く発進した。環境にも住人にも優しいクリーンで静かな車だ。
それ故に、ブロック塀の向こうで彷徨いている追手達は、カーターが遠ざかっていく事に気付かなかった。
「おかえり、カーター」
走行中の車の屋根からカーターが器用に助手席に乗り込むと、運転席でハンドルを握っているウイチロソプトルが声をかけた。
「ちゃんと出来たのかね?」
「ばっちりだよー!」
ウイチロソプトルの問いにカーターはドヤ顔でサムズアップしながら答えた。
「それは良かった。ところで-」
ウチロソプトルはハンドルから手を離すと頭の後ろで腕を組み、運転席の背もたれに体を預けた。車は自動操縦が搭載されてもいないのに事故を起こす事なく走り続けている。
「どこまで話してもらったかな?」
「んー?…あ!えっとね、こまじがダイスを振ったらドライアイスが出てきたところまでだよ」
「そうだった。それで、その後どうなったのかね?」
「えっとねー…」
夜の闇の中を抜ける車の中で、カーターはウイチロソプトルに昨晩見た夢の続きを話しだした。
翌日、表向きには企業家の、裏ではとある新興宗教の教祖として名を馳せる人物が、何者かによって射殺されたというニュースがこの地域を流れるのだが、それはまた別の話である。
同じ時間、市内の商店街にて。
「…という事があってな」
商店街の一角にあるペットカフェで、神也はコーヒーを飲んでいた。
ペットカフェの名前は『ぐれーと・おーるど・わんにゃんず』。犬猫だけでなくやや珍しめの生き物も居るこのペットカフェは商店街の中でも特に人気のあるスポットだが、珍しく客は神也一人だけだった。
ちなみに狛島はアルバイトで出かけている。
「それは災難でしたねぇ、貴方もフィスも」
そんな神也が座る一番奥のテーブルのティーカップに、コーヒーのおかわりを注ぐ人物がいた。
浅黒い肌に癖のある猫毛の黒髪、やや猫背気味の立ち姿が特徴的な男性で、整った顔立ちでニコニコとした笑顔を浮かべている。
どことなくナイアやフィスに顔立ちが似ているのは、彼もまたニャルラトホテプだからだ。
この男性の名前はナイ・ホーテル。この『ぐれーと・おーるど・わんにゃんず』の店長であり、ニャルラトホテプの化身の一つ、“ナイ神父”と呼ばれる存在であり、(ニャルラトホテプの中では)比較的人間的な常識と思考を持つ化身のうちの一人だ。
「結局あの後フィスはどうなったんだ?」
「バーストからNYAINで『おミャーんとこの化身に身内の愚痴聞かされながら散々モフられたんニャが』と来たので、多分ドリームランド辺りに寄り道してから帰ったんじゃないですかね」
「ドリームランドは猫カフェか何かかよ」
神也は呆れた表情でコーヒーに角砂糖を2個入れた。
「ところで、これなんですけど…」
ナイは腰に巻いたカフェエプロンのポケットから、1つのダイスを取り出した。それは夢の中で帰り際にフィスから投げられた10面ダイスで、目が覚めた時に神也の枕元に置かれていたものだ。
「ざっと鑑定しましたけど、特に何の特徴も魔術も無い、普通のダイスでした。材質はプラスチック。おそらくAMAzone(世界最大手の通販サイト。別称【天間】)でも買える代物かと」
「マジか。てっきり俺は何か得体の知れないアーティファクトか何かかと思ったんだが…、マジか…」
神也は安心したような、少しだけ残念そうな声で言うと、ふと不思議そうな表情を浮かべた。
「だとしたら、何故フィスはわざわざ投げて寄越したんだ?」
「多分ですけど、本当にTRPGがしたかっただけだと思いますよ。深い意味とか無く」
「意味深に意味の無い事をしないでもらいたい」
「まぁニャルラトホテプはそういう無意味に人の心を無駄にかき乱すような事が地味に好きな性分ですので、こればかりは諦めてください」
ナイは軽く笑いながら言うと、神也にダイスを返した。
「そうか」
神也はダイスを受け取るとコーヒーを口にした。
カランカラン。
神也がコーヒーを飲んでいると、入り口に付けられたドアベルが来客を知らせた。
「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」
いつの間にか入り口付近に移動していたナイが、挨拶とともに客を案内する。
その様子を眺めながら神也は、これまたいつの間にか隣の椅子の上で丸くなっていた猫の背中を撫でた。
(午後にはキザシがバイトから帰って来るだろうし、今度こそ映画を観に行くか)
そんな事を考えながら、神也は残りのコーヒーと猫のモフみを堪能した。
同じ時間、少し離れた場所にて。
「どないしたん狛島?何か元気無いで」
バイト帰りに立ち寄ったコンビニで、狛島は知り合いの店員に話しかけられていた。
明らかなエセ関西弁で狛島に話しかけながら会計を済ませているのは、地毛なのか染めているのか分からない金髪と糸目がちな細い目が特徴的な、気さくそうな男性だ。
昼時を過ぎて客が減る時間帯らしく他の店員も休憩中なのか、店内には狛島とその店員しか見当たらない。ちょうど暇を持て余す時間帯に訪れた狛島は、店員にとって格好の暇つぶし相手となった。
「何か変な夢を見たせいか、妙に疲れててさ…」
「変な夢?どんな?」
「なんて言うか…」
狛島は昨晩見た夢を思い出そうとしたが、ぼんやりとしか思い出せない。何かを作っていた気がする。
「蓮田、グレービーボートって知ってるか?カレーのルーとか入れるやつ」
「あー、知っとる知っとる。こういうヤツやろ?」
蓮田と呼ばれた男性は両手を動かしてグレービーボートの輪郭の形を表現した。
「そうそれ。なんて言うか、よく覚えていないんだけど、そのグレービーボートにパフェ盛り付けて食べる夢…だった気がする」
「何やそれ」
蓮田は怪訝そうな表情で腕を組んだ。
しかし一瞬だけ、本当に一瞬だけ、何か思い当たる節があるかのようにハッとした表情になった。
ただ、それがあまりにも一瞬だったため狛島は全く気付いていなかった。
「何かこう…、もわもわっとした煙が出てたような…出てなかったような…」
「煙?何から?」
「パフェから」
「ますます訳分からんわ…」
蓮田は首を横に振った。
「で、この後もバイトなん?せやなかったら、家帰って休んだ方がええで。それか、何か気分転換になるような事するとか」
「気分転換か…、映画でも観に行こうかな」
「映画ええやん。ウチのオススメは猿が魔法使いになるやつ、予告あんなやけど結構感動するらしいで。観てないから知らんけど」
「観てないのかよ!でも面白そうだし、それ観に行こうかな」
「行ってらまいどありー」
蓮田は温め終わったおにぎりをビニール袋に入れ、狛島に渡した。
「ありがとう」
狛島は商品を受け取ると、コンビニを出て家へと向かった。
狛島の背中を見送ると蓮田は大きく伸びをし、天井を見上げた。
照明以外特に何がある訳でもない普通の天井を見つめながら、蓮田は独り言にしてはやや大きめの声で言った。
「ナイアの奴、またネタに詰まったんか…」
誰に宛てた訳でもないその言葉には、応える者も当然居なかった。
というわけで『ダイスロール・クッキング』完結しましたやったね!!
唐突に知らない登場人物や不可思議な設定がわんさか出てきた気がするけど特に深い意味はないです。考えるな、感じろ。
次回は殆ど邪神が出て来ない話になる予定です。
出て来ない筈…多分…きっと…うん。
(内容的には『木霊の川流れ』に登場した双子の話になる予定)




