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オレの為に死ね!  作者: ハンスシュミット
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第8話 転生者ケンジ(2)

マサヴェの海が紺碧から闇より深い黒へと染まる時刻、腕に覚えのある冒険者たちが星見台の前に集まっていた。殲滅者たちと同じようにギルドで招集された面々なのだろう、皆思い思いの得物を携え、これからの戦闘に高揚しているようだった。


星見台は街から離れた小高い丘の上にあった。街からの光は儚く、朧げな月明かりでは足元すら定かではない。この暗闇の中モンスターと戦うのは危険ではないか、殲滅者はそう危惧していた。


「こんなに暗いと、モンスター退治どころではないね」


殲滅者と同じ不安を抱いたのか、ロザーヌが漏らす。暗すぎて彼女の輪郭は朧げな影にしか見えなかった。その彼女は、自分の身の丈ほどの大きな長物、形状からしてハルバートだろう、を携えていた。


「あの灯台が光を灯せば、まるで昼間のように明るくなると受付嬢が説明していたが」


そう言って、自分たちの背後に鎮座する星見台を見る。漆喰のように白い滑らかな壁面に覆われ聳え立つ星見台は、光源の一切ない闇の中でもその白い輪郭を際立たせている。そして、その滑らかな壁面には所狭しと意味不明の紋様が描かれている。おそらく魔方陣だろう。エイザの村で見た罠の魔方陣とは模様も大きさも異なるが、この灯台そのものが魔術を顕現させる道具なのだ。


魔方陣の意味は理解できないが、この灯台の魔方陣も属性を司るドラゴンへ奇跡の供与を陳情しているのだろう。おそらくは光属性の魔方陣。


ケンジを見ると、ロザーヌと同じように今は朧げな影となっているが、彼はどこか浮ついた雰囲気を出していた。その彼だが、武器らしいものを携帯しているようには見えなかった。まさか、ヤツは素手で戦うつもりか?


「ここでモンスターをいっぱい倒せば、街の人々のお役に立てるんですよね! 僕、頑張りますねっ」


他の冒険者たちのギラつく高揚感とはまるで異質の、例えるならワクワクしているようなケンジの高揚感がこの場には似つかわしくなかった。


「君は報奨金目当てでモンスターを狩るのではないのか?」


ロザーヌが尋ねる。ケンジは、少し考え込むような素振りを見せたが、すぐに力強く答えた。


「お金も大事ですけど、なにより街の人たちがモンスターに襲われないようになるのが一番大事です」


純朴というか、清く澄みきった正義感からの発言だろう。今まで見てきた異世界転生者たちとはまるで違う、英雄と呼ぶに相応しい心構えだ。


「いい心意気だね。誰かの為に戦う、それは素晴らしいことだ」


ロザーヌはケンジの心構えを褒めたたえる。しかし、殲滅者はその発言を胡散臭い気持ちで聞いていた。異属性の魔術を垂れ流し、この世界の崩壊を招きかねない存在が、人々の安全を願うのはタチの悪いジョークに思えた。


「皆さん、お集りいただけましたかな」


星見台の前に恰幅のいい老人がやって来て、集まった面々に聞こえるよう大声で言った。ギルドの取り締まり役だろう。


「今宵は良いモンスター狩りの夜です。早速、星見台に貯蔵されたマナを使用し、ここら一帯をまるで昼のように照らします。あまりの眩しさに、モンスターたちはこの光に大挙して押し寄せて来ますので、皆さま日頃の研鑽を存分に発揮し、モンスターを狩ってくださいまし。多くのモンスターを倒せばそれだけ報酬は弾みますよ」


それだけ述べると、ギルド長は星見台の中へと入っていった。少しして、星見台の壁面に描かれている魔方陣が淡く光ったかと思うと…。


カッ!


星見台の天頂部分からこちらに向けて強い光が照らされた。さきほどの説明通り、辺りはまるで昼になったかのように明るく照らし出され、地面には冒険者達の濃い影が闇の方へと伸びていった。そして、その闇の向こう側から不穏な音が聞こえ出す。


獣ような唸り声、木々を押し倒す騒々しい音、それらが一つや二つではなく、大所帯でこちらにやってくる。モンスターの群れだ。冒険者たちの間に緊張が走る。


「モ、モンスターがこっちに来るんですねっ」


「そうだ、ケンジ君。気を引き締めて戦うんだよ。ハンス、サンタマリア、君たちも準備はいいかい?」


「おう」


「せいぜい頑張るのだな、諸君」


皆、口々に鼓舞の言葉を吐くのに、マリアのやる気のなさに殲滅者は違和感を覚える。


「…お前は戦う気がねぇのか?」


「ドラゴンである我がなぜモンスター退治などに加担せねばならん。それは貴様ら人間のやることだろう」


「話聞いてなかったのか? 報酬貰えなきゃ魔行列車の運賃払えないんだぞ」


「ふん、その気になれば我は鷹の姿となり空を飛べばいいさ」


ああ、たしかに。と妙に納得する殲滅者。


「それよりも…だ」


マリアが殲滅者に体を寄せ耳打ちする。


「この戦闘に乗じケンジを暗殺せよ。なぁに、モンスターも人間も入り乱れての大乱闘となれば、他の人間の注意も散漫になる。ケンジはモンスターに殺されたと装うのも容易かろう」


とびきり悪い笑みを向けながら言う。こういう非人道さはさすがに人外の生き物だと思える。とはいえ、その妙案は殲滅者にとっても賛成だ。


森を抜け、木々を縫う獰猛な影たちが、舞台のように照らされた星見台前の丘に踊り出す。それを皮切りに人間とモンスターの戦いは始まった。


誰かが、雄々しく叫びながらモンスターの大群へと走り出す。それに呼応するように、ロザーヌも、ケンジも、殲滅者も駆け出す。マリアだけはその喧騒をただ傍観しているだけだった。


闇から躍り出た影たちは、様々な姿をしていた。悪魔のような顔と大きな奇怪な翼を生やしたガーゴイル、炎を吐きながら地を這うトカゲのサラマンダー、ライオンの頭部と山羊の体を持つマンティコア、他にも様々だ。まるで不思議生物の博覧会かと思うくほど多種多様なモンスターが攻めてきた。


先頭の一団がバトルアックスでガーゴイルの頭をかち割ったかと思えば、手柄を横取りしようと出しゃばった他の冒険者が、サラマンダーが吐いた炎にその身を焼かれる。マンティコアの吐く毒霧は勇敢な冒険者たちの足を踏み止まらせ、グリフォンが空からその鋭い鉤爪で、冒険者たちを強襲する。


ロザーヌは、その堅牢な甲冑がまるで羽毛で出来ているのかと錯覚するほど俊敏に、戦場を駆けた。その頑強な鎧を活かし毒霧を突っ切ると、携えたハルバートを豪快に振り回しマンティコアの首を薙いだ。頭を失い地面に臥せる寸前のマンティコアの体を踏み台に、ロザーヌは空へと飛びあがる。ハルバートのリーチを活用して空で暴れまわるモンスターを、これまた見事に叩き落とす。瞬く間に二体のモンスターを仕留めたではないか。


ロザーヌの奮戦に、殲滅者はひと時目を奪われる。しかし、すぐに自分が注視すべき対象が彼女でないことを思い出し、本当の標的を乱戦の中から探す。それはすぐに視界に捉えることができた。


「だ、大丈夫ですかーー!?」


先ほどサラマンダーの炎に包まれた冒険者を救出しようとケンジは駆け寄る。そして、冒険者の体の上を踊り狂う炎を、まるで扇いで消そうとするように両手をパタパタと振る。そんなんで消せるかよ、と殲滅者は呆れていたが、目の前で起こった光景は殲滅者の予想を裏切った。


ケンジの両の手で扇がれた空気は、気流を生み、瞬く間に風となり、そしてあっという間に暴風と呼べるほどの風圧を生み出した。その突風は炎を容易に吹き飛ばし、あろうことが炎を吐いたサラマンダーをはるか彼方まで吹き飛ばしてしまった。ただの馬鹿力が魔術をも凌ぐ奇跡を発現させた瞬間だった。


「あ、ありがとう少年。助かったよ」


炎に包まれていた冒険者は、息も絶え絶えケンジに謝辞を述べる。


「ここは僕たちの任せて下がってケガを治してください」


ケンジは負傷した冒険者を抱き起こし、戦闘域からの離脱を促す。冒険者はおぼつかない足取りだったが、ケンジの勇敢な行動に再び感謝してから離脱していった。人のために尽くすケンジの所業は、崇高さすら感じられる。本当に、こんな善良な人間が生きてるだけで世界を破滅させてしまうのか、殲滅者の心は揺れる。


『この戦闘に乗じケンジを暗殺せよ』。マリアの言葉が頭に浮かび上がる。そうだ、ケンジが善良であるかは関係ない。自分の本当の記憶と肉体の為、エイザの村が再び蘇るため、殲滅者には異世界転生者を殺す理由がある。


殲滅者はケンジの死角に体を滑り込ませる。ケンジは、群れで襲い来るバンダースナッチの方に気を取られており、背後に回ったこちらの存在には気付いていない。もっとも、ケンジは殲滅者を仲間だと思っているのだから、仮に存在に気付いたとして警戒などするはずもない。


ケンジの振り回した拳がバンダースナッチの顔面を潰した瞬間を見計らい、殲滅者はロングソードを構えて力いっぱい振り下ろす。


「あー! 手が滑ったー!」


わざとらしく大声で、しかしその太刀筋は一切の迷いなくケンジの背中を叩き切った。が。


ガィンッ!


まるで硬い岩盤を斬ったような、とても人の体を斬った音とは思えない音がケンジの体から発せられ、殲滅者の放った渾身の一撃は弾き返された。その背中には一切の傷跡もない。あまりの大きな音にさすがのケンジも殲滅者を振り返った。


「ハンスさん、どうしたんですか!? 今凄い音がしましたが」


こいつ、まるで気付いていないのか。朴訥としたケンジの反応に恐怖すら覚える。


「い、いや! 今お前の後ろをモンスターが襲い掛かろうとしたんでな。俺が追い払ったのさ」


苦し紛れというか、自分でも嘘くさい言い訳を言うものだと殲滅者は呆れた。しかし、それをまるで疑う素振りも見せず、ケンジは殲滅者を命の恩人のように崇める。


「未熟者の僕を守ってくれたんですね! ハンスさん、ありがとうございます」


渾身の謝意を込めてケンジが頭を下げる。ケンジにとっては、感動のあまり少し力を込めて頭を垂れただけだった。が、異属性の魔術で超人的に強化されたその肉体は、ただのお辞儀を魔術顔負けの破壊力を生む必殺技に変える。音速を超える頭を下げる行為は、音の壁を突き破り、衝撃波を発生させ、周囲のモンスターたちを吹き飛ばした。無論、近くにいた殲滅者もその災禍からは免れ得ない。


「うわぁぁぁぁぁ!」


お辞儀をしただけで吹き飛んでいく殲滅者、そしてモンスターたち。自らの行為の影響などまるで気にも留めないケンジは、何が起こったのか理解できずキョトンとする。


「あ、あれ? また僕なにかやっちゃいました?」


悪意のなさが余計人を苛つかせるセリフである。


「ハンス、戦場の只中でふざけるとは随分余裕じゃないか」


バンダースナッチの群れを一閃しながらロザーヌが駆け寄り、倒れた殲滅者を起こす。


「そんなに余裕があるなら、まだまだ湧いてくるモンスターの始末をお願いしたいのだがね」


「遊んでるわけじゃねーぞ、ケンジのやつが…」


ケンジを非難する言葉は、口を出る前に引っ込めた。うだうだ文句を言っても仕方がない。今はケンジを殺す手立てを考えるべきだ。殲滅者は、素早く立ち上がりまたもケンジの傍に寄る。


ケンジは、ガーゴイルに襲われそうになっている冒険者を助けようとしていた。ガーゴイルの伸ばした尻尾が、見ず知らずの冒険者の喉元を締め上げる。殲滅者は考える。さきほどの背中への一撃が失敗したことを反省し、もっと脆いところを狙おうと。そして、下半身への攻撃を決意する。


「そこの見ず知らずの冒険者さーん。今助けますからねー」


「あー! またまた手が滑ったー!」


殲滅者が、ケンジの腱を狙って刃を振るう。その攻撃は、これでもかというほど強力に、そして的確なタイミングあった。だが。


「え、あわわわわわわ~?」


その一撃は致命傷はおろか掠り傷すら与えられず、ケンジを無様に転ばせるだけだった。他の冒険者を救出しようとしていたケンジはバランスを崩し、そのまま前のめりに倒れる。しかし、それだけでは終わらなかった。


彼の魔術により強化された前へ行こうとする馬力は、転んだことで余すことなく下、そう地面へと叩きつけられた。その尋常でないパワーは地響きを起こし、ガーゴイルの足元に地面の裂け目を作った。ガーゴイルはバランスを崩し、その裂け目に嵌る。


「あ、あわわ。どうしよう、地面壊しちゃった。え、えいっ」


まるで母親に叱られるのを嫌う子供のように、ケンジは割れた地面をくっつけようとしていた。無論、そんなことをして地面がぴったり元に戻るわけではないが、そこは異世界転生者の常識外れの所業。再び地鳴りを起こしながら、割れた地面はケンジの力によりピタッとくっついてしまった。裂け目に落ちたガーゴイルは、ありえない力によってぺしゃんこになった。


「ぼ、坊主。お前は命の恩人だな」


ガーゴイルに襲われ九死に一生を得た冒険者がケンジに感謝する。ケンジは、その謝辞を照れくさそうに受け取っていた。殲滅者は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


ええい、もう一度だ。殲滅者は気を取り直して再度ケンジに付きまとう。


ケンジは、今度はグリフォンの鉤爪に囚われ今すぐにでも空へ連れ去られそうになっている冒険者を助けようとしているところだった。冒険者の抵抗空しく、彼の体は茫漠な夜の空へと引きずり込まれる。ケンジが傍に落ちていた石を拾う。殲滅者は考えた。いや、自棄になっていた。ケンジと同じようにそこらへんに転がっている石を拾い集める。


「冒険者さんを放せー!」


「あー! またまた手が滑ったー!」


ケンジが放った石ころは、石ころとは思えないスピードを出し、グリフォン目掛けて飛んでいく。殲滅者はただ駄々っ子のようにケンジに石をぶつけていたが、それにはまるで効果はなかった。閃光のように飛翔した石はグリフォンを貫通し、その衝撃はグリフォンの四肢を粉みじんに粉砕した。


囚われた空から地面へと急落する冒険者を、ケンジは見事に受け止める。


「若造に助けられるとは、俺もヤキが回ったぜ。でも、ありがとうな」


古豪と表現するような冒険者が、ケンジに抱えられながら感謝する。


「礼には及びません。皆さん仲間じゃないですか」


と、ケンジは爽やかに受け答えする。そのやり取りを穏やかならざる心持ちで見つめる殲滅者。結局、この後も幾度となくケンジの謀殺を図ったが、ことごとく失敗することとなる。


「あー! またまたまた手が滑ったー!」


「ハンスさん、どうかしましたか?」


「あー! 足も滑ったー!」


「ハンスさん、大丈夫ですか?」


「あー! くそ、色々滑ったー!」


「ハンスさん、さっきから何か変ですよ?」


ケンジの魔術は自身に圧倒的な腕力を与えるだけではなく、一切の攻撃を受け付けない堅牢な防御力も与えていた。文字通り歯が立たないその頑強な体では、異世界転生者を殺すための覇剣すら通す手立てがない。これでどうやって奴を殺せというのだ。


手を拱いている間に、みるみる襲い掛かるモンスターの数は減っていき、当初あれだけ騒乱に満ちた星見台前の丘はすっかり沈静化していた。見れば、無残に打ち倒されたモンスターの死骸の山と、傷付き倒れる冒険者たち、そしてその只中で元気に立つケンジとロザーヌ、そして殲滅者だけが残されていた。


「素晴らしい、素晴らしいですぞみなさん」


ギルド長が拍手を打ちながら冒険者たちの健闘を称えた。


「特にケンジさん。上から様子を窺っておりましたが、あなたはまさに英雄だ。誰よりもモンスターを倒し、そして他の仲間を何人も救った。その強さと優しさに私は感激しております」


「あ、ありがとうございますっ。皆さんのお役に立てて僕も感激です」


「それとロザーヌさん、あなたはそれに次いで素晴らしい。男性顔負けの勇壮さで自分よりはるかに大型のモンスターをあそこまで打ち倒すなど。私は感動しております」


「うむ。その分報酬で応えてくれれば、私も感動するよ」


「あー、それと…ハンスさん、でしたっけ?」


「…なんだよ」


「あなた、ケンジさんの足を引っ張っていただけでまるで働いていませんでしたね。無傷なのは大変結構ですが、モンスターを討伐しなかったあなたには報酬は出ませんよ。それに、ギルド登録も結構です。能力の低い人にギルドの名を使って欲しくないですからね」


おいおい、それは困る。呆れ顔で撤収しようとするギルド長の肩を掴み、殲滅者は抗議する。


「なぁアンタ、それは困るんだ。どうしても王都へ行くために金がいるんだ。無報酬ってのはあんまりだ」


「事前に報酬は歩合制だとお伝えしたはずですよ。文句があるなら自らの未熟さを咎めなさい」


取り付く島なし、ハンスの腕を振りほどきギルド長は怒りながら帰ってしまった。


「ハ、ハンスさん元気出してください。僕で役立てることがあれば何でも言ってください」


「じゃあお前の報酬を寄越せよ」


「そ、それは困ります。僕の報酬は商人のおじさんと町の人への弁償に充てなきゃなんで。お金の事以外で。なんなら、一緒に牛乳配達のアルバイトでもしませんか」


誰のせいでこういう事態になったと思ってるんだ。健気に人の役に立とうとするいじましさが、余計に殲滅者の神経を逆撫でする。


結局、このモンスター討伐クエストに関して殲滅者は何一つ成果を上げることができなかった。路銀を得ることも、身分証を得ることも、まして異世界転生者を殺すことすらできなかった。むしろ、ケンジを殺す見通しが立たない現状は、進捗なしというよりは大きく後退したとも受け取れる。


星見台から放たれる光が、消沈する殲滅者の影をずしりと地面に張り付けているようだった。その影に別の影が重なる。殲滅者はその影の主へと視線を向ける。そこに立っていたのは見るからに怪しい人物だった。



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殲滅者、ロザーヌ、そしてケンジは狭い船倉に押し込まれるように座っていた。波しぶきが容赦なく船を揺らし、三人の体も大きく揺れる。殲滅者たちはエイカーズ船長が操る船の中にいた。事の発端を説明するため、少し時間を遡ろう。


落ち込む殲滅者に、その怪しい人物は話しかけてきた。


「金がいるんだろう? だったらワシと一緒にいっちょ化け物退治にでもいかんかね?」


「アンタ誰だよ?」


「ワシの名はエイカーズ。見ての通り船乗りだ」


船乗り、という言葉に殲滅者は違和感を覚える。忌憚なく見ての通り評するなら、浮浪者か物乞いにしか見えない風体だったからだ。殲滅者の訝しむ視線などお構いなしに、エイカーズは話を続ける。


「マサヴェは港町として漁業などの水産資源で生計を立てているが、近年漁獲量が落ちている。原因は"大陸喰い"と呼ばれるモンスターのせいだ」


「"大陸喰い"?」


「大食いホエールというモンスターがいる。やたらデカくてな、言い伝えでは小島を食べてしまったこともあると言う。そのモンスターが近年のモンスターの異常のせいなのか、非常に大きく成長してしまってな。今や大陸を一飲みしてしまうかと言うぐらいに巨大になってしまった」


そう言って、エイカーズは両腕を振ってそのモンスターの大きさを表現する。無論、彼の言葉を信じるのであれば、そのジェスチャーで収まるような大きさではないだろう。


「ここらの海の生き物を片っ端から平らげてしまい、このままでは近海の水産資源が枯渇してしまう。何より、これ以上大きくなってしまったら、本当にこのマサヴェの街すら飲み込んでしまうやもしれん。今のうちの討伐せねばと思いギルドに足を運んだ」


「興味深い話だね。私も一口乗せてもらおうか」


「モンスターに困ってるんですか? 未熟者の僕でもお役に立てるなら、喜んで力になります」


いつの間にやら、ロザーヌとケンジが殲滅者の傍で一連の話を聞いていた。


「もちろん、君たちの力も貸してくれ。これはマサヴェの未来の為、ひいてはこの国の将来のための戦いだ」


国の為、それは人助けを何よりの生きがいに感じているケンジにとってはいいカンフル剤だった。使命の重大さとやりがいに感動したケンジは、エイカーズの手を思い切り握りしめた。


「僕、頑張りますねッ。多くの人たちのためにせいいっぱい役に立ってみせますね」


「い、痛い! わかったから握るのを止めろ! 折れてしまう」


「おいおい、勝手に話を進めるなよ。俺は別に承諾したわけじゃ…」


「とはいえ、今夜のクエストで報奨金を得られなかった君に選択の余地はないんじゃないかい?」


ロザーヌの冷静な突っ込みに殲滅者は言葉が出なかった。


と、いう経緯を以て殲滅者は船に乗っているというわけだ。それからの話は早かった。エイカーズは殲滅者たちを連れてギルドにクエスト依頼を行った。その際に、"大陸喰い"と呼ばれるモンスターの危険性とこのクエストの危急さを声高に叫びギルド長を大いに震え上がらせた。二つ返事でギルドはこのクエストを了承し、高額の報奨金まで約束してくれた。なんと、100万ダラーだ。


今回の作戦は簡単にまとめると以下のような流れとなる。


まずは、エイカーズの船を使い殲滅者たちが"大陸喰い"をマサヴェの陸地の方まで誘いこむ。マサヴェの岸は浅く広い海岸が広がっている。その浅瀬まで"大陸喰い"を追い込めば、いくら巨大と言えども身動きが取れなくなる。そうなれば討伐も容易かろう。とはいえ、ただ船で追い立てたとしても岸に近づけることはできても浅瀬まで侵入はしてくれない。そこで役に立つのがあの星見台だ。


星見台の光は、暗い闇夜も昼の光のように照らすほど大きな光源であり、ギルド長から聞いた話だと、あの光にはモンスターをおびき寄せる特殊な効果もあるのだとか。だから、"大陸喰い"をその光で浅瀬まで引き寄せようという算段だ。


ちなみに、星見台に光を灯し、浅瀬に上がった"大陸喰い"を陸地で迎撃する別動隊にはマリアもいる。彼女は、どうしても殲滅者たちと一緒に海に出るのを嫌がった。ふと、マサヴェの街へ訪れるときに彼女の機嫌が悪かったことを思い出す。炎のドラゴンである所以だろうか、海が苦手のようだ。


陸地を離れ船は行く。狭い船内だからか、波に煽られるたびお互いの体を何度もぶつけてしまう。何度目かの接触で、ロザーヌの鎧の硬さを十分に味わった殲滅者は、我慢できずに文句を言う。


「何で鎧なんて着てるんだ?」


殲滅者はぶっきらぼうにロザーヌに尋ねる。


「決まっているだろう、身を守るためさ」


「だったら、その暑っ苦しい兜まで戦闘時以外も一切脱がないのはなぜだ? もしかして顔を見られるのが嫌なのか?」


自分でも底意地の悪いことを聞いていると殲滅者は自覚していた。ただ、彼女の真意を知りたかった。人の為と言えばホイホイ付いてくるお人好しのケンジと違い、ロザーヌにはこの討伐に参加する理由がない。昨夜のモンスター討伐で彼女は十分な報酬と身分証を獲得できたのだ、なぜまだ自分に付き合う必要がある?


彼女の見えぬ本心は、その重厚な鎧に隠されているように思える。だからこそ、その外見を腐すことでその隙間でも探れないかと考えた。


殲滅者の狙いを読んでいるのかどうか、ロザーヌの態度はいつもどおりの平板さだった。


「顔を見せたくない、という意味では合っているよ」


「目も当てられぬ醜女ってことか?」


「ハンスさん、女性にそんなこと言うのはダメですよ」


ケンジが、優等生然としたリアクションで殲滅者を遮る。しかし、ロザーヌは殲滅者の不躾な疑問に激昂することも嫌悪することもなく淡々としていた。


「自分で言うのもなんだが、悪くない顔をしていると思うよ。ただ、顔を見せられないのは別の理由さ。家訓だからね」


「家訓?」


「我が家系の女性は、殿方に顔を見られた場合、その相手と結婚しなければならない。それか、それが嫌なら相手を殺す」


しばし、船内は波しぶきが爆ぜる音だけになった。ややあって、深海よりも重い沈黙を震える声で殲滅者は破る。


「じゃあ、お前の親父さんは死なずに済んだ果報者なんだな」


そうだね、とロザーヌは相槌を打つ。


「君やケンジ君にもその幸福があるとは限らないから、私の素顔を詮索するのはお勧めしないよ」


平板でこそあれ、その口調は静かな威圧が込められていた。こうして、船内はまた深い沈黙に閉ざされたが、エイカーズの一声がそれを破った。


「お前たち、甲板に上がって来い。"大陸喰い"を見つけたぞ!」


殲滅者たちは弾かれたように甲板へと躍り出る。


海はまるで怒り狂ったように激しく荒れていた。山をも飲み込むほど大きく屹立した波が、互いにぶつかり爆ぜて、また屹立してぶつかる。その隙間を縫うように、殲滅者たちを乗せた帆船は進んでいた。また持ち上がる水面を前に驚愕していると、海を割ってやつが現れた。


荒れ狂う濁った水とは打って変わって滑らかに映える銀色の体表、あれがエイカーズの言っていた"大陸喰い"か。ヤツの姿を見るその瞬間まで、殲滅者はその通り名が誇張を多分に含むものだと侮っていたが、その認識は改める必要があるようだ。

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