第7話 転生者ケンジ(1)
頬を撫でる風に磯臭さが混じってきたことで、殲滅者は目的地の到着が近いことを察した。エイザと別れてしばらく、殲滅者たちは林道を道すがら歩き詰め港町マサヴェを目指していた。
今後の異世界転生者狩りをどう進めていくかマリアと相談したところ、王都へ行くべきではないかと結論が出た。理由としては、異世界転生者の情報を効率よく入手するためだ。
マリア曰く、異世界転生者の所在を感知できるのは異世界転生者が異属性の魔術を行使するときだけだとか。そのため、マサフミのように常時魔術を発現しているならともかく、時折しか魔術を使用していない転生者の場合は所在の特定が難しいとのこと。奴らの能力は派手で人目に付く。人も情報も集中する王都なら、まだ見ぬ奴らの情報も効率よく収集できるだろうという狙いだ。
エイザに王都までの道筋を聞くとマサヴェの町を紹介された。なんでも、王都はアールレヴォと呼ばれる標高の高い山を切り開いて造られており、その王都へ行くには『魔行列車』と呼ばれる乗り物に乗らなければならず、人の足で山を登るのは困難だとか。『魔行列車』の乗り口(ステーションと呼ばれている)はいくつか存在するが、エイザの村から一番近いのはマサヴェの町にあるステーションらしい。
「…もうすぐ、着きそうだな」
横を歩くマリアはどこか不機嫌だった。そういえば、だんだんと町に近づくほど、彼女のご機嫌が傾いているように思われる。
磯の香りがさらに強くなったと思った時、視界に映っていた鬱蒼と茂る木々の深緑が、途端に目も覚めるような紺碧へと変わる。海だ。どこまでも続く澄み渡った碧い海と、それに劣らず晴れ渡る空の蒼は、お互いの境界線を曖昧にしていた。ようやく、港町マサヴェに到着したようだ。
マサヴェの町は、赤い煉瓦屋根が岸に沿って並ぶ綺麗で大きな町だった。港町故か、メインストリートに並ぶ店はどこも海産物や海をイメージした工芸品などを店先に陳列していた。町の先にはアールレヴォ山の麓が窺え、山の緑と海の青がよりこの町の景観を風光明媚と言わしめるものとしている。ふと、殲滅者は町の外れに聳える高い塔を見つける。あれは何なのだろうか。
「なんだって! 金がいる?」
ここは『魔行列車』ステーション。マサヴェに到着した殲滅者たちは、すぐさま『魔行列車』に搭乗しようとしたが、係員に止められ運賃を払えと言われた。その言葉への返答が、これである。
殲滅者が、まるで異国の風変わりな習慣に驚愕するような表情をすれば、それを受けた係員もまるで別の世界の人間を目の当たりにした、とでも言わんばかりに驚く。
「金が要るって、当たり前だろう。アンタの地元じゃ未だに物々交換してるのかもしれないが、世の中は金を払って対価を受けられるんだ。一片のパンでも、銅の剣でも、金を仲介して初めて授受が成立するんだ」
殲滅者は、横に控えるマリアに視線を送る。が、マリアはすぐさまそっぽを向き、我関せずを決め込む。世界を統べるドラゴンが世俗そのものである通貨を所持しているとは期待してはいなかったが。いなかったが…。
「金がないんならさっさと消えな。それに、アンタ王都へ向かうって言ったな。身分証は持ってるのかい?」
「身分証?」
「アンタ、どうしようもない辺境から来たお上りさんだね。王都へ入るには身分を証明する証書がないと叩き返されるんだよ。魔族のスパイとかもいるからね。そういった輩の侵入を防ぐためにも王都へ入るには身元を明かす必要があるんだ」
「ぐっ、うぅむ…」
結局、殲滅者たちは追い出される形でステーションを後にした。
「金がいるのか。それに身分証も」
殲滅者は途方に暮れていた。近くの露店に吊るされている魚の干物のように、辛気臭い顔をしていた。振り返ると、殲滅者はこれまで金銭で困る経験がなかった。アキヒロ討伐の際はパーティーの財布係であるミレニアが管理していたし、殲滅者の炎の奇跡で形作られた肉体は飲み食いを必要としないので、食費も一切かからなかった。金銭に関しての意識が今まで存在していなかったのだ。
しかし、運賃の工面に関してはまだ手立てがあるように思われるが、もう一方の身分証の方はどうしたものかと殲滅者を悩ませる。ほんの数日前に炎のドラゴンによって作り出された存在である自分を、どのように公的に証明しろというのか。そもそも本人が自らの存在を証明する情報がないというのに。
悩む殲滅者に対し、マリアはさきほどからあらぬ方向を向いたままである。
「金銭の授受の対価に奉仕を得る、実に無粋なことだな。この世は、我らドラゴンへの信仰心とマナの授受さえあれば円滑に回るというのに」
傲岸不遜を絵に描いたようなマリアの態度には慣れたつもりだったが、今日も今日とて殲滅者の堪忍袋を刺激する。
「だったらテメェの神秘とやらで王都へ行かせろよ」
「我らドラゴンは人の世のルールに深く干渉するつもりはない。こうも言うだろう、郷に入れば郷に従え、と。大人しく金の工面を考えるのだ」
偉そうに。
途方に暮れ、自然と殲滅者の視線は潮騒響く地面に落ちて行った。金でも落ちてないだろうか、できれば身分証も。ふとそんな浅ましさで視線を動かすが、割れた貝の破片や魚の骨ばかり目に映る。ふと、その視界に影が落とされた。
顎を上げ、その影の正体を見やると、無骨な甲冑を全身に纏い、顔を完全に覆った兜を被った人物が殲滅者の前に立っていた。
「なんだよ、テメェ?」
マリアへの苛立ちも手伝ってか、殲滅者の第一声には棘があった。
「さきほどのステーションでの悶着は一部始終見ていた。金と身分証がなくて困っているようだったが?」
兜に遮られくぐもった声だったが、その声は意外にも女性のものだった。曲線が少ない角ばった甲冑からはまるで想像していなかった人物像に、殲滅者は面食らう。
「だったら何だよ。アンタが恵んでくれるのか?」
「殲滅者よ」
「恵んではやれないが、解決策なら提示できるよ」
「ほ、本当か」
思わず身を乗り出す殲滅者。しかし、その心の中には妙な引っ掛かりを覚えていた。一つは、全身甲冑に覆われたこの人物が見るからに怪しいこと。そしてタイミング良く事態が好転することに作為的な都合のよさを感じ、やはり怪しいということ。
「殲滅者よ」
「で、アンタの言う解決策ってのは何だ?」
「君を腕の立つ冒険者と見込んで提案する。私と一緒にモンスターを討伐し、ギルド登録しないかい?」
「ギルド登録?」
「そうだ。最近各地でモンスターの活動が活発になっている。それに伴い、ギルドは優秀なモンスターハンターを多く募集している。腕の立つハンターだと認められれば、ギルド協会が身分を証明してくれる。おまけに討伐すれば金も手に入る。君の悩みは一発で解決だね」
「殲滅者よ!」
「さっきから何だようるせぇなっ」
甲冑女の魅力的な提案を聞いているというのに、マリアがしきりに殲滅者を呼ぶ。あまりにも煩わしくなり殲滅者は応える。次にマリアの発する言葉で、殲滅者は甲冑女とのやり取りをしばし頭から忘れることとなった。
「この近くにいるぞ、異世界転生者が」
マリアは、さきほどから向けている視線の先を示す。心臓がひときわ大きな鼓動を打つようだった。強大な魔術を事も無げに乱発するアキヒロ、人を莫迦にしてしまう魔術を無自覚に使用するマサフミに続き、新たなる敵との相対に緊張が走る。
「何が近くにいるって?」
事情を知らない甲冑女は殲滅者たちに聞き返す。しかし、それに取り合うことはせず殲滅者たちは異世界転生者のいる方へ走り出してしまった。
「おい、どこへ行くんだい?」
「アンタの提案には乗る。だけど、その前に野暮用ができた。少し、そこで待っててくれ」
急ぎ足で伝えたいことだけ伝えると、そのまま振り返りもせずに殲滅者たちは走っていってしまった。遠ざかる殲滅者たちの背中を見ながら、甲冑女は嘆息する。
「あの男が報告に聞いていた男だとするなら、目は離せないな」
甲冑女が零したその言葉は誰の耳にも入らず、潮騒の中に消えていった。
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マサヴェの町の入り口は、多くの人だかりができていた。案の定というか、その人だかりの中心に奴はいた。すらりと伸びた長身、大人というには幼さを残した青年がいた。その青年は町の人々に囲まれて、なにやら称賛されているようだった。
「皆さん、マサヴェの海より深い彼の義侠心とその逞しい肉体に盛大なる賛辞を。というのも私、荷馬車の車輪が脱落し途方に暮れていたところを通りがかりの彼に助けてもらいました。しかもその救い方が豪快のなんのって。馬4頭で引っ張るほどの大きな荷馬車を、彼はこの一見華奢に見える両腕だけでここまで持ち運んだのですよ」
いかにも商人風といった中年男性が、まるで自分の武勲のように自信満々に異世界転生者を褒めたたえていた。その称賛におおー、と聴衆の中から驚嘆の声が上がる。が、その声にはあまり真実味が伴っていなかった。無理もない、ケンジが担いできたと思わしき荷馬車は、商人の説明どおり引っ張るのに馬が数頭必要なくらい大きなものだ。対して、横に並ぶケンジは身長こそ人並み以上にあっても華奢な印象は拭えない。普通の人は法螺話としか受け取っていない。またぞろ、こんな優男でも荷馬車が引けるほど強靭になるという触れ込みで怪しい薬でも売ろうという腹か、と思われていた。
「おまけにですよ、道中凶暴なモンスターたちに遭遇したのですが、なんと、彼は荷馬車を担いだままその並み居るモンスターたちを倒したではないですか。あまりの出来事に私は腰を抜かしてしまいました」
おおー、とまた声が上がる。しかし、さきほどよりもその量は少ない。
「さらにさらにですよ、この前の大雨で街道が落盤しておりましたが、またしても、彼は荷馬車を担ぎながら小さな山ほど堆積した土砂を撤去したではないですかっ」
商人のオッサンの説明に力が入る。それとは反比例し、民衆の熱量は完全に失われていた。十重二十重に嘘を重ねられ、さすがに呆れているようだ。
「そういえば、まだ君の名前を聞いていなかったな。名をなんというのだね、屈強なる勇士よ」
「ケ、ケンジって言います。別に僕は大したことはしてません。困ってる人を助けるのは当然ですし、荷馬車だって全然軽かったですし、モンスターだってちょっと小突いただけで大げさに吹き飛ぶし、道を塞いでた土砂だってちょっと息を吹きかけただけですよ」
ケンジは自らの功績を謙遜する。他の異世界転生者に比べると随分殊勝な心掛けだ。といっても、醜い本心を隠していたアキヒロの例もある。彼の本音が言葉通りとも限らない。
ケンジのあまりの遜りぶりに謙遜を超えて自虐すら感じ、商人のおっさんはそれを諫めようとした。
「全然大したことないって…。馬4頭でやっと引けるほど重く大きな荷馬車だよ? モンスターたちだって、人間の体長を超える大型のやつが少なくとも二桁はいた。道を塞ぐ土砂だって土砂とはいえ小さな山がそのまま崩れてきたほど堆積していたではないか。全然大した事じゃないぞ!」
「ほんと大したことないですって。ほら~」
そう言って、ケンジは横に置いていた荷馬車を事も無げに持ち上げた。しかも片手で。物理法則を無視したように中空に佇む荷馬車とそれを飄々とした表情で支えるケンジに町の人たちは一斉に驚愕した。
「ええええええええええええええええ~~~!!???」
「あ、もしかしてこの程度の事を何を自慢げに披露しているのかって呆れて驚いたんですか!? ちょっと待ってくださいね。未熟者の僕ですが、もう少しくらいなら凄いことできますよ。それっ」
ケンジは、脇で待機していた馬を数頭空中に放り投げる。そして、さきほど持ち上げた荷馬車も放り上げ、それを受け止めてはまた空に放り出す。そう、まるでお手玉のようにだ。
目の前で起こっている常識外の珍事に町の人々は言葉を失い、ただケンジの常軌を逸した曲芸を茫然と見ているだけだった。
「あ、ああっ、荷馬車を、馬を…や、やめてくれぇ~」
溜まらず商人のおっさんが悲鳴交じりに懇願する。ケンジのパフォーマンスを阻止しようと、商人のオッサンはケンジにしがみついた。その対応がまずかった。抱きつかれた事に驚いたケンジは、空中に放っていた"玉"の制御を欠いてしまった。垂直に放られるはずだった馬や馬車が、あらぬ方向に飛ばされた。それらは、あるいは商店の店先に突っ込み、あるいは民家の屋根に穴をあけたり、あるいは母なる海に文字通り還ってしまった。
自身の財産が一瞬で散り散りになってしまったことで商人は卒倒する。その憐れな姿を見たケンジは、さすがに自分が招いた事の重大さに気付いたのか当惑したような顔をする。
「あ、あれ? もしかして僕、なにかやっちゃいました?」
悪びれもせずに言い放つ。その言動に演技めいたものはなく、彼の無自覚の常識のなさが伺える。
「あれはいったい、なんの魔術なんだ?」
一連の出来事を一緒に傍観していたマリアに殲滅者は話しかける。
「おそらく身体強化の類だろうな。地属性…の他にも風属性の神秘も感じる。マサフミと名乗った異世界転生者と同じで無自覚に発動し続けているようだ」
身体強化、というワードで殲滅者はモルティナの事を思い出す。彼女の魔術により自身の肉体が強化された時のことを。その時、うっすらと自分の体が輝いていたことも。そして、ふと気付いたがケンジの肉体も幽かにだが光を放っていた。
「常時魔術を使ってるなら、あいつの位置は感知してたんじゃないのか? ついさっき気付いたような素振りだったが」
「近くにいたのは感づいていたが、それでも人の足で半日はかかるほど離れていた。それが急にこの町に接近したのだ。尋常でない速度でな」
なるほどね、と殲滅者は納得する。怪力のほかにも移動速度を早める能力まで持っているようだ。
「あれだけの馬鹿力となると、正面切っての取っ組み合いは得策じゃなさそうだ」
殲滅者はケンジの攻略方法を考える。なにかしらの方法で隙を突ければ攻略は容易い気がするが。思案を巡らせていると、思いがけない声がその思考を邪魔した。
「うむ、彼も仲間にしよう」
急に掛けられた声に驚いて振り返ると、そこにはさきほどの甲冑女が立っていた。彼女も異世界転生者の凶事を見ていたようだ。
「お、おいちょっと待てよ」
甲冑女を制止しようとするが、彼女はそんなことお構いなしにケンジの元へと行く。なんてこった、と殲滅者は苦虫を噛み潰す思いだ。ケンジの隙を突くよう暗殺する予定だったのに、面が割れてしまったらそれもおじゃんだ。だが…と殲滅者は別の考えを巡らせる。アキヒロの時のように仲間として近づき、好機を待つというのも手かもしれない。それに、ケンジの能力が身体強化のみと決まったわけでもない。仲間面してケンジの能力を知る方がいいのかもしれない。
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「え、えっと、ケンジです。この度は仲間に誘ってくれてありがとうございます。未熟者ですが、頑張りますねっ」
ぐっと握りこぶしを掲げながら、ケンジが自己紹介をする。青年というには幼さが残っている外見だと評したが、こうして相対すると内面の方がより子供っぽく感じる。見た目と中身の年齢差のギャップが、妙な可愛らしさを醸し出していた。
「モンスター討伐の件、僕も参加したいです。というのも、今すっごくお金がいるわけでして…」
そう言って、ケンジは別の方角に視線を向ける。その視線の先には、さきほどケンジを褒めたたえていた商人がこちらを、もといケンジを見ながらプリプリ怒っていた。
「おじさんの馬と馬車、それと近隣のお店や家を壊しちゃったんで、その弁償代を稼がないとなんで」
ケンジは申し訳なさそうに言う。だが、その態度は子供が悪戯を咎められた時のようなもので、言ってしまえば自分の失態を真摯に反省している素振りとは言えなかった。先ほど率直に感じたケンジの印象と、今の彼の子供じみた倫理観は符合する。
「私たちとしても強力な仲間は心強いよ。私の名前は…そういえば君らにもまだ名乗ってなかったな。私はロザーヌだ」
「俺は殲め…ハンスだ」
「君はそんな名前なのかい? さきほど横の彼女はセンメなんちゃらと君を呼んでいたが」
「渾名みたいなもんだ。気にするな」
「サンタマリアだ。気安く呼ぶなよ、様を付けるのだ」
こうして、みすぼらしい冒険者と驕傲な踊り子と全身甲冑の怪しい女騎士と常識知らずの少年の訳の分からないパーティーが出来上がった。一行は、ロザーヌに連れられギルド協会のマサヴェ支部を訪れる。
マサヴェ支部の建物は、簡単に言えば瀟洒だった。沿岸の厳しい陽光にも耐える赤茶の煉瓦で組み上げられた外観は、訪れるものに安心感を与える。内部にしても広々として清潔さが伺える。モンスターの討伐依頼、または討伐クエストの受注をしたりするお役所なのだ、見てくれは相応にしておかねばということだろう。
広いロビーを抜け、一行は受付カウンターの前まで来た。そこは人々で大勢賑わっていた。同じ冒険者だろうか、得物を携え歩く姿には張り詰めた緊張感を漂わせる男たちが行き交っていた。ちょうど、応対の空いた受付が一つ出来たので、殲滅者たちはその受付へと足を運ぶ。
「手っ取り早くお金とギルド公認の身分証を発行してもらえるようなクエストはないかい?」
ロザーヌが前置きもなしに要点だけを説明した要望を吐いた。あまりの不躾さに受付を担当する年若い嬢は面食らったようだが、そこは応対の手練れ、すぐさま自慢の武器でもある営業スマイルを浮かべ、丁寧に対応してくる。
「クエスト受注の方でしょうか。それでしたら、ちょうどいいところに冒険者様たちのご要望にお応えできるクエストをご紹介することができます」
そう言って、嬢は一枚の紙面を見せてくる。
「昨今のモンスター大量発生に伴いまして、今晩ギルド協会主催の一大モンスター掃討作戦を行うところです。報酬に関しましては討伐したモンスターの数による歩合制ですが、大型のモンスターを倒したとなれば褒賞として10万ダラー以上が支払われる事でしょう」
「10万ダラーってのは大金なのか?」
殲滅者がロザーヌに聞く。表情こそ兜によって見えないが、その雰囲気から驚いているのが察せる。
「現世において貨幣の価値を尋ねられるとは思わなかったよ。魔行列車で終点の王都へ行くまでに片道1万ダラーだと言えば、どれほどの額か理解してくれるかい」
なるほどな、と殲滅者は納得した。
「しかし、掃討作戦は夜行うのかい。視界が悪くては夜目の利くモンスターよりこちら側の方が不利なのでは?」
ロザーヌが嬢に質問する。その質問を待ってましたと言わんばかりに、嬢は自信ありげな笑みを浮かべる。
「マサヴェの町を一通り御覧になればお気づきになられたと思いますが、町の外れに大きな塔のような建物が建っておりましょう。あれは『星見台』と呼ばれる我が町の観光名所の一つでして、まぁ端的に言いますと灯台なのです。光魔術の魔方陣が施されておりまして、その光は漆黒の海原を迷う船乗りたちを導くほどの大きな光源となります。今回はその星見台の光を使い、モンスターたちをおびき寄せて退治しようという計らいです」
捲し立てるように一気に説明する嬢。その熱意は聞くものにいささかの怯えを生むほどだった。町の観光自慢を利用してのモンスター退治に力が入っているのが伺える。
「モンスターに困っている人たちをそれで救うことができるんですね、素晴らしい作戦です!」
嬢の熱意に呼応してか、ケンジも目を輝かせながらしきりにうなづいている。
「ケンジは参加に賛成ということだな。ハンス、そしてサンタマリア、君たちはどうだい?」
「俺も異論はない」
「我もだ。貴様らの働きに期待しておるぞ」
こうして、珍妙なナリの冒険者一行は、ギルド主催のモンスター討伐クエストに参加することとなった。