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オレの為に死ね!  作者: ハンスシュミット
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第2話 転生者アキヒロ(2)

「まずは王都を目指すわ」


パーティを見渡しながら、ミレニアは宣言するように言った。


今やこのパーティは昔馴染みのアキヒロだけではない、出自のよく分からないハンスと名乗る冒険者とモルティナと名乗る魔導師が一緒なのだ。彼女はパーティの主導権を握っているのが誰かを知らしめたがっていた。


「反対するわけじゃないが、王都を目指す理由が知りてえな」


殲滅者の問いに、ミレニアは答えるより先に侮蔑をたっぷり乗せた視線を送る。そんなことも分からないわけ?と言いたげな目だった。実際に「そんなことも分からないわけ?」と言われた。苛立ちは覚えたが殲滅者は心が凪ぐのを願った。


「田舎から出てきたばっかで世の情勢に疎いんだ。出来ればその点も踏まえて説明してもらえると有難いね」


「わ、私も、出来れば説明して頂けると…あ、有難いというか…なんというか」


やれやれ、と肩をすくめるミレニア。


「このクレム大陸は横断するように聳えるハームド山脈を隔てて、南が人間、北が魔族の生息圏になっているわ。

近年、魔族には絶対的指導者、いわゆる魔王の存在が確認されておらず、魔族を駆逐し人間の勢力図を伸ばすにはまたとない好機なのよ。

だからこそ、ハームド山脈近辺のギルドでは高額な魔族討伐クエスト依頼が多いし、腕の立つ人たちはこぞって参加しているわ。正に世は大魔族討伐時代。

この好機に乗って財を成すためにも私たちもハームド山脈を目指そうってわけ。けど、ここからハームド山脈は遠いし路銀が足りないわ。だから、まずは王都に寄って旅の支度と資金の調達をするってわけ。お分かり?」


「まぁ、だいたいは」


「とりあえず、この前広場でのデモンストレーションのおかげでいい報酬の依頼を引き受けたわ。

 ちょうど王都へ向かう道すがらにこなせる内容だし、旅費稼ぎにこの依頼をこなしましょう」




□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■



王都へ向かう山道の途中、殲滅者とその一行は荷馬車に揺られていた。


ミレニアが請け負った依頼は護衛任務だった。ここらの地域を統括している交易商から町ごとへの物資の輸送を行いたいので、その際積み荷を守ってくれる用心棒が欲しいとのことだ。


ミレニアに聞いたがこの山道は町々を繋ぐ最短のルートではあるが、見通しの悪い箇所などが多く山賊に襲われやすい道らしい。さらには最近はモンスターの活動が活発になり、山道付近までモンスターが出没する報告も多く挙げられている。いわゆる危険な道だ。


しかし、日持ちのしない物資をできるだけ高速に届けたい、そのためにリスクと金を払う商人がいる。木箱に詰められた果実の甘い匂いが荷馬車の中に漂う。この匂いが甘いうちに届けたいのだ。


だから冒険者たちは重用されるし、それで生計を立てることができる。


荷馬車は交易商のじいさんと、その使いの者が馬の手綱を握っている。白い襤褸に覆われた荷台部分には所狭しと載せられた荷物、そしてその荷物の隙間を埋めるように殲滅者を含む4人のパーティーメンバーが座っていた。


「ねぇ、アンタのその鳥邪魔なんだけど」


ミレニアが、自分の顔にかかる紅き鷹の羽根を邪魔くさそうに払いながら言った。ぎゅうぎゅう詰めで密着した荷台では、荘厳さを持つほど雄々しい羽根は場所を取るだけの無用の長物だった。


「そんなこと言われてもなぁ。我慢しろよ」


「だいたい、なんでこんな鳥を飼ってるのよ? アンタ動物が好きな性格には見えないけど」


「別に飼ってるわけじゃねーよ。こいつが勝手についてくるだけだ、って痛ぇな!」


邪魔ものを追い払うように手を振ったが、その手を紅き鷹が嘴で咎める。


「その子、名前あるんですか?」


アキヒロが言った。殲滅者は、アキヒロが自分に興味を持ちつつあることを察していた。あの広場で見せた呪文詠唱なしでの魔術行使、殲滅者が思っている以上にアキヒロの関心を引くことになったようだ。


「さっきも言ったろ。飼ってるわけじゃないんだ、名前なんか付けてるかよ」


そもそも名前を教えてもらってもいないしな、と心中で呟く。


「じゃあ、せっかくだから名前付けましょうよ。僕らの仲間なんですし。…う~ん、なんて名前がいいかなぁ?」


「クソ鳥でいいよ、別に。って、つつくなコラ!」


「ははは、人間の言葉がわかるなんて頭いーんですね。じゃあ、ウッディーって名前はどうですか?」


「なんだよそれ、ダセェな」


鷹もこの名前には不満なのか、そっぽを向いてしまう。


「はいはい、じゃあアタシの番。そうね、ハイパーエクセレントドミネイトエクスタシーは?」


ぷいっとまた別の方向を向いて拒絶を表明する鷹。二人揃ってネーミングセンスがない。


「…サンタマリア」


三人のやり取りを静かに見守っていたモルティナが、ポツリと呟く。


「ずいぶん大仰な響きの名前だな」


「あ、い、いえ…その…、わ、私の故郷に古くからある伝承に出てくる名前なんです。そ、その伝承では、こ、この世界は火、水、風、土、光、闇の6属性を司る神が存在し、サンタマリアは火を、つ、司る神の名前です。

 まるで燃えるようなその子の羽根が、火の神様に見えたので」


鷹が、その燃えるような羽根を羽搏かせ殲滅者から離れ、モルティナの肩に留まる。そしてさきほどの名前を愛おしむようにモルティナに体を寄せる。


「決まりみたいね、じゃあその子は今日からサンタマリアで」


勝手にしろよ、と殲滅者は肩を竦める。


「…あ、あの、さ、さきほどの伝承のことも踏まえて、ハ、ハンスさんとアキヒロさんにお尋ねしたいことがあるのですが・・・」


「何を?」


「ま、魔術を心得ている者として、ど、どうしても納得がいかないのです。お、お二人はな、なぜ呪文詠唱も魔法陣も使わずに魔術を行使できるの、で、でしょうか?」


目深に被ったフードの下から、彼女の深緑の双眸が二人を交互に見据える。普段見せるおどおどした態度とは打って変わって、その視線は揺らぎのない真摯さを込めていた。

もしかしたら、と殲滅者は勘ぐった。時折見せる彼女の気弱そうな仕草は演技ではないのだろうか、本当の彼女はもっと勇敢で、聡明なのかもしれない、と。

未だ仲間の前でフードを一切取らない彼女には、なにか自分たちには見せたくない正体があるのではないか。


「どうして使えるかって言われてもなぁ」


殲滅者は回答に窮する。彼が魔術を行使したわけではないので、答えられるわけもないのだ。あなたの肩に留まってるその鷹が、火の属性を司るドラゴンで、その方のお力によって発現しましたよ、などとは言えるわけがない。

もっとも、答えられないのはアキヒロも同様だった。威圧的とも取れる彼女の真摯さに、アキヒロも狼狽えている。


「僕も、よくわかんないんです。物心ついた時から心の中でこうしたいなって思うだけで、魔術が使えてたから。

 だから、呪文や魔法陣がないとホントは魔術が使えないってことも大分後になってから知ったんです。僕にとっては念じるだけで使えるものだったから」


「そうそう、俺もそんな感じだ」


ちゃっかりと相乗りする殲滅者。この回答にモルティナはやはり難色を示していた。


「魔術の歴史において、昔からこの世界は6つの属性があり、それぞれを司る神のような存在がいると考えられてきました。各地の伝承によっては、その神は様々な形で語り継がれています。巨人だったり、妖精だったり、ドラゴンだったり。

 魔術とは、その神聖なる存在から各属性の力をお借りするものだと考えられています。だからこそ、魔術の行使にはその契約文に相当する呪文や魔法陣が存在しています。

 契約文もなしにその神秘を使うなんて、先人たちの研鑽を冒涜していますよ・・・」


最後の方は消え入りそうな声だった。彼女、モルティナには魔術を使うことへの矜持があるのだろう。また、魔術を大成させるための並々ならぬ努力もしてきたのだろう。それを労なく駆使する二人を見て、言いようのない憤りを感じているのかもしれない。


しばし荷台内は重い沈黙に閉ざされた。皆、誰かがその沈黙を破ってはくれまいかと思いつつも、自分から発言することは躊躇っていた。

しかし、その沈黙はすぐに破られた。それは彼らによってではなく、馬を操っていた交易商の悲鳴だった。


「ひ、ひぃぃぃぃぃ、モンスターだぁ!」


情けない悲鳴と、荷台の激しい揺れはほぼ同時だった。躓くような衝撃で荷台全体が大きく傾く。どうやら荷馬車を急停車させたらしい、おかげで荷物のいくつかは倒れ、中身がこぼれてしまった。

躍り出るように荷馬車から外へ出た殲滅者。見やると、獰猛な狼の姿をしたモンスターの集団が荷馬車の進路を妨害するように行く手を塞いでいた。


瞬時に敵の数を数える。13匹か。牙をむき出し、低いうなり声を上げつつこちらを威嚇している。その目には獣特有の生々しい殺意が込められており、戦闘が避けられないものだと物語っている。


「バンダースナッチですね。おそらく荷台の食糧の匂いに釣られててやってきたのでしょう」


いつの間にやら、モルティナが背後に来ており、丁寧な解説を挟んでくれた。


「個の戦闘力はそこまで脅威ではありませんが、彼らは群れで狩りをするモンスターです。チームワークを駆使されると、かなり危険です」


先ほどまでしどろもどろに話していたというのに、妙にはきはきと喋るようになったものだ。不思議には思ったがこの非常事態時だ、殲滅者は疑問符を心の中に仕舞った。


「あ、アンタらぁ! 高い金払ってるんだ、さ、さっさとやっつけろよぉ!」


交易商が体を丸めながら怒鳴る。こちらに大きな尻を向けながら言うものだから、まるでデカい肉塊に命令されているようで滑稽だった。


遅れてアキヒロとミレニアがやってくる。各人、自分たちの得物を取り出し、戦闘態勢を整える。


誰が決めたわけでもないが、ミレニアが開戦の号を発する。


「さぁ、アンタたち戦闘よ!」


猫を思わせるしなやかで、ミレニアがモンスターの群れに突貫する。その動きに触発されたように、バンダースナッチの群れも弾かれたように襲い掛かってきた。


ミレニアに襲い掛かろうと迫る6体、それとは別に3体の群れが2つ、山道を外れ左右に分かれるように展開する。なるほど、モルティナの言うように奴らはただ無計画に突っ込んでくるだけの知能の低いモンスターではないらしい。

こちらを囲み、数的有利を活かして戦闘するようだ。その狙いに咄嗟に気づいた殲滅者は、包囲させじと左側を迂回する集団に向かう。

はたして集団行動を得意とする敵に対し、一朝一夕の急造パーティーが立ち向かえるかどうか。背を向けてしまい、何をしているのか把握できないモルティナとアキヒロの事を考えつつ、殲滅者はこの戦いの行く末を案じた。


ミレニアとバンダースナッチの先発隊が交差する。まず、ミレニアは右手に携えたナイフで、先頭の一匹の横面を切り裂いた。致命傷とはならなかったが、その攻撃により先頭の一匹は転倒する。

すかさず後続のモンスターたちがミレニアに襲い掛かるが、さきほどのような猫のしなやかさで1匹、2匹と軽々と躱す。その流麗たる身のこなしはまるで風を纏っているようだ。


自らの牙と爪に手応えがないことに憤るバンダースナッチたちが、踵を返しミレニアに襲い掛かろうとした。しかし。


「ブレイズストーム!」


バンダースナッチ達がいた地点に、逆巻く業火が吹きすさぶ。一瞬のうちに、バンダースナッチ達は消し炭へと変貌してしまった。


「ナーイス、アキヒロ!」


ミレニアがその所業の主に感嘆と眩しい笑顔を送る。そう、異物であるアキヒロが例の異属性の魔術を使ったのだ。炎の魔術、か。あの鳥は自らが管理する属性の魔術を使われてご立腹だろうな。


そうこうしているうちに、殲滅者もモンスターとの戦闘に差し掛かる。左に迂回するように展開しているモンスター群に対し、先制を仕掛ける。

腰から抜いたロングソードを力任せに振り下ろす。振り下ろした刃は、一匹目のバンダースナッチの脳天に深々と突き刺さる。次いで二匹目が殲滅者に噛みつこうとしたが、その獰猛な牙が体に食い込む前に、殲滅者が振り回した左拳が、モンスターの顔面を捉える。


ドゴォ!


ひときわ重い打撃音を立て、モンスターの顔面が吹き飛んだ。残った四肢もその衝撃で、弾け飛ぶように後方の樹木に叩きつけられた。

殴った殲滅者本人が、自らの腕力に動揺した。?なぜこんなに怪力になってるんだ俺は。

ふと、自らの体が淡く発光していることに気づく。


”地におわします我が主よ、あなたの奇跡を我ら下僕にお貸しください。豊穣の恩恵を以て、強大な膂力を敵の牙に抗う我が盟友たちにお与えください。さすれば私の神秘を差し出しましょう"


モルティナが杖を構えつつ、なにかを唱えている。そうか、あれが呪文を詠唱して行使される"本来"の魔術なのか。

彼女のおかげで、この腕力を手に入れているようだ。これが補助魔術というものか。たしかに、パーティーには必要な人材であろう、効果のほどは先ほど経験した通りだ。


「彼女が補助魔術を使っているようだな」


紅い鷹、もとい今はサンタマリアという名前があるのだが、が殲滅者の近くまで羽搏いてきた。


「クソ鳥、一体どこ行ってた?」


「我はそのような名前ではない、さきほどあの娘からサンタマリアという名前をもらっただろう」


「ハンッ、どうして俺がその名で呼ばなきゃいけない?」


「本来魔術とはああやって呪文詠唱をして行使するものだ。属性を司る、神にも等しい我らに敬意をこめつつ詠唱をしなければ本来与えられない神秘なのだ」


相変わらずの傲岸な言い回しである。このようないけ好かない存在に遜らなければ魔術を行使できないとは、魔術師とは憐れな存在かもしれない。

いっそのこと、モルティナを含む魔術師たちに、彼らの崇めている対象が何であるのか教えてしまいたいものだ。もし真実を知った時、彼女らは以前と同じように敬虔深く呪文を唱えるだろうか。


「あんな長ったらしくブツブツ唱えなくちゃいけないなんて、実戦の場では運用しづらいな。異物みたいに念じただけでパッと使えればいいのにッな!」


襲い掛かってくるバンダースナッチを両断しつつ、殲滅者は軽口を叩く。あっという間に左側に展開したモンスターは全滅した。

見てみれば、アキヒロたちも他のバンダースナッチを苦も無く片付けていた。


「ライトニングジャベリンッ! トワイライトスプラッシュッ!」


アキヒロの謎の掛け声と、その度に発現する大規模な雷や水流弾が、あっという間に残りのバンダースナッチを葬った。

モンスターを討伐する目的を成しているからいいものの、アキヒロの手加減のない魔術は、山道の木々を吹き飛ばし、燃やし尽くし、まるで爆心地のように地形すら変容させるほど周りに被害を及ぼしている。


アキヒロが意気揚々と魔術を連発していると、アキヒロから見て後方の位置、山道脇の茂みから鋭い光を放つ眼が見えた。


殲滅者たちを包囲するため、左右に散開した一団の片割れだ。左側は殲滅者が始末したが、右側は誰もマークしていなかった。


アキヒロの注意は、前方のバンダースナッチに注がれたままだ。茂みに身を隠していたバンダースナッチは、隙ありと見てアキヒロの背後から強襲した。


これは食われたな。遠い位置から見ていた殲滅者は思った。完全にアキヒロの注意は逸れている、かつタイミングも完璧だ。気付いた時には回避も魔術による反撃も間に合わないだろう。


殲滅者にはアキヒロへの闇討ちを警告することができた。しかし、それをあえてやるつもりはなかった。ここで深手を負ってくれれば、そう願っていたからだ。アキヒロは仲間ではなく、始末する対象なのだから。


しかし、直後の光景は殲滅者の予想とは明らかに異なったものとなった。


バンダースナッチの振り上げた爪がアキヒロの首を切り裂くまさにその直前まで、アキヒロは背後から迫る殺意に気付いていなかったのだ。


しかし、モンスターの爪はアキヒロの柔らかい肉を味わうことはなった。かわりに、鋼の乾いた音が響いた。


なんと、アキヒロは一切視線を後方に向けず、いつの間にやら抜いていた剣でバンダースナッチの渾身の一撃を剣先で受け止めていた。その動作はあまりにも不自然だった。彼の剣を握る手だけが魔物の気配を察知し、迎撃するように動いたのだ。本人の意識は、完全に別の方向を向いていたはずだ。


事実、アキヒロ本人がバンダースナッチの爪を受け止めた自らの剣にびっくりしているようだ。そして、本人が冷静になるより早く、剣を携えた右腕はいともあっさりとバンダースナッチの首を刎ねた。


「なんだあの動き?」


「あれも異物の特技なのだろうな。敵意に対し自動で反応し、本人の意思が介在する前に対象を処理するようだ」


この前のアキヒロとの立ち合いを思い出す。熾烈な剣戟の最中、それに似つかわしくないほど太平楽な顔をしていたアキヒロ。あの時も同じように、あの右腕が勝手に戦っていたのか。


呪文詠唱なしに高威力の魔術を行使するだけでも厄介なのに、それに加え接近戦でも自動的に攻撃と防御を行うとは。そんな化け物を殺す手段などあるのだろうか。


「この戦闘でまた世界から多くの神秘が削られた。なによりまともに制御できない力ほど危険なものはない。一刻も早く奴を殺せ」


「気楽に言ってくれるな。こっちは奴をどう殺せばいいのか皆目見当がつかないっていうのに」


「それと、貴様。この前の広場で異物と立ち合いをした際、その剣で殺そうとしておったな?」


サンタマリアは殲滅者が右手に握っているロングソードを見やりながら言った。刃に映る殲滅者の顔はどこか不安げであり、その顔を見てしまった殲滅者の心も、不安の色が滲んでくるようだった。


「前にも言ったが、その"剣"で奴を殺すことは許さぬぞ。貴様に渡した”あの剣”で殺さなくては意味がないのだ」


殲滅者は答えなかった。ただ、アキヒロをその視線に捉えるだけだった。


「よーし、モンスターは全滅したわね。ご苦労様」


荷馬車の傍に集合したパーティー一同を見まわし、ミレニアが労いの言葉をかける。


「よぉ、アキヒロ。さっき戦闘中になんちゃらストーブとかなんちゃらストマックとか言ってなかったか? あれは呪文なのか? お前は呪文を詠唱せずに魔術が使えるんじゃないのか?」


「あ、あれは…」


殲滅者の問いに、急に赤らむアキヒロ。


「あれは、必殺技というか、掛け声というか。ああやって技名を叫んだ方が気合が入るっていうか、かっこいいじゃんか!」


「なんだそりゃ?」


「そういえばアンタ、さっきの戦闘で魔術使わなかったわよね? アキヒロみたいに魔術使えるんなら使いなさいよ」


「べ、別に使おうが使わまいが俺の勝手だろうが。…どうした、モルティナ?」


殲滅者たちの掛け合いなど意に介さず、黙って思案に耽っているモルティナに声をかける。なにか煮え切らないというか、腑に落ちないといった顔をしていた。


「バンダースナッチの数が合わないような気がするんです。最初、馬車から出た際に数えた時は13匹いたと思うんです。でも、後方で支援しつつ皆さんが倒した数を数えてたんですが、12匹なんですよ。

1匹足りません」


「逃げたんじゃないの?」


深刻そうにしているモルティナとは反対に、ミレニアはあっけらかんとしている。ミレニアの言葉に一切納得していないらしく、モルティナの不安顔はさらに色濃くなっていく。


そう言えばそうだ。自分も数を数えた時、たしかに13匹いたのを記憶している。


殲滅者も、事を重大に考えていた。視線を周りに巡らせ、索敵する。木々の間、アキヒロによってめくれ上がった地面の影、生い茂った葉の間、爛々と憎しみに濡れる双眸…。

気付いた時には考えるよりも先に体が動いていた。モルティナを庇う様に、その憎しみの眼とモルティナの間に体を滑り込ませる。


「ガアゥ!」


突如、生い茂った草叢の中から鈍く光る牙が飛び出した。その牙は目にも留まらぬ速さでモルティナへと突き進んだ。が。


「ぐぅっ!」


凶暴な牙は、モルティナに着弾する直前、間に割って入った殲滅者の背を抉り取る軌跡を描いた。


「モルティナさん、ハンス!」


悲鳴に近いミレニアの叫び。アキヒロがまた、なにやら気合?を入れる技名を叫んでいた。

次の瞬間、バンダースナッチは粉々に弾け飛んだ。


「ハンスさん、ハンスさん、大丈夫ですか!?」


自らを庇い負傷した殲滅者に、モルティナが駆け寄る。傷が痛むのか殲滅者は答えられず、苦悶の表情を浮かべ呻いているだけだった。


「すぐに回復魔術で傷を治します! アキヒロさん、手伝ってください」


「え、僕?」


急に名指しされたことに戸惑うアキヒロ。


「二人で同時にやった方が治癒が早いです」


「ゴ、ゴメン。残念だけど僕には無理だよ」


「え?」


「僕、攻撃したりする魔術は使えても、傷を治したり、誰かを補助するような魔術は使えないんだ」


落胆と失望が綯交ぜになった表情でアキヒロを見つめる。が、その時間こそが無駄だと理解し、治癒用の魔術の詠唱を始める。

杖を握りしめ、口の中で言霊を紡ぎ、呪文に霊的な力を乗せる。


"無垢と静謐を統べる我が主よ、あなたの奇跡を下僕にお貸しください。再生と繁昌の力を以て、魔槍に穿たれた誉れ高き英雄に、ひとたびの安寧をお与えくだ…「ハンス、さん?」


凶牙に斃れたハンスが、モルティナを制するように左手を掲げる。


「回復魔術はいい。…へ、平気だ」


「で、でも! バンダースナッチの牙がハンスさんの背中を抉ったはずじゃ…」


「いやぁ、実はすんでのところで上手く回避してたみたいでな。ダメージなんてなかったぜ」


「嘘言わないでください」


「ホントだって。ほら、血だって出てないだろ?」


そう言って上体を起こす。たしかに、殲滅者の倒れていた地面には血痕一つ残っていなかった。


「ちょっと派手に転んでカッコ悪かったからさ、照れ隠しで倒れたままでいたら大げさに騒ぐから起きるに起きれなかったぜ。悪いな、心配かけさせるつもりはなかったんだ」


「…本当に、大丈夫なんですか?」


「おう、このとおりピンピンしてるさ」


モルティナの心配顔を吹き飛ばすくらい、勢いよく殲滅者は跳ね起きた。その元気ぶりは、本当に大事に至ってないことを証明しているように見える。


「よかった、本当に。ハンスさん、助けていただいてありがとうございます」


「ん、ああいいよ別に。それより早く街に行こうぜ。怪我はしてないが疲れちまった。早くふかふかのベッドで寝てぇよ」


殲滅者の呑気な言い分に緊張を解く一同。早く街に向かおうと馬車に乗り込んでいく。

その一同の最後尾で、殲滅者はさきほどバンダースナッチにやられた傷を気にしていた。


たしかに血は出ていないが、殲滅者は傷を負っていた。モンスターの牙は彼の背中を深く抉っており、その個所は今や欠落している。

そして先ほどからその欠落に感じる炎の熱さ、それは、彼の体が人間の形を形成できなくなりつつあることを報せていた。


時間がない。間抜け面を晒しつつ馬車に乗り込むアキヒロを睨みつつ、殲滅者は近い将来の戦いを考えていた。

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