第九十回 シュダルク(3)
シュダルクは、軽く握った右手を口元へ添え、考え事をしている様子だ。口は閉ざし、言葉を発することはしない。
僕の助言が彼を余計に悩ませることになったとしたら、それはとても申し訳ないことだと思う。
だが、彼が乱暴な手段に走り、愛する人から「怪人だから!」などと言われ嫌われるようなことにはなってほしくない。だから僕は、自分の意見をはっきりと言っておいたのである。
「シュダルクさん。もし僕にできることがあるなら、何でも仰って下さい。可能な限りお手伝いさせていただきます」
そう声をかけると、しばらく考え込んでいた彼の瞳が僕の方へ向いた。
「あ、あぁ。つい無言になってしまっていた。すまないね」
「いえ」
「それで、君が今言ったのは、手伝ってくれるということだったかな?」
「はい。そうです」
一度はっきり頷くと、彼はふっと笑みをこぼした。
銀色のマスクを装着しているため、口を見ることはできない。が、彼が笑ったということは、雰囲気で容易く分かった。
「ありがとう。感謝するよ」
「いえ」
「だが……これはわたしの問題だからね。君に押し付けてしまうわけにはいかない」
シュダルクの声はほんの僅かながら柔らかくなっていた。
「だから、君がくれたアドバイスを参考に、綾香と話してみることとするよ」
「はい。それが良いと思います」
いきなり暴力に訴えるのは良くない。
まずは話し合ってみる。今の彼には、それが必要だろう。
「意見をありがとう」
「いえ……たいしたことは言えませんでしたが」
「いや。君の助言は的確だった。それに、わたし自身のことまで考えてくれた助言だったので、とてもありがたかったよ」
本当に、たいしたことは言えていない。誰でも思うようなことを言っただけだ。だから、彼の力になれたかどうかはよく分からなかった。しかし、彼が「ありがたかった」と言ってくれたことで、僕の心は救われた。彼のために何かできたのだと、そう思えて。
「では」
そう言って、シュダルクは滑らかに椅子から立ち上がる。
ゆったりとした動作でありながら速やかに動けているところが、実に不思議である。
「わたしは、今日はこれで失礼するよ」
「はい。綾香さんとの関係が上手くいくよう、願っていますね」
こんなことを言えば嘘臭いと思われてしまうかもしれないが、本心である。
「ありがとう。今度は幸せになって君に会いにくるから、楽しみに待っていてくれたまえ」
シュダルクはシルクのような滑らかな声色でそう言って、部屋から出ていったのだった。
彼が幸せになれますように。
今は心から、そう願う。
シュダルクの対応を終え、僕は個室から出る。
窓の外は明るかった。
灰色を混ぜた青い絵具のような色味の空は、冬の侘しい雰囲気を見事に表していて。けれど、今日は少し暖かい日だから、いつもよりかは世界が明るい。降り注ぐ光が、ほんの少しだけ、世界に彩りを与えている。
ただ、それでも、春が訪れたというわけではない。
足下の冷たさが、そう訴えている。
「冬だなぁ……」
僕は思わず呟いた。
そこに意味なんてないけれど。




