第五十五回 過去(3)
「よくあるやつ……殉職してしまったの」
十秒ほどの沈黙の後、由紀はそう発した。
薄々勘づいてはいたけれど。
でも、いざ本当に言われてしまったら、すぐに言葉を返すことはできなかった。どのように返せばいいのか、どのような返しが望ましいのか——僕にはよく分からなくて。
悲しい、というようなことを言うのは簡単だ。しかし、由紀が求めている言葉は、多分、そんな安っぽい共感ではないはず。彼女はもう歩き出しているのだから。
こんな時に限って、良い言葉が浮かばない。
何か気の利いたことを言いたいのに、上手くいかない。
僕は改めて、自身の未熟さを感じた。
「ヒーローとの戦いの中で、ね。もっとも、悪の組織に勤めている以上、仕方のないことだけど」
由紀はそう言って、苦笑する。
でも、僕は笑うことなんてできなかった。ただ黙っていることしかできずにいた。
「ま、でもさほど気にしていないわ! だって、よくあることだもの」
「そう……ですか」
「珍しいことじゃないわよ」
「……そうなんですか」
何となく想像してしまった。これまで出会ってきた怪人たちが、いなくなってしまったところを。そうしたら、何だか切なくて。自分の心さえよく分からないような状態になってしまった。
「そうだよ。オーグイヤーさんもそんな感じだったって言ってなかったっけ?」
「……そういえば、そうでしたね」
人の世が穏やかであるためには、彼らがいなくなるのは仕方のないこと。そう分かってはいるのに、何だか悲しくなって、胸が妙に痛む。
「由紀さんも、そうだったんですね」
僕が掠れた声でそう言うと、由紀は小さく頷いた。
それから四五秒経過して、彼女は静かに頬を緩める。
「あまり気にしなくていいよ、岩山手くん」
シルクのように滑らかな笑み。静かで物悲しく、それでいてどことなく温かみのある微笑みだ。
「岩山手くん真面目だからさ、重く受け取ってるかもしれないけど、あたしは正直そんなに気にしてないから」
「え……」
僕は戸惑い、半ば無意識のうちに小さな声を漏らしてしまう。
「そりゃ彼に会えなくなったのは寂しいよ? でもね、彼と出会って、いろんな経験をしたからこそ、今日のあたしがあるわけでしょ。おかげで、こうやって働けているし、岩山手くんにも会えた! それって、ある意味幸せなことじゃない?」
由紀はそんな風に話しながら、胸の前で開いた両手を合わせる。
「世の中、意外と上手くできてるよね!」
明るい声色で述べる由紀。
僕の目には、輝いて見えた。
それと同時に「彼女は僕とは違う世界に生きている」と痛感した。
特別これといった目標もなく、得意なことややりたいことがあるわけでもなく、ひたすら平凡に生きてきた僕とは、大違いだ。
「……岩山手くん? どうかした?」
「あ……い、いえ」
「んー? 何だか様子がおかしいよ?」
由紀は眉をひそめて、僕の顔をじっと見つめてくる。
見つめられた途端、心なしか胸の鼓動が速まるのを感じた。
「そ、そんなことありません」
「そう? ならいいんだけど。ちょっと、いきなり重苦しいこと喋りすぎたかなって思って」
僕は最初、またからかわれているのかと思ったが、案外そうではなかったようだ。今度は、純粋に心配してくれていたようである。
「何かごめんね!」
「い、いえ。聞かせていただけて、嬉しいです」
僕が生きている世界と、由紀が生きている世界。その間には、きっと、想像できないような溝があるのだろう。精一杯踏み締めてジャンプしても越えられないような、深い深い溝が。




