第五十三回 過去(1)
彼——その怪人との出会いは、数年前の夏だったと由紀は言う。
賑わいから少し外れた裏道にある、行きつけの喫茶店。その日も、由紀はそこへ行こうと、一人で歩いていて。そんな時、道で偶然、座り込んでいる彼に出会ったらしい。
「裏道で怪人に遭遇するなんて、驚きませんでしたか?」
「驚いたわよ、そりゃあね。いきなり遭遇したものだから、あたしだって、走って逃げようと思ったわ」
そう言って、由紀は笑う。
過去を懐かしむような、どこか哀愁を漂わせた笑みだ。
「でも、足が動かなくなっちゃってね」
「……でしょうね。人のいないところでいきなり出会ったりしたら、誰でもそうなりますよ」
小心者の僕だったら、失神していたかもしれない。
「で、結局その場にへたり込むはめになって、二人でしーんってなっちゃったのよ」
由紀は片手を額に当てる動作を取りながら、控えめに苦笑する。
「何だか気まずいですよね、そういう時って」
どんな言葉をかけるべきか分からず、けれども何も言わないというのも問題だろうと思って、僕はそんなことを返した。
すると、由紀は大きく頷いてくれる。
「そうそう! もう気まずくって」
「ですよねー……」
もしも、その時の由紀の立場に僕が立っていたとしたら、永遠に話が進まなかったことだろう。きっと、長い長い静寂に包まれて、そのまま終わっていたはずだ。
「けど、少しして、彼の様子がおかしいことに気づいたの」
「そうなんですか」
僕は首を傾げつつ話を聞く。
「怪人って普通、人を攻撃しようとしてきたりするじゃない? あるいは、興味のない人間だったなら、無視するなりなんなりするはずでしょう。でも彼はそうじゃなくて、静かに話しかけてきたの」
裏道で怪人から話しかけられるとは、なかなか刺激的な体験だっただろうな。
「少し話しているうちに、彼が負傷していることに気がついてね。それで、軽く手当てしてあげたの」
「いきなり手当てを!? 由紀さん、優しいですね!?」
僕としては、由紀が知り合ったばかりの怪人に早速手当てしてあげたという事実が、驚きだった。
彼女は案外怖いもの知らずなのかもしれない——内心、そんな風に思ったりした。
「まぁ、手当てって言っても……ちょっとだけよ。たいしたことはしてないわ。結局、その日はそれだけで別れたしね」
いやいや、手当てしただけでも結構凄いと思うのだが。
普通は、いきなり出会った怪人を手当てするなんて、怖くてできないはずだ。
僕だって、今でこそ怪人と普通に会話することができるが、ここへ勤める前だったら絶対に話したりできなかったと思う。そもそも話す機会がなかったわけだが——もしここへ来るより前に怪人に遭遇していたとしたら、怖すぎて情けないことになっていたに違いない。
「それからしばらく、彼に会うことはなくて。でも、それから数か月くらい経ったある日、再会することとなったの」
嘘みたいな話だ。
一般人と怪人が「再会」なんて。
「夜、通りの横断歩道を渡っていたら、大型トラックが突っ込んできて。って、漫画か何かみたいだよね。でも事実なの。それで、危うく轢かれそうになったんだけど、偶然そこを通りかかっていた彼が助けてくれたの。それが、あたしたちの再会」




