第三十二回 食事(2)
僕は今、由紀と二人で中華料理店へ来ている。
取り敢えず、と、ドリンクを頼み終えたところだ。
こんなことを言うと「中学生かよ」と笑われてしまうかもしれないが——正直、かなり緊張している。
向かいの席に腰掛けている由紀は、料理が載っているメニューを開いて眺めている。その表情は穏やか。緊張など欠片もなさそうだ。
緊張しているのは、僕一人だけ。
「あ、そうだ!」
唐突に、由紀が口を開いた。
「ごめんごめん。岩山手くんも、注文まだだったよね」
彼女は「はい!」と、メニューを差し出してくる。
「よく一人で来るから、いつもの感じで、つい独り占めしちゃってた! ごめんね!」
「……い、いえ」
「もしかして、怒ってる?」
「そ、そんなことないです……よ」
怒っていない。それは事実だ。
だが、今の僕は、緊張のせいで上手く話せていない。上手くどころか、いつものようにさえ話せていない。
それゆえ、怒っているように感じられてしまっているのかもしれない。
「岩山手くん」
「えっ……はいっ?」
由紀の顔色を窺いつつ、発する。
「何だか、硬くなってない?」
「え……」
「気のせいならいいんだけど、もしかして、今緊張してる?」
うっ。
バレてしまっていたみたいだ。
「あたしが相手なんだし、そんなに緊張しなくていいよ」
そう言って、由紀は笑う。
太陽みたいな笑みが眩しくて、僕は少し目を細めた。
「それより、注文しようか!」
「は、はい……」
一応そう言いはしたものの、何を注文するかなんて、そう容易くは決められない。よく行く店ならばパッと注文することだってできるが、慣れない店だと迷ってしまう。
僕は改めてメニューを見る。
麺類、ご飯類、一品。
とても幅広く、迷わずにはいられない。
「おすすめとか……ありますか」
「何系で?」
「えっ。何系、って?」
「麺がいいとか、ご飯がいいとか、ってこと。それが分かれば、おすすめしやすいから」
なるほど。
確かに、言われてみればそうかもしれない。
「えぇと、では……麺で」
「温かい汁に浸かってるやつ?」
「は、はい!」
こだわりがあるわけではない。ただ、中華料理店といえば麺、というイメージがあったのである。そして、僕が食べたい気分だったということも、麺を選んだ大きな理由だ。
「そうだねー、じゃあ、これは?」
彼女が指し示したのは、ネギ塩そば。
「あっさり系ですか」
「そうだよ! あ、でも、あっさり系だけど味は薄くないよ」
色々話しながら、注文する料理を選ぶ時間。そういう時間も意外と楽しいものなのだと、僕は気づいた。
それからも僕と由紀は色々話した。
彼女はこの中華料理店に非常に詳しくて。それゆえ、多くの情報を持っていた。例えば、「これが美味しい」だとか、「これは若干あっさりめ」だとか。そういった話を聞かせてもらえたから、選ぶのも楽しかった。
そして、僕はネギ塩そばを頼んだ。
由紀がおすすめしてくれた料理だし、あっさり系ではあるが薄味ではないという話だったからである。
一方、由紀はというと、一番シンプルな炒飯と酢クラゲを頼んでいた。
こうして、注文は完了。
僕は密かに胸を弾ませながら、料理が運ばれてくるのを待つのだった。