第十一回 モチルン(2)
正月に飾る鏡餅。その下に二本の人間のような足が生えている、モチルン。今日は彼とスーパーへ買い物に行ったが、「人が怪人をどのような目で見るのか」ということが非常によく分かった。
モチルンはいかにも悪そうではない。
それに、極めて恐ろしい姿をしているわけでもない。
だがそれでも、人間とは違うというだけのことで、驚かれたり恐れられたりしてしまう。
僕にとっては、そのこと自体の方が怖いことだ。
だってそれは、もし普通の人間の姿でなくなってしまったら、僕だってあんな目で見られるかもしれないということだから。
「今日は助かりましたぁー」
帰り道、モチルンはそんな風にお礼を言ってきた。
とても穏やかな顔で。
「あ、いえ」
「一緒にいてもらえたので、心強かったですぅー」
僕はほとんど何もしていない。ただ、少し心を痛めただけで。
だが、モチルンは僕に心から感謝してくれているようだった。きっと、純粋な心の持ち主なのだろう。
「いえ、僕は何も……」
「一緒にいてもらえるだけで嬉しかったですぅー。それに、今日はちゃんと買い物できましたぁー」
「……え?」
今日は。
その言葉が妙に引っかかって。
「前にコンビニに行った時、追い出されてしまってぇー。まともに買い物もできず、困ってしまったんですぅー」
モチルンは買い物袋を頭の上に乗せている。
買い物袋が、まるで、鏡餅に乗っているミカンのよう。
「そんなことが……」
「けど、今日は売ってもらえましたぁー。本当に助かりましたぁー」
買い物をする、商品を売ってもらう。そんな何でもないことさえ、一人でいたらさせてもらえないというのか。
大きな衝撃だった。
そんなこと、欠片も想像していなかったから。
「……それは少し、辛いことですね」
僕は思わず漏らす。
しかし、モチルンは頷かなかった。
「辛くはないですよぅー」
「え?」
「買い物ができれば、それで十分ですぅー」
彼は多くを望んではいなかった。買い物ができる、それだけで満足していたのだ。
なんて慎ましいのだろう。
「またいつか、同行を頼むかもしれませんけどぉー、その時はよろしくお願いしますぅー」
「は、はい! もちろんです!」
当然だ。断る理由なんて、どこにもない。
一緒に買い物へ行く。ただそれだけのことで他人の役に立てるなら、そんな良いことはない。僕でも、他人のためになることをできるのだから。
「あ、そうでしたぁー」
「何ですか?」
「今度、お餅をプレゼントしますねぇー」
鏡餅そっくりのモチルンから、餅を貰う。
何とも言えない心境である。
だが、せっかく言ってくれているのだ。断るわけにはいかないだろう。彼の善意を踏みにじるようなことは、僕にはできない。
「いいですよ、そんなのは」
「今日のお礼ですぅー!」
「え、でも、お金払っていただいていますよね……?」
僕の勤めている『悪の怪人お悩み相談室』では、相談に乗る対価として、少々のお金を受け取っている。
「払いましたよぅー。けど、あんなちょっとのお金だけではぁー、十分なお礼にはなりませんー」
だから、それ以上のお礼など要らないはずで。
しかし、モチルンはどうしても、僕たちに餅を贈りたいようだ。
「そう言っていただけるのでしたら……受け取らせていただきます」
「良かったですぅー」