第十回 モチルン(1)
今日の客——モチルンは、ただ悩みを相談しに来ただけではなかった。
「一緒に来てもらって申し訳ないですぅー」
「いえいえ」
その名から連想できるように、鏡餅のような体をしたモチルン。彼の悩みは、買い物に行きたいが周囲からの目が怖くて行けない、というものだった。
そこで、僕が同行することになった。
「けど、本当にただのスーパーで良かったんですか?」
「もちろんですぅー。助かりますぅー」
モチルンは、鏡餅のような部分の下から生えている人間の足のようなもので、すたすたと歩いている。バランスは人間とは違うが、だからといって歩きにくいことはないようだ。
「上司から買い物を頼まれたのでぇー断れずぅー」
謎の苦労話が始まった。
「大変ですね。それで、何を買われるんですか?」
そう問うと、モチルンは楽しげな声で答えてくれる。
「ダブルのトイレットペーパー、虫除けスプレー、ミックスジュース、ぶどうジュース、子どもシャンパン、イチゴジュース、醤油、抹茶オレの粉……ですぅー」
飲み物率が妙に高いところが少しばかり気になる。しかし、そこには敢えて触れないでおいた。
「たくさんありますね」
「前までは買い出し係がいたんですぅー。でも、ついこの前、辞めてしまってぇー。迷惑かけてごめんなさぁいー」
「いえいえ」
そんなことを喋りながら、僕は、モチルンと共にスーパーへと向かう。
スーパーへ入るや否や、モチルンはかなり挙動不審になっていた。キョロキョロしたり、一歩進んで三歩下がったり、行動がとにかく奇妙だ。そのせいで、周囲から凄まじい視線を浴びてしまう。
「ふわわぁー……。スーパーとはこんなところなんですぅねぇー」
モチルンの声は、やや興奮気味。
「行きましょうか、モチルンさん」
「はい! よろしくお願いしますぅー!」
僕とモチルンはスーパー内を歩き始める。
それからは苦労の連続だった。
買い物中の主婦には、不審者を見るような目で見られる。小学生くらいの女の子には号泣される。幼稚園児らしき男の子には「悪いやつ!」と決めつけた発言をされる。
どれも僕に向けたものではないのだが、心が痛くなってしまう。
そんな厳しい状況での買い物ではあったが、モチルンは終始落ち着いていた。動揺している様子はない。むしろ、僕の方がダメージを受けているくらいだ。
「こんなところですぅー」
指示されていた物をすべてカゴに入れることができたらしい。三十分くらいで揃えられたのだ、上出来である。
「終わりました?」
「はいー! 揃いましたぁー」
「じゃあ、レジへ行きましょうか」
「はいー!」
モチルンは、軽やかな足取りで、レジに向かって歩き出す。僕はその後ろについていく。
その後のレジでも、同じことが起こった。
黙々とレジ打ちをしていた四十代くらいの女性が、モチルンの姿を見て、非常に驚いたような顔をしたのだ。
化け物を見るような目。
それに、僕の胸だけが痛んだ。