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黄金色の朝  作者: とある貝
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夜の始まり

ある論理パズルがもとになっています。

波打ち際の絶壁に、一つの暗くて小さな洞窟がある。

その洞窟は少々変わった構造をしており、中へ入るとそこには奥行きの少ないほぼ円形の空間が広がっている。ごつごつとした岩肌の大半は苔に覆われていて、足元には割れた貝殻が無造作に散らばっている。その空間から放射状に四本の通路が伸びていて、それぞれの通路の先には、先ほどの空間よりも一回り小さい、これも円形に近い四つの部屋が存在している。各々の部屋には石造りのテーブルと椅子が一つずつ、あとはろうそくが何本かと、蝙蝠の巣があるだけである。

むろん人為的なこの洞窟は、いつ作られたのかも、だれが作ったのかもはっきりしていない。置かれている道具のほぼすべてが風化していること、蝙蝠が好んでここを住みかにしていることから、ある程度の時が経っていることは予測できるし、部屋の数からおそらく、四人の人間のために作られたと考えることもできる。これらは憶測の域を出ないが、我々がこの洞窟についてわかることはせいぜいこのくらいである。

ただ仮に、四人の人間がここで一夜を明かすとして、それはおそらく、長く、重い夜になるだろう。


ーケビンの持ったランプが、ぼんやりと絶壁に空いた穴を浮き上がらせた。

空いている手で広げた地図には、「IAD盗賊団 アジトⅥ」と記されている。

「ここか。」

時刻は午後十時を回っている。あたりに人の気配はなく、波音と、洞窟を切り裂く風の音のみが響いている。

「不気味なところね。」

ジェニファーがつぶやき、煙草に火をつけた。風に乗った煙が夜空に吸い込まれ消えていく。

入り口近くにいる蝙蝠が、静かにその煙を見つめていた。

「今夜の舞台にはあつらえ向きだろ。」

ダニエルがそう言って、片頬だけで小さく笑った。わずかに光の当たったその表情は、闇の中では一層不気味に浮かんでいた。

「入るぞ。」

ケビンが足を踏み入れる。狭い洞窟は、手提げランプの明かりで十分に照らし出すことができた。

「うわっ!」

瞬間、ダニエルが頓狂な声を上げた。ほかの三人も目を丸くしている。

洞窟の真ん中、ちょうど円の中心に近い位置に、一人の男が立っていた。

この空間には似つかわしくない端正なスーツを身にまとい、無機質な黒いネクタイを締めている。姿勢は定規で引いたかのように直立で、目は体の正面を見据えている。堀が深く、一見整った顔立ちをしているが、そこにはおよそ表情と呼べるものは浮かんでいない。総じて冷たい金属を思わせる男だった。

「…あなたは?」

ケビンの問いに男は軽く会釈し、無機質な声で四人に告げた。

「ケビン、ダニエル、ジェニファー、アンドリュー、ですね。私が、今夜のファーザーです。」

蝙蝠がけたたましい羽音を立て、洞窟の外へ飛び出していった。

ファーザー。全員が意味を知っているその言葉が、まるで夜の幕開けであるかのように、静かに空気が張り詰めた。


男は足元にあった黒い鞄から何枚かの書類を取り出し、機械的な手つきで四人に配った。

「こちらが、今夜のルールです。お目通しを。」

配られた書類には、これもタイピングされた機械的な文字で、「IAD盗賊団 財産分与の規定」というタイトル、そして以下のような文言が綴られていた。


 ーこれまでの活動で得られた収益、そしてケビン班の実績を鑑み、かの班の取り分を金貨100枚に決定されたし。ついては班内で、以下の規定に従いこの金貨100枚を分配せよ。

・リーダーであるケビンから順に、金貨の配分を提案していく。ファーザーの下で生存者全員が決を採り、過半数の賛成が獲得できればその案は可決、そうでない場合発案者は処刑され、権利が次の階級のダニエルへと移行する。以下、配分が決定するか全員が死亡するまで、ダニエル、ジェニファー、アンドリューの順でこれが繰り返される。

・死人の投票権は、これを認めない。

・決議に要することのできる時間は、順に三時間、二時間、一時間、十分である。

・四人の間で、ピストル、サーベル、その他いかなる暴力行為に訴えることも許されない。

・任意の二名の間で、双方の合意において契約を結ぶことができる。ただし、契約はどちらかの部屋において結ばれ、その間第三者はそこに近づいてはいけない。契約を結ぶ際は、「contracting」と記された看板を通路の入り口に立てておくこと。

・契約は、既定の書類に明文化され、双方のサインを記入しファーザーに提出、ファーザーの認可が得られて初めて、効力を有する。

・一度認可された契約は、配分が決定するか全員が死亡するまで効力を有する。

・契約の最終的な解釈は、これをファーザーに委ねる。

・契約不履行者はその場で死刑となる。

・死人の取り分はゼロである。すでに金貨を獲得したものが処刑された場合、その者の金貨の所有権は剥奪される。

・最終的に所有者のない金貨は、所在不明として海に流される。

・これらの規約が守られなかった場合、違反者は即刻死刑とする。


「…物々しい文書ね。」

そう言ってジェニファーが、煙草の煙を吐き出した。

「何か質問などは。」

ファーザーの声は相変わらず淡々としている。夜が深まるにつれ、洞窟内の空気も徐々に冷たくなっていた。

「採決の方法はどうするんだ。」

ケビンが問いかけた。文書に落としたままの瞳に宿った鋭さは、獲物を狙い計画を立てる時と同じであった。

ファーザーは鞄から、一枚の紙を取り出した。そこには「配分案」の文字、そして四人の名前と額の記入欄が印刷されていた。

「発案者にはこのような紙を、投票者には白紙を、それぞれお配りします。発案者はこの紙に配分の案を記入し提出、投票者はそれを受け、賛成の場合は〇を、反対の場合は×を記入の上私に提出してください。金貨の合計枚数が100枚を超えるような提案、及び〇、×以外のものが書かれた投票用紙は、無効とします。」

ケビンはそれを一瞥すると、再び書類に目を落とした。

「看板なんて、この洞窟のどこにあんのよ。」

「それはこちらで用意しました。それぞれの部屋に伸びる通路の、入り口付近に置いてあります。」

見ると確かに、四つの通路に一つずつ、簡素な木造の立て看板が置かれていた。

「あんたが中立だってのは、信用できるのか?今夜の秩序を担う男が、誰かに肩入れしていちゃあ困るんだが。」

ダニエルが言った。明らかに、ファーザーを値踏みするかのような視線を向けている。

ファーザーは表情を変えない。ごそごそと鞄を探り始めたかと思うと、中から一つの小さなハンマーを取り出した。それを右手に持って、大きく振りかぶる。一同が見つめる中、ファーザーは、それを自分の左手に思いっきり振り下ろした。

-ギィン!!!

矢のような金属音が洞窟内に響き渡り、ファーザーの手元ではかすかに火花が光った。不自然に捲れた皮膚らしきものの下からは、明らかに金属光沢が放たれている。

息をのむ一同をよそに、淡々とした声でファーザーは言った。

「私は機械、アンドロイドです。誰かに肩入れする、などといった漠然とした判断基準で、私は行動することはできません。」

ダニエルは動揺を隠せずに曖昧に頷いた。ほかの三人も一様に驚いた様子で、このやり取りを見つめていた。が、しばらくするとまた各々思考に没頭しだし、洞窟内には徐々に静けさが戻った。


ポトン、と、どこかでしずくが垂れる音がした。それとファーザーが口を開いたのが、ほぼ同時だった。

「今時刻は十時五十五分です。十一時から数えて三時間後、明日の午前二時に、第一回目の採決を採ります。その前に、みなさんこれを。」

そう言ってファーザーは、一人五枚ずつ紙を配った。

「契約用紙です。契約はそこに具体的な文章で示し、双方のサインを記入し私に提出してください。より多くの用紙が必要な場合も、私に申請してください。」

配られた紙にはこれまでと違って、白黒ではあるが華やかな装飾がプリントされていた。おそらく、複製防止のためだろう。

「何か質問、発言などはありますか。」

「トイレはどこにあるの。」

「洞窟を出て左手に用意してあります。」

ジェニファーは黙って、洞窟の外へと歩き出した。

「仮にあいつが逃げたらどうするんだ。」

ダニエルが言った。手には持参したらしいウォッカの瓶が握られている。

「変わりません。あなた方三人で、ルールにのっとって配分を決めてもらいます。」

ダニエルは黙って、ウォッカを一口口に含んだ。宝を目の前にして逃げだすような奴がここにはいないということは、この場の全員が承知していた。


ジェニファーは外壁に寄りかかり、一人煙草をくゆらせていた。仕事柄傷んではいるが、美しく伸ばされた茶色の髪が海風に揺れている。潮は徐々に満ちており、暴力的な波音が響いていた。

このルールにおいて、ジェニファーは不利な立場を強いられていた。

もし仮に、何の契約もなかったら。最後の二人になった瞬間、ジェニファーの死が確定する。アンドリューが賛同しない限り、ジェニファーが過半数の票を獲得するのは不可能だからだ。そしてこの盗賊団に、不要な情を持ち合をせているものなどいないと考えたほうがいい。つまりジェニファーが生き残るためには、残り三人になった時点で、ダニエルの案に賛同しなければならない。たとえダニエルが、ジェニファーが1枚も獲得できないような提案をしていたとしてもだ。

そしてケビンはもちろんそのことを理解している。ということは、ケビンが提案してくるジェニファーの獲得額は、必然的に1枚である。なぜならジェニファーは、それに賛同しなければ、金貨を獲得できないかもしくは、死んでしまうのだから。

となるとジェニファーは、誰かと契約をするしかない。しかし、ジェニファー以外の三人にとって、ジェニファーと契約するメリットはほぼないに等しいのだ。

例えばアンドリュー。彼と契約できればジェニファーは、命の保証がされる点でメリットは大きい。だが、アンドリューには最終的にジェニファーと二人になった時、ジェニファーを生かす理由はないのだ。その時点でもう、アンドリューには100枚の金貨が見込めるのだから。

ダニエルも、ジェニファーとの契約に応じる可能性は極めて低い。残り三人になった時、アンドリューはたとえダニエルがどんな提案をしたところで、それに反対して金貨100枚を獲りに来るだろう。ということは、ダニエルはジェニファーの票がなければ死んでしまうのだから、それを逆手にジェニファーは、ダニエルから金貨を搾り取れそうである。〇枚以上でなければ私は賛成しない、と。

しかし、ジェニファーがダニエルの提案に賛成しなかった時点で、アンドリューの票がない限りジェニファーの死も確定してしまうのだ。その条件が同じであるため、ダニエルにとってジェニファーの脅しは脅威ではない。

唯一その脅しが効きそうなのがケビンである。ケビンにとっては、ダニエルの票は見込めない。なぜならダニエルはケビンが死ねば、ジェニファーが0枚であっても賛同せざるを得ないということをわかっている。つまりダニエルは、ケビンさえいなければ100枚の金貨が見込めるのだ。

だからダニエルはケビンの提案にはほぼ確実に反対する。つまりケビンは、ジェニファーの票が得られなければ、過半数を獲得できずに死んでしまうのだ。一方ジェニファーは、ケビンが死んでも一応生き残ることはできる。つまりこの時点で若干の優位に立っており、先ほどの契約が可能なのだ。

ただ、ケビンの側も、そんなジェニファーの切羽詰まった事情は十分把握している。それを考えると、獲得できる枚数はせいぜい5,6枚、よくて10枚といったところだろう。

つまりジェニファーにはほぼ、大量獲得の可能性は残っていないのだ。


ふーっ、と大きく、空に煙を吐き出した。もうすぐ十一時。ジェニファーは吸殻を投げ捨て、洞窟の中へと戻っていった。


ジェニファーが戻ってきて、岩の上に座るのを確認してから、ファーザーが口を開いた。

「あと十秒で十一時です。」

どうやら、体内に時計が仕込まれているらしい。かすかに、秒針の刻む音がする。

誰も口を開こうとはしない。ただ洞窟内に、カチ、カチ、という音のみが響いている。

波音すらも消えた気がした。

「開始です。」

その静かな宣言で、止まっていた時が解凍したかのように動き出した。各々黙って立ち上がり、自らの部屋へ向かう。

ジェニファーも部屋へ向かおうとしたその時、アンドリューが素早く歩み寄り、彼女の耳元で囁いた。

「後で僕の部屋へ来てください。」

ほかの二人は気づいていない。アンドリューはそのまま、暗い通路へと消えていった。

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