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自己紹介くらい普通にやってくれ

 リパが栄稜学園に入学してきた日の夜。魔王になるための学校『夢幻学園』では、初めての授業が行われることになっている。


 初日と同じように、リパに幻魔界へと連れて行ってもらう。その道中、教室への行き方を教えてもらった。教室に行きたいと思えば、それだけで教室に行くことができるのだという。まるでアドベンチャーゲームの移動のようだ。おそらく学校のディテールは作られていないのだろう。手抜き万歳。



 教室に到着。教室は学校のまさにそれだった。少し汚れた板張りの床に、白いコンクリートの壁。教室の前面には大きな黒板がある。そして机と椅子が四人分。今更だが、あまりに異世界情緒のない教室に少しうんざりしながら、空いている席に着く。


 たった四人しかいないのに、教室は騒がしかった。

 原始人が物珍しそうに、教室にある備品等を持ち上げたり叩いたりしている。それに加え、西園寺と侍が何やら言い争いをしていた。

 西園寺に絡まれると面倒なことに巻き込まれるに違いない、と俺の第六感が囁いた。厄介事に関しては、俺の第六感は当たるのだ。テストのヤマは当たらないんだけど……。


 視線を西園寺たちから原始人に移そうとした時、残念、西園寺と視線が合ってしまった。どうせなら幻魔界じゃなくて現実世界で視線を合わせてくれよ。それだったら、俺、惚れちゃうぞ。


「早速わらわの召喚に応じたか、有崎先人よ。褒めてつかわそう」


 西園寺の言葉に俺は顔をしかめた。まったく、俺は召喚獣じゃねえぞ。たとえ召喚者が美少女であっても、他人に飼育されて喜ぶ趣味はない。むしろ逆だね。



 西園寺と口喧嘩をしていた侍が俺の存在に気づくと、憎々しげに俺を睨みつけてきた。額には青筋がいくつも浮かび上がり、細い目尻は険しく吊り上がっている。


「こんな弱そうな小童こわっぱごときに、何ができるというのだ……」


 怒気をはらんだ声で吐き捨てるように侍が呟く。それを聞いた西園寺は腕を組み、ふんと鼻を鳴らし、信じられないことを言った。


「信じられぬなら、何度でも言ってやろう。この、うつけめ。お前を倒すのは、有崎先人、目の前の男だ! 貴様など、わらわの相手にならぬわ」


 侍は、腰に帯びた太刀の柄を右手で握りしめていたが、鞘から抜くことはしなかった。その手は怒りでぶるぶる震えている。斬りかかりたい憤激をなんとか抑えているのだろう。

 一ヶ月の私闘禁止の校則が設けられていなければ……。そう思うと、体中の毛穴から汗がどっと噴き出るのを感じた。



 突然チャイムが鳴り響いて、教室内の緊迫した空気が一気に弛緩する。候補生は教室内の席に着くようにというアナウンスがあったので、西園寺と侍は黙って大人しく席に着いた。


 二人が席に着くと、俺は思わず机に突っ伏した。


 た、助かった。危うく殺されるところだった……。俺が、あの強そうな侍を倒すだって!? なんてこと言うんだ、西園寺は。


 入学初日からこれじゃあ、この先が思いやられるな。なるべく敵を作らないようにしようと思っていたんだが。喧嘩イクナイ。



 しばらくすると、入学式で見たケルベロスが教室に入ってきた。ケルベロスといっても、今日は首が一本しかないのでただの大型犬になっている。別に怖くもなんともない。

 犬は教卓に上ると話を始めた。


「あー、魔王候補生の諸君、まずはこんばんはー。といっても、昼夜の概念なんて、この幻魔界にはありませんが」


 確かに窓の外は謎空間が広がっているだけなので、現在昼か夜かも分からない。


「私は魔王の夢魔の一体、スレーバです。みなさんのいるAクラスの担任兼、魔法理論の教官を勤めます。よろしくー」


 犬っころに教えられるのも何だか気分は良くないが、スレーバ先生も夢魔である以上、きっとすごい力を持っているのだろう。



「それでは、みなさんからも自己紹介をしてください。しばらくはこのメンバーで勉強しますので、みなさん仲良くやっていきましょう」


 スレーバ先生、その発言ちょっと遅かったっすよ……。


 教室にいる魔王候補生は、俺と西園寺、侍、原始人の四人だ。俺以外は、なかなか個性的なメンツである。何の特徴もないこの俺は、このクラスのモブキャラといったところか。


 ちなみに雪華ちゃんは違うクラスになった。一緒のクラスになりたかったが、こればかりは仕方がない。あのかわいさなら、今ごろクラスのお姫様になっているだろう。



 まずは前方左側の席に座っていた原始人が、立って自己紹介するように促される。


「ジコショウカイ……?」


「名前を言えばいいよ」


 困った顔をする原始人にアドバイスを与えた。自己紹介なんて言葉が通じるとは思えなかったからだ。それくらい気を回してやれよ、スレーバ先生。


「ナマエとは何だ……?」


 俺は思いっきりずっこけ、額を机にぶつけた。

 自分の名前も無い程の文明レベルで、彼がこの先生きのこるにはどうすればいいのだろうか? っていうか、何で候補生に選ばれたんだよ。謎だ……。


「ははははは──。愉快な奴じゃ。己の名も持たぬとは、人ではなく猿だな。しかし、『サル』という名は儂の家臣とかぶる……」


 侍が顎に手をやり思案する。そして、良い名を思いついたのだろうか、手をぽんと打った。


「『猩猩しょうじょう』という名はどうだ。体赤く、毛むくじゃらの猿。誠に良い名である」


 自分のつけた名前が笑いのツボに入ってしまったのか、扇を仰ぎながら大笑いしていた。



「では、猩猩君の後ろの人、自己紹介をお願いします」


 スレーバ先生に指名され、俺はゆっくりと立ち上がる。


「有崎先人っす。ただの平凡な小市民なんで、どうかお手柔らかに頼みます。よろしく」


 モブキャラらしく、無難な挨拶を終え着席する。侍をちらりと横目で見るが、相変わらず忌々しげに俺を睨んでいた。



「次は猩猩君の横の人、自己紹介をお願いします」


 スレーバ先生の言葉が終わらないうちに、前方右側の席に座っていた侍が勢いよく立ち上がり、無言で辺りを睥睨へいげいする。注目が侍に集まったところで、口を開いた。


「北は蝦夷えぞ、南は暹羅シャム、西は遙か天竺を越え南蛮に至るまで、今や我が威名は天下にあまねく轟いておる。儂が世界を征服することは歴史上の必然なり。天上天下唯我独尊。儂を差し置いて魔王となるべき人物など、他にはおらぬ!」


 ……どうやらこいつも西園寺に負けない中二病のようだ。

 身振り手振りを交えながら甲高い声を張り上げ、侍は西園寺に向かって見栄を切った。二人の間で火花が激しく散る。


「儂の覇道を邪魔する者どもよ、覚えておくがよい。儂は第六天魔王なるぞ! 神仏だろうが、創造主デウスだろうが、儂の前では路傍のあくたに過ぎん!」


「あの……中二病全開の口上はおいといて、そろそろ本名を教えてくれませんか……?」


 俺は恐る恐る質問すると、侍にギロリと睨まれた。視線だけで心臓が縮み上がりそうだ。


「儂の名は織田信長だ」


「…………!!」


 絶句した。


 織田信長──歴史上の偉人であり、好きな戦国武将ナンバーワンであり、日本史上稀にみる虐殺者。


 普通なら到底信じられない。同姓同名の人だと考えたほうがまだ自然だ。

 しかし、傲岸不遜な態度に、圧倒的な存在感、そして重症の中二病的台詞。目の前の侍は、まさに俺がイメージする織田信長そのものだった。


 ……ヤバい。信長を怒らせたら命がいくつあっても足りないぞ。早めに和解しないと。



「たかだか本能寺(笑)の分際で大言壮語を吐くでない」


 西園寺が言葉と目で信長を煽る。しかし、意外にも信長は涼しい顔をしていた。


「ほう、儂と本能寺に一体何の関係があるというのだ? もしかして、未来のことなのか? 実に興味深い。詳しく教えよ」


 夢幻学園校則集 第十二条二項

 ──幻魔界の者及び魔王候補生(甲)は、他の魔王候補生(乙)に、乙が存する時間軸よりも未来の出来事を話してはならない。


 昨日、入学式の後で配られた校則集に書いてあった内容だ。

 この学校のことが分からなかったので、昨日軽く読んでいたのだ。すぐに飽きて放り出してしまったが。


 信長は分かっている。西園寺が何気に発した一言が、致命的なミス──未来の出来事を示唆するものだということを。


 しかし、西園寺は少し勝ち誇ったような微笑を浮かべながら小さく肩をすくめ、信長に返答する。


「貴様、京都に滞在するときは本能寺を宿としておるようだな。寺を宿とするとは、けちくさい奴だ。わらわなら、もっと豪奢な所に泊まる。御所とかな」


 西園寺の返答は信長の未来を示すものではなかった。西園寺は禁を犯さなかったことになる。

 当てが外れたのか、信長は持っていた扇を乱暴に床に叩きつけ着席した。


 和解、もう無理かもな……。



「それでは織田君の後ろの人、自己紹介をお願いします」


 スレーバ先生に促され、後方右側の席(それは俺の隣の席でもある)に座っていた西園寺がすっと立ち上がる。そして靴を脱ぎ机の上に乗り、他の候補生たちを見下ろした。残念ながらパンツは見えない。

 普段の西園寺なら到底考えられない所業だが、今の西園寺なら、いかにもやりそうな行為だ。いわゆる馬鹿は高い所が好きというやつである。


「この世の全ての邪なる存在の頂点に君臨し、全宇宙に等しく終末をもたらす、唯一絶対にして不可侵たる高貴な存在。それこそが、この『深淵の黒姫』ベアトリーチェ=スフォルッツアである! 今この場でわらわにこうべを垂れ慈悲を乞うならば、この一年間だけは命を保証してやってもよいぞ」


 こんな屈辱的なことを言われて首を縦に振るやつがいれば、よっぽどのドMだ。俺はSなので、勿論こんな話には耳を貸すわけがない。



 呆れながら西園寺を見上げていると、突然西園寺が胸を押さえて苦悶の表情を浮かべだした。

 高慢ちきな表情よりも、俺はこういう苦しそうな表情のほうがゾクゾクくる。


 苦しんだのも一瞬で、何事も無かったかのように、西園寺はしずしずと机から降り靴を履き、椅子の後ろに立つ。


「黒姫の数々の無礼、どうかお許し下さい」


 深々とお辞儀をして謝罪する。その柔らかで丁寧な物腰は、俺が知っている西園寺そのものだ。


「自己紹介が遅れましたね。私の名は『聖寵の白姫』マリア=モンフォール、世界の善を司る聖女です」


 ……こっちも知らない人でした。


「私と黒姫は、西園寺貴美という人間の中に魂が封じられています。普段は私が黒姫を制御しているのですが、黒姫の悪意を抑えることができなくなった時に、百万余の邪霊が解放されると同時に、黒姫に身体を乗っ取られてしまうのです」


 どうやら二重人格という設定らしい。素の西園寺を含めれば三重人格か。まったくもって、ややこしい。



「そういうわけで、みなさん。これから宜しくお願いしますね」


 周囲が呆れ果てるのをよそに、西園寺が輝く黒髪を揺らし微笑んで挨拶をする。

 お嬢様らしく丁寧で悠然とした挨拶。その点では、俺の知っている西園寺の印象とあまり違わない。

 けれども、教室で見せる表情より、ほんの少しだけ甘くて、いたずらっぽく見えた彼女の笑顔が、俺の心にしっかりと焼き付いていた。


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