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将来魔王になって夢の国でハーレムを目指す

 講堂の二階席の欄干に立っている西園寺は、その場にいる全ての者たちからの注目を一身に浴びている。注がれる視線が心地良いのだろうか、うっとりとした喜悦の表情を浮かべ、オペラの主演女優のように高らかに宣言する。


「口にするだけで永遠とわの呪いが科せられる罪深き我が名を、己が魂に、しかと刻み付けるがよい! わらわの名は『ベアトリーチェ=スフォルッツア』! 悠久たる深淵の真の支配者である!!」


 右手を真上に掲げポーズを決め、そのまま高笑いを上げ始めた。


 よかったー。俺の勘違いだったんだ。俺のお嬢様がこんなに中二病なわけがない。

 などと胸を撫で下ろしたのも束の間。二階席の女と目が合ってしまった。


「有崎先人、やはり来ていたか。神がどれだけ邂逅を恐れようとも、畢竟わらわと貴様は闇の因果で巡り合ってしまうのだな」


 おい、止めろ。俺まで中二病だと思われるじゃねーか。隣の雪華ちゃんまで、なんだか憐れむような目で俺を見ているぞ……。


 あの中二は西園寺確定か……。

 俺の中にあった西園寺像が、音を立てて崩れていく。さよなら、俺のお嬢様。さよなら、俺の憧れ。






 大人しくしろと魔王が注意したので、西園寺はワンマンショーを止めた。その後、入学式は滞りなく進行していった。


 魔王の説明によると、魔王候補生は人間界で日常生活を送り、睡眠時に担当の『夢魔』によって幻魔界に送られて、そこで修行するという。


『夢魔』というのは魔王直属の部下のことで、各修行科目の教官、及び各候補生たちをサポートする役割を担っている。俺たちの前に立っているグリフォンとかクマのぬいぐるみとかが夢魔だ。そして、リパも夢魔だ。


 十三人いる魔王候補生たちは三つのクラスに分けられ、クラス別に修行ならぬ授業を受けさせられるという。授業は夢魔が行う。

 授業は毎日行われる。出席しなくても特にペナルティは受けないが、教官による補講はない。一定期間ごとに行われる小テストや中間・期末テストで高得点を獲得するためにも出席することが望ましい。

 各候補生の査定は、素行や器量、性格など様々な要素を加味するが、テストの点数は重要な要素になるという。だから、各自魔王になるべく研鑽に励め、という話だった。



 なんだよ、これ。話が違うじゃねーか! 魔王になるためにテスト勉強を頑張らないといけないなんて、そんな現実的な話があるかよ!

 大体、社会の荒波に放り込まれたら勉強なんて何の役にも立たないんだぞ。お勉強ができる、いい子ちゃん魔王なんて聞いたこともねーし、なりたくもねー。


 とはいっても、ここで魔王になる修行を止めるつもりは毛頭ない。修業を止めれば、推定Hカップのロリ少女を諦めることになるからな。だから、本気で魔王になるための猛勉強まではしないが、少しは勉強するつもりだ。


 大体、勉強なんて、テスト四日前から適当にやれば十分だ。俺は常に、この勉強法で乗り切っている。自慢になるが、赤点は一度もない。四日前から始めるという所がみそだな。一夜づけだとヤマがはずれたら終わりだし、勉強期間が長すぎても集中力が続かない。



 魔王になりたいと強くは思わない理由は、もう一つある。それは魔王という職業があまり面白そうではないことだ。


 夢を適切に管理することが魔王の仕事である。魔王が職責を果たすことで、夢を見ている人の精神が健全に保持され、夢の影響が現実世界に現出しなくなるのだという。


 魔王によって現実世界の平穏が保たれていることが事実だとしても、俺にはどうもピンとこない。


 我ながらひねくれているとは思うのだが、「世のため人のため」という言葉が嫌いだ。

 確かにそれは尊いことなのかもしれないが、俺には何だか他人に隷属した窮屈な生き方のように思われる。自分のために行動をして、その結果、周りも良くなっていく。そのほうが楽な生き方じゃないか。そう、俺は思っている。



 堅苦しいジジイの話なんて適当に流しておけばいい。それよりもリパのドレス姿でも目に焼き付けておこう。そう思い、リパのあふれんばかりの巨乳に視線を注ぐ。


「『堅苦しいジジイの話なんて適当に流しておけばいい』とか思っている間抜け面、立て」


 そんなこと、この場にいる全員が思っているだろう。それより、エロいドレスだな。俺じゃなくて息子が立っちまう。


「息子ではなく、貴様自身が立てと言っておるじゃろう! 有崎先人!!」


 しわがれた怒声の後、どっと嘲笑が湧き起こる。名指しされた以上、息子じゃなくて俺が立つしかない。しぶしぶ腰を上げることにした。


「貴様……『魔王という職業があまり面白そうではない』とか思っておったな。愚かな……。魔王の良さを教えてやろう」


 魔王がそう言うと、魔王の周りに数十人の裸の女性が出現した。女性たちは黄色い歓声を上げ魔王に群がる。


 目の前の光景に思わずゴクリと唾を呑む。

 裸の女たちに囲まれるということだけでも、健全な男子たる俺が何度も夢想したシチュエーションだ。こんなことが現実に起きるなら、我が生涯に一片の悔い無し、と思っていた……。

 そんな妄想をあっさり実現しただけでも十分すぎるくらい凄いのに、この女たち一人一人が、エロゲに出てくるお気に入りのヒロインだった。エロゲをリアルプレイ、しかもファンディスクもびっくりのヒロイン大集合なんて、筋金入りのエロゲーマーの俺にとって憧れないわけがない!!


「決めたぞ! 俺は、将来魔王になって夢の国でハーレムを目指す!!」


 マグマのように湧き上がる熱い野望を抱き、大声で宣言した。



 俺の宣言を聞いて、魔王はニヤリと笑い肉絨毯から身を起こし立ち上がる。すると、ヒロインたちは跡形もなく消滅した。


「男たるものこうでなくてはつまらんからのう……。じゃが、貴様では、魔王になるには弱すぎる」


 魔王め、期待させるだけさせといて、それはねーだろ。


「正確に言うと、ある候補生が強すぎて、そやつの前ではみな雑魚だ」


 一人以外は全員雑魚って、それじゃあ俺たちは何のために呼ばれたんだよ。


「その候補生の名はなんと申す」


 立派な肩衣かたぎぬを着た侍が自信たっぷりに尋ねる。どうやら自分の名が呼ばれるのを確信しているようだ。


「その候補生は……。あそこの女じゃ」


 魔王が指さす人物は、西園寺貴美。

 鋭い視線が向けられると同時に、激しい殺気が西園寺に向けられる。

 だが、西園寺は不敵に笑い、逆に他の候補生たちを威圧する。中二もここまでくると馬鹿を通り越して、大物に思えてくる。



 一触即発の状況を見て、魔王は、にやりと笑みを浮かべ、一つの提案を出した。


「しかし、優等生が順当に魔王になっても、つまらんじゃろ。そこで、ここでの生活に慣れて力を各自つけだすであろう一ヶ月後から、候補生同士による決闘を認めよう。その結果も査定に加えてやる」



 魔王の提案で候補生たちは一気に色めきたった。

 ……まずい。周りを見れば、剣やら槍などの武器を持っている者も多い。明らかに戦いには慣れている。

 一方、いくら魔王になる資質があるとはいえ西園寺はただの現代人。戦いなんか慣れているはずがない。俺も、そして隣の雪華ちゃんもそうだ。こりゃあ、大人しくしておくに限るな。


 西園寺は再び欄干に登り両手を腰に当て高笑いを始めた。


「実に面白い。有象無象の雑魚どもよ! 一ヶ月だけ猶予をやろう。わらわは逃げも隠れもせぬ。全力で殺しに来い!! その時はわらわの恐ろしさを篤と思い知らしめてやろう!!」


 西園寺の挑発を受けて、候補生たちが凄まじい怒号を上げる。雪華ちゃんはそれを聞いて、また小動物のように震えていた。

 西園寺を反面教師にして、とりあえず敵は作らないようにしようと、心に決めたのだった。



 こうして魔王の話が終わると、校則集というものが配布された後、入学式が終了した。


 明日からは、いよいよ本格的に修業が始まるという。一日に二回も学校に行くとは何とも大変な話だ。とはいえ、あんなハーレム生活は俺の悲願だ。明日から、学校よりは真面目に頑張ってみようと思った。

 それに周りの美少女たちのことを考えると、否応なしに心躍るというものだ。






 翌朝、俺はいつものように教室の扉を開けた。ある者はクラスメイトと他愛もない話に興じ、ある者はスマホを一心に操作し、またある者は友達からノートを借りて今日の宿題を慌てて写している。いつもの教室の日常だ。


 西園寺は取り巻きたちと話をしている。俺が教室に入って来ても目も合わせない。

 自分の席に向かうべく西園寺たちのグループの側を通り過ぎるが、俺からも挨拶することはない。


 ──有崎先人と西園寺貴美は、ただのクラスメイト。それが俺たちの関係だ。それが俺たちの現実だ。

 なんだか昨日の幻魔界での出来事が夢どころか、夢すらなかったような錯覚さえ覚える。

 だが、別にそれで構わない。ここは現実。夢はあくまで夢なんだ。



 予鈴のチャイムが鳴ってしばらくすると、教室の喧騒が収まらぬうちに担任の上森が入ってきた。上森の表情が気のせいか少し固いようにも見える。


「えー、今日からこのクラスに転校生がやってくることとなった。みんな、仲良くするように」


 上森の言葉に俺は少し驚いた。栄稜学園は私立高校なので転校生自体見たことがない。


「それじゃあ、ナガオカ君。入りなさい」


 朝の光を受けて眩しく輝く黄金色の髪は、ふわっとしたウェーブがかかっている。背は小柄で目が大きく、愛らしくも元気はつらつな印象だ。豊かな二つの膨らみがブラウスをぱつんぱつんに押し上げている。ブレザーのジャケットを羽織っていても、その大きさは隠しきれない。


 何で、こいつが現実界にいるんだ……。


「私の名前は、臥龍岡莉葉ながおかりはだよっ! リパって呼んでねっ。みんな、これからよろしくねー」


 リパは簡単な自己紹介を終えると、俺を見て大きく手を振る。それに合わせて乳も大きく揺れる。


「ど、どうしてここにいるんだ……」


 俺は絞り出すように声を出し、率直な疑問をリパにぶつけた。

 すると、リパは少し小首をかしげて、特に何でもないことにように、さらっと答えた。


「どうしてって? リパは先人を『お世話する』って言わなかったっけー?」


 リパの返答を聞いて、クラスが急にざわめき始める。


「それじゃあ、あの子は有崎のご主人様だって言うのか……!?」

「くっそー、俺もあの胸でお世話されてー!」


 そんなクラスの動揺など意に介する様子もなく、リパは西園寺を見つけると大声で呼びかける。


「西園寺さん! あなたも先人と同じ所にいたんだ!」


 西園寺はリパの呼びかけには答えず、顔をひくひくと引きつらせていた。


「えっと……あの……臥龍岡さん、あなたは西園寺様と、一体どういう御関係で?」


 西園寺の取り巻きの一人がリパに質問する。


「リパは先人を推しているから、西園寺さんとはライバルなんだー」


 リパの台詞を聞いて、教室がさらに沸き立つ。


「恋の三角関係キター」

「美少女二人に迫られるなんて、羨まし過ぎるぞー!!」


 リパは「俺を魔王に推挙する」という意味で発言したのだろうが、周りのやつらは「先人推し」の意味で捉えたようだ。



 リパの突然の告白により、教室が混沌とした状況になってしまった。もはや上森では静止できない。


 突然、真ん中の席の女生徒が立ち上がる。ヒカリだ。

 助かった。なんだかんだ言っても、あいつは模範的な優等生。この場を上手く収めてくれるだろう。


 ヒカリは後ろを振り返ると俺を見た。なぜか目には涙が浮かんでいる。


「先人……お幸せに……」


 そう言うやいなや、ヒカリは教室を飛び出していった。



 ──やれやれ、ギャルゲやラノベのようなハーレムになるのも結構大変だな。


 思い出した。夢でお姉さんが言ってたな。「様々な試練が降りかかってくる」って……。

 はぁ……、面倒なことは極力しない主義なんだが。ま、何とか一年、やるだけやってみますか。


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