必死の訴え
終礼が終わり、俺とリパは保健室に向かう。ヒカリも一緒について来てくれた。口では貴美のことを敵だの泥棒猫だの言っているが、本当は仲が良い。俺たち同様心配で仕方ないのだろう。
保健室のドアを開けて中の様子を確認する。保険医が一人いるだけで、ベッドには誰も寝ていない。もう帰ったのか……。いや、貴美が運ばれてから十五分も経っていない。どこに行ったんだ?
俺たちが疑問を口にするよりも早く、保険医がその問いに答えてくれた。
「西園寺さんなら、さっきドクターヘリで病院に搬送されたよ」
救急車じゃなくてヘリで病院かよ……。超お嬢様とはいえ、ただの病気ぐらいならさすがに救急車だろう。つまり切羽詰まった命の危機ってことじゃねえかよ。リパもヒカリも同じことを思ったのか、暗く沈んだ面持ちで、お互いに顔を見合わせる。
貴美の入院している病院を教えて欲しいと頼んだが保険医に断られた。
俺たちに遅れて貴美の取り巻きたちも到着。保険医から同じことを告げられて、皆言葉を失う。
用がなくなった俺たちは保健室を後にした。三人並んで廊下を歩く。久しぶりの梅雨明けの空は太陽が眩しく、通り過ぎる生徒たちの声はテスト明けの解放感からか馬鹿みたいに明るく聞こえた。
三人とも突然の出来事のせいで何も言葉が出ない。いつもなら、話題なんて無くても何時間話をしていようが疲れないのに。
こんな暗い時でも明るく振舞えるのは、やっぱりリパだった。
「テストも終わったし、三人で遊びに行こうよ」
「遊びに行くってもなぁ……」
「先人も今回は一生懸命勉強したし、ヒカリも自分と先人の勉強でずっと忙しかったんじゃない。一日くらいは遊んでもいいんじゃないかな」
「でも、今は……」
ヒカリが少し言い澱んだが、リパはそれをかき消すように大きな声をあげ、
「ちょっと待っててー、リパが四人で遊べるように手筈を整えてくるねー」
大急ぎで走り去ってしまった。
四人って……。もしかして、貴美も入っているのか? 急病とはいえ、規則に忠実なリパが魔法で治すとかいうのは考えにくい。だけど、貴美以外に誰か他のやつがいるとは考えにくい。
そして二分後、リパは再び戻ってきた。
「貴美の入院している病院が分かったよっ!」
「まじかっ!」
保険医は教えてくれなかったということは、取り巻きたちに教えてもらったのか。取り巻きは、俺が二言三言貴美と話をしているだけでも嫌そうな顔をする。お高くまとっているあいつらから聞き出すのは、俺じゃあハードルが高い。天真爛漫で誰からも愛されるリパだからこそできたんだろう。
「貴美が運ばれたところは電車で一時間ぐらいの大きな病院だって。後醍院さんたちが先にお見舞いに行くみたいだから、面会謝絶だったら教えてくれるって」
「ありがとう、臥龍岡さん」
「ちょっと遠いけど、先人もヒカリもリパにつきあってくれるかな?」
「当たり前じゃない」
「俺からも頼む。ついでに交通費も頼む」
「有崎君はヒッチハイクで」
俺の切実な問題にヒカリが容赦ないツッコミを入れた。
「あと一つだけお願いだけど、いいかな?」
「何だ?」
「今日一日は笑顔でいてね。笑顔にはね、人を幸せにする力があるんだよ。だから、みんなの笑顔をいっぱい貴美に届けようねっ!」
リパのとびきりの笑顔と前向きな言葉につられて、俺たちに笑顔が戻った。
リパだって本当は不安なはずだ。つらいはずだ。悲しいはずだ。
それでも、リパは俺たちに笑顔を向ける。それは生まれ持った楽天的な性格からなのか。それとも、夢を守る夢魔としての使命感からなのか。
リパが側に居てくれて本当に良かった。いや、リパだけじゃない。貴美も、ヒカリも、雪華ちゃんも俺のかけがえのない友達だ。誰一人欠けるわけにはいかないんだ。
天気予報によると今日は降水確率10%。絶好のお見舞い日和だ。後は交通費どうしようかな……。
結局、リパに交通費を融通してもらったおかげで、貴美のお見舞いに行くことができた。リパが側に居てくれてほんっとう~~に良かった。お金にはね、人を幸せにする力があるんだよ。
貴美が入院している病院は都会の大学病院だった。リパが貴美の取り巻きから病室も聞いてくれた。ICUではなく一般病棟なので面会はできるそうだ。まぁ、一般病棟とはいってもVIPルームで、俺の部屋よりは豪華なんだろうな。
駅を降りてから五分ほど歩いて行くと大学病院が見えてきた。七階建ての茶色の建物で、俺たちの地元の病院よりもずっとでかい。そんなささいなことだけで、貴美の様態を心配する気持ちが少しだけ楽になった。
大学病院の横の道を歩く。角を曲がろうとした時、一人の女性が角の向こうから現れる。
その女性を見て、俺の歩みは止まった。
「玉虫ヒカリさん、有崎先人君、臥龍岡莉葉さん、よね?」
「はい、そうですけど……。何で私たちのことを知っているんですか?」
突然女性に話しかけられたので、今度はヒカリが質問した。
「知ってるわけじゃないんです。写真で確認したの」
嘘だ。この女性は俺たちのことを知っている。
だって、あの時彼女は確かに言った、「それじゃあ、がんばって。有崎先人君」と。──そう。それは夢。でも紛れもない現実。
小柄な体に、茶色の内巻きボブ、金色の大きな瞳。忘れるはずがない。ましてや、知らないなんてあり得ない。
この女性は、俺を助けてくれたお姉さんだ。
最初に会った時は、バグに襲われている俺を助け、俺に魔王候補生意志調査用紙が届くことを伝えた。
次に会った時は、一言も話すこともなく逃げられてしまった。
リパはお姉さんのことを敵だと思っている。お姉さんが二度目に現れたとき、俺たちは毒殺されそうだった。おそらくお姉さんが毒を盛ったのだろう、リパはそう睨んでいる。
だが、俺の考えは逆。最初に会ったときも次に会ったときも、俺は殺されかけていた。お姉さんは俺のピンチを助けに来てくれたんじゃないか。
どうする……? いくらなんでも突然過ぎるぞ。いや、違う。今までも出会いは突然だった。そして今回も。
リパにはお姉さんを見かけたら連絡してくれと言われている。だが、俺と違ってリパはお姉さんを敵だと思っている。
言ったらどうなるんだ? お姉さんが俺のピンチを助けてくれているのなら、お姉さんの邪魔をすることになり俺自身もピンチになるんじゃないか。いや、それどころか、リパがお姉さんを攻撃するかもしれないな。お姉さんはまだ悪人だと決まったわけじゃない。だったら、危険な目に遭わせるわけにはいかない。
だが、リパに伝えなかったら伝えなかったで、問題が起きる。今はここに無関係の一般人であるヒカリがいる。もし俺たちに危害を加えてきたらヒカリに累が及ぶ可能性が高い。それだけはあってはいけない。
どうする……? くそっ、考えがまとまらねえ。ぐるぐると同じ考えが頭を巡るだけだ。
結論の出ない問いに、自然に顔がひきつり脂汗が額を流れる。
俺の前にいたリパが後ろを振り返る。その時リパと目が合った。ヤバい……。ちょっと取り乱し過ぎたか。お姉さんのことを悟られるわけにはいかない。
だが、リパはちらっと俺を見ただけで、すぐに顔を前に向けた。ほっ……よかった。感付かれなかったか。
余計なことは考えるな。平静を装って、お姉さんに話しかけた。
「で、よく聞こえなかったんすけど、何の用っすか?」
「聞いてなかったの!?」
ヒカリが苛立った口調で俺を非難した。
「やっぱ、西園寺のことが気になってな……。悪いんだけど、もう一度話してもらえません?」
俺の要求に嫌な顔一つせず、お姉さんは説明を始めた。
「私は西園寺様の使いの者なのですが、西園寺様からあなた方にご伝言を承りました」
「何だ、お見舞いのプレゼントの注文か? あいにく俺は金が無いから渡せない。むしろ俺が欲しいくらいだな」
「先程様態が急変し、面会謝絶になったんです。しばらくどうなるかさえも分かりません。申し訳ありませんが、今日のところはお引き取り願えませんか」
それを聞いて、さっきまでとは違う心配が心臓から湧き上がった。
貴美の様態が急変だって……。そんなの全然らしくねえじゃねえかよ。お前みたいな特別なキャラがあっさり病気で退場なんて、俺は認めねえぞ。持ち前のチートで何とかしてみろよ!
感情のままに叫びたかったが、俺は黙ってお姉さんの言葉を聞くしかなかった。
ぎりぎりと音がするくらいに歯を食いしばり、拳をきつく握りしめる。そうしないと、目の前の重い現実に耐えられそうもなかった。
「ちょっと待って」
吐き気がするほどの重苦しい沈黙を破ったのは、リパの一声だった。力強くはっきりと通る声。
「貴美の身に何かあったら、先に来ている後醍院さんがRINEくれるって言ってたんだけど?」
「後醍院様? ああ、お嬢様の御学友ですね。後醍院様もショックを受けていましたからね。RINEすることまで頭が回らなかったのだと思います」
「……それはないよ」
そう言って、リパはとりだしたスマホを操作し画面を見せる。それを見た、お姉さんの顔色が変わった。クールで大人びた顔には明らかに焦りの色が浮かんでいる。
「さっき後醍院さんから、乗っている車が渋滞に巻き込まれたから行くのは遅くなるって連絡があったから。あなたの言うこと、おかしいよ。どういうことなの説明してくれるかな」
お姉さんはリパの剣幕に押されて、しどろもどろになっている。
「あなたが何を考えているかなんて知らない。でも、先人の笑顔を壊すのなら、それだけは、それだけは……リパが絶対許さないからね!」
「ち、ちが……」
お姉さんは下唇を噛み、震える声でリパの言葉を否定しようとする。しかし、それは言葉にならない。
「リパ、もういい」
俺は厳しく糾弾するリパをなだめたものの、リパは険しい表情を崩さなかった。
その時、後方からけたたましいサイレンの音が近づいてきた。あまりに場違いなその音に、俺とヒカリはリパをとりなすのも忘れ、少し注意が逸れた。
そして、一台のパトカーが俺たちの横に急停車。車の中から厳めしい中年の男と屈強そうな警察官が二人出てきた。顎を引き背筋を伸ばして歩く彼らの姿はどこか威圧的に感じられる。
三人はお姉さんを隠すように囲み、不遜な態度でお姉さんに言い放った。
「小林澄香だな。連続幼児誘拐事件の容疑者として逮捕する」
中年刑事は言葉も終わらないうちに、お姉さんに手錠をかけた。お姉さんも何が起きたか分からないのか目を丸くして呆気にとられている。
「誘拐事件? 何のこと……?」
「とぼけるな!」
刑事はお姉さんの訴えを一喝した。耳元で放たれた馬鹿でかい声に、お姉さんが怯えたようにびくりと縮こまった。
「おい! 一体この人が何をしたんだっていうんだよ!」
刑事にくってかかろうとしたが、警官の一人に阻まれてしまった。柔道か何かの有段者なのだろうか、山のようなごつい体は押してもびくともしない。
警官の脇をかいくぐろうともがいていると、
「先人さん!」
突然聞こえてきた、お姉さんの声。クールで落ち着いた今までの声ではなく、必死に何かを訴えようとする、心からの悲痛な叫び。
「幻魔界で居眠りなんて、おかしいと思いませんか!」
「とっとと来い!」
刑事が乱暴に腕を掴み引っ張ると、お姉さんがバランスを崩す。それでも、お姉さんは体をよじり、ボブに整えた髪を振り乱して抵抗する。
「貴美さんの所に行っちゃダメ! 行ったらとんでもないことになる!」
刑事と警官に引きずられるように引っ張られながらも、お姉さんはなおも叫んだ。
「私は絶対、あなたたちを守るんだから!」
髪がくしゃくしゃになり、クールさとかわいらしさを備えた顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。大の男二人に押さえつけられ引っ張られ、惨めで無力な姿。見ていて心が痛い。
でも、俺の心をもっと痛ませたのは、その金色の瞳が涙に濡れながらも、ただ真っ直ぐに俺たちを見ていたことだった。
「どうか、私をしん――」
車のドアが乱暴に閉められて、お姉さんの声は最後までは聞こえなかった。
次回は9月4日のお昼に投稿します。




