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危険物処理

 すぐにリパがヒカリの様子を見に行ったので、お風呂タイムは終了。


「いくら何でも熱湯をかけるなんて、女の子に対する仕打ちじゃないわよ」


 ヒカリはリビングのソファーに腰を下ろして、後頭部をさすっている。熱湯をくらった時にバランスを崩して頭を打ったそうだ。


「覗きは犯罪行為だろ。警察に突き出さなかっただけでもありがたく思え」


「あっ、でも、十八禁的制裁だったらOKよ。私も罪を受け入れるから」


「本当に警察呼ぶぞ」


「冗談よ、冗談」


 ヒカリは笑いながら手をひらひらさせた。



「もう今日は遅いし、臥龍岡ながおかも帰ったら」


「リパ、今日から先人の家に住むことになったんだー」


 リパの言葉を聞いて、ヒカリは口を大きく開けたまま目を丸くした。


「じゃあ、今まではどうしてたのよ?」


「今まではホテルを転々としてたんだ。リパって飽きっぽいからねー」


「ホテルを転々って……、飽きっぽいっていうレベルを超えてるじゃない! こんなビッチに愛しの先人は渡さないんだから!」


「ビッチのお前が言うな。っていうか、留学生だから家じゃなく観光ホテルに滞在していただけだろ」


 呆れて溜息が出る。大体、俺はいつお前のものになったんだよ。


「私は先人一筋だからビッチじゃないわよ。それより、若い男女が二人で同じ家に住むなんて、私は絶対に認めないわ! そんなことを許したら、夜も寝ないで、あ~ぁんなことや、いゃ~んなことを、さかりのついた猿みたいにするんだわ!」


「大丈夫だよ、ヒカリ。リパたちはもうすぐ寝ないといけないから」


「寝ないとイケない! 何てやらしいのよ!」


「お前がな」


「とにかく、先人の操は私が守るわ!」


 ヒカリは訳の分からないことを叫びながら二階へ行ってしまった。大体、操は女性の純潔だろ。勝手に俺を女体化するな。



 二階にある俺の部屋に戻ると、二揃いの布団が床に敷かれていた。俺のベッドの布団は片付けられていた。


「お布団を敷いておきました」


 ゆっくりと三つ指をついてお辞儀をするヒカリ。こういう雰囲気自体は悪くない。一見すると、この現代日本では絶滅してしまった貞淑な妻といった雰囲気だ。しかし、それは見た目だけ。実際は俺の体を狙う飢えた肉食獣だ。気を抜いたら、今にもガブリとヤラれそうである。

 背筋が凍る。俺の操……、じゃなかった、童貞を何としても守らないと。


「リパ、俺の部屋にいてくれ。任務だもんな」


 幻魔界に行くためにはリパが俺に魔法をかける必要がある。それが夢魔としての、リパに課せられた任務なのだ。


 俺は視線をリパに移すが、


「え、リパは隣の部屋で寝るよ。二人ともお休みなさーい」


 ただならぬ雰囲気を察したのか、リパは手を振りながら自分の部屋に戻ってしまった。

 ちょっと待て。幻魔界に行くのはどうなるんだよ。ヒカリのことだ、ここに一晩居座るだろう。そうしたら幻魔界に行けなくなるぞ。


「さぁ、先人」


 ヒカリが布団に入り手招きをしている。地獄への手招きだ。入ったら最後、何をされるか分からない。

 俺は机に向かい、読みかけのラノベを本棚から取り出して読みだした。






 ヒカリと部屋で二人きりになってから二時間後の午前零時過ぎ。やっとヒカリが寝た。規則正しく寝息を立てており、演技ではないように思われる。

 幻魔界への行き来が始まってからというもの、規則正しい起床を繰り返しているので、かなり眠い。普通だったら、すぐにリパを呼んで夢の世界である幻魔界に行くところだ。

 だが、今、リパが部屋に入ってくるのはまずい。


 ヒカリは昔から寝相が悪い。小さい頃は家族同然に育てられたので、よく一緒に寝ていたのだが、布団や枕はもちろん、隣で寝ていた俺を蹴っ飛ばしたり、寒くなると人の掛け布団を奪い、暑くなると掛け布団を投げ散らかしていたものだ。

 そして十七歳の現在でも、その悪癖は治っていなかったようだ。ヒカリは二組の布団の真ん中に陣取り、大の字になって眠っている。ブラウスのボタンはほとんど外され、穿いていた赤いスカートはベッドの上に投げ捨てられていた。


 リパが部屋に入ってきて、あられもないヒカリの姿を見たら、どう考えてもヤることをヤったと思ってしまうに違いない。

 リパが入ってくる前になんとかしなければ。



 まずはブラウスのボタンを付け直す。

 ヒカリのほうを向くと、控えめなサイズだが可愛いデザインのピンクのブラがどうしても視界に入ってしまう。色気のない女とはいえ、やはり下着姿だとどうしても意識してしまう。

 意識すればするほど緊張し、手が震える。しかも、ボタンが男性と違い左側に付いているせいで、思うようにボタンを外せない。寝返りをたまに打つので、さらに神経を使う。



 ボタンと格闘すること五分強。何とか全てのボタンを付けることに成功する。

 だが、安心するのはまだ早い。問題はここからである。スカートを穿かせるという大仕事が残っているのだ。

 穿かせるところをリパに見られてもアウト。しかもスカートを穿かせるには脚や尻を持ち上げなければいけないので、ヒカリにバレる危険性が高い。ヒカリにバレる──それは猛獣の檻に生肉を持って入るようなものだ。

 だが、恐れていても仕方がない。俺は幻魔界に行かねばならないのだ。男にはやらねばいけない時がある。いや、ヒカリとヤリたいわけじゃないんだけど……。


 スカートを通すために脚を持ち上げようとして、ヒカリの脚に触れる。

 男の脚とは違う、吸い付いてくるような肌の心地良い質感。触れた箇所を包み込むような、ほんのりとした温かさ。本物の女が持つ魔力に、全身に電流が走ったような衝撃を受ける。

 まるで催眠術にかかったかのように、無意識のうちにヒカリの脚に向かって目線が動く。

 余分な肉のついていない、ほっそりとした白くて長い脚が悩ましい。二本の脚の隙間から顔を覗かせているピンク色のショーツが、可憐ながらも妖しげな魅力を放っている。

 もっとこの脚を堪能したい。もっと奥を味わってみたい……。


 はっと、我に返った。数十秒、数秒、それとも一瞬だったのか。ヒカリに対して性的魅力を感じ、恍惚としていた自分がいた。

 危ねー、危ねー。何考えてんだ。相手は大切な幼馴染。こんな展開、あいつも俺も望んじゃいねえよ。


 ヒカリの顔を覗き込む。ヒカリは穏やかな顔で小さく寝息をたてていた。こいつも黙っていればかわいいよな。学校で見せるようなよそ行きの顔が本当のヒカリだったら、攻略対象になっただろうか。いや、ヒカリはヒカリだ。今のヒカリが俺は一番好きだ。


 脚を持ち上げ動かしてしまったので、眠りが浅くなり、最悪起きてしまうことを恐れていたが、どうやらその心配はなさそうだ。



 何とかしてスカートを脚に通した。これでようやく最大の関門、スカートを腰のあたりまで通す作業まで来た。これを成功させれば、あとはジッパーを閉めるだけだ。

 だが、スカートを腰のあたりまで通すには尻を持ち上げる必要がある。無理な体勢になるので起きる可能性が高い。危険な作業だ。でも、やるしかねえ。


 ヒカリに気づかれないように、そうっとそうっとヒカリの尻を持ち上げ、スカートを通す。俺の煩悩をなるべく刺激しないように、腰よりの尻に手を当てる。腰の辺りで肉が少ないとはいえ、下着越しでもとろけるように柔らかい。

 これは女じゃない。昇だ。女装した昇なんだ。と、心の中で念じながら煩悩と戦う。今なら悟りも開けそうだ。


 ヒカリの腰を持ち上げスカートを一気に通そうと思ったその時、ヒカリがショーツの上部に指をかけ、少しずつショーツを下ろそうとする。ヤバい! このままだったら、ヒカリのショーツが下ろされて、ヒカリの大事な部分が!


 俺はとっさにヒカリの手をぎゅっと掴んで、ヒカリがショーツを下ろすのを阻止した。ヒカリの手から力が抜ける。助かった……。


 が、安堵したのも束の間だった。


 ヒカリが眼をわずかに開けて、ぼおっと俺を見ていた。



「…………先人……!?」


 ヒカリに呼びかけられ、俺は驚きのあまり声も出なかった。体が硬直してしまったせいで反射的に指に力が入ってしまう。


 痛々しい沈黙。体だけでなく思考も止まる。思考だけでなく世界も止まる。


「……先人、何で……?」


 時計の秒針の音よりも微かで、静かなヒカリの声。瞳は濡れて揺らいでいた。

 ただの幼馴染に夜這いされそうになったんだ。ショックを受けるのも当然だろう。こうなった原因は勿論ヒカリにある。けれども、俺はちゃんと経緯を説明して謝らなければならない。


「ごめん。お前の体を触ったのは悪かった。だけど、別にやましいことをしようとしたわけじゃない。お前が寝ぼけてスカートを脱ぎだしたから、元に戻そうとしたんだ。信じてくれ」


 ヒカリは俺の言葉に納得したのか、そっと眼を閉じた。誤解は解けたのだろうか。

 安堵したと同時に、俺の手がヒカリの手首とお尻をぎゅっと握っていたことに気づいて、慌てて手を離す。



「リパの部屋で寝ないか。偶然とはいえ、お前も男に触られるのはさすがに嫌だろ」


 俺の提案を聞いて、ヒカリの眼がくわっと開く。口元が邪な微笑をたたえている。いつものヒカリだ……。


「先人の気持ち、ちゃんと受け止めたから……。今度は私の体を受け止めて!」


 ヒカリが立ち上がり、俺に抱きつこうとする。既に身構えていたので、これを回避。慌てて部屋の外に逃げ出した。


「今夜は寝かさないわよ~」


 ヒカリは一度寝ているので眠気がとんでいるのか、妙なハイテンションで襲ってくる。

 まるでホラー映画の殺人鬼のようだ。ヒカリに捕まって寝かされないくらいなら、エルム街で悪夢を見たほうがましだ。


 リパに助けを求めようとして、激しく扉をノックするが応答なし。夢魔って眠らないんじゃなかったのかよ! リパに頼れない以上、あとは逃げ回るしかない。

 背後からハアハアという荒い息が聞こえてくる。捕まらないように、真っ暗な中で必死に逃げ回る。


 暗闇に覆われた世界で、光っている場所を発見する。救いを求めて光を目指す。

 光といっても玉虫ヒカリじゃない。あれは思いっきり闇属性だ。


 しかし、光っている場所にたどり着く前に肩を掴まれた。もうだめだ。俺の童貞が奪われる~!


 俺が観念しかけた時、暗闇から突然、謎の物体が姿を現わした。その物体はこっちにゆっくりとやって来る。それを見て、俺もヒカリも恐怖のあまり絶叫する。

 目玉も肉も無い動物の髑髏。それが冷蔵庫の光を背にして不気味に浮かんでいた。



 しばらくすると、電気がついて世界に光が戻った。電気のスイッチの前にリパが立っている。リパはさっきの髑髏を抱えていた。

 ここで俺は髑髏の正体に気づいた。それは、今日リパが調理した豚の頭の成れの果てだった。皮や肉はたべられてしまったのだろうか、骨しか残っていない。


「どーしたの?」


 きょとんとした顔でリパが尋ねる。


「お前こそ、何やってたんだよ!」


「お腹空いたから、豚の残りを食べてたんだ。先人たちは? 鬼ごっこ?」


「まあ、そんなとこだな……」


 ヒカリは気絶して倒れていた。これで幻魔界に行くことができる。

 まあ、暗闇の中で豚の髑髏を見たらな……。俺も恐怖で縮み上がったし。

 豚君ありがとう。君の死は無駄にはしない。


次回は12月26日のお昼に投稿します。

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