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温もり

 デート対決のあと、西園寺がデート対決の打ち上げにカラオケへ行こうと言い出した。

 断る人もおらず全員参加することとなった。

 何でも、西園寺は打ち上げと称して友達とわいわい気楽に遊ぶのに憧れていたらしい。西園寺の周りの連中は全員上流階級の人間なので、打ち上げにカラオケでも行こうぜという流れにはなりそうもない。


 場所はいつも俺が友達と行っている、秋橋の『カラオケパーク』にした。

 カラオケパークはチョイサウンドの機種を導入しているのが良い。チョイサウンドは業界最多曲数を誇るだけあって、俺の好きな同人楽曲やボカロも全部入っている。

 だから、昇たち漫研部員と行く時はいつもここだ。

 きっとここなら、重度のオタである西園寺も喜ぶだろう。



 カラオケパークに到着。幸い電話予約した時点で満室ではなかったので、待つこともなかった。二時間フリードリンクの料金プランを選択。歌いまくるにはちょっと時間が物足りないが、時間も遅めなので仕方ない。


 部屋に入り、さっさとドリンクを注文する。


 まずは何を歌うべきか。

 野郎ばっかりのカラオケと違って女性ボーカルの曲を歌うのは正直気が引ける。

 それに、本来は幻魔界の存在であるリパがどういう選曲をするのか不明だが、コアなボカロなどは知らないだろう。非オタのヒカリもその辺の曲は当然知らない。

 カラオケで知らない曲がかかると微妙な空気になるから、テンションを上げないといけない一発目の曲ではオタ向けの曲は使えない。となると、無難にJポップの人気ロックバンドの曲にするか。西園寺のことも考えると、その中でもアニメの主題歌に使用されたものになるな……。


 一曲目をどうしようかと考えていると、対面に座っていたはずのヒカリがいつの間にか俺の右隣に移動して体を寄せていた。


「先人、私と一緒にデュエットしようよ~。今日は先人のマイクを離さないわよ~」


「ヒカリ、お前いつの間に! それと、お前が握るマイクはそこの金属製の固いやつな」


「それじゃあ、私とデュエットしませんか! 私、カラオケで他の人とボカロのデュエットするのが夢だったんです」


 左隣に座っている西園寺が、俺の前においてあったマイクをさっと取って懇願してくる。


「ちょっと、西園寺! 私が最初に先人を誘ったのよ~。寝盗るのは許さないわ」


「いいじゃないですか~。私と歌いましょうよ~」


 ヒカリと西園寺が俺の両脇でマイクを取り合っていると、ピピピッという音がして曲が入力された。


「曲を入力したよー。みんな一緒に歌おうよー」


 リパの楽しそうな笑顔に、一同つられて笑顔になる。


「そうね。最初はみんなで歌おっか」


「そうですね。焦らなくても、あとでも歌えますしね」



 各自が一曲ずつ入力し終えた頃に、リパの選んだ曲が画面に表示された。


『キラキラぼし』


 ……いや、確かにみんな知ってるけどさ。もうちょっと選曲、何とかならなかったのかよ。



 小学一年生に戻ったような妙な気分で大合唱していると、やる気のなさそうな茶髪の兄ちゃんがドリンクを運んできた。


 リパは歌っているにも関わらずマイクを置いて、頼んでいたソーダフロートを飲もうとグラスを手にした。


 今日のデートといい、『キラキラぼし』といい、リパはやることすることフリーダムだ。

 そこが可愛いところでもあるんだが。



 突然、グラスを持っていたリパの表情が一変し、


「みんな! 食べ物と飲み物に口をつけないで!」


 そう叫ぶや否や、血相を変えて部屋から出ていった。


 リパの突拍子もない反応に、俺もヒカリも西園寺も歌うのを止めて目を丸くする。



 注文していたオレンジジュースのグラスに視線をやると、でかいゴキブリが頭からジュースに突っ込んで後ろ足をぴくぴくさせていた。


「「「うわわあああ~~!!」」」


 俺が悲鳴を上げると同時に、西園寺とヒカリも悲鳴を上げた。


 よく見ると、全てのグラスにゴキブリがダイブしている。

 リパに言われるまでもなく、こんなもの誰も口にするわけがない。

 というか、この惨事にどうして店員は気付かなかった。どうなってるんだ。やる気がないとかそういうレベルを超えてるぞ、こんなの。


「ちょっと文句言ってくる」


 俺が立ち上がって部屋から出ていこうとすると、


「気をつけてください」


 なぜか西園寺は張り詰めた顔をしていた。


 扉を閉め部屋を出る頃には、いつの間にか『きらきらぼし』は終わっていた。






 俺たちの部屋は三階、カウンターは一階にあるので、フロントまで行くにはエレベーターで一階に降りる必要がある。エレベーターを使おうとして廊下を右に進もうとしたとき、廊下の先にいた一人の女性と目が合った。


 小柄な体に、茶色のボブ。間違いない。夢の中で俺を助けてくれたお姉さんだ。


 なぜ今、俺の前にいる?

 なぜあのとき俺を助けた?

 なぜ魔王候補生意志調査用紙が来る事を知っていた?

 なぜ魔法が使えるのか?

 なぜ俺のことを知っている?

 そもそも、あなたは一体何者なんだ?


 様々な疑問が一斉に沸き起こる。


 そして、話しかけようとして俺が声を上げようとすると、お姉さんは大きな目をさらに大きく見開き、この場から走り去った。


 俺は少しの間呆然とその場に立ち尽くしていた。

 夢の中では俺に好意を持っていそうな雰囲気だったのだが、にべもなく避けられてしまうと正直ショックである。

 追いかけるという選択肢もあったのだが、無理にそこまでする理由もない。

 色々気になることはあったが、俺は本来の目的を思い出しエレベーターへ向かった。



 エレベーターは現在一階。俺はエレベーターを待ちながら、さっきのことをぼんやりと考えていた。


 以前お姉さんが俺たちを助けたことは、恐らく現実。正確に言えば「現実だった」のだろう。

 因果魔法リザルトマジックを使えば、「現実で起きた」のではなく「夢で起きた」ことにするのは可能だ。今日リパがボーリング場でやったことと同じだ。


 じゃあ、今日は何をしていたんだ? もしかしたら、あの時みたいに危機が迫っていて助けに来てくれたのかもしれない。さすがにゴキブリくらいでは危機とは呼べないだろうから、もっと別の危険があったのか。


 あとはお姉さんの正体。バグではないと思うが、こればっかりは分からない。

 他の候補生か他の夢魔なのか。入学式にはそれらしい人物はいなかったので、その線は違うと思うが。



「先人、どうしたの?」


 いつの間にかリパが心配そうな顔をして後ろに立っていた。


「ああ、ゴキブリ・イン・ドリンクのことでフロントに文句を言いに行こうとな」


 お姉さんのことが気になって、ゴキブリのことはもう正直どうでもよくなっているが、一応ちゃんと話をしておく必要がある。


「ゴキブリ?」


 俺の言葉を聞いてリパは首を傾げた。


「『飲むな』って言ったのはリパじゃないか」


「……そのことなんだけど、ちょっと話があるんだ」


 リパの言葉に黙って頷いた。理由は、リパの表情からただごとでないと察知したのと、俺も話をしておきたいことがあったからだ。



 場所を変え、ビルの非常階段で話をすることにした。


「ショックを受けるかもしれないけど、魔王を目指す以上聞いて欲しいんだ」


 さっきからリパの表情はいつになく真剣だ。緊張が走る。


「あのグラスに入れられてたのは毒だよ。──誰かが先人たちを殺そうとしたんだ」



 殺される……。



 そのことを意識したとき、以前バグに襲われたげんじつがフラッシュバックする。


 嗜虐的な笑みを浮かべている通り魔の顔。

 胸を深々と貫く出刃包丁。

 おぞましい姿の野獣に変身する男のシルエット。

 そして、絶望に震えるヒカリの顔。


 ──思い出してしまった、死の恐怖を。


 体中の血液が凍りつくようなおぞましい感覚。それと同時に、胸の奥から焼けるように熱いものがこみ上げてくる。思わず立っていられなくなり前に倒れ掛かる。



 その時、前方に柔らかく心地良い感触。優しい温もりに包まれながら、俺は目を開ける。

 リパが俺を抱きしめて支えていてくれていた。


「大丈夫。先人が倒れそうになったら、リパが支えるよ」


「ありがとう……」


「だから、先人はリパのことを頼って欲しいな。リパはあんな刺客になんか負けないよっ!」


 リパが俺にウインクをする。

 リパのまっすぐな笑顔を見ていると、何だか安心してきた。戦えそうな気がしてきた。


 リパは元気づけるような感じで軽く俺の背中を両手で叩き、体を俺から離した。


「さ、先人も元気になったし、話を再開するね」


「うぅ~。倒れそうだ~」


 俺はリパの胸めがけて倒れようとするが、ひらりとかわされてしまった。残念。




「で、刺客って言ってたけど、そいつはバグなのか?」


 バグは魔力の暴走した夢のことで、現実世界にも影響を与えることがあるらしい。


「ううん。毒を入れた犯人はリパがもう倒したけど、バグじゃなかった。もっと高等な存在、『使い魔』だったよ」


 そうか、もう下手人は倒されたのか。すごいなリパ。すごいのは胸だけじゃなかったのか。


「リパ、『使い魔』って何だ?」


「『使い魔』は魔王様や夢魔が創る自律した夢。バグと違って魔力も強いし、制御されているから暴走する心配もないよ。リパは夢魔、つまり、魔王様の使い魔ってことになるね」


 リパは魔王が創ったのか。それでリパの胸はあのサイズなのか。あのスケベジジイめ、羨ましいぜ。



「それに、バグが毒を入れて殺すなんて回りくどい真似なんかするはずないよ。今回の一件は先人に対する明確な殺意を持った何者かの仕業だね」


 俺に対する明確な殺意……。俺は思わず唾を飲み込んだ。


「……何で、俺を?」


「先人は魔王候補生でしょ。命を狙われるのには十分過ぎる理由があるよ」


「そ、そうか……。で、誰が裏で糸を引いているんだ?」


「それはまだわかんないけど、他の魔王候補生はまだこんなことをできるとは思えないな。夢魔なら造作もないけど、他の魔王候補生に危害を加えるのは禁止されてる」


「だが、禁止されてるからといって、その禁を破るやつがいたら終わりだ」


「そうだね。ルールを破っている夢魔がいるかどうか調べるために、このことを次の職員会議の議題にかけてみる。そこで犯人が発覚すれば、犯人の夢魔と担当の候補生も上手くいけば脱落。最低でも攻撃は止むはずだよ」


「わかった。そうしてくれ」



 リパからの話を一通り聞いたので、今度は俺が話をする番だ。ゴキブリのこと、そして、お姉さんのことも全て話した。


「ゴキブリのことなんだけど、リパが毒に気づいたときにはまだ入ってなかったよ」


「となると、リパが部屋から出て行ったあとに、何者かが入れたことになるな……」


「そうだね。ここで──」


 リパが少しためを置いたのち、推論を続ける。


「リパは例の女性が怪しいと思うんだ」


 やはりそう考えるのが普通だろう。


「毒を入れた使い魔がゴキブリを入れたという線は?」


 俺が疑問を投げかけると、リパは首を横に振って否定する。


「それはないなあ。リパが追いかけたときにはもう逃げ出していたから、無理だよ」


「なるほど。じゃあ、何のために?」


「もちろん、危害を加えるためだよ。やましいことがなかったら、逃げたりなんかしないよ」


「なら部屋に戻ろう。二人が心配だ」



 いったん部屋に戻る。ヒカリと西園寺は無事だった。

 リパと俺は何とか理由をつけて部屋を出て、襲撃についての相談を続けることにした。


「やっぱり、あのゴキブリは魔力の反応が残ってた。リパが全部持ってきたから、とりあえず安心だけど」


 リパはティッシュに包まれた数匹のゴキブリを俺に見せた。


「うげー、そんなもん見せんじゃねー」


 ゴキブリが特段苦手というわけではないが、それでも見たいものではない。


「狙いは分かんないけど、魔力の痕跡がある以上、その女性が何らかの目的を持ってゴキブリを入れたんだと、リパは思うな」


 リパは野球ボールほどの大きさの透明な球体を出して、その中にティッシュにくるまれたゴキブリを放り込む。すると球体はゴキブリごと消滅した。



「何にせよ、その女性のことは頭に入れておくね。正体は分からないけど、先人とリパ以外に先人が魔王になって得をする存在はいないんだから、きっと敵だよ」


「……かもな」


「今度その女性を見かけたら、すぐリパに教えてね」


「わかった。伝える」



 確かにリパの考えは理屈としては間違っていない。だから、ここはリパの言うことには反論しなかった。それに、不確定要素は排除しておくに限る。謎の存在である、お姉さんを放置しておくと今後何が起きるか分からない。


 それでも、俺はリパが正しいとは思えない。


 リパが俺を支えてくれているように、お姉さんは俺を影から見守っているんじゃないか。

 理由は分からないけど、誰にも言えずに一人でずっと戦ってるんじゃないか。


 抱きしめてくれていたリパの温もりと、抱きかかえられた時のお姉さんの温もりを重ねながら、そんなことを考えていた。


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