肉食女子っていっても、限度があるだろ
ヒカリを元気づけるために、リパと西園寺を巻き込んでデート対決を行うことになった。
デート対決は、それぞれの女の子が一つのデートスポットでデートをし、簡単な食事を用意する。そして俺の心証が最も高かった女の子が、俺の彼女になることができるというルールだ。
なんとも曖昧なルールだが、ヒカリを勝たせる出来レースなのだ。別にこれで十分だろう。
じゃんけんの結果、まずはリパ、次に西園寺、最後にヒカリの順番でデートをすることが決まった。
まずはリパのデートか。リパは体を動かすのが好きだからスポーツ系のデートになるだろう。
俺は別にスポーツをするのが苦手ではない。ただ、リパはロリっぽい印象と違いバリバリの体育会系女子だ。体育の時間が終わったあと、運動部がこぞって入部を勧めていた。リパは三年生だというのに何を考えているのやら。
ということはデートもかなりハードになるかもしれない。どうせハードに体を動かすのなら下半身を中心に動かしたいものだ。
リパが向かった先は『アラウンド・ファースト』だった。アラウンド・ファーストとは、ボウリングやカラオケ、ゲーセン、その他色々なコンテンツが楽しめるレジャー施設だ。俺も友達と何度も行ったことがある。
「今日のデートはボウリングだよっ!」
残念ながら下半身を動かすのではないようだ。まあ、さすがにアラウンド・ファーストで男女のレジャーをおっぱじめるほど俺も変態ではないのだが。
「ボウリングか。リパは上手そうだな」
「ううん。リパはやったことないよ」
「意外だな。スポーツ万能というイメージがあるからな」
「だから、今日は先人がボウリングをリパに教えて欲しいなっ」
俺だってボウリングはあまり得意じゃない。けれども、そんなに愛らしい瞳でお願いされたら、ここで引き下がるわけにはいかない。
「わかった、今日は手取り足取りボウリングを教えてやる」
俺は胸を張り、ニヤリと笑った。
ボウリングコーナーに到着。日曜日なのでどのレーンにも人がいる。
コーラを二人分自販機で買ってから、ボールを選ぶことにする。ボウリングはたまにしかやらないので当然マイボールなど持っていない。
ボールラックに備え付けられているハウスボールをいくつか手に取り、一番自分の手にフィットするものを選ぶ。俺が選んだボールは白ラインが入った黒のボール。重さは十三ポンド。重すぎず軽すぎず、いい感じだ。
リパは深緑色のボールを持ってきた。一番重い十五ポンド。明らかに男用だ。
「ねえ、先人ー」
「何だ?」
「これより重いボールってないの? 重い方がピンを倒しやすいんでしょ」
「ないな。大体、それだって十分重いだろ」
「えー、軽すぎるよー。鉄球くらいじゃないと投げた気しないよー」
「鉄球投げたいなら砲丸投げでもやってろ」
「そっかー。とりあえず肩慣らしにキャッチボールしよー」
リパは野球の投球モーションを取り始め、俺に向かってボールを投げようとする。
「待て!」
慌ててリパのもとに駆け寄り、リパが投げるのを制止する。
「はぁ……はぁ……俺を殺す気か」
「あ、ごめんー。グローブがなかったらキャッチボールできないね」
無邪気な笑顔で謝るリパ。その笑顔を見て俺は脱力した。
「そういう問題じゃなくてなぁ……。見本を見せるから黙って見ていてくれ……」
俺が投げたボールはやや右寄りにレーンを転がり、六番と九番と十番のピンを倒した。手本として投げた割にはあんまりいい結果ではないが、ガターしなかっただけでもましだと思おう。
「あー、惜しかったね、先人」
「そうだな。真っ直ぐ投げられたと思ったんだけど、少し右に曲がったな」
「次はリパの番だね。全部倒せるようにがんばるよっ!」
リパはボールを取りウインクした。
リパは助走しボールを投げようとしたが、バランスを崩して思いっきり転倒した。
そして、白とピンクの縞パンが一瞬見えた。早速リパへの好感度が急上昇だ! あとはおっぱいを堪能できれば好感度メーターは振り切れるというのに。
リパが体を起こし立ち上がった。縞パンが見えなくなって、ふとボールの存在を思い出す。レーンに目をやるとボールはゆっくりとガターを転がっていた。
俺の二投目。今度は右に行かないように真ん中よりもやや左に投げてみた。結果、ガターに終わる。
「残念だったね、先人」
「レーンが滑りやすくなってるのかもしれないな」
詳しいことは分からないのだが、レーンに塗られたオイルの状態によってボールの軌道が影響を受けるのだそうだ。ボウリングの上級者はオイルの状態も計算して投げるらしいが、素人の俺たちには到底不可能な芸当だ。
俺の話を聞いてリパが納得する。
「そっかー。リパがこけたのも、そのせいかもしれないね」
そこまでは分からないが、可能性はある。俺の投げたボールがボールリターンに戻ってきた。今のうちにボールをしっかり拭いて滑りにくくしておこう。
リパが急に立ち上がりレーンに立つ。いつになく真剣な表情だ。
リパは深呼吸をすると一投目よりも勢いよく助走し、高速で回転しながら飛び上がった。一流フィギュアスケートの選手のような華麗なジャンプに一瞬目を奪われる。
それもほんの刹那、リパは空中でボールを直接ピンめがけて放った。大砲の弾丸のように強烈な投球。俺は驚きのあまり、磨いていたボールを手元から落としてしまった。
爆弾でも爆発したような轟音がボウリングコーナーに響く。ピンが吹き飛ばされているどころの話ではない。ピンがあったところには黒い大きな穴が開いていた。
スキップしてリパが戻ってくると、Vサインをしながら俺にウインクする。
「やったー! ピンを全部倒したよ! こういうのをストライクっていうんだっけ?」
「どうするんだよ~~!! 俺達、器物損壊罪でお縄じゃね~かよ~!」
涙を浮かべ叫びながらリパに詰め寄った。リパもことの重大さが分かったのか苦笑する。
「ごめんなさい……壊しちゃだめだったんだね。じゃあ、因果を書き換えとくね」
リパの体が金色に光り、魔法が発動する。
そして、レーンに穴を開けることなく、リパの超絶投球によりストライクを取った事実が認識された。
──因果魔法。幻魔界の魔法の五大体系のうちの一つ。この種の魔法を使用すると、一度起きた結果を別の結果に変更することも可能である。
つまりこの場合だと、リパが「レーンに穴を開けたという結果」を「レーンに穴を開けなかったという結果」に変更されたのだ。
ちょっと待て、それだったら因果が変わってしまう以上、術者以外には変更前の事象は夢として認識されるはずなんだが。何ではっきり覚えているんだ?
「因果変更前の疑似記憶を植え付けておいたから、他にまずい所はないかチェックしてくれるかな」
リパが周りに聞こえないように小声で話しかけてきた。
「とりあえず捕まることはなくなったが……。あのフィギュアジャンプスローはありえないだろ……。ほら、みんなこっちを見てるぞ」
「それくらいで魔法は使ったらだめっ。魔王様に見つかったら怒られちゃうよ」
幻魔界のルールに忠実なのはいいことだけど、それだったら現実界の常識もちゃんと守ってくれよ。
俺がリパの行動に戸惑っていると、ボーリングをしていた他の客が一斉にリパに駆け寄ってくる。
「すごーい、もう一回やってくれませんかー」
「今のカッコ良かったです。もしかしてプロの方ですか?」
「君、かわいいね。俺と投げようぜ?」
……だめだ、もうデートにならねえ。っていうか、目立ちすぎてデート以前の問題だ。
「逃げるぞ!」
すぐさまリパの手を取って一目散に走り、ラウンド・ファーストを後にしたのだった。
全力で走り続けること十分。秋橋の中心街から離れた小さな公園にたどり着いた。日曜だというのに公園には俺たち以外誰もいない。ここまで来ればもう大丈夫だろう。
喉が渇いたので近くの自販機でジュースを四人分購入する。そういえば、アラウンド・ファーストで買ったコーラは一口も飲まなかったな。金欠だというのにもったいないことをした。
オレンジジュースをごくごくと飲んでいると、リパの腹の音がグ~と鳴った。
その音を聞いてリパはお腹を見て笑った。
「今度はごはんだね」
リパの言葉に相槌を打つように、俺の腹もグ~と鳴る。
腹が鳴るタイミングが可笑しいやら、腹が減ったことをお互い知られて恥ずかしいやら、ボーリング場で馬鹿騒ぎをしてちょっと楽しかったやらで、俺とリパは互いに顔を見合わせ少し照れくさそうに笑い合った。
「お前の飯は何なんだ?」
「先人のアドバイス通り、お肉にするよっ」
リパにデート対決の企画を話したときに、食事はどうするかを尋ねられた。リパは料理には自信がないと言うので、「肉でも買って焼けば大丈夫だ」とアドバイスした。肉を焼くだけなら焦がさない限り美味しいだろうと思ったのだ。それに、リパは肉が好きなので食事も肉なら楽しいはず。
リパよ、なんならデートでも肉食女子になってもいいんだぞ。
「弁当か? それとも、どっか食いに行くのか?」
「どっちでもないよ」
どっちでもない? ……まさか、本当にリパが肉食女子に変身するというのか。ヒカリも西園寺もいるから恥ずかしいのだが……。わかった、俺も男だ。食われる覚悟を決めようじゃないか。煮るなり焼くなり好きにするがいい!
「俺も我慢できなくなったぞ。さぁ、飯にしてくれ!」
「先人、鼻息荒いし目も血走ってるよ。よっぽどお腹がすいていたんだね。うん、分かったよっ!」
そう言うと、リパはどこかへ行ってしまった。おそらく飯を買いに行ったんだろう。俺を食べるんじゃないのか、残念。まあ、腹も減ってるし普通に食事がしたいな。
数分後リパが戻ってきた。「わざわざご飯を買いに行ってくれたのか」と声を掛けようとしたが、リパが手に持っている物体を見て言葉を失った。
リパの手にはこんがり焼けた鶏肉のようなものが握られていた。しかし大きさはあまり大きくない。一体何なんだ……?
「リパ、それは……」
「お肉だよ! 先人が『肉でもカッて焼けば大丈夫』って言ったから、そうしたんだ」
「確かにそう言ったが、それは何の肉なんだ……?」
「鳩だよ。鳩を向こうでカってきて焼いたんだ」
「「「鳩~~!?」」」
俺、そして近くで見ていたヒカリと西園寺の絶叫が見事にハモった。
鳩なんて食えるか~! 普通は肉っていったら牛・豚・鶏だろ。あと良くて羊とか鴨とかぐらいだ。鳩なんて最初から選択肢にもねーよ!
「あのなぁ、鳩なんて食えるわけねえだろ……」
「フランスやエジプトでは普通に食べるよ」
そんな豆知識いらねー。
「それに、鳩なんてどこで売ってたんだよ」
すると、リパはにっこりとほほ笑んで得意げな表情を浮かべた。
「違うよ。向こうにいた鳩をリパが捕まえたんだよ。すごいでしょ」
捕まえただと……。それじゃあ、リパは肉を『買った』んじゃなく、『狩った』のかよ! リアルクリハン(クリーチャーハンターという大人気ゲーム)なんて勘弁してくれよ!
そのあとリパに事情と常識を説明し、鳩を公園の木の根元に埋めてやった。
リパはフランス育ちなのでジビエのために狩猟をするという、ギャルゲのトンデモ設定のような説明をヒカリにはした。ヒカリは苦笑していたが。
「あーあ、こりゃ、リパは脱落かなー」
見事な棒読みだ。残念さの欠片も感じさせない。いや、別の意味では残念だったが。
「臥龍岡さんなら、きっといい人見つかるよ」
ヒカリがリパを慰めている。
「ご飯食べてないよね。これ食べる?」
ヒカリがバッグから、きのこの里山という菓子を差し出すと、リパはるんるん笑顔で菓子を口に放り込んだ。
もうちょっと落ち込んでいる演技をしてくれよ。いや違うな。もうちょっとまともなデートをして欲しかった。
「次は私の番ですね」
西園寺が髪を掻き揚げ前に出る。
次は西園寺か……。現実界の西園寺として行動してくれるなら、まともなデートになるだろうが、幻魔界の西園寺を知っているだけに、なんだか嫌な予感しかしない。
西園寺のピンク色の口元が僅かに綻んだのを俺は見逃さなかった。やっぱり嫌な予感は当たりそうだな……。




