第9話 ゼノン先生
念写能力者が捕まってから三日後。暫く平穏な日々が続いていた。いや、平穏とは言っても特訓の連続だったのだが。そんな日々が続くと思っていたが、そんなことは無かった。
「共感能力者が現れました」
「えんぱしー?何だそれは」
前と同じで突然ロビーに呼び出され、会議が始まった。そして、前と同じように賢吾が探知で見つけた能力者を発表した。
「共感能力…これは人の身体に起きていること、人の感情、動物や物質の感情も分かってしまう。そして、その感情や痛みを自分も体験してしまう能力よ」
花音が告げる。かなり多目的な能力だ。たった一つの能力でそこまでのことが可能だなんて…しかし、その能力者はこの能力で一体何をしているのだろうか。
「とりえあず、危険な能力では無いはず。円滑にその能力者をここに呼び出して頂戴」
「成る程な。今回の作戦メンバーは?」
「今回は私と紫苑くん、乃愛さん、美香さんでお願い」
美香…初めて聞く名前、初めて見る女だ。花音から聞くと本名は宮野美香らしい。透明能力者らしい。能力者を探るには丁度いい。それに今回は花音もいる。今回は結構やりやすい気がする。
ジェット機に四人が乗り込む。三分程度経つと、ゼノン探知機が強く反応してきた。
「ここは…中学校?」
「まさか学校に能力者がいるなんて…子供か?教師か?」
「恐らく教師ね。流石に敵も中学生に危険な薬をやるほど非人道的じゃ無いでしょう。それに、ゼノンの力で世界を混乱させることが敵の目的。子供に与えると暴れさせるどころか延々苦しみ続けるだけ。だから、教師だと思う」
花音が言う。その教師は一体どうやってその能力を使っているのか。しかし、潜入するのが学校となると、美香の透明能力と乃愛の変身がかなり役立ちそうだ。やがて、学校が見えてきた。体育館裏に着陸する。
「良いのか?こんなとこで」
「全然平気よ。ジェット機には擬態機能があるから。これもゼノンの力よ」
「そうなのか。凄いな」
「でも、紫苑くん。あなたはここにいて」
「はぁ?何でだよ」
「そりゃあ、あなた、そのまま学校には入れないでしょ。完全に不審者よ」
「それはお前もだろ」
「私は隠れるのがうまいからね。乃愛さんと修也さんの動きについてチェックしないといけないから。紫苑くんの出番が来たら、スマホで呼ぶから。じゃあ、美香さん。能力を」
すると、美香が透明能力で見えなくなってしまった。どこにいるのか分からない。確かめる為に手で探っていると、柔らかい物に当たった。すると、「きゃん!」と短い悲鳴が聞こえ、そして腹に強烈な痛みが走る。僕は腹を抱えて倒れ込む。やってしまったようだ…
「あ~あ、やっちゃった」
乃愛がジト目でニヤニヤしながらこちらを見る。
「さ、二人とも。行くよ。乃愛さんは中にいる適当な人に変身して。少し可哀想だけど、変身に使った人は暫く監禁しておかないといけないけど…」
「酷い話だな…」
「科学に犠牲は付き物…つまりゼノンにも犠牲は付き物。過去にも何度も犠牲が出た。この程度…しょうがないことなの…」
花音はこちらを軽く睨む。つい退いてしまう。その眼光は鋭かった。僕は黙るしか無かった。そのまま三人は校舎の中へと入っていった。
俺は人の感情が分かる。そしてその感情を体験することが出来る。俺はちょっと前までダメな教師だった。教師になれたはいいが、生徒とは一切馴染めず、他の教師からもあまりいい評判では無かった。生徒からも悪口を言われていたこともある。
だが、一つの薬が俺を変えてくれた。あの変な青い液体。最初は怖かったが、教師人生の後も無い。覚悟して飲んだ。やがて体に激痛が走る。それは3分程度で終わった。体に妙な感覚を覚える。
翌日、職員室に入ると、本来見えるはずの無いものが見えていた。人の身体から妙なものが溢れ出ている。ある教師からは黒い煙のようなものが纏われ、ある教師はピカピカに輝いていた。最初は訳が分からなかった。幻覚でも見てるんだ。昨日の薬のせいだ…そう思っていた。
だが、それは違った。クラスに入ると全員の体から様々なオーラが溢れ出ていた。いくら目をこすっても治らない。基本的には皆キラキラしていた。だが、少し違う人がいた。ある男子三人は赤黒いオーラが出ていた。あいつらはいつも教師が無能なのを良いことに悪さばかりしている。そして、もう一人。教室の隅。ある生徒からどす黒いオーラが出ていた。あいつはいつも暗い。誰とも喋っているのを見たことが無い。その時。心がどんどん蝕まれていく感覚を覚えた。何だこれは…思わず胸を押さえる。
その時、気付いた。これは共感能力だ。いつかテレビで見た。人の感情が分かり、その感情を体験出来る。まさにこれだ。俺は共感能力者になってしまったのだ。恐らくあの薬のせいだ。聞こえる…あいつの心の声が。あいつはいじめられている。きっとあの三人だ。かなり酷いいじめだ。蝉を無理矢理食べさせられ、トイレの水に顔を突っ込まされ、水泳の時間に窒息死しそうになり…それはそれは凄まじかった。何故こんないじめに気付けなかったのか。愚かだ。情けない。
そうだ。この能力があれば俺はいい教師に生まれ変われるかもしれない。このいじめを解決し、そして他の様々な問題を解決すれば。俺は教師として…
その日の放課後。俺はカウンセリングルームにあの男子生徒…堂野を呼んだ。堂野は行く気は無かったが、無理矢理引き連れた。
「あの…何ですか」
堂野の頭上にはどす黒い雲からどす黒い雨が降り注いでいた。勿論、そんなもの実際に降ってはいないのだが。
「単刀直入に言う。お前いじめられてるだろ。それも、あの悪ガキ三人組に」
「なっ!?」
「知ってるんだぞ。食うべきで無いもの食わされたり、閉じ込められたり、死にそうになったり…ずっと見てたんだよ」
「ぼ、僕…そんなことは…されて…」
「嘘をつくな!」
俺は机を思い切り叩く。そして、堂野を睨みつける。堂野は俯いて、俺から目を反らす。
「俺が…俺が解決してやる。お前へのいじめを終わらせる。絶対にだ。約束する。俺に任せろ」
「くっ…あんたみたいな教師に何が…!今まであんたは何も!」
「俺は…今から変わる…このクラス…いや、この学校を変えて見せるさ」
俺は立ち上がる。そうさ、この能力があれば。
そこから、俺は動き始めた。まず、堂野の家に行き、両親に相談した。両親からは全然期待されてないようだ。無理も無い。だが、俺はやる。その次の日、あの悪ガキ三人組をカウンセリングルームに呼び出した。あくまで言わない気でいるようだ。しかも、俺にため口は勿論、お前呼ばわりだの馬鹿にされまくっている。まあいい。少し遠回りしよう。
そこから、俺はクラスの細かな所から変えていくことにした。皆がしたいことが手に取るように分かる。その要望を叶えられる限り叶えていった。金のかかるものもあったが、自腹で出した。俺の評価は徐々に上がっていった。今までが酷すぎて0に戻った程度かも知れないが…教師からも見直されつつある。さて、そろそろ…
いじめの現場を特定し、実際にそれを見てみよう。ビデオで撮るのもいいが、一緒に誰か教師を連れて行くのもありか…とりあえず俺は朝の会で、悪ガキ三人組を見る。相変わらず赤黒いオーラ。しかし、今まで以上に酷い。
ー今日は夜中にあいつを呼び出して、裸にして体育館裏の庭に埋めてやるー
なんてことを…許せない。始まる前に止めようか…いや、それではダメだ。証拠を掴まないと…
「乃愛さん。あの不良に変身して」
「え~?不良なんてやだよ…」
「しょうがないでしょ?手軽な奴があいつしかいないんだから」
「じゃあ…分かったよ」
乃愛は不良を見つめ続ける。すると、体が青く染まり、不良に変身する。
「じゃあ、美香さん。あの不良をぼこぼこにして」
「はぁ…?あたしが?」
「そ。透明なんだし、不良相手でもいけるでしょ?」
「全く…しょうがないな…」
美香は煙草を吸って呑気に座り込んでいる不良の溝に強烈な蹴りを浴びせる。「ぐはっ」と短い悲鳴を上げ、倒れ込んだ。
「こいつのクラスは…どうやら能力者の教師がいるクラスのようね…丁度いい。こいつは閉じ込めていくから、頼むよ」
「ああ。分かった」
こうして、二人は教室へと向かっていった。チャイムが鳴る。時間的には二時間目と言った所か。
様子がおかしい。悪ガキ三人組の1人が異様にキラキラしている。ついさっきまで赤黒いオーラで染まっていたのに。心を覗いてみるか。なんだ?女の声?くそ…よく聞こえない。心が聞こえないなんて初めてだ。まあいい、もう計画は知っている。それに、残り二人はまだ赤黒いままだ。心の声も聞こえる。早く対策を考えよう…
ん?なんだあれは。何も無い所がキラキラしている。しかも、何か聞こえる。
ーあの教師が能力者なのかな?普通の人に見えるけどー
何?俺が能力者だと知っている?何だあれは。要注意だな。
畜生…もう午後7時だ。いつまでここに閉じこもっていればいいんだ。いい加減動きたい。そう思っていると、足音が聞こえてきた。そこには教師らしき人がいた。あいつが能力者なのか。ビデオカメラを構え、きょろきょろしている。すると、また足音が聞こえる。気弱そうな男子だ。教師は慌てて隠れる。そして、今度は男三人組が近づいてきた。不良か。そいつらは気弱そうな男子を囲む。いじめか。可哀想に。だが、僕には関係無いことだ。それよりもあの能力者が気になる。
その時、教師が男子たちの元に飛び出した。
「おい、お前らやめろ!」
「あ?無能教師のおでましだぜ」
「へっ…邪魔だな。こいつから先にやるか?」
「あ…そうだな」
一人様子がおかしい人がいる。もしかして変身した乃愛か?挙動も女々しい。花音も無茶苦茶なことさせやがる。
「じゃあ、ぶっ殺す!」
男の一人はナイフを取り出し、教師に突っ込む。まずい。観念動力であの男を吹っ飛ばすか?その時、突然ナイフが吹っ飛ぶ。そして、腹を抱えてうずくまる。美香がやってくれたのだろう。
「なっ?」
男子も教師も驚く。そして、更にその男子も天に吹っ飛ばされる。
「そろそろいいかな」
一人の男子は青い光を纏い、乃愛の姿に戻る。そして、美香も透明能力を解除する。教師は腰を抜かしてしまった。そして、更に花音も現れ、倒れている男二人に銃を向ける。そして、銃を向けまま教師の方に顔を向ける。
「あなた、能力者ですね」
「何?」
「共感能力を持っているんでしょう?青い液体を飲んで使えるようになった。違います?」
「何故それを…!」
「私たちもその力を持っているから。透明能力、変身能力」
「どういうつもりだ!」
「その力を消させてもらう。そして、その力に関する記憶も消させてもらう。あ、そこにいる男子三人もね」
「何故消されなければならないんだ」
「危険なものだから。その能力は自分の身体に危険を及ぼす。だから、消す」
「そ、そんな…俺はこの能力があったから良い教師になれた!なのに、なのに!」
「安心してください。このいじめはあなたが解決したことにしておきます。この悪ガキたちもいじめをしないようにします。だから、これからはあなた自身の力で教師として頑張ってください」
「ちょっと待てよ!」
僕は我慢出来なかった。花音の元に飛び出す。
「おかしいだろ。この教師は能力を使いこなしている。この力があれば皆幸せじゃないか。何で奪う必要がある?変じゃないか!」
「…っ…そういう決まりなの。たとえ悪いことに使ってなくても、ゼノンの存在がばれてはならない」
「お前はマニュアル通りにしか動けないのかよ?はっ、見損なったぜ」
「うるさい!決まりは決まりなの!ゼノンの存在は外部に認識されてはならない!」
「分かってる!でも、僕らが来なければゼノンは本人しか知らない秘密で守られていた!それならよかっただろ!」
「ゼノンの力に頼って教師するなんて甘いの!自分の力で何とかしないといけない!」
「…おかしいだろ…わけわかんねぇ。じゃあ僕らはなんなんだよ。ゼノンを使ってるじゃないか。お前は僕をこの組織に入れたのは能力が使えるからってだけだろ…おかしいだろ…」
「っ!…XenoArtsに戻るよ。さっさと消さないと」
花音はそう言って、ジェット機に教師と男子三人を乗せた。乃愛と美香は暗い表情で乗り込む。花音も操縦席に乗った。
「早く乗って」
「僕は瞬間移動で帰る。じゃあな」
僕は瞬間移動で、自分の部屋に戻った。そして、ベッドに倒れ込んだ。疑問だ。ゼノンとは何なのか。ゼノンをいいことに使っちゃいけないなら、何の為にゼノンはあるんだ?意味が分からない。何で僕はこんな組織に入ってしまったんだ?僕はマニュアルを使った人にも物申したい。例外ぐらいあってもいいんじゃないのか…
それから、その教師はゼノンと記憶を消され、学校に帰された。共感能力が使えなくなった教師は、最初はいじめを解決したとして賞賛を得たが、人の心も分からなくなり、また無能教師に戻ってしまったらしい。そして、教師は教師を辞めた。今はもう働いていないらしい。それは悲惨な末路だった。これが正しかったのか。知る者は誰もいなかった。
疑問を投げかける話でした。