第6話 敵
氷結能力者は、僕が最初に連れて来られた取調室にいた。能力抑制剤を打たれ、手も椅子の後ろで縛られている。取調室にいるのは、椅子に座っている氷結能力者と花音、そして記憶操作の能力者の麻耶、消去能力者の健介、そしてあの時にはいなかった治癒能力者の藤崎香織と催眠能力者の美山琴音もいる。
「じゃあ、香織さん。とりあえずこの男の傷を癒してあげて」
「うん。分かった」
香織はオドオドした声で言った。見た目からして優しそうだ。小動物系と言った感じだろうか。香織は手に青い光を纏わせ、男に向ける。すると、黒焦げで一部から出血もしていた体が徐々に癒えていった。そして、いつの間にか完全に治っていた。男も驚いた表情をする。
「さて…私たちは仕事として、今からあなたのゼノンの力、そしてゼノンに関する記憶を消さないといけない。この行為は人権侵害かもしれない。でも、あなたは街に被害を及ぼした。幸い死者はいなかったけど、怪我人は出てる。だから、消す。分かる?」
「ああ…分かってる…もうこんな事、懲り懲りだ…勝手に消してくれ…」
「うん。でも、記憶を消す前に、訊いておかなければいけないことがある。今更隠すことでも無いでしょう?洗い浚い話して」
「…分かった」
男は完全に抵抗力を無くしている。香織は彼を心配そうに見つめているが、麻耶と健介、琴音は無表情だ。もう慣れているのだろう。
「じゃあ、まず…あなたは誰かに指示されてあんなことをしたの?」
「…指示?指示なんか受けていない」
「じゃあ、どうしてその力を使えるようになったの?」
男の話はこうだ。事件を起こした三日前。男は自暴自棄になっていた。妹が死んだのだ。最愛の妹が。自分の不注意で事故を起こしてしまい、妹は死んだ。男は家に引きこもった。ろくに何も食べずに。
そんな時、家に見知らぬ男が現れた。黒が主体で青の線が入った独特なスーツに身を包み、サングラスを掛けた怪しい男。「元気になる薬」と言われ、青い液体を売りつけられた。100万円はしたが、その時、彼は正常な判断を出来なくなっていた。貯金を全てはたいて購入した。
そして、飲んでみたら、元気になるどころか、体に激痛が走った。死ぬんだと思った。しかし、もう自分に残されたものは何も無い。だったら死んであの世に行こう。そして妹と楽しく暮らそう…そんなことを考えていた。
激痛は治まった。が、既に彼は死ぬ気でいた。首を吊るためにロープを手に取った。そこで異変に気付いた。ロープが一瞬にして凍り付いたのだ。そして、男は自分が氷を操れるようになったことに気が付いた。
そして、男はおかしくなり、大阪の街を混乱の渦に巻き込んだ…というわけだ。
「それは…可哀想に」
花音はそれだけ言い放つと、椅子から立ち上がり、僕らの方を向いて小さな声で告げた。
「どうやら中立のようね。で、やはり売却者の仕業…」
「ちょっと待てよ。中立とか売却者って一体…」
「この世界には、ゼノンを持つ組織が二つある。一つは勿論ここ『XenoArts』。正義の為にゼノンを使う組織。そして、もう一つは『XenoLord』という組織。ゼノンの力で世界を支配しようとする悪…」
そんな組織があるのか。初耳だった。
「これまで何度かXenoLord軍とは戦ってきた。向こうにもゼノロボに、ゼノンヒューマンはいる。実力派ほぼ互角程度。ただ、相手は恐らく真の実力を出していない。世界を侵略するために私たちを様子見しているだけ。だから、売却者が一般人にゼノンを売りさばき、暴れさせ、私たちを出動させ、強さを測る。中立っていうのは、そんな売却者によってゼノンヒューマンにさせられた者を言う」
「そうなのか…もし中立じゃなかったらどうするんだ?」
「拷問してでも…訊きだす。私たちは敵について何も知らない。だから、敵の情報を集めないといけない。でも、敵も警戒してるから中立の人たちを送り込んでくる。厄介なことよ」
吐き捨てるように言うと、花音は再び男の方に向き直る。
「じゃあ…悪いけど、あなたの記憶と能力は消させてもらう。琴音さん」
琴音は、頷くと男の目の前に立った。
「私の目を見つめて。いい?」
男は表情一つ変えずに頷くと、琴音の目を見つめた。すると、琴音の目が青く光った。そして、三秒後、男は眠った。
「じゃあ、麻耶さん、健介さん。宜しくお願いします」
麻耶は熟睡している男の額に青い光を纏った手を当てる。そして、五秒経って手を離した。
「ゼノン関連の全ての記憶は消したわ」
今度は健介が男の心臓部分に青く光る手を当てる。同じく五秒経つと、心臓部分から手を離した。
「能力は…消えたはずだ」
「よし、じゃあ催眠が効いてる間に彼を家に連れて帰りましょ。紫苑くん、その男を担いで発着場まで来て」
それだけ言うと、花音は取調室から立ち去った。他の能力者たちも次々と出ていく。どうやら雑用を押し付けられたようだ。僕は仕方なく座っている男をゆっくりと担ぎ上げ、おんぶした。結構重かったが、観念動力を使えば軽かった。そして、瞬間移動で発進場へ飛んだ。
既に発着場に花音はいた。花音の元には見慣れぬジェット機があった。
「さ、その男を乗っけて。行くよ」
僕は言われるままに男を後部座席に乗せた。そして、僕と花音は前部に乗った。
「既に思念分析で彼の服から目的地を特定した。さっさと終わらせないと」
「ゼノギウスでは行かないのか?」
「当たり前でしょ。人を一人運ぶだけで戦闘用ロボットで行くもんですか」
「まあ…そうだな」
それから、二人は一切話さなかった。話すことも無かったからだ。ゼノギウスで行った時よりも早く大阪に着いた。目立たない所にジェット機を置き、ここからは徒歩で行くことにした。
「なあ、何で瞬間移動は使わないんだ?」
「そりゃあ、もし誰かに見られたらマズいでしょ…ゼノンの存在を認知されることになる」
「でも、氷結能力は大量の人に見られたんじゃ…」
「そのゼノンを使用した人の存在が認知されてなけりゃOKなの。今回は幸い誰にも認知されてなかったみたいだし、もし認知されても記憶操作で消せばいい。簡単なことよ」
面倒なことだ。ゼノンの力を持つのも楽じゃない。それに最近歩いてなかった。ちょっと歩くだけで疲れてしまった。それに周りにいる人は誰も歩いていない。少し恥ずかしかった。
ようやく男の家に着いた。鍵は掛かっていなかった。意外と広い家だったが、中は荒らされていた。空き巣にでも入られたのだろう。
「きったないな…足の踏み場もねぇな」
「そうだね…彼が目覚める前に片づけとこうか」
「はあ?何でそんなかったるいことしねぇといけねんだよ!」
「私たちの目的は中立の人からゼノンの力を取り上げること。彼の中では既に暴れていた記憶も無い。家を空けていた記憶も無い。それなのに荒らされていたらおかしいでしょ…やるよ」
「ったく…しょうがねぇな」
僕は落ちていた広辞苑を拾い上げため息をついた。花音はそこら辺のガラクタを棚に入れまくっている。それは片づけているって言うのか…?こいつ相当雑な奴じゃないのか?僕はとりあえず広辞苑を入れる場所を探していた。
その時だった。どこからか高速で強烈な波動が飛んできた。
「なっ!?」
時、既に遅し。僕の腹に強烈な衝撃が走り、思い切り吹っ飛ばされる。そして、壁に激突する。
「ってぇぇぇぇぇえええええ!」
「な、誰?誰かいるの!?」
花音は腰にあった銃を取り出し、敵を探す。
「くくく…甘いなぁ、お前ら」
敵は、いた。机の上であぐらを掻いている。手は青く光っていた。
「衝撃波の能力者であり、XenoLordの兵士。久崎だ。以後お見知りおきを~」
髪が目にかかった男だ。生意気そうな顔をしている。
「畜生…不意打ちとは卑怯な…!」
僕は立ち上がり、手に持っていた広辞苑を、観念動力でぶん投げる。しかし、久崎の手から衝撃波が放たれ、広辞苑ははね返される。そして、僕の顔面に激突する。
「ぐはっ!」
鼻血が出る。まずい…何とかしないと…
「こいつはXenoLordの正式な兵士よ!遠慮なく攻撃しなさい!場合によっては殺しても構わない!」
「え…いいのかよ!?」
「これは戦争よ!戦争に死者はいて必然。行くよ!」
「やるしかねぇのか…!」
僕の髪が逆立つ。ゼノンの力が最高潮に達する。こうなってしまっては自分の力を制御することは出来ない。
久崎は花音の銃をアクロバティックな動きでかわし続ける。そして、棚の上に立つと、衝撃波を花音の手に飛ばす。銃が吹っ飛ぶ。
「まずい…」
「吹っ飛べ」
久崎は手を花音に向ける。僕が止める。そして、久崎を…殺す。
バトルシーンは苦手です…