第2話 目覚め
専門用語が一気に出てきますが、そこまで重要でも無い単語なので気にせず読み進めてください。
負けた。この僕が。最強の力を持つこの僕が。
意識は既に消えていた。だが、脳内でこの言葉がぐるぐる回る。最悪な状況だ。僕はどうなるんだろう。あんなに沢山人を殺したんだから死刑にでもされるんだろう。でも、それならここで普通の銃で殺してしまえば済んだんじゃないのか…いや、晒し首みたいな屈辱的な殺され方でもするんだろうか。
ふと、少し前の記憶が蘇ってきた。
18歳の誕生日。せっかくの誕生日なのに、親は消息不明、たった1人の兄も二年前に突然姿を消した。無駄に広い家でたった1人、つまらない番組を見るといういつもの日常。
そういえば、18歳から大人ってことになったんだっけ…だったら酒と煙草を買おう。たまには金も使ってもいいか。小さいケーキでも買おう。僕はテレビボール(球体の形をしている。ボタンを押すと、青く光って、何も無い所に画面が現れ、番組が見れる)を消す。そろそろこの家から出てもいいかな。無駄に金が減っていく。近所のアパートにでも引っ越そうか。そんなことを考えながら家を出た。
大学には行かなかった。金が無いし、面倒臭い。高校を卒業してからずっと家にいたから、いつの間にか様々な物が進化していて驚く。そういえば第三次産業革命があったとか言われてたっけ。皆、僕とは少し違う服を着ていた。テレビでエアコンスーツが発売されたって言ったっけ。確か、気温や湿度によって服が温度を調節してくれるという奴だ。それに、移動も歩いている人はごくわずか。皆、ジェットカー(ジェットで推進する車。自動で動くので子供でも乗れる)に乗っている。空を見上げると、大量のジェット機が飛んでいる。空中都市とやらも作られた。
しかし、こんなのを見ていると僕は思う。こんなものが必要なのか、と。こんなものが無くても昔の人たちは問題無く生活していたはずだ。どうしてそこまで進化したがるのか。何故そこまで便利にしたいのか。いや、進化したのは技術だけ。人間はむしろ退化したのでは無いか。
酒と煙草を買った。煙草はいつの間にか害の無いものになったようで、どの年齢でも使えるようになっていた。僕は煙草をくわえた。くわえただけで点火するようになっているようだ。大きく煙を吸い、吐き出す。妙な快感を覚える。ここから皆、煙草の中毒になるのだろう。酒も歩きながら一気に飲む。気持ち良かった。
ケーキ屋に寄って、ショートケーキを一切れ買った。その帰りにまた酒と煙草を買った。今度は大量に。
財布が空になって、帰宅した。テレビボールを点け、ケーキを平らげた。少し甘すぎる。僕の口には合わない。ただひたすら酒を飲み続ける。いつの間にか顔は真っ赤になっていた。そして叫んだ。
「なんなんだよ!なんで僕は!こんなどーでもいい男になっちまったんだよ!全
部この世界が悪いんだよ!このわけのわかんねぇ世界が!」
僕は酒瓶をぶん投げた。鈍い音が響き、棚のガラスが割れ、中の物が色々出てくる。ほとんどどうでもいい物だ。
しかし、1つだけ見慣れぬ物があった。注射器、その中に入った青い液体。僕は察した。家族の誰かがやってたんだろう。思ったより危ない家庭だったんだな。そういえば、両親はいなくなる直前は凄い喧嘩の繰り返しだった。一体何故喧嘩をしていたのかは知らない。
僕は注射器の針を腕に当てた。一瞬躊躇ったが、意を決して針を入れた。最新の技術で、針はかなり細くなり、全く痛くなかった。液体を全て注入すると、妙な気分になった。
なんだ…これは…心臓の鼓動が速くなる。腕が青白く発光する。その後、猛烈な吐き気に襲われる。そして、体中に激痛が走る。
「うわぁぁぁぁぁ!!!!!」
僕は地面に倒れ、のたうち回った。そして、五分ぐらい経つと徐々に痛みが治まってきた。
やがて完全に痛みは治まっていた。
「何だったんだ…これ…」
その時、妙な感覚を覚えた。耳の辺りが疼く。僕は耳を押さえた。
すると、どこかで聞いたことのある声が聞こえた。いや、聞こえたというより直接脳内に入ってくるような感じだ。この声は隣のおばさんの声だ。防音はしっかりしてるから、隣の声が聞こえてくるわけが無い。
信じがたいが、これは精神感応能力だ。昔読んだSF小説に書いていた。喋らずとも声を伝え、喋らざる者の声も聴くことが出来る、と。さっきの薬は特殊能力を使えるようにする物だったのだろうか。しかし、いくら科学力が進歩したとはいえ、こんなことは不可能なはずだ。テレビでも特殊能力が使える人がいるなんて聞いたことも無い。
これは…使えるぞ。この世界に反抗することが出来る。精神感応だけでもある程度の事は出来るはずだ。
そこから、僕の1人きりの反乱は始まった。テレパシーは自在に聴いたり伝えたりえき、範囲や対象も決められた。まず、相手の様々な秘密を探って、ネット上に晒した。これで、どのくらいの人の人生が壊れたかは分からない。ニュースでも個人情報が大量に漏洩している、と放送された。いい気味だった。僕の行動がニュースにもなっている。僕はこの世界に影響を与えた。もうただの人間では無い。
そして、ある日、観念動力が使えることも分かった。動かずに物を取れたりして便利だったが、勿論反乱にも使用した。スカートをめくったりするのは大したことでも無い。人を宙に浮かせたり、色々壊したりして世界に大きく混乱を与えた。
瞬間移動もいつの間にか習得していた。移動場所は考えるだけで行けた。外国にも行けるようだ。これで行動範囲を圧倒的に増やせる。ただ、まずは日本だ。僕は銀行などに瞬間移動し、金を大量に奪った。いつの間にか僕は大金持ちになっていた。金は全て酒と煙草に使った。
しかし、こんなに強力な能力が3つもあるのだ。これを使えばもっと大掛かりなことが出来るはずだ。もっと…もっと…
そして、僕はナイフを片手に、駅へと向かったのだった。
目覚めた。見た感じ、取調室のような場所に連れて来られたようだ。机が1つと椅子が二つの殺風景な部屋だ。僕は椅子に座らされているようだ。腕に違和感を感じた。どうやら縛り付けられているようだ。手を使えないと能力は1つも使えない。能力の弱点を知られているというのか。
「やっと起きたね」
突然、目の前に女が椅子に座った状態で現れた。さっきロボットに乗っていた奴だ。まずい。早くここから離れないと今度こそ殺されてしまう。すると、女は笑って言った。
「もしかして殺されるかも、って思ってる?そんなわけないでしょ。確かにあなたの犯した罪は大きい。でも、あなたの力は十分戦力になる。だから殺さない」
女は腕組みをし、足も組んでいる。茶色い髪は腰まで伸びている。よくよく見ると顔もいい。
まだ意識は混濁しているが、とりあえず殺されないならいい。心に余裕が出来たので、名前ぐらい訊いてみることにした。
「あんた…名前は?」
「ああ、私は星野花音。XenoArtsのゼノロボ組のリーダーを務めてるの」
見た目だけで判断すると、僕と同じぐらいの年齢だ。この年でリーダーを任されるなら凄い奴なんだろう。
「色々訊きたいことはあるだろうけど…こっちも急いでるんだ。とりあえず私と一緒に来てほしい。そして、ゼノンについて知ってもらう必要がある」
「…ここはどこなんだ」
花音は椅子から立ち上がり、仁王立ちになって言った。
「ここはXenoArts。ゼノンの力を正義の為に使う、巨大組織。あなたのように、ゼノンの力を間違って使う者たちと戦うための組織よ。今からこの世界の秘密を教えてあげるわ。さ、早く立って。行くよ」
花音は扉を開け、さっさと出て行った。ここは付いていくのが吉だろう。
僕は腕が縛られたまま立ち上がり、部屋を出た。
そこには、黒と青の壁に囲まれた、だだっ広い場所が確かに存在していた。
今回は主人公の少し過去のお話しでした。
次回こそXenoArts内部に突入します。