第10話 手に入れたモノ、失ったモノ
気付いたら朝になっていた。また風呂に入り逃してしまった。とりあえず湯船にお湯を張った。それまでにゲームでもやって遊ぶか。僕はゲーム機の電源を点けようとする。すると、玄関のチャイムが鳴る。ドアを開けると、誠一がいた。
「何だ、また会議か」
「いや、確かに今まさに会議が始まる所なんだが…お前は呼ばれてないようだぞ」
「そ、そうなのか…」
まあ当然だろう。昨日あんな言い争いをしたんだ。当然だろう。暫くは作戦メンバーに入れさせて貰えないだろう。別に構いやしない。あんな頭の固い奴はこりごりだ。
「何があったのかは知らねぇが…まぁ…花音はああいう性格なんだ。ちょっと頭が固いだけだ。だから…な」
「まあ…僕は怒ってない。でも、あいつは…」
「そんなに引きずり続ける奴じゃないさ…多分」
「そうか…僕、ちょっと会議を盗み聞きしてくる」
「どういうつもりだよ…おい、紫苑!…行っちまった…」
今度の事件は僕が解決してみせるさ。そして、見直させてやる。一体今回はどんな能力者なんだ?ロビーに下り、隠れて会議の様子を覗く。花音が何か喋っている。精神感応で聞くか。
ー今回の能力者は駿足…しかも陸上選手が持っている。厄介なことになりそう…ー
駿足…速く走る能力か何かだろう。陸上選手だったら調べれば特定出来るだろう。早速部屋に戻り、ネットを開く。
「何調べてんだ?」
「最近好記録を出した陸上選手…そいつが駿足の能力者に違いない…」
僕は空中に展開された電子キーボードを叩き鳴らす。そして…見つけた。
『驚異の100m競争、8.5秒!期待の新人選手、前田京也!』
これだ。これに違いない。しかし…どこかで見たことある顔だ。そうか、こいつ、中学生の頃の同級生だ。友達の少なかった僕に話しかけてくれた数少ない男だ。昔から陸上部に入っていたが、速さで言ったら中途半端だった。はっきり言って僕と同じぐらいだ。きっと、こいつがやったんだ。スパイクの色も黒に青のライン。違いない。
「誠一。ちょっと行ってくる」
「行ってくるって…どこに」
「前田京也のいる所に」
「勝手に瞬間移動するのはまずいんじゃないのか?」
「…ふん。あいつの言う事なんか聞くかよ…じゃあな」
僕は自分胸を掴み、体を光に包み込む。そして、消えた。
「あ~あ、やっちまった~。後でどうなっても知らねぇぞ…」
空中陸上競技場。その名の通り、空に浮いている陸上競技場だ。太平洋のど真ん中の真上に位置している。本来は飛行機か何かで行かなくちゃいけないが、僕の瞬間移動さえあれば余裕だ。なるべく目立たない場所に着地した。ネットでは今日、京也は空中陸上競技場で試合と書かれていた。今日も新記録を期待されている。あいつをとッ捕まえて事情を話してもらおう。京也はどこにいる。そこら辺にいる選手に精神感応で…
ーああ…今日は前田と走らなきゃいけねぇ…絶対一位なんか取れねぇよ…ー
当然だ。ゼノンの力がある奴に敵うわけが無い。どうやらこいつは知らないようだ。別の人を調べよう。
ー前田は相変わらずすげぇな…アップなのにぶっ飛ばしてやがるー
そうか。今はトラックにいるのか。しかし、流石にトラックに入り込むのは気が引ける。あいつが休むまで待つか。
約10分後。ずっと施設内で待っていると、そこに京也がやって来た。そして、控室に入っていった。鍵をかけたらしいが、無駄だ。僕は瞬間移動で控室に突入した。
「うわぁぁぁあああ!」
突然現れた僕に京也は腰を抜かして叫んだ。まあ当然の反応だ。そして、暫く唖然としていた京也だったが、僕の顔をまじまじと見ていると、立ち上がって言った。
「お、お前。紫苑か?日向紫苑じゃないか?」
「ふっ、覚えてたのか。僕なんか忘れられてるもんかと思ってたが。お前は世界の有名人だもんな」
皮肉を込めて言ったつもりだが、通じていないようだ。ゼノンの力で勝てているってのに。京也は黒と青のラインの入った特徴的なスパイクの手入れを始めた。なんだ、瞬間移動してきたというのにあまり驚いてない。
「それで、何で俺の所に来たんだよ。三年ぐらい会ってなかったのに」
「そうだな。三年会ってないから会いに来たんだよ」
「へっ、豪い饒舌になったもんだな。中学生の頃は全然喋らなかったのにな」
「まあ…そうだな」
そういえば、自分でもよく喋るようになった気がする。これもあいつらとの出会いのせいだろうか。
「俺、てっきり紫苑も高校上がるのかと思ってたのに、まさか行かないとはな…楽しみにしてたのに」
「学校なんてかったるいからな。義務教育なんか無くなったから、小学校だって行くかどうかだったのに…親が無理矢理行かせたんだ。二年前に親がいなくなったから行かなかった」
「親がいなくなった…か…複雑な事情でもあったんだろうな」
京也が同情の目を向ける。やめろ、そんな目をするな。たった三年間しか一緒にいなかった奴に…今ではほとんど赤の他人の奴に何故、同情されねばならない。
「で、京也は何で陸上選手になったんだ?たった二年であの程度の速さから世界記録樹立なんてさ…」
「それは…努力の成果さ。俺は人一倍努力してきた」
京也は俯く。僕に嘘を付いたって無駄だ。僕には精神感応がある。僕は耳に手を当てる。
ー俺はちゃんと練習してきた。そうだ。俺は人一倍…ー
何?心が…読めない?こいつはもしかして…ゼノンを本当に持っていないのか?僕の勘違いだったというのか…だったら、はっきり訊くしかない。
「なぁ…お前、ドーピングしてるだろ」
「あ…な…?何言ってんだよ。俺がドーピングなんか!」
京也が立ち上がって怒鳴る。その怒り方は尋常じゃない。今だ、今、精神感応で聞けば…
ーな、何故ばれているんだ…こいつ…放っておいたらまずい…ー
ふん、あっさり漏らしたな。しかし、放っておいたらまずいって…やばいんじゃないのか…京也は突然力を溜めだす。すると、京也の全身が青く光り、僕に向けて突進してきた。速い。速すぎる。瞬間移動しようと、胸を掴もうとするが、それすら間に合わない。気付いたら、ショルダータックルを決められていた。
「ってぇぇぇぇぇえええええ!」
僕は吹っ飛ばされ、ドアに激突する。京也は僕を見下す。このままじゃ殺される。はっきり言って前の衝撃波よりも痛い。京也はまたタックルしようと構える。やられてたまるか。僕は観念動力で、京也の体を押さえる。
「な、何故動けない!」
「実は僕もドーピング…いや、ゼノンの持ち主なんだ。僕ならお前のことも分かる気がする。だから、話してくれ」
京也は観念すると、構えを解いた。そして、座り込んでしまった。僕も隣に座る。
「まさか…紫苑も力を使えるなんてな…そう、俺はドーピングをしてる。貰ったんだよ。男に」
俺は高校でも陸上を続けた。俺は確かに人一倍努力していた。勉強は嫌いだったが、陸上は好きだった。朝は走り、夜も走り、学校でも部活は勿論、暇な時があれば走っていた。でも、結果は出なかった。決して遅い方では無かった。無かったのだが…大会でも8人中4人とかが多く、決して1位にはなれなかった。悔しかった。大して努力してない奴が1位になり、死にもの狂いで努力する俺が1位を取れない。あんまりだ。こんな世界、おかしいだろ。
そんな時、家にスーツの男がやってきた。『速く走れるようになる薬』と言われて、青い液体を売ってきた。ドーピングだって分かっていた。こんなもの使ったら俺の陸上生活は終わる。でも、ばれなければ…ばれなければ。俺は買った。同時にスパイクも貰った。俺はそれを飲む。軽く吐き気がしたが、すぐ治った。力が湧いてくる気がする。俺は試しに外で走ってみた。それはもう、爽快だった。さっきまでは無理だったスピードが容易に出せた。それどころか、本気を出すと、100mを1秒で走ることも出来た。だが、流石にその速さはまずい。
最初は徐々にスピードを上げていった。一気に上げると怪しまれるだろうから。いつしか、俺は部活ではトップの速さに、市でも一位、県でも一位、地方でも一位、国でも一位…そして、俺は世界でも一位を取ってしまった。完全無名の俺が、いつの間にか有名人になっていた。ドーピングのおかげで。不思議と検査でも引っかからなかったから良かったのだが、自分が怖かった。いつの間にか練習を辞め、大会だけで結果を出し始めた自分が。もう前の俺はいなかった。速くドーピングが切れればいいのに…そう思った。でも、世界で一位ってのは気持ちいい。それに、切れてしまったら今度こそ俺の人生は終わる。
「怖かったんだよ…辛かったんだよ…」
京也は涙を流し始めた。てっきり、ゼノンの力をいいものと思っているのかと思っていた。しかし、こいつは苦しんでいた。ゼノンと言う存在のせいで。
あの盗撮魔のように、ゼノンを悪用する者もいれば、あの教師のように、ゼノンを使って周りを良くしようとする者もいる。そして、京也のように、ゼノンを持って苦しむ者もいる。
俺はますます分からなくなってしまった。ゼノンと言う物の存在が。ゼノンは確かに生活を良くする物もある。でも、攻撃にだって使える。発火、衝撃波、借力のように攻撃に使える物もある。使い様によれば人を不幸にするものだ。そして、一見素晴らしい能力の筈が、人を苦しませる物もある。
ゼノンが世界を変えていっている。ごくわずかの人しか知らないゼノンが、徐々に、確実に世界を歪ませている。XenoArtsとXenoLordとの争いの間に、一体何が生まれるというのか。分からなかった。
「苦しいか。だったら、僕と一緒に来てくれ。お前のゼノンの力、そしてゼノンに関する記憶を消すことが出来る」
「ほ、本当か?それは。頼む、消してくれ。俺は…俺は元の自分に戻りたいんだ…」
「分かった。じゃあ、行こう」
僕は京也の手を掴み、そして瞬間移動した。そう。これで良かったんだ。きっと…
控室の扉の前。花音は腕組みして立っていた。そして、目を閉じた。花音も本当は何も分かってはいなかった。
「考える余地がありそうね」
そう呟き、花音は競技場を後にした。そして、大会が始まった。
まず、健介の部屋へ向かった。京也のゼノンを消すためだ。チャイムを鳴らすと、健介が出てきた。
「あ、健介さん。あの…こいつのゼノンの力を消してやってくれないか」
いきなりのことだったが、健介は表情一つ変えず、京也の胸に手を当てた。数秒後、手を離す。
「能力は、消した」
「ああ…ありがとう」
それだけ言って、健介はドアを閉めた。相変わらず読めない奴だ。続いて、麻耶の部屋に行った。チャイムを鳴らす。麻耶は少し驚いた顔をしたが、僕らを部屋に招き入れてくれた。麻耶は僕と京也にお茶を入れて、渡した。
「それで?何の用かな?」
「こいつの…ゼノンに関する記憶を消してやってほしい」
「まあ、いいけど…もしかして、紫苑くん。花音ちゃんには秘密にしてるの?」
「え…ああ…まあ」
僕は曖昧に返事した。心を読まれてるかのようだ。
「花音ちゃんと喧嘩したんだって?」
「…ああ」
「花音ちゃん、あれで頑固だからね…自分から謝る娘じゃないわ。紫苑くんから謝ったらいいんじゃない?」
「これは…謝る謝らないの問題じゃないんだ…もっとこう…根本的な何かが間違ってる…ような…」
「ふふ、そういう難しいこと、考えないの。今は何も分からなくて、いいの」
麻耶は軽く笑みを浮かべ、京也の額に手を当てた。なんだ…この女は。こいつは何か知ってるんだな…ならば一体何を知っている…もう味方すら信用出来なくなっているのか…僕は。
「はい、終わったよ」
「ああ…どうも…」
僕はそれだけ言って、京也と外を出た。そして、ドアを閉める。分からない奴だ。
「…とうとう紫苑くんも…ゼノンの存在に疑問を抱くようになったのね…」
目が虚ろになった京也。記憶を消されて混乱しているのだろう。速く競技場に帰してやろう。きっとこいつは記録を出せない。でも、それも京也のためだ。こいつ自身も望んでいたことだ。僕は正しいことをやったんだ。そう自分に言い聞かせ、競技場に瞬間移動した。京也を控室に寝かせると、自分だけXenoArtsに瞬間移動した。
ロビー。今日は何故か凄く疲れた。特に大したことはしていない筈なのに。頭を少し使いすぎた。普段使わない部分を大量に使ったようで…頭が痛くなってきた。頭を押さえていると、足音が聞こえた。
「勝手な事、やってくれたね」
花音だった。腕を組み、仁王立ちをしている。僕は花音を睨みつけた。向こうも睨み返してくる。これは厄介な事になりそうだ。