プロローグ
「はあ、、、憂鬱だ。」
闘技場へ向かう足取りが、主人の意思通りにどんどん重くなる。
「なに言ってんだよ、《一文字》持ち様がよー。」
だから嫌なんだ、と言おうと思ったが、マイペースのロントが聞く耳を持つとは思えない。
「お前だって《四文字》だろ?フォースなら都市大会じゃいいとこのシードに置かれてんじゃないのか?」
「まあ俺様には丁度いいな。」
ここでもマイペースを発揮するか。
「つか、お前ほどじゃないし。色んな意味で。」
続けて奴が発した言葉は、完全に俺をからかっていた。だが、奴の言うことも納得だ。俺だって、まあまあのシードくらいなら、多少視線が気になるくらいだから許そう。だが、俺は第1シードだ。しかもまだ実力が分からない状態でだ。いくら今までの歴史による不文律があるとはいえ、俺のタイトルに限ってそうはいかないだろう。第一、俺はロントのように…
「何ぼーっとしてんの?着いたぞ。もしやタイトル様この行列の中から強敵を探してた?
抜け目ないですなー」
何訳のわかんないこと言ってんだ、と思いつつも俺は周りに視線を向ける。俺のように衣服なんかでタイトルが隠れている者も多いが、いく人かは、手の甲や首、ふくらはぎに刻まれていたり、《五文字以下》でわざと見せているのがいる、俺の隣を含めて。
「さすがに一文字持ちはいない…か。」
「いる訳ないっしょ。お前がここにいるのがそもそもおかしいんだし。お前を見つけるまでてっきり俺はこの都市で一番だと思ってたのになー」
ロントの文字数を見て、さらにこの会話を盗み聞きしていたのであろう奴らの視線が俺に集まる。
「まあ2万分の1だもんな。普通はそう思うよ。俺は強くてもそんな逸材じゃねえからな。」
俺は真っ赤な嘘をついた。というか真逆だ。俺はおそらくかなり弱いが、一文字だから相当な逸材となってしまっている。だが、この言葉で単なる腕っ節の強さと誤解してさっきまでの視線が逸れたのでよしとする。
「何言って…」
ロントが言い切る前に言葉を遮る。
「あいつ、三文字じゃないか?」
「うへー、あんな美人さんが。」
全く興味はなかったが、ロントが馬鹿でよかった。だが、百万都市ル・ベネードとは言えど、15~25歳までが集まるアンダーの大会では集まっても20万を超えないだろう。だとしたら、確率から言えば三文字は2人が精々だ。アンダーの大会は25歳までの間に、1度は出なければならい、と国法で定められてはいるものの、好き好んで出てる奴は少ないだろう。それこそ、ショートの自己顕示欲の強い奴らか、十文字や九文字が少しでも高い地位を得るために何度も挑戦するくらいのものだ。まあ、ラストやブービーだけで人口の95%以上いるのが問題なんだが。
「そういえば、お前なんで今まで出なかったの?お前の性格からして、毎回出そうなもんだけど」
俺はロントの性格を分かっているつもりだから、その点がかなり気がかりだった。
「いやー、もしお前のいない大会で優勝したとしても、勝った気になれないじゃん?まあ、既に三文字がいたから優勝はないんだけどさ。」
確かにロントの考えそうなことで納得した。
「優勝できないかは分かんねえよ。お前、俺の弱さ知ってるだろ?ショートの不文律なんかあってないようなもんだって」
「それはまだお前が能力使いこなしてからだろうよ。一文字ってのは抽象的になることが多いから、その分習得も遅くなるって聞いたぞ。」
「そんなこと言ったら北のサイル王国の双子の王子様達はどうなんだ。まだ10歳だぞ。」
「あの双子は確かにやべえな」
いや、そんなこと聞いてんじゃないぞ、と思ったが、確かにあの二人は恐ろしい。俺のタイトルは抽象的で弱そうなものだが、彼らのものは抽象的で強いもの、いや強弱の概念を超えている。
-こちらの用紙に記入をお願いします-
長話をしているうちに、自分達がエントリーシートを記入する番になった。エントリーシートには氏名・年齢とタイトル記入欄の3つとかなりシンプルになっている。うん十万人を相手にするのだから、住所やタイトルの詳細なんか上位に入ってから調べればよいというスタイルなのだろう。同じ字のタイトルを持つものもいないから、他国のスパイのようなものならタイトルを調べるだけですぐに分かる。少し大雑把ではあるが、合理的だ。
エントリーシートをセルフで記入したら、次にタイトルの確認だ。記入されたものと体に刻まれたタイトルが合っているか、テア神殿の神官が確認をする。先ほどのエントリーシートが合理的であるのは、この神官達のおかげと言っていい。もし神官がスパイなどをしていればこのエントリーの方法は崩壊する。しかし、この神官達に限ってそれはない。買収などはもちろんされないし、恐喝なども通じない。なぜなら、神官になるにはショートが条件であり、ショートであれば、まず間違いなく金には困らず、またその強さ故に恐喝などもない。家族などを人質に取られたらと心配するかもしれないが、神官になるには、今までの記憶の消去も求められているから、その可能性もない。一番可能性がありそうな恐喝でさえ、五文字ですら4000分の1の逸材であるし、ゴデル神官の『分身』がどの大会にもいるから、二文字の神官をこともなく倒すほどでなければならない。二文字も一文字には負けるが、倒せると言っても二文字と一文字が衝突すれば、「こともなく」というのには無理があるだろう。よって合理性が保たれ続けている。
「一文字ですか」
ファーストという言葉は、一文字持ちの公的な呼び方だ。実際、タイトルというのは刻字そのもののことであり、何文字でも関係ない。いつからか、タイトルのなかのタイトルということで、一文字がタイトルと呼ばれて広まり、今は大衆のなかでタイトルと呼ばない方が珍しくなってしまったというわけだ。
「では、確認を取らせていただきたいのですが…」
後ろのどよめきを気にしない風を装っているが、神官も少し緊張気味だった。
この状況で緊張しないのは、順番を逆にすればよかった、とがっくりしている後ろの四文字くらいのものだ。
「刻字はどこに?」
「背中です」そう言って俺は服を脱いだ。背中に集まる視線に、先に後ろを向いてから服を脱げばよかったと後悔した。
「確かに。『凡』の字を確認しました。」
さっさと服を着てこの場から離れようとする自分を、ある声が止めた。
「君は、自分が弱いと思っているかい?」
先ほどとは明らかに違うゆったりとした老人風の口調が、さっきのまだ若い神官から発せられていた。
「はい」
咄嗟に答えていた。図星を指される時の返答とはこのように素直になるのだろうか。言った後の周りの嫉妬の視線で後悔した。一文字だから強いと思っているのだろう。
「そうか。なら、君は強くなる。」
先ほどと同じ老人調で神官が頷いた。なんのことか分からないが、闘技大会を頑張れということなんだろうと解釈し、軽く会釈をしてその場から離れた。