迷い
課長と皿池の仲は、企画部内でもかなり話題になっていた。本人たちは気づいてなかったみたいだけどね。そりゃ、あれだけ仲良かったり落ち込んだりしてたら、誰でも気づくだろ。それでなくとも、2人はムードメーカーのようなところがあるから、部内の士気はあの2人に委ねられているといっても過言ではないと思う。
吉川課長は穏やかで面白くて仕事ができる。男の俺から見ても尊敬に値する人だ。
だから、このまま皿池が課長とうまくいけばいいな…って、あの時までは本気で思っていたんだ。
ある朝、出社するとなんだか空気がおかしかった。
皿池は課長になんとなく冷たくて、課長もちょっと遠慮してる感じ。明らかに、2人の間に「何か」が起こったんだと…俺は確信した。
「なあ、課長となんかあった?」
俺は意を決して、その日の昼休みに直接聞き出すことにした。見守る会の沖田も誘って、屋上で話すことに。
「え?べつに何もないよ。…なんで?」
「だって、なんか2人とも元気ないし、今朝だって課長、お前に何か言いたそうだったじゃん」
「そうかな?気づかなかったけど」
皿池は少し視線を落とす。
伏目がちな表情がまた可愛いんだけど…、俺は男としての感情を必死に押し殺そうとした。
「えっ、なになに?凛と企画部の課長、いい仲なの!?」
あ、そうだ。沖田に課長のこと話してなかった。
ていうか、皿池が自分から話してないってことは、課長はそれほど本命でもないってことなのか?
「俺ら同期なんだしさ、べつに言いふらしたりしないし大丈夫だよ。ほんとに何かあるなら味方になるし!」
これは、心の底からの言葉だった。彼女がいるのに皿池を好きになってしまった罪悪感や、好きだからこそ本当に幸せになってほしいって気持ちが溢れた結果。
「そうだよ!いつでも相談のるよ?」
沖田も心配しているのは本当なようで、人柄の良さがにじみ出ているような声色だった。
「2人ともありがとう…。……あのね…、」
皿池の話によると、2人は最近つきあいはじめた(やっぱりな)が、ある日課長の家で待っていると、泥酔した課長と森山さんが一緒に帰ってきたらしい。そして、森山さんは課長と自分の2ショット写真を皿池に見せつけ、「ずっとまえからつきあっている」と言った…。
なんだよ、それ。そんな男だったのかよ。
俺は本気で頭にきてしまった。尊敬して、信じていた上司が…皿池を傷つけるようなことをするなんて。
「ほんっと、許せねえな。ちょーっと仕事が出来て顔が良いからって、部下の気持ちを踏みにじるなんて…。人として最悪だよ。もうこのまま別れた方がいいって」
俺は手に持っていたココアの缶をぐしゃっと潰した。スチール缶だからかなり力を発散できたけど、それでも怒りは収まらない。
俯いた皿池の顔を、沖田が横からぐいっと覗き込む。
「凛…。もしかして、まだ吉川課長のこと好きなの?」
「……そんなすぐ嫌いになれたら、悩まないよ。本気で好きになったんだし」
ずっと、課長と皿池を応援する気でいた俺の心には、迷いが生じていた。
1つは、課長だけが男じゃないよと言って他に目を向けさせること。そしてもう1つは、…やっぱり、俺自身の手でこいつを幸せにしてやるべきじゃないのかということ…。