守ってあげたい
「俺と、別れてくれないかな」
大学時代から3年つきあってた彼女には、俺から別れを切り出した。
俺が就職してからは、モデルの彼女とは生活リズムも合わなくて、徐々に会う回数も減っていた。きっとあのまま続けてても、自然消滅してしまっていただろう。
「…どうして、急に…。会社で好きな子でもできたの?」
「…ごめん」
いつも強気な彼女が、そのときばかりはか細い声をしていた。そんな彼女に俺は…、ただ謝ることしかできなかった。
わかった、とぽつりと呟いて去っていく彼女を、真っ白な頭のまま見つめていた。
勝手な男だと思う。どうしようもない男だとも思う。
けれど、この気持ちを隠したまま彼女とつきあい続けるなんて…、俺にはできなかった。
彼女はその後、俺とのことを吹っ切るように仕事に励み、有名誌の表紙を飾るほどのモデルに成長した。「失恋したら綺麗になる」なんてよく言うけど、案外本当なのかもしれない。
彼女と別れはしても、すぐに皿池に迫るようなことはできなかったし、したくなかった。
やり方を間違えれば、きっと元の関係には戻れないだろう。俺には皿池を自分のものにできないことよりも、そのことのほうが怖かったんだ。
長野とデキてないってことは、皿池と1番仲のいい沖田から聞いて判明した。皿池はあんまり意識してないけど、長野のほうは食事に誘ったり、かなりぐいぐい来ているらしい。
「えっ、2人で飯行ったの?」
「いや、結局行かなかったって聞いたけど…。凛のことだから、たぶんはっきりとは断れないと思うんだよね。またそのうち誘われるんじゃないかなあ。長野くんっておっとりしてるのに、けっこう強引なとこあるみたいだし」
そうか…。長野は侮れないな。
たしかに皿池なら、行きたくなかったとしても『ちょっと予定が合わなくて』とか、あやふやに断ってそう。
「でも阪本くん、なんで急にそんなこと聞くの?」
考え込んでいたら、沖田が俺の顔を覗き込んでくる。
「えっ、あ、それは…、他のやつに、皿池のこと気になるから探りいれてくれって頼まれてさ…」
まあ、事実ではあるけどな。たとえ友人の沖田であっても、俺のこの気持ちを明かすことははばかられた。
「そうなの!?やっぱ凛ってすごい人気だよねー。あたしも営業部の先輩とかにかなり聞かれるもん」
「それって、長野にも…?」
「うん。自分で本人に聞いたら?って言ってからは全くなくなったけどね」
「…おまえ、強いな」
それから程なくして、俺と沖田は『皿池凛を見守る会』をこっそり結成して、皿池本人を交えて3人で仲良くなっていった。いつか本物のいい男が現れるまで、悪い男から皿池を守ろうという趣旨。会員は2人だけど。
俺のことを好きになってくれなくてもいい。でも、皿池を傷つけるような男には渡したくない。おせっかいかもしれないけど、俺にはただそれだけだった。
そして、その『いい男』は、意外にも早くに姿を現すのだった…。