白衣と眼鏡の私の先生
饕餮サマ主催『大人の制服萌え企画』参加作品です。
理工学部の、化学的な学科だと思ってください。薬品などで実験したりする。
あまり詳しくありませんのでそのあたりは軽くスルーしてやってください。
正門から入ればよかったんだと思う。
正門から入れば学舎まで一直線だから迷子になんてならなかったんだ。
ちょっと好奇心で「お、こんなところに門がある」って入ってみたのが運のつき。そこは私の学舎ではないところに出たのだった。
「う~。大学って無駄に広いのね……。ああ、これは図書館よね。つか、理工学部はどっちよ」
一人ごちながらとりあえず図書館目指して歩いて行く。図書館はキャンパスの中心にあるから、あそこまで行けば何とかなると思って。でも早くしないと授業に遅れそう。今日の一限は初めての科目だから、いきなり遅刻はまずいのよ。
足早に図書館の方へ向かっていると、
「理工学部? ここは法文学舎だから全然違うよ? 理工学部はあっち」
という声が後ろから聞こえてきた。
うわー恥ずかしい。独り言聞かれてたうえにキャンパス内で迷子になってるのもばれちゃってる。
でも理工学部の場所は知りたい。
パッと振り返ると、そこにはボサボサ頭に何の変哲もない黒縁メガネをかけたお兄さんが立っていた。
「あ、ごめんね怪しい者ではないから。後ろを歩いてたら独り言が聞こえちゃってつい。で、理工学部はあっちね。君は新入生?」
不審者と思われてはいけないと思ったのか、言い訳しながら、お兄さんは鼻の頭を指でポリポリかき微笑んでいた。
「はい! ありがとうございました!!」
とにかく授業が始まっちゃうから焦っていた私は、大急ぎでお兄さんに頭を下げてから、理工学舎の方へと急いだ。
なんとかギリギリ教室に滑り込むと、友達の葵ちゃんが「こっちこっち」と手招きしているのが見えた。
「ギリセーフ!」
「麻衣子、遅かったね」
葵ちゃんが席取り用に置いていた自分の荷物をのけてくれたので、ありがたくそこに座り込む。
「ちょっと入る門を間違えたら迷子になっちゃったの。ホント大学って広いね~」
「そりゃ高校とは違うよ。ここは総合大学だから学生数もすごいし、学部だってたくさんあるんだから」
「だね~。ちゃんとキャンパス内を把握してから冒険しよう。とにかく当分正門以外は使わぬ!」
そんなことを話していると一限目の先生が教室に入ってきたので、おしゃべりはそこで中断した。
授業が終わり、次の授業の教室へと移動しようと教室を出たところで、
「無事教室に辿り着けたようでよかったね」
と、先生に声を掛けられた。
「え?」
びっくりしてピタッと動きを止めた私。
この人はさっきの授業の先生で、さっき初めて会った人。たしかこの学部の助教だったと思う。それに、教室の目立たないところに座ってた私なんて、出欠とる時くらいしかまともに見てないはず。
なのになんで、私が迷子になってたこと知ってるの? お兄さんに場所を教えてもらってからダッシュで学舎に向かってるところを見られてたのかな?
背は……ふつうかな。長めの髪をきっちりとまとめて黒縁メガネも凛々しい先生。白衣が素敵です。はて。こんな人とすれ違ったかな?
キョトンと先生を見ていると、
「ああ、髪をまとめて、白衣を着てるからわからなかった?」
と言って、先生は自分の黒縁メガネを指差した。
黒縁メガネ? 私はまじまじと先生の顔を見て……。ハッと気が付いた。
「ああっ!! さっきの?!」
「はい」
さっきまでのもっさりとした髪型がきちんと後ろで結ばれていて、服も、今は白衣を着ているからわからなかったけど、黒縁メガネの向こうの優しそうな微笑みは、あのお兄さんだ!
言われて初めて気付いた。
「先ほどはありがとうございました。あれから無事辿り着けました」
さっきは慌てていてちゃんとできなかったので、今度は深々と頭を下げてお礼を言った。
「間に合ってよかったね。出欠をとるときに君の顔を見つけてびっくりしたよ」
「あはは~!」
「もう迷子にならないようにね」
「きゃ~~~!!」
この歳になって、しかもキャンパス内で迷子になったというのを改めて言われると恥ずかしい。私がワタワタしていると、
「迷子?」
先生と私の話を黙って聞いていた葵ちゃんが、話が見えなくて怪訝な顔をしていた。
「ははは。じゃあね」
先生はまた優しく笑うと軽く手を振り、白衣を翻して反対側の廊下に消えて行った。
「先生! 先生!」
「ああ、迷子ちゃんですか。なんでしょう?」
「迷子じゃありません、麻衣子です!! 椎本麻衣子! って、今日の授業の質問をですね」
「ああ、はいはい。椎本さん、今は実験中ですから、君も白衣を着てくださいね。薬品が飛んで服にシミを作っては大変です」
「はーい」
先生――賢木助教の授業はなかなか難しい。わからないところをそのままにしておくのが嫌な性分なので、わからないところはちゃんと先生に質問に行く。するとやっぱり先生は優しい人で、どんなに忙しい時でも時間を作って丁寧に答えてくれる。それに甘えてしょっちゅう質問に行ってるうちに、私と先生はだんだん仲良くなっていった。
先生は院を出たあと、そのまま学校に残って研究を続けているそうだ。講師として週に一コマ授業をしている。それ以外の時間は自分の研究室にこもりっきり。
学校ではきちんとしてるけど、仕事が終わると髪も解いちゃって、もっさり頭で家に帰って行く。髪にくくり癖がついてても平気。そこも先生らしいかな。
「先生はあの日、私よりも先に学舎に着いてましたよね? じゃないと授業の用意できないし。髪も結べないし、白衣も着れない」
ずっと疑問に思ってたことを先生に聞くと、
「ああ、僕は近道を知ってますからね。迷子ちゃんに教えてあげようと思ったんだけど、君は急いで行っちゃったから」
思い出してかクスクス笑われた。きっと私の半べそかいて引きつった顔でも思い出してるんだろう。くやしい……。
「ああ~っ! 何を思い出し笑いしてんですか! もうキャンパスにはずいぶん慣れましたから、今度その道教えてくださいね!」
「はいはい」
先生はおかしそうに笑って、でもちゃんと約束してくれた。
しょっちゅう先生の研究室に行っては質問したり、おしゃべりしたりしている私。
「今日はね、先生とコーヒー飲んだの~! きゃはー!」
「麻衣子、質問に行ったんだよね?」
「質問もした! で、その後小腹が減ったねって先生が言って、コーヒー淹れてくれたの!」
「よかったね~」
「先生ってばね、困った時は鼻の頭をポリポリってかくんだよ~」
「ふ~ん、そうなんだ~」
「先生、白衣は自分で洗濯してアイロンあてる派なんだって~」
「そんな派閥あるんだ」
「昨日先生が鉛筆落としたまま気付かなくてね、渡しそびれたのがこれ。で、消しゴムが……」
「そこで止まろう! そして今すぐ返して来よう!」
「先生ね~」
「麻衣子……、毎日先生の話してるから、私まで先生通になりそうだよ」
「だめよ! 先生の素敵なところは私だけが知ってたらいいの!」
「……いや、私も知りたくて聞いてんじゃないからね。でも賢木先生、もっさりとした地味な人だと思うんだけど? まあ、よく見たら綺麗な顔はしてるけどさ」
「そうなんだよ~。でもわかってないなぁ。葵ちゃんは~!!」
そう。葵ちゃんの言うとおり、先生は地味なイメージの人だけど、実は綺麗な顔をしている。いつも白衣を着ていてその下は適当なものを着てるとか、髪がもっさりしてるとか、そういうのでかき消されちゃってるのだ。
でもいいの。私だけが先生のいいところを知ってたら。
今日もわからないところがでたので質問に行くと、ちょうど手が離せないとかで「ちょっと待っててください」って言われたから、自分と先生の分のコーヒーを淹れて待っていた。
斜め後ろからだけど、その整った横顔に見入ってしまう。
レポートか何かを書いてるのか、その真剣な目と、口に拳を当てて「んー」と小さな声で唸ってるのをみると、何かとっても難しいことを考えてるのだろうな。じっと見ていると、先生はその視線に気付いて鼻の頭をポリポリかいていた。それは先生の照れて困ったときによくやる癖だ。ガン見して困らせちゃったねごめんなさい。
「ごめんなさい。気を散らせてしまいました」
「あ~いいよいいよ。ちょっと煮詰まってきたところだから、ちょうどよかった。コーヒー淹れてくれたんだ、ありがとう」
そう言って一旦作業を止めて、私のところにやってきた。
「ん、迷子ちゃん白衣は?」
「麻衣子です! 今日は白衣が要る授業がないから忘れてきました」
「僕を待っている間も白衣は着ておいてください。周りで学生たちが実験してるでしょう」
そう言って先生は、後ろの実験台を示す。そこでは四人の学生(先輩)が、今も薬品やビーカー片手に実験をしている最中だった。
先生の研究室では、先生について勉強している先輩たちが、いつも何かしら実験をやっている(先生もよくやってるけど)。だからこの研究室で白衣は必需品なんだけど、今日は白衣を着る授業がなかったのですっかり忘れてきてしまった。
忘れたものは仕方ない。服が汚れてもいいやと開き直った時。
「これを着ておいてください。ちゃんと洗濯したてのやつですから」
ふわり、と先生の白衣が私を包んだ。
ほのかに香るフレグランスは、先生からいつも漂うシトラス系の爽やかな香り。
なんだか先生に包まれてるみたいでドキッとした。
先生の白衣を借りてからというもの、何だか前のように無邪気に「先生大好き!」って言えないようになった。好きには変わりないんだけど、もっと切ない何かに変わったという感じ。
質問も、前ほど行かなくなった。というか、行けなくなった。行ってもドキドキしてしまって上手く聞けなかったりするから。
「もうそれは恋だね。恋。でも先生だし十歳も上だし、もっさりしてるよ?」
「う~、先生だとか歳の差とかは全然大丈夫。それにもっさりしてない! 私には充分ステキなの!」
葵ちゃんに言われなくてもわかってる。
私は生徒でお子ちゃまで、先生にも「よく質問に来る、熱心な一生徒の迷子ちゃん」としか思ってもらえてないことを。
カフェテリアでランチの鶏唐丼片手に項垂れていると、葵ちゃんが「よしよし」と言って慰めてくれた。
午後の授業のためにカフェテリアを出て学舎に戻る。
理工学部は大半が男の人で、女の子はクラスに数人しかいない。だから学舎の周りも自然と男の人だらけ。ちなみに最初に迷子になった法文は女の子の比率が高くて華やかだ。
「おぉ……こんな時代にケミカルウォッシュのジーンズなんて売ってるんだ……」
「いやいや、あれはお手製なんだよきっと」
「あっちからくる袖なしジージャンにホットパンツの人、あれ、基礎研の先輩じゃない?」
「わー。他人のフリしよう」
ちょっと怪しいファッションをした人がたくさんいるのも理工学部だったりする。
なんだかんだとおしゃべりしながら教室に向かっていると、向こうから見たことのある白衣の人が、綺麗な女の人と連れ立って歩いてくるのが見えた。理工学部学舎では滅多にお目にかかれない美人さんと、……先生。
「あら。賢木先生えらい美人さんと歩いてるね」
「……」
思わず足を止めた私と先生の目が合った。
先生は驚いた顔で私を見、そのまま隣を見、また私を見て鼻の頭をかいている。
ああ、そういうことか。
「ほら、授業始まっちゃうよ。急ごう」
微妙な空気を察知した葵ちゃんが私の腕をとり、さっさと教室に引っ張っていってくれた。
「先生だっていい歳なんだから、彼女の一人や二人いてもおかしくないって」
「そこは彼女が二人もいたら嫌だよ! まあ、うん……そうだね」
「先生、もっさいけど顔はいいから仕方ないよ」
「もさいは余計だよ葵ちゃん! そうだね、仕方ないね」
「麻衣子はかわいいんだから、他にもいい人すぐでてくるよ!」
「そんなにすぐにはできないよ!」
葵ちゃんに慰められながらなんとかその日は乗りきったものの、午後の授業は全然頭に入って来なかった。
次の日は一限目から先生の授業。でもハートブレイクな私は、昨日の今日で先生の顔を見るのが辛くて、サボることにした。一回くらい大丈夫。一回だけだから、次からはちゃんと出るからと自分に言い訳しながら。
二限目からはちゃんと出席して、五限までみっちり授業を受けた。最後の授業は一限目と同じ教室だったから、ちょっと複雑な気分だったけど。
五限後そのまま残り、葵ちゃんから一限のノートを借りて、今日の分を写させてもらった。バイトがある葵ちゃんとは教室で別れて、せっせと一人ノートを写す。
今日も先生の授業は難しいなぁ。これ、明日葵ちゃんに聞こう。今、先生のところに質問に行く気力ないや。
そう思ったら昼間の先生の姿が目に浮かんできて、鼻の奥ガツンと痛くなってきた。
わぁ……。私、思ったより先生のこと好きだったんだ。結構ショック受けてるわ……。
机に突っ伏し、涙がひくのを待つ。
大丈夫、きっとすぐ立ち直る。……たぶん。
グズグズと鼻を鳴らしていると、
「もうすっかり暗いし冷えてくるよ。こんな時間まで何してるの」
という言葉と、肩に何かがふわりと掛けられた。暖かい。そして……シトラスの香りがする。
驚いて顔を上げたら、先生が鼻の頭をかきながら私の前に立っていた。
「休んでた分の……ノートを写してました……」
目が赤くなってるだろうから、見られたくなくて目は伏せたまま答える。
「うん、今日お休みしてたね。体調悪かった?」
先生がちょっと心配そうに聞いてくるけど、合ってるようで合ってない。
「はい、ちょっと……」
「そっか。まだ泣くほどつらいの?」
私は言葉を濁したのに、先生はしっかり泣いていたことをついてきた。やっぱりばれるよね。目元赤いし鼻声だし。
「はい」
「じゃあ送っていこうか」
「いや、いいです。……彼女さんに悪いですし」
拗ねてるように聞こえたら嫌だけど、お子ちゃまな私にはそんな言い方しかできなかった。
すると。
「あ~やっぱりね。誤解されてるだろうなぁって思った。迷子ちゃんの表情を見てわかったよ」
苦笑いする先生に、
「迷子じゃなくて麻衣子です!! って、これ何回ツッコませるんですか!」
私が自分の顔の状態を一瞬忘れていつもの勢いでツッコむと、
「あ、いつもの顔に戻った」
と言ってホッとしたように笑う先生。う、はめられた!
「……何が嬉しいんですか。もうちょっとで写し終えるんで、終わったらすぐ帰ります。教室も鍵かけときますんで大丈夫です」
先生からまた視線を逸らせて、ノートを写す作業に戻る。
「う~ん、でももう遅いし。なんだったら研究室で写せばいいんじゃない。わからないところも質問できるよ」
「いや、もういいですって……」
「昨日のあの子は彼女じゃないから」
私が言い終える前に先生が被せてきた。え? 彼女じゃないって?
「え?」
「彼女、今アメリカの大学に留学してる僕の同期なんだよ。久しぶりにこっちに帰ってきてるからって、恩師に会いに来たんだ」
「ふ~ん。そうなんですか。なんでそんなこと、私に説明するんです?」
なんで先生は私にそんな話をするんだろう。先生の顔を見たいけど見たくない。私がノートから目を離さず聞くと、
「そりゃあ、麻衣子ちゃんに誤解されたままは嫌だったから、かな」
思いもしなかった言葉が聞こえてきた。
「はい?」
ハッとして顔を上げると、先生がちょっと困った顔で笑ってた。
「うん、やっとこっち見てくれたね。椎本さんにね、誤解されたくなかったからだって言ったの」
「……」
先生の言葉にびっくりしすぎて、今、私、すっごい間抜け面だと思う。
「まあね、いろいろしがらみがあるからはっきりは言えないけどね」
「しがらみ?」
「そ。先生と生徒だとか、十も年下だとか、ね」
「あー……」
「わかってくれた?」
「じゃあ四年待ってくれます? 四年後、私、先生に告りに行きますから!」
「ええ~?! そっち?! 僕が告るんじゃなくて?」
「はいっ! 待っててください!!」
「仕方ないなぁ。はいはい」
先生は優しく私の頭をポンポンと叩いて、にっこり笑った。
お読みくださり、ありがとうございました(*^-^*)
キャンパスは母校をイメージしました。メインのキャンパスに法文(法学部と文学部)、経商(経済学部と商学部)、工学部があり、公道を挟んで社学(社会学部)があるようなところでした。