003 上か下かはジャンケンで
「ママー。翔子さんにふられました」
泣きまねをしながら、グラスを磨いていたママに声をかける。
ママこと和服白塗りオカマの店長・礼子さん――本名は礼司さん。異名は『セメント塗り壁』――が、苦笑した。
「翔子ちゃん、お得意様には優しくして」
「この子に優しくすると、アタシの貞操に危険が出ます」
「え、何、翔子さん、襲ってほしいの? でも、ごめん。さすがに無理。プラトニックでお願いします」
「……プロポーズまでしておいて……」
「心と身体は別物なの」
「微妙に使い方間違ってるわよ。アンタ」
「だって、翔子さんは楽しくて好きだけど、さすがにヤレない」
「言葉選びなさい」
「てか、翔子さんがヤル場合、上? 下?」
下ネタ失礼。
でも、気になるんだから仕方ない。
「人間はね、上だろうが下だろうが、表だろうが裏だろうが、ヤろうと思ったらヤれるのよ。覚えておきなさいな」
「なるほど、勉強になります」
なんて、自分が対象にならないのがわかっているからできる会話。
翔子さんのお好みは、マッチョで少しムサイくらいのお兄さん。
ボディービルダーほどムキムキじゃなく、工事現場で働いてる若手ぐらいがストライクらしい。
ちなみに、着痩せする人はタイプじゃないのだそうだ。
以前、Tシャツからうっすら浮き出る筋肉が好きだと言っていた。
「ねぇ、翔子さん。私、翔子さんが男の人連れ込んでも怒らないよ?」
だから結婚しない? と誘っても、翔子さんは呆れを滲ませるだけ。
「アンタは、自分のダンナが男引き込んでも何とも思わないの?」
「んー……後学のために一回くらいは見学させてほしいかな?」
「論点ずれてるわよ。つか、見たがるな」
「大丈夫。私と翔子さん、男の趣味は違うから、相手に惚れることはない」
「アタシの話も少しは聞きなさい」
「え、聞いてるでしょ? 翔子さんマッチョが好きって言ってたよね? 私、マッチョは好きくない」
「ピンポイントのとこだけ聞いて、肝心の部分を無視してるけどね」
「それもまた、愛ですよ」
「アンタは一回、愛について学び直した方がいいわよ」
「死ぬまで勉強ってやつだね」
「違うから」
べちん、と頭を叩かれ、ついで、目の前に、おつまみの盛り合わせが置かれる。
おすすめメニューの一つだけど、ブルーチーズの苦手な私のために、何も言わないでもブルーチーズが魚のマリネに変わっている。
軽く愛を感じる今日のこの頃である。
(あきれたママがそっと席を外すのが視界のはしに見えた)