002 行き着く先
オカマバー・ジャクリーン。
それが、私の行きつけの店と化したバーの名前だった。
たぶん、ここに連れてきた友人は、一回限りの笑いをとろうとしていたのだろうと思う。
よもや、私がその後、そこの常連になるとは予想だにしていなかったに違いないだろう。
「アンタ、本当に暇なのね。毎夜毎夜」
「翔子さん、それ、お客に対してどうなの」
うん。でも、何の注文もしていないのに、いつも通りジンライムの準備を始める姿には、いっそ愛を感じます。ありがとう。
彼――彼、だ。化粧だってしてるし、スカートだし、オネェ言葉だけど、手術でとったりつけたりはしていないらしい――は、本名を翔と言い、そこに『子』をつけた翔子というのを源氏名にして働いている、生粋のオカマさんである。
翔子さんは、背は男性としては一般的で、横幅は数倍ある。(友達曰く、邪魔なぐらい)
顎の下のお肉を触らせてもらったら、ふわふわしてた。(うっとりしたら、妙なものを見る目で見られた)
お気に入りの服は、黒いレースのワンピース。(締め付けないから楽で、まとめ買いしたんだって)
同業者達――いまだにこれがバーの世界かオカマの世界かは聞けてないけど――では、『化け豚鴉』という異名を持っているらしい。(失礼だと思うけど、あんまり否定できない)
最初は、変わった生き物だな、と思った。
喋ってみたら、考え方が共感できて、親友になれるんじゃとか思った。
最近では、もうこれは恋とか愛とか呼ばれるものじゃないかとすら思えてきた。
「で、また何かあったの?」
「聞いてよ、周りが結婚結婚煩いんだよ。やれ、相手は、だの、子どもいらないの、だの。ほっとけってのよね!」
「周りって親?」
「や、職場」
「なら、放っておきなさい。もしくはカミングアウトしなさい」
「何て?」
「『私は女の人しか愛せないので』って」
「……いや、まあ、綺麗なお姉さんは大好きだけど」
「ここは否定するところよ。おバカ」
だって、むさくるしい男より、綺麗なお姉さんと一緒にいた方がいいに決まってる。
もしくは、邪魔だけど楽しいオカマといた方がいい。
「アンタ、彼氏は?」
「いない」
「モテそうなのにね?」
「私の顔や性格が好きなんて変態とは趣味が合わない」
「……それもどうなのよ」
私を好きだという人とは趣味が合わないから好きになれない。
好きになった人は私を好きにはならないから、恋人にはなれない。
難儀なことである。
「もういっそ、見合いで適当なのを見つけるとか?」
「え、やだ」
「わがままな子ねぇ」
「そんなこと言うなら、翔子さん、私と結婚してよ」
「女に興味ないの」
私の人生で初めてのプロポーズは、マッチョなお兄さん好きのオカマによって、ものの三秒で断られた。
(冷たい言葉は照れ隠しだと、信じたい)