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不定期に音が消える世界だったころの話

作者: なつかぜ。


「それで、音が消えるメカニズムとやらはわかったんですか?」


「全く」


「…」


「…」


[あ、音消えましたね]


[これだからペンと紙が手放せない]




[今日は午後から不定期に音が消えるみたいです]


[そうか、ありがとう]


[音予報は聞いとかないと、ちょっと慌てちゃいますよね]


[俺が若い頃はそんなものなかったぞ]


[嘘]


[マジ]




[それにしても、今日もここに来たのか]


[悪いですか?]


[普通に悪いが]


[そこは見逃してください]


[仕方ないな]


[やったー]




「先生だって、いつもここでサボってるじゃないですか」


「サボってない、時間つぶしだ」


「それをサボってると言うのです」


「せからしか」


「授業がない時はいつもここにいるじゃないですか」


「授業がないからな、別にいいだろう」


「別にいいんですか」


「別にいいだろう」




[なんでも最近はスマホだとかタブレットというものが流行ってると聞いたが]


[これのことですよね]


[それのことだな]


[便利ですよ、なかなか]


[そうかなぁ]


[タブレットとか、嫌なんですか?]


[文字は書いてこそ伝わると思うんだが]


[文字を書けるアプリもありますよ]


[そういうことじゃなくて]






「…」


「…」


「あっ、音戻ってますね」


「ほんとだ。わからんかった」


「本当、なんなんでしょうねこれ」


「本当になー」





「ところで」


「おう」


「音が消え始めたのっていつ頃からなんですか?」


「俺が高校生くらいの頃だから、一昔前かな」


「そんな……に昔からのことなんですね]


[そうだな、思えば音が消えるようになってからだいぶ経つな]


[私は物心ついてからずっとこんな感じですからこれが当たり前です]






[ところで]


[なんでしょう?]


[お前が着ているカーディガンの色]


[カーディガンがどうかしましたか?]


[抹茶色って女の子的にどうなの]


[可愛いからいいじゃないですか]


[ほら、もっとピンクとかクリーム色とかさ]


[私にとっては抹茶色が最先端の女子コーデなんですよ]


[そうか、すまん]






[そういう先生も]


[ん?]


[黄色のセーターとか、年齢的にどうなんですか]


[可愛いかろ]


[似合うか似合わないかで言ったら似合ってはいませんけどね]


[そこはお世辞にでも可愛いと言え]


[人のこと言えてませんよ]






「…」


[先生、タバコは身体に良くないですよ]


[まあまあ]


[身体に良くないです]


[まあまあまあ]


[吸っちゃダメですよ]


[まあまあまあまあ]






[昔はな]


[はい]


[音楽というものがあったんだ]


[音楽?]


[そう、音楽だ]


[音を楽しむ、と書くのですね]


[そうそう]





[お前には想像つかないだろうけど、昔は音を使って人々を楽しませる人達がいたんだ]


[想像がつきません]


[その人達のために音を出すための楽器というものがあったりもしたんだぞ]


[ほうほう]


[俺もギターっていう楽器をよく弾いてたもんだ]


[ギターっていうのは?]


[六本ある糸を振動させて音を出す楽器だ]


[なにそれこわい]


[今となっちゃ、昔の話だけどな]





「というわけで音が戻りました」


「んだな」


「そしてチャイムが聞こえます」


「聞こえるね」


「先生はどうするんです?」


「んーと、次の授業はないからもうしばらくここにいる」


「それじゃ、私もここにいます」


「お前は戻れよ」


「…」


「音は消えてないぞ」





「先生はどうしてここに?」


「タバコが吸えるから」


「あぁ、なる」


「なる?」


「なるほど、の略ですよ」


「なる」






「タバコがなくなった」


「あんなにスパスパ吸うから…」


「困った時のもう一箱」


「うわぁ、用意がいい」


「必要なものは常に二個持っておくのが俺の流儀だ」


「なにそれかっこいい」


「まぁそう褒めるな」


「褒めてません。皮肉です」


「手厳しい」







「授業が始まったみたいですね」


「そうだな」


「…」


「…」


[お前は行かなくていいのか?]


[私だって、授業を受けてますから]


[は?]


[教師と生徒が一人ずつここにいます。これはとどのつまり、授業です]


[時々、お前はすごく頭が良いんじゃないかって思う時があるよ]


[まぁ、そう褒めないでください]


[皮肉だ]


「…」


「…」






[なんだかお茶が飲みたくなってきた]


[何を急に]


[お前のカーディガン見てたらなんだかな]


[それなら私はバナナオレが飲みたいです]


[お金やるから買ってこいよ]


[今の時間、自販機も購買も機能してませんよ]


[マジかよ]


[私たちみたいな不良に売るもんはないってことです]


[なにそれ]


[ふぁっきんですね]


[ふぁっきんだな]





[最近の奴らって、どんな会話してるんだ?]


[対して普通ですよ。恋バナとか、遊びとか]


[そうか、普通だな]


[至って普通です]


[それにしたって、お前らの会話には未だに違和感を覚える]


[どうしてです?]


[だって、隣同士にいる奴でもお互いの顔は見ないでそのスマホ?だかなんだかを見てるじゃないか]


[それが一番楽な会話なんですよ]


[俺らの世代にわからんことなんだろうな]


[ですね]






「実際のところ」


「ん」


「私と先生の普通、それは似ているようで似ていないんです」


「共通するのは同じ人間ってだけで、心は別物だからな」


「違うから、惹かれ会うんですよ」


「いい事言うな」


「それほどでも」


「…」


「…」


[皮肉ですか?]


[本心だ]


[安心しました]






[最近の科学はすごいな]


[なにがです?]


[ほら、あれだよ。電子ボード]


[あれがどうかしたんですか]


[先生が生徒だった頃はな、あの真っ白なボードが黒かったんだ]


[えっ]


[そして、そこにチョークと呼ばれる筆記用具で手書きで文字を書いてたんだぞ]


[なにそれ不便]


[今は該当する教材を選択すれば自動的に説明してくれるしな]


[先生が生徒だった頃って、どんな生徒だったんですか?]


[別に、どうもしないさ。ちょっぴり喫煙とギター好きな普通の高校生だったよ]


[うわぁ]


[何年前のことだったかな]


[想像がつくようでつかない]





[そういえば先生は速筆検定は受けたんですか?]


[あー、最近は受けてないな。二級止まりだ]


[うわぁ、中途半端]


[こうやって滑らかに会話できてるからよかろ]


[そうですけど、そこまでいったなら一級を取ろうとか思わないんですか?]


[どうして一位に拘るんですか?二位じゃだめなんですか?]


[え?]


[俺の好きな言葉だ]


[わけがわからないよ]




[時に先生よ]


[なんだ生徒よ]


[音戻ってます]


「あー、本当だ」


「不定期ですねぇ」


「不定期ですのぉ」




「先生は、スマホとか買わないんですか?」


「このケータイで満足してるから、今はいいかな」


「ガラケーというやつですね」


「そうらしいな」


「でも文字を伝えるのはメモ帳なんですね」


「こっちのが断然速いからな」


「字は汚いですけどね」


「速筆の特徴だからいいだろ」


「それでも綺麗な人は綺麗です」


「うるっっっせ」





「暇ですねー」


「お前は本来は授業を受けていなきゃいけないと思うが」


「時すでにおすし」


「遅くない、今からでも遅くない」


「私のやる気は現在あそこにあります」


「なんで校庭に」


「いらないものは捨てるのが私の流儀です」


「言い訳をするだけのやる気はあるんだな」


「世の常です」


「何を言う」





「そういえばさ」


「はい」


「音が消えるメカニズム。あれはわからないと言ったな」


「言いましたね」


「あれは嘘だ」


「それは真なりか」


「ごめん、四割くらいわかってない」


「詐欺ですか?」


「まぁ、まぁ、説明を聞けよ」





「俺が思うにさ、音が消える原因って水の流れをせき止めるものと同じだと思うのよ」


「はあ」


「つまり、なんらかで音の流れが止まり、音が聞こえなくなるってことだ」


「ほうほう」


「どうだ、すごいだろ」


「それ昨日の超科学TVでやってましたよね」


「あ、お前も見てた?」


「あの時間帯、面白い番組はあれしかないですからね」


「気が合うな」





「抹茶って実は飲んだことないんだよね」


「奇遇ですね、私もですよ」


「実際は苦いんだろうか」


「苦いというか、健康的というか、そんな味なんじゃないですかね」


「そんなもんかな」


「そんなもんです」





「そういやお前、今年で卒業だっけ」


「学年と年齢が正しいものであれば、そうなりますね」


「そうか…さm…」


「…」


[先生、何を言いおうとしたんですか?]


[なんでもないから忘れろ]


[気になります]






[それにしても、肌寒いですね]


[そりゃ、寒空の下、カーディガン一枚じゃな]


[先生は寒くないんですか?]


[正直泣きそうなくらい寒い]


[上に何が羽織ったらいいのに]


[羽織るコートは職員室だ]


[あれま]




[本当はタバコをスパッと吸ってすぐ戻るつもりだったんだがなぁ]


[私がいたから、思いのほか長引いたと]


[そうだこのやっかいものめ]


[その言い方は酷いんじゃないですか?]


[確かに、申し訳ない]


[わかればよい]





[おや、チャイムが鳴ってますね]


[鳴っているというか、あれじゃただ振動してるだけだな]


[マナーモードですね!]


[それに近いな]


[ぶるぶる]


[おぉ、マナーモードだ]






[昔流行った音楽に誰かに会いたくてマナーモードになるものがあったな]


[なにそれこわい]


[今思えば狂気の沙汰だな]


[想像してみると怖すぎます]


[メロディは結構好きだったから割と聞いてたんだけどな]


[では、先生は誰かに会いたくなるとマナーモードになるんですか?]


[なぜそうなる]


[ほら、震えて!]


「…」


「…」


[ぶるぶる]


[いや、文字じゃダメですよ]




[職員室には戻らないんですか?]


[いや、なんか戻りにくい]


[どうしてですかね]


[いやさ、生徒指導のマツオカっているじゃん?]


[いますね]


[俺さ、あいつに目をつけられてるみたいなんだよね]


[なにそれこわい]


[だから職員室に居づらくてね]


[それじゃ仕方ないわ]




[いやね、最初はタバコに関して注意されたんだよ]


[進行形で吸ってますしね]


[それであしらってるうちになんかやたらと話しかけられるようになっちゃって]


[えっ]


[最近だとやたら呑みに誘ってきたりして、怖いんだよなぁ]


[それは…怖いですね]


[だろ?]





[先生は意外と人に好かれますよね]


[意外とは失礼な]


[だって、結構適当そうじゃないですか。先生]


[それは否定できないな]


[実際、先生は私からも好かれていますからね]


[他には?]


[マツオカ先生とか]


[やめてくれ]




「先生、ほら]


「なんだそれは」


「野球ボールですね」


「なぜそんなものを」


「ほら、あそこで野球部が練習しているでしょう」


「練習してるな」


「そこからちょっと拝借してですね」


「おいこら」




「えいっ」


「上手いな」


「これでも中学まではソフトボール部だったんですよ」


「辞めたのか?」


「高校では別にやりたい事がありまして」


「なるほど」





「その、別にやりたい事ってなんだったんだ?」


「えぇ〜、言わなきゃダメですか?」


「何故渋る」


「なんとなくです」


「なんとなくなら仕方ないな」


「なんとなくなら仕方ないのです」





「いやですね、最初は普通にソフトボール部に入ろうかと思っていたんですよ」


「渋ったのでは」


「気にしたら負けですね」


「なるほど」


「それで、そこでとある場所で、とある人を見てですね、憧れたんです」


「一目惚れか」


「そんなところです」





「そういえば、いつまでここにいる気だ?」


「先生が職員室に戻るくらいまでですかね」


「そうか、じゃあそろそろだな」


「もうちょっと、もうちょっと」


「そんなアンコール、みたいに言われても」


「もうちょっと、もうちょっと」


「しょうがないにゃあ…」


「やった」





「よくよく考えたら、俺らここで結構な時間を浪費してるな」


「よくよく考えなくてもそうです」


「えっと、何時間くらいだ?」


「午前からですから、かれこれ半半日くらいですかね」


「うわぁ」


「うわぁ」




「そういえば、私たち、いつもここにいますよね」


「たち、というかお前がな」


「なんででしょうねぇ、一日に一回はここに来たくなるのです」


「ぐうわかる」


「え?」


「ぐうの音も出ないってこった」


「先生もでしたか」





「なんだかんだで、俺らここが一番お似合いなのかもな」


「突然どうしたんですか」


「いや、忘れてくれ。今のは束の間の中二病だ」


「メモしとこ」


「やめてください」


「でも、私もそう思います」


「え?」


「割と、絵になってると思いますよ。私たち」


「そんなまさか」





「さて、下校時間か」


「そのようですねぇ」


「ほらほら、帰った帰った」


「そういう先生こそ、先生こそ」


「うるせぇ、先生権限だ。帰れ」


「生徒権限です。帰れ帰れ」


「そろそろ帰れがゲシュタルト崩壊しそうだ」


「私はもうしてます」


「帰れ」


「うわぁわけわかんない」




「それでは、こうしましょう」


「ん」


「一緒に帰りましょう」


「突然何を」


「いやいや、本気ですけども」


「えっ」


「嫌ですか?」


「嫌ではない」


「じゃあ、帰りましょう」


「よしわかった」





「そういえば先生、職員室に寄らなくてもいいんですか?」


「いや、マツオカが…」


「あぁ…」


「うん…」




「先生って案外、仕事ができる人だったりします?」


「急になんだ」


「いや、職員室見てもいっつもいないので」


「あぁ、いつ仕事してるのか、とかそういうアレね」


「そういうアレです」


「いや、出来る時に全部終わらせてるだけで、仕事は人並みにしかできないぞ」


「できない時とは?」


「マツオカ」


「あー」




「そういえば先生」


「ん?」


「私、高校に入ったらやりたい事があると言ったじゃないですか?」


「言ったな」


「それ、気になってます?」


「適度に気になってはいたりする」


「教えて欲しいですか?」


「んー、そう聞かれると、なんかな」


「では教えてあげましょう」


「なんなんですか一体」


「それはですね…」






「…」


「…」


[なんて言ったんだ?]


[やっぱり教えてあげません]


[えっ]


[気が変わっただけです。稀に、よくあります]


[ええっ]


[それではティーチャー、私はこちらなので、また明日]


[ま、また明日]






「あーーーっ!!!」


「なんであそこで音が消えちゃうかな…」


「あのまま言えてれば、どんなに楽だったか」


「くぅーっ」


「ずっと、先生と一緒に帰りたかったなんて…」


「恥ずかしくて文字にできないよ…」


「あと少しで会えなくなっちゃうのに…」


「うぅ〜っ!!!」





「なんだったんだ一体…」


「でも、あいつの事だから、どうせまた変なことでも言い出すんだろうな」


「くくくっ、また明日、これでからかってやろう」


「また明日、あいつに会えますように」


「さて、寝るか」







おしまい

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